トランプ氏に政権内部から抵抗−高官がNYT紙に匿名で論説投稿 Joshua Gallu 2018年9月6日 7:43 JST 更新日時 2018年9月6日 9:01 JST論説の著者は自身がキャリア官僚でなく政治任用官だとしている トランプ氏は著者を「臆病者」と批判−報道官は著者の辞任を要求 トランプ米大統領は政権内部からの組織的な抵抗に遭っている。ニューヨーク・タイムズに5日掲載された匿名の書き手による論説から明らかになった。抵抗する複数の人物は「トランプ氏のアジェンダの一部および最悪の性向を妨害する」ことを望んでいるという。 トランプ政権の高官だとされる論説の著者は、自身と他の政府当局者が「大統領が職を退くまで、彼のさらなる間違った方向への衝動」を阻止することを誓ったと説明。「問題の根源は大統領の超道徳性にある。意思決定において認識可能な基本原則に大統領がとらわれないことは、彼と仕事をする誰もが知っている」と記した。 ニューヨーク・タイムズは論説への補足で、同紙は著者が誰であるか知っているとした上で「われわれの読者に重要な視点を提供する唯一の方法は匿名で掲載することだった」と説明。性別不詳の著者は自身をキャリア官僚ではなく政治任用官だとしている。トランプ大統領の支持者の一部は以前からキャリア官僚について、大統領の弱体化を狙う「ディープ・ステート(政権の裏側に潜む闇の政府、伏魔殿)」と呼んで嘲笑してきた。 ホワイトハウスで記者団の質問に答えるトランプ大統領(9月5日)写真家:Susan Walsh / AP トランプ氏は5日のホワイトハウスでのイベントで、この論説は「侮辱」するものであり、著者は「臆病者」だと批判。書いたとされる高官は「恐らくあらゆる不純な動機からここにいるのだろう」と述べた上で、自分は2020年に再選されると宣言した。
また大統領は5日遅い時間、ツイッターに「裏切り?」と投稿した。 ホワイトハウスのサンダース大統領報道官は発表資料で、論説の著者は辞任すべきだと主張。「この記事の匿名の著者は正式に選ばれた米国の大統領を支えるのではなく、欺くことを選んだ」とした上で、「彼は米国を第一に考えず、米国民の意思よりも自身と自分のエゴを優先させている。この臆病者は正しいことを行い、職を辞するべきだ」としている。 前日には著名ジャーナリスト、ボブ・ウッドワード氏の新著の抜粋が報道され、ホワイトハウスの上級スタッフの混乱ぶりや、トランプ大統領のリーダーシップおよび能力を軽視する高官らのコメントが暴露されていた。 論説の匿名の著者は、「われわれの組織はよく知られる左翼の『レジスタンス』ではない」とし、規制緩和や税制改革、国防費増額といったトランプ政権の功績を挙げた上で、「しかし、こうした功績は、衝動的かつ敵対的で狭量な上に効果のない大統領のリーダーシップのスタイルにもかかわらず成し遂げられた。こうしたリーダーシップの故に成し遂げられたわけではない」と論じた。 原題:Trump Faces Internal Opposition, Anonymous Aide Writes in Times(抜粋) (論説の詳細や大統領報道官の発表などを追加し更新します.). 歴史の終わり』のフクヤマ氏、米国政治を一刀両断 保守・リベラル対立は「アイデンティティ闘争」だ 2018.9.6(木) 高濱 賛 ロンドンで大規模な反トランプデモ、「赤ちゃんトランプ」バルーンも 英首都ロンドンのトラファルガー広場で、ドナルド・トランプ米大統領の訪英に反対するデモに参加した人(2018年7月13日撮影)。(c)AFP PHOTO / Niklas HALLEN〔AFPBB News〕
白人草の根大衆が求めた「尊厳」と「認知」 日系米人政治学者、フランシス・フクヤマ氏の新著が9月11日に発売される。筆者は発売前に入手した。 タイトルは 『Identity: The Demand for Dignity and the Politics of Resentment』(アイデンティティ:尊厳への要求と憤りの政治)。 2011年に出版された『Political Order and Political Decay』以来7年ぶり。ドナルド・トランプ政権が発足して以降初めてとなる。 フクヤマ氏は、「Liberal Democracy」(自由民主主義)が最終的な勝利を収めることで社会制度の発展が終わり、人類発展としての歴史が「終わる」という主張した著書『The End of History and Last Man 』(邦訳『歴史の終わり』)で世界的に注目された。 その後、ネオコン(新保守主義派)の知恵袋的存在となったが、ジョージ・W ・ブッシュ政権のイラク政策を激しく批判。 2006年以降はネオコンとは距離を置き、ネオコン支持路線に対するそれまでの主張を撤回している。 そのフクヤマ氏がトランプ大統領をどう見ているのか。トランプ大統領の「ちゃぶ台返し」政治をどのように分析しているのか。トランプ政治を歴史的観点からどう位置づけるべきか――。 アングロサクソン国家に現出した 「大衆ナショナリズム」の正体 Identity: The Demand for Dignity and the Politics of Resentment by Francis Fukuyama Farrar, Straus & Giroux, 2018 実は、同氏は本書の構想を練っていたとされる2017年春、ワシントン・ポスト紙とのインタビューで2016年の米大統領選結果についてこう述べていた。 「自由民主主義の古典的なアングロサクソン国家(英米)でポピュリスト・ナショナリズム(大衆民族主義)の波が生まれた事実は驚き以外のなにものでもない」 「トランプ氏は、大統領職を全うするための準備もなく、その激しい気性や気質は到底大統領としては不適格な人物だ」 「国際秩序を堅持するための米国の役割について公然と異議を唱えた米大統領はトランプ氏が初めてだ」 ("Francis Fukuyama: Democracy Needs Elites," Alexander Gorlach, Washington Post, 3/2/2017、https://www.huffingtonpost.com/entry/francis-fukuyama-democracy-elites_us_58b5a2cfe4b0780bac2d8ea3) ネットで拡散された「大衆ナショナリズム」の危険性 フクヤマ氏は、このインタビューの中で「トランプを生んだ政治状況」についてこう続けている。 「トランプ当選の原動力になったのは、非都市圏の田舎に住む一握りの低所得で低学歴の白人たちだとされているが、これは氷山の一角に過ぎない」 「インターネットの普及でポピュリズムは拡散し、情報を発信する『生産者』(Producer)と情報を受信する『消費者』(Consumer)との間で交通整理するものがいなくなったのだ」 「取り残されたと感じていた消費者が生産者の発信に引きずられ、最終的にはトランプ氏を大統領候補に指名してしまった共和党自体に問題があるのだ。経済が好調な限り、(大企業と富裕層を守る)共和党は動かないだろう」 本書は、こうしたフクヤマ氏の「トランピズム」に対する基本認識を尺度に米国そして世界が現在置かれている政治状況を歴史的観点に立って分析している。 イデオロギーでも「富の分配」でもない 保守・リベラルの政治論争 トランプ大統領を支持する保守勢力とこれに反発するリベラル派との対立は激しさを増している。 トランプ氏は大統領に就任するや、大統領選で公約してきた通り、米経済力の強化を目指し、「米国第一主義」を掲げて国際社会における米国の負担を軽減策を次々と打ち出した。 バラク・オバマ前大統領が「レガシー」(遺産)としてきた国内外政策を次々とひっくり返してきた。 一見、「小さな政府(限定的自治)」を標榜する保守派(共和党)と「公正な富の分配(経済的平等)」を唱えてきたリベラル派との政策上の対決のように見える。 ところが、フクヤマ氏はこれは従来のような「パイ」の分配を巡る経済闘争でもなければ、イデオロギー闘争でもない、と言い切る。 「左(リベラル派)は阻害されてきたより広範囲なグループ(マイノリティ)の利益を追求、右(保守派)は人種、民族、宗教などと直結する従来からの白人のアイデンティティ(自己同一性)*を堅持・強化しようとしたことで政治闘争が激化してきた。 *アイデンティティ=自分が何者であるかを知り、私が私であることを確信すること。米精神病理学者のE・H・エリクソンが使い始めた概念。 「自らの尊厳を社会に認めさせたがる」 人間の性(さが) 言い換えると、この政治闘争は物質的な利益を巡る対立というよりも自らの存在を社会に認識させようとするアイデンティティ闘争なのだ。 これは米国だけの問題ではない。 現在どちらかというと国際社会の主役の地位を確実にしていない、かって「大国」として認められた国家だったロシアや中国やハンガリーに『権威主義者』が登場し、世界秩序にチャレンジしているのも、このアイデンティティの問題にあるのだ。 フクヤマ氏はこうした現実を「Identity Politics」と表現している。「アイデンティティを巡る政治闘争」とでも訳すべきか、フクヤマ氏はこう記述している。 「現代社会において個々のアイデンティティは極めて重要になっている」 自らが認識している正真正銘の内面的自己と外部に存在する社会的ルールや基準との間にはギャップがある。外部が自分自身の価値や尊厳を的確に認識していないという苛立ちである。 内面的自己とは人間としての自分の尊厳である。これは時として変化する。 かっては戦争で命を落とすことも厭わぬ兵(つわもの=Warrior)に与えられた。 しかし現代では社会を構成する主体としての人間一人ひとりに尊厳は示されるようになってきた。 内面的自己は、自らに対し社会が尊厳を示すことを求める。自らに対する尊厳を社会が認識することを求める。 個々が自らの尊厳を認めるよう要求する行為は即「アイデンティティを巡る政治闘争」への発展していく。 その政治闘争は、米国内では新しい社会運動を引き起こしている。 ポピュリスト・ナショナリズムやイスラミズム(イスラム教主義)、大学キャンパスでの政治論争がそれである。 ヘーゲル*はかって『個々人が自らの尊厳を認識するよう求める闘争は究極的には人間の歴史の推進力だ』と述べたが、まさにその通りである。 *オルグ・ヘーゲル=ドイツ観念論を代表する哲学者(1770〜1831) フクヤマ氏によれば、「Identity Politics」は米国内においては、個々人や個々のグループが自分たちの尊厳を社会が認めていないことへの「憤り」を燃え上がらせているという。 ミズリー州ファーガソンやボルチモア、ニューヨークなどで起こった警官による黒人殺害事件は、黒人の若者を「Black Lives Matter」として立ち上がらせた。 大学キャンパスはじめハリウッドや政界で続発する「強者」によるセクハラ行為は「#Me too」運動として燎原の火のように広がっている。 トランプ支持者とプーチン支持者の共通項 「ドナルド・トランプ氏に票を投じた多くの人たちは白人でありさえすれば、白人優先社会を謳歌できた過去を思い起こした人たちだ」 「『Make America Great Again』というスローガンはまさに過去への回帰を願望するものだった」 「これはかっての超大国ロシアへの回帰を誓うロシアのウラジミール・プーチン大統領を熱烈に支持するロシア人とも共通している」 元々アパラチア山脈周辺に住む低学歴で低所得層の一握りの白人によってスタートした「Identity Politics」が生んだトランプ大統領とその政権。 この政権は今後どうなっていくのか。 ロシアゲート疑惑を巡る捜査が今なお続く中で、トランプ大統領の政権運営は不安定な状態が続いている。 自らに不利な報道がなされると。トランプ大統領は「フェイクニュース」だと激怒する。メディアを「国民の敵だ」と面罵する。 「民主主義はエリートによるコントロールが必要」 フクヤマ氏は、前述のワシントン・ポストとのインタビューでこう指摘している。 「現状を改善のための特効薬はない。・・・インスティテューション(制度)はエリートによってコントロールされてきたという見解には賛成できない」 「インターネットの登場でエリートはその影響力を失いつつある。民主主義というものは、おそらくある程度エリートがコントロールしなければ正常には機能しないと思う」 「もっとも、果たしてそうなのか、今後の行方を見てみないと分からないが・・・」 この記事の見出しは「Democracy Needs Elite」(民主主義はエリートを必要としている)である。
米国株の下落に備えよ−ゴールドマンとシティが警戒促す Lu Wang 2018年9月6日 5:13 JST 米国株に対する投資家の楽観が強まる時は、ウォール街からの警告も高まる。
投資家の楽観が年初来最大の下落局面を示唆する水準に達したことから、シティグループは新たな相場下落が待ち構えている可能性があると警戒を促した。一方、ゴールドマン・サックスの強気・弱気相場指数は、バリュエーション(株価評価)の高さや労働市場の引き締まりを追い風に、警戒水準に達した。 これは強気相場が間もなく終了すると意味しているわけではない。それでも、ゴールドマンのピーター・オッペンハイマー氏らストラテジストは、S&P500種株価指数が年19%上昇した9年半を経て、今後数年はリターンが低下することに投資家は備えるべきだと指摘した。同社の強気・弱気相場指数は1955年以降、S&P500種のリターンと強い相関性があり、ピーク値を付けた時期は直近2回の弱気相場開始時に一致する。現在それは「赤の点滅灯を放っている」と、ストラテジストらは言う。 8月には、息の長い株価上昇を受けて少なくとも2人のストラテジストがS&P500種の18年末予測を引き上げたばかり。今回の警告は、そこから風向きが変わったことを示している。 相場上昇についていこうとする強気派があまりに多いことを踏まえ、シティグループのトビアス・レブコビッチ氏らストラテジストは、2月と同様、5日発表の米雇用統計が売り手掛かりになる可能性があるとして、リスクを伴うエクスポージャーを減らすよう投資家に促した。「賃金上昇ペース加速の可能性に加え、米金融政策や地政学事象、貿易制裁、海外経済の軟調なども相まって、5%下がるような下落局面が再び起こる可能性がある」と指摘。「手掛かり材料を特定するのは常に困難だが、今では脆弱(ぜいじゃく)性が存在する」と記した。
証拠金負債からオプション取引、ニュースレターの強気度合いなど広範な要因を考慮に入れたシティのパニック・ユーフォリア・モデルはこのほど、投資家の楽観が1月以降で初めて極端な水準に達したことを示した。1987年以降、このような水準を付けた時は、70%の確率でその後12カ月に株価が下落している。 原題:Goldman Sachs Joins Citigroup in Flashing Warnings on S&P 500(抜粋)
2018年9月6日 軽部謙介 :時事通信解説委員 日米新通商協議、「戦略的曖昧さ」はトランプに通用するか 軽部謙介の米国ウオッチ 日米貿易問題を話し合う新通商協議が始まりました Photo:PIXTA 米通商代表部(USTR)の建物は小さい。 ワシントンを南北に貫く17番通りをはさみ、ホワイトハウスの実働部隊が入居する巨大な「オールド・エグゼクティブ・オフィス・ビル(OEOB)」の真ん前に立つので、校舎のようなたたずまいがひときわ目立つ。 しかし、その建物は南北戦争当時、北軍の司令部に使われた由緒あるもの。当時はリンカーン大統領が頻繁に訪ねてきたという逸話も残る。 2階にある小さな会議室は、この建物で唯一、各国との交渉に使われる部屋だ。大きなテーブルが置かれ十数人も入れば満員になるこの会議室で、茂木敏充経済再生担当相とライトハイザーUSTR代表が向かい合ったのは8月9日。 日米の閣僚級による新通商協議(FFR)の第1回会合だった。 日米交渉の歴史刻む 会議室で始まったFFR この部屋には日米経済交渉の歴史が詰まっている。 特に1980 年代から90年代にかけて摩擦が激しかったころ、クレイトン・ヤイター、カーラ・ヒルズ、ミッキー・カンターら歴代のUSTR代表は、日本から訪れた閣僚たちをここで迎えた。そして、日本市場の開放を、時には猫なで声で、時には激しい口調で迫った。 会議室はUSTR代表の執務室とドア1つでつながっている。交渉が難航すると、日本の閣僚はよくこの執務室で「一対一」の会談を強いられた。 「日本では経産省や外務省など官僚の力が強い。大臣たちにはゆがめられた情報が吹き込まれている。米国の主張を分からせるには一対一が効果的だという思いがあった」 当時、日本側と対峙したUSTRの元担当はこう回顧する。ライトハイザー代表も前例に倣ったのか、茂木担当相を執務室に案内し、サシの会談を行っている。 だが茂木・ライトハイザー会談で、何か結論めいたものが出たわけではない。 「今回はお互いが基本的な考え方を主張しただけ。今後のことは9月の第2回会談で」と外務省の関係者は話す。当初の予定を延長し2日間にわたった会談だったが先行きは見えないままだ。 自動車制裁関税の回避求めた日本 「それはトランプ大統領が決める」 日米の新通商協議は「FFR」と呼ばれている。「自由(free)」「公正(fair)」「相互的(reciprocal)」の頭文字をとっており、4月の日米首脳会談で設置が決まった。 ただここで何を話し合うのかは明確ではない。第一回会合もそれを象徴するような展開だった。 出発前、日本政府代表団は今回の訪米を「米・EUのようなものにする出発点」と位置付けていた。 2週間前の7月25日、トランプ大統領と欧州委員会のユンケル委員長による首脳会談で、(1)自動車以外の工業品への関税撤廃などで協議を開始(2)米国産液化天然ガス(LNG)の輸入拡大(3)協議中の自動車・同部品への追加関税の回避――などが合意された。 日本政府代表団はこれをモデルにし、交渉での最優先の狙いを「自動車への制裁関税課税の回避」に設定していた。 トランプ大統領は「自動車の対米輸出が安全保障を脅かしていないか」という調査を商務省に命じている。9月初めには結論が発表されるとみられているが、自動車輸出が「安全保障上の脅威だ」となれば、制裁関税を課すことが可能になる。その税率は20%とも25%ともいわれており、世界的に大きな経済的影響が出ると懸念されている。 大和総研の試算によると、日本経済に対しても最大で4兆円程度のマイナスのインパクトが生じる可能性がある。 今回の協議で、日本側は自動車の制裁関税から日本を除外するように要請した。だが米側は「それは大統領が決めることだ」と、曖昧な姿勢に終始したという。 おそらくこれは、「今後日米がどのような交渉を進めるかにかかっているぞ」というシグナルなのだろう。 つまり米欧首脳会談で、EUが米国産LNGの輸入拡大を約束したように、トランプ大統領が何か獲得できる「取引」でなければ、自動車での制裁関税回避は確約できないということだ。 米国は2国間交渉を重視するトランプ大統領の下、政権発足直後に環太平洋連携協定(TPP)から離脱。日本側に自由貿易協定(FTA)締結に向けた交渉開始を求めてきている。一方日本政府はあくまでもTPPを重視。米国離脱後に残った11 ヵ国とTPP11を結成しながらも、トランプ政権に復帰を呼び掛けている。 かつての日米摩擦の時代は、日本の輸出攻勢にさらされた米企業や業界団体が議会にロビー活動をかけ、議会に保護主義圧力が強まる中で、米政府が問題解決の対日交渉を担うパターンだった。 だが現政権では、通商政策はすべてトランプ大統領次第といってもいい。 「米国第一」を掲げるトランプ大統領が、大統領選に勝利する力になった工業地帯の白人労働者らの利害を意識しながら、時に、中国や北朝鮮との安全保障問題と貿易を「取引」するようなやり方で通商政策も主導してきた。 しかも自由貿易や「公正」などといった理念やこれまでの政策の継続性よりも、その時々の状況の下で、現実的な成果を得ることが優先されてきた。 USTR自身もこうした大統領の言動に振り回され、きちんとした通商戦略を構築しきれないでいるのが実情だ。 かつてと違う対日姿勢 通商政策の重点は中国に 日本に対する米国の姿勢もかつてとは違う。 FFR協議を終え、日本側のある交渉者はこういう表現で日米の現在位置を語った。 「昔、USTRのあの部屋で語られたのは、日本の市場は閉鎖的だ、米国の製品をもっと買え、構造的に米国製品が排除されているなどなど、日本市場への参入に関する事柄が多かった。しかし、今の米国は違う。彼らは言葉では市場開放的なことを言うが、もうその点を重視はしていない」 外務省の幹部もこう話す。「トランプ政権にとって、日本市場は視野に入っていない。むしろ彼らが欲しているのは、現実に米国の雇用を増やす米国内への投資だ」 日本側はその分析に基づき、世耕弘成経産相が7月下旬から8月初旬にかけて米中西部を回り、日本の投資がいかに米国で雇用を生み出しているかなどを強調した。特に米自動車産業の「聖地」であるミシガン州デトロイトでは、「市長、商工会議所会頭など地域の地元有力者と面談し、投資を通じた日本企業による米国経済への貢献などについて意見交換を行いました」(経産省のホームページ)という。 日米摩擦が激しいころ、日本の閣僚がデトロイトを訪問するなどということは想像もできなかった。敵の本丸に切り込むイメージで受け取られ、米国に余計な刺激を与える恐れがあったためだ。 今回大きな騒ぎにならず世耕経産相がデトロイトを訪問できたのも、日米経済関係の大きな変化の結果かもしれない。 だがこの変化は、日本政府が対応できる余地を少なくしている面もある。 米国の要求が輸出増のための市場開放や規制緩和が中心だった過去の日米交渉では、米国の要求に日本が譲歩し、業界などを説得して輸出自主規制などの「落としどころ」を作ってきた。 だが企業がグローバルな経済活動を展開する今では、企業の対米投資を増加させるといっても、政府のやれることには限界がある。 もう1つの変化は、米国の通商政策の焦点が中国に移っているということだ。 経産省の関係者は「トランプ大統領は中国に対し、貿易黒字を半分にしろと言っている。これはクリントン政権時代に『日本の黒字を対GDP(国内総生産)比で2%以下にせよ』と迫ってきた数値目標要求と全く変わりがない。しかし、日本の黒字については、中国と同じように大統領の選挙運動期間中から批判してきたのに、半減せよなどと言っていない。そこにはメッセージの違いがある」と話す。 USTR2階で日米の閣僚が激しくやりあっていた時代の最終局面で、米国内には「ジャパン・ファティーグ(日本疲れ)」の雰囲気が広がり、最終的には「ジャパン・パッシング(日本回避論)」につながった。日本に対してはその流れが今に至っている状況だ。 その一方で、現在、政治的にも軍事的にも中国の台頭を抑制しようとする米国は、対中交渉に「疲れ」を感じるわけにもいかないし、ましてや「回避」するわけにもいかない。 中国との激しい摩擦は長期戦の様相の一方で、日米新通商協議の焦点が見えにくいのは、 こうした米国の軸足の変化が影を落としている。 「戦略的曖昧さは強み」と 日本政府当局者は言うが 一方で日本政府当局者の一人は「曖昧さ」がFFRの強みになると指摘する。 今の日米経済関係はTPPとFTAの関係を整理しないと前に進めない状況だが、「米国から見ればFTA交渉をやっているように見えて、日本から見ればTPPにつながる話し合いをしているような場としてのFFR」- こんな、「謎解き」のような、外見的に漠然とした話し合いができないか模索しているのだとこの当局者は言う。 「非常に分かりにくいが、トランプ政権の顔を立てつつ、米国のTPP復帰にも結び付けられるという一石二鳥が狙える。話し合いを始める前提として欧州のように『協議の間は自動車に追加関税を課さない』という言質もとれれば、当面の日本の優先課題はクリアできる」 だが思惑通りにいくのかどうか。 「戦術的曖昧さ」を伴ったFFRとはいえ、FTAを志向するにしても、あるいは米国のTPP復帰を画策するのにしても、どこかの段階で「何を、どのように、いつまでに協議するのか」という議題は設定しないといけない。 9月に入れば第2回会合の日程設定を含めて日米間での水面下の話し合いが加速していくはずだ。 ただ、日本政府高官が「それでもスタートにすぎない」というように、9月以降のFFRは、11月の米中間選挙、来夏の日本の参議院選挙など、政治日程もにらみながら具体的な中身についての検討を進めるとみられる。 特に農業という政治的に微妙な分野を抱える日本にとっては「TPP以上の譲歩はしない」という一線を守れるのかが大きな焦点になる。 時代の変化を意識しながら、曖昧さの残るFFRで日本政府当局者たちが米国との話し合いのテーブルにつくのはやむを得ないことだが、「曖昧モード」がずっと続いていくとも思えない。 (時事通信解説委員 軽部謙介)
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