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米中関係は「貿易摩擦」ではなく「新たな冷戦」に突入した
https://diamond.jp/articles/-/179202
2018.9.7 塚崎公義:久留米大学商学部教授 ダイヤモンド・オンライン
米国の対中姿勢は
中国をたたきつぶすつもりか
米国の最近の対中強硬姿勢を見て、「殴り合ったら両方が痛いのだから、殴り合いはやめろ」といった論考がある。しかし、それはあくまで経済学的な視点で見たとき。安全保障上の視点から見れば全く違う光景が見えてくる。
けんかには2通りある。1つは、ガキ大将が弱虫に対して「オモチャをよこさないと殴るぞ」と言って脅し取るようなもので、「ハッタリ戦略」とでも呼んでおこう。この場合、ガキ大将は殴る気はない。殴ったら自分の手も痛いので、相手が黙ってオモチャを差し出すことを期待しているのだ。
トランプ大統領が日本やメキシコ、欧州、カナダなどに対して「関税を課す」と脅し、譲歩を迫っているのはこれに近い。
もう1つは、ワンマン社長が、急激に力を増しつつある副社長の派閥に脅威を感じて、これをたたきつぶしにかかるような場合だ。この場合は、自身の体制の生死が懸かっているわけだから、殴ったら自分の手も痛いとか、相手に殴り返されて痛いとか言っている場合ではなく、相手が倒れるまで殴り合う。「肉を切らせて骨を断つ」覚悟で闘うのだ。
最近の米中関係は、後者に近い。米国の最近の姿勢を見ていると、中国の急速な台頭に脅威を感じ、自国の覇権が脅かされていると感じているようだ。しかも、それが不正な手段によってなされているのだから、たたきつぶさなければならないと考えているように見えるのだ。
そして、これはトランプ大統領が勝手に暴走しているのではなく、米国議会が中国の嫌がる法案を立て続けに成立させていることからもわかるように、米国の国家意思となりつつある。
経済学で論じる段階から
安全保障の文脈で論じる段階へ
米中の関税問題をめぐっては、「自由貿易は双方の利益だから、輸入制限は相手国のみならず自国経済にも悪影響を与える。やめるべきだ」といった経済学者などからの批判はあるが、見向きもされていない。
それは、「トランプ大統領が経済学を理解していないから」ではなく、「米中関係が、経済学で論じるべき段階ではなく、安全保障の文脈で論じられる段階に入っているから」だ。
中国は2015年、「中国製造2025」計画を発表した。これは、ケ 小平の「トウ光養カイ路線」(「才能を隠して、内に力を蓄える」という外交・安保の方針)を撤回し、世界製造強国を目指すことを宣言したものだ。
さらに、「一帯一路政策」でユーラシア大陸に影響力を強めようとしたり、領有権争いのある南沙諸島の暗礁を埋め立て軍事拠点化を図ったりした。
こうした中国の一連の動きが、米国の危機感を高めたきっかけだった。
米通商代表部(USTR)は3月22日、中国政府が米国企業に対して不合理、または差別的な慣行を行っているとする報告書を発表。米国企業に技術移転を強制したり、サイバー攻撃によって企業秘密や技術などを盗み出したりしていると指摘した。
また、米国の通商・産業政策局 も6月19日、中国の政策が米国の経済や国家安全保障を脅かしているという報告書を発表。中国が攻撃的に、経済スパイなどを用いて米国の技術および知的財産を盗み、あるいは強制的移転を伴う多様な方法で取得しようとしていると主張した。
これらの不正によって米国の技術上の優位が脅かされ、ひいては軍事面を含む覇権が脅かされるとすれば、それは到底黙認されるべきではないというのが、米国有識者の世論となった。
米国は「国防権限法」を成立
米中関係は「冷戦」に突入
さらに米国は8月13日、「国防権限法」を成立させた。中国について「軍の近代化や強引な投資を通じて、国際秩序を覆そうとしている」と指摘し、厳しい姿勢で臨むというものだ。内容ももちろんだが、この法案が超党派の圧倒的多数で可決されたことも注目に値する。
同法では、国防費がこの9年間で最大となるのみならず、外国の対米投資を安全保障の観点から制限する規定、中国のリムパック(環太平洋合同軍事演習)への参加を禁じる規定、台湾への武器供与を推進する方針なども含まれている。
ZTEとファーウェイという中国の通信機器大手2社に関しては、両社が中国共産党などと密接に関わっていて、スパイ工作にも関係しているとして、米政府機関との契約を禁じる規定を盛り込んだ。ちなみに、この方針には日本も豪州も追随するもようだ。
この法律は、明らかに「オモチャをよこせ」ではなく、「お前の好きなようにはさせない」という宣言だ。しかも法律名、そしてその内容のいずれも「経済摩擦」といった次元のものではなく、「冷戦」と言っていいのではないだろうか。
では、「米中冷戦」と呼ぶべき事態は、どちらに分があるのだろうか。
関税戦争では、米国が圧勝するだろう。米国の輸入が圧倒的に多いから、というだけではない。米国は中国からの輸入品を自国で作ることができる。だが、中国は自国で作れるものをわざわざ人件費の高い米国から輸入しているはずがないから、今後は米国からの輸入品を別の国から輸入せざるを得ない。
加えて、米国および日欧などの同盟国からの部品輸入が止まれば、中国の製造業は生産に深刻な支障を来す。心臓部の部品を、先進国から輸入している中国企業が多いからだ。
最後の最後は、米国が中国の保有するドルを凍結したり、中国に対するドルの供給を絞る事態にまで発展したりする可能性もある。筆者は、さすがにそこまではいかないだろうと信じているが、両国の状況次第では、なきにしもあらずだ。
とはいえ、中国が「中国製造2025を撤回して覇権を目指さない」などと宣言するはずがない。中国はメンツの国だということに加え、米国に妥協したとなると国内の権力闘争が激しくなり、習近平国家主席の立場が危うくなるからだ。
したがって、中国が妥協するとは考えにくい。となれば「冷戦」は長期化し、両国の“体力勝負”となる可能性が高い。
中国に有効な対抗策はなし
経済も弱体化する可能性
とはいえ、中国に有効な対抗策はない。貿易戦争は勝ち目がないし、高い関税を嫌って外国企業が中国の工場をほかの途上国に移してしまう可能性もある。もしかしたら中国企業も、工場を移すかもしれない。
輸出を維持するために、米国に課せられた関税の分だけ人民元相場を元安に誘導する誘惑にかられるかもしれないが、非常に危険だ。人民元に先安感が生じれば、大規模な資本逃避が発生しかねないからだ。当局は為替管理を強化するだろうが、中国は「上に政策あれば下に対策あり」の国。「留学中の息子から、金メッキしたゴミを100万ドルで輸入する」といった取引が横行しかねない。
「中国政府が保有している米国債を売却して米国の長期金利を上昇させ、米国の景気を悪化させる」という戦略もあり得るが、これは有害無益だ。中国が売って値下がりした米国債を、米国人投資家がありがたく底値で拾うだけだからだ。
そうなると、中国経済はかなり弱体化するかもしれない。タイミングの悪いことに、中国経済は国内の過剰債務問題が深刻化しつつあるともいわれている。そうであれば、ダブルパンチだ。
場合によっては、経済の混乱の責任を問う声が高まり、政治が混乱して権力闘争に明け暮れるようになるかもしれない。そのあおりで、「反対派閥と交友のある資本家や知識階級が投獄されかねない」といった状況にまで陥ると、資本家や知識階級が海外に移住してしまうだろう。
そこまで米国が中国を追い込む気なのかは不明だが、もしそうなれば、中国経済は数十年にわたって低迷するだろう。
そうした状況であるにもかかわらず、日本企業は中国への進出を加速しているようにも見える。中国が日本に友好的になったことを受けて、「中国側は日本側に協力を求めている。大きなチャンスが来ている」との日本経済団体連合会会長の発言も報じられているほどだ。
中国市場が大きくて魅力的なのは十分理解できるが、このタイミングで中国に進出して大丈夫なのだろうか。2つの意味で心配だ。
1つは、米国が中国を本気でたたきつぶし、中国経済が今よりはるかに魅力の乏しいものとなってしまうリスク。そしてもう1つは、日本企業の行為が米国から見て「敵に塩を送っている」ように見えかねないというリスクだ。
さらには、日本政府の行動も気になるところだ。日中関係の改善は、一般論としては望ましいが、同盟国である米国の計画を邪魔するようなことは厳に避けるべきであろう。日中が通貨スワップの協定を再開するとの報道も見られるが、慎重な判断が必要だ。
(久留米大学商学部教授 塚崎公義)
連載の著者、塚崎公義氏の近著『日本経済が黄金期に入ったこれだけの理由』(河出書房新社 税込1512円)
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