中国海軍が新研究所の建設で「最大の弱点」克服へ 最新科学研究で潜水艦発見能力の強化に邁進 2018.9.6(木) 北村 淳 世界最強の攻撃原潜、アメリカ海軍シーウルフ。現在の中国海洋戦力の最大の弱点は対潜水艦戦能力である(写真:米海軍) 「中国のハワイ」と呼ばれる海南島の三亜市郊外に、中国海軍が電波科学の研究施設を建設しようとしている。 その施設の中心的設備は「高出力非干渉性散乱レーダー」(HPISR)と呼ばれる装置だ。HPISRは、米国のアラスカ州にある「HAARP」(高周波活性オーロラ調査プログラム)という設備と類似している(下の写真)。HAARPは、アメリカ海軍と国防高等研究計画局(DARPA)がアラスカに建設したものの軍事利用にはあまりにも莫大な予算を必要とするため、現在はアラスカ大学が純然たる科学研究目的で使用している。 HAARP(写真:アラスカ大学) (* 配信先のサイトでこの記事をお読みの方はこちらで本記事の図表をご覧いただけます。 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/54032) 中国のこの高出力非干渉性散乱レーダーの建設に対して、アメリカ海軍をはじめとする潜水艦専門家たちから警戒の声があがっている。 陣容が固まりつつある中国の「積極防衛戦略」 「積極防衛戦略」(米軍などでは「接近阻止領域拒否戦略」「A2/AD戦略」と呼称している)を推進している中国人民解放軍は、南シナ海や東シナ海といった中国の沿海域だけでなく西太平洋に接近してくるアメリカ軍艦艇や航空機を撃破する態勢を着々と固めつつある。 中国沿岸地域には、中国軍が「世界に先駆けて開発に成功した」と豪語する対艦弾道ミサイルをはじめ多種多様の地対艦ミサイルがずらりと配備され、米軍や自衛隊からの攻撃を受ける恐れがほとんどない中国沿海域の艦艇や爆撃機からの対艦攻撃能力も充実している。また、米軍機や巡航ミサイルを撃破するための様々な防空ミサイルを開発したり、ロシアから調達することによって、防空態勢の強化も著しい。それらに加えて、監視衛星や早期警戒管制機などのセンサー類も質・量ともに充実しつつある。 とりわけ南シナ海では、本コラムでも継続して取り上げているように、海南島から300kmほど張り出したウッディー島(永興島)を中心に西沙諸島の軍備を増強し、さらに650〜800kmほど遠方にありフィリピンに近接する南沙諸島には、7つもの人工島軍事拠点を生み出してしまった(下の地図)。 海南島(印の付いた島)、西沙諸島、南沙諸島の位置(Googleマップ) 拡大画像表示 それらの人工島基地群や西沙諸島には、地対艦ミサイルや防空ミサイルが設置されただけでなく、3つの人工島には爆撃機や戦闘機が常駐できる航空施設まで設置されており、南沙諸島のど真ん中に3隻の不沈航空母艦を浮かべておく態勢を維持することも可能となっている。 そのため、万が一にもアメリカや日本が南シナ海で中国と軍事的に対峙するような事態に立ち至った場合、アメリカ海軍や海上自衛隊の水上艦艇を含む関係船舶の航行は極めて危険な状況になりかねない。船舶だけでなく航空機も、人工島や永興島それに中国沿岸の上空域に接近することは大きなリスクを伴うことになる。 要するに、南シナ海においては中国の積極防衛戦略の陣容が固まりつつあり、アメリカ海洋戦力による自由な作戦行動が困難になる日が近づいているのだ。 中国海軍最大の弱点は対潜能力 もちろん中国海洋戦力に弱点がないわけではない。最大の弱点は対潜水艦戦能力である。 中国海軍は、海中を潜航する潜水艦を探知する能力が海上自衛隊やアメリカ海軍に比べてかなり弱体と考えられている。つまり、いくら南シナ海で作戦する敵水上艦艇を脅かすことができても、南シナ海を潜航する敵潜水艦を探知することができない可能性が高い。 現代の潜水艦は、探知されないための各種ステルス性能が可能な限り高く設計されている。そのため、海中で静止したり低速で潜航している敵潜水艦を探知することは、いかなる海軍にとっても極めて困難な任務である。だが、中国海軍の潜水艦のステルス性能および敵潜水艦探知能力がアメリカ海軍や海上自衛隊には追いついていないことはほぼ確実とされている。したがって、米海軍の攻撃原子力潜水艦や海上自衛隊の攻撃潜水艦が、南シナ海で中国海軍によって探知される可能性はかなり低いというのが現状だ。 中国軍は、南シナ海で米軍機や米海軍水上艦艇の作戦行動を大きく制限することができても、強力な攻撃力を有する米海軍攻撃原潜の脅威を除去することができない限り、空母や揚陸艦や輸送艦をはじめ海軍艦艇を安心して運用することはできないのである。 潜水艦発見能力の強化に取りかかった中国 中国海軍が名実ともに南シナ海(そして東シナ海)を“中国の海”とするには、対潜能力を海上自衛隊レベルそしてそれ以上に押し上げなければならない。中国海軍は、もちろんその強化に着手している。 なんといっても、中国海軍がなんとか近代海軍の体裁を整え始めたのは1980年代後期からであり、アメリカ海軍や海上自衛隊に比べると著しく後発海軍である。対潜能力の強化を開始したのも、ここ最近のことと言ってよい。 たとえば中国海軍では、これまで海上自衛隊やアメリカ海軍が対潜哨戒機として用いてきたP-3海洋哨戒機と同等の性能を有するとみられるY-8Q海洋哨戒機の運用をようやく開始したばかりである。 ただし、海上自衛隊はP-3哨戒機に加えて最新鋭かつ国産のP-1哨戒機の運用を開始しており、アメリカ海軍も新鋭P-8哨戒機を運用している。そして、日米が保有するP-3、P-1、P-8哨戒機のうち東シナ海や南シナ海、西太平洋に投入できる機体は軽く100機を超えている。それに対して、中国海軍のY-8Qは数機が確認されているだけである。 とはいえ、中国海軍の戦力強化のスピードは、常に米海軍情報筋の予測をはるかに上回る速さで伸展してしまうのが常である。したがって、中国海軍がいったんY-8Qという近代的対潜哨戒機を手にしたならば、瞬く間に数量を増やすとともに、米海軍のP-8や海自のP-1に猛追しようとすることは間違いない。 電波科学研究施設の目的は? Y-8Q対潜哨戒機以外にも、中国海軍は南シナ海や東シナ海に「海底科学観測情報網」を設置する作業を開始している。 海底科学観測情報網は海洋環境観測や災害予防のための科学データを収集する設備であるとされている。だが米海軍関係者は、「海底科学情報網は明らかに中国版『SOSUS』である」と考えている。SOSUSというのは、アメリカ海軍が世界中の戦略的要衝である海洋の海底に張り巡らせた音響監視システムで、潜水艦の動向を探知する大がかりなシステムである。 中国海軍は、米海軍や海上自衛隊の後塵を拝している対潜能力を一気に挽回するために、超電導技術を応用した潜水艦探査技術の開発や、極超長波(ELF、一般的に3kHz以下)と呼ばれる低周波電波を用いて遠隔地から潜水艦を探査する技術の開発などを推し進めているといわれている。同時に、米海軍や海自などが潜航中潜水艦との通信に用いている超長波(VLF、3kHz〜30kHz)や極超長波といった超低周波数帯域の通信を攪乱することにより、敵潜水艦の作戦能力を減衰させる技術も鋭意開発中の模様である。 そして、海南島に建設される「高出力非干渉性散乱レーダー」を中心とする電波科学研究施設こそが、極超長波を利用して潜水艦を探知したり通信を攪乱したりする海軍秘密兵器の研究あるいは運用施設ではないか? という推理がなされているのだ。 通常、この種のレーダー施設は人里離れた辺鄙な土地に建設されるのが常である。それにもかかわらず、三亜市郊外という比較的人口が密集している土地に建設し、そのうえ三亜には中国海軍原子力潜水艦基地が存在していることが、その推理の根拠である。 中国海軍が、かつてアメリカ海軍が手にしようとした極超長波を利用した対潜水艦戦能力を手にした場合(それは近い将来には実現するものと思われるのだが)、現在のところは優勢なアメリカ海軍や海上自衛隊の潜水艦作戦能力が、劣勢に転じてしまうことになりかねないのだ。 ロシア軍大演習に中国軍が初参加」が意味するもの
安倍首相のウラジオストク訪問時に中露は合同軍事演習 2018.9.6(木) 新潮社フォーサイト ◎新潮社フォーサイトの関連記事 ・「ポンペオ訪朝中止」の裏事情(中)決定打となった「秘密書簡」 ・5年ぶり「北方領土訪問」で体感したロシアの「意図」 ・英国が「実行犯」特定「ロシア元スパイ親子」暗殺未遂事件の真相
ロシア、戦勝記念日の軍事パレードで最新兵器を披露 ロシアの首都モスクワで行われた旧ソ連の対ナチス・ドイツ戦勝73年を記念する軍事パレードに登場した、最新鋭の極超音速ミサイル「キンジャル」を搭載したミグ31超音速迎撃機(2018年5月9日撮影)。(c)AFP PHOTO / Kirill KUDRYAVTSEV〔AFPBB News〕
(文:小泉悠) 秋はロシア軍の演習シーズンである。 ロシア軍の演習は12月1日から始まる冬季演習期間と、5月1日から始まる夏季訓練期間に分かれており、後者の半ばにあたる8月から9月頃に、軍管区単位の大演習(ロシア軍の分類に従えば戦略指揮参謀演習)が行われるというのが通例だ。ことに近年では演習の規模が巨大化する傾向があり、10万人以上の兵力が動員されることも珍しくない。 この種の大演習は4つの軍管区(西部、南部、中央、東部)の持ち回りで実施されるので、それぞれの軍管区では4年に1回の頻度で大演習が巡ってくるということになる。演習には当該軍管区の部隊だけでなく、他の軍管区からも部隊が派遣されてくるのが通例であり、場合によっては同盟国軍が参加することもある(たとえば西部軍管区であればベラルーシ、中央軍管区であれば中央アジア諸国が参加する)。 仮想敵に日本が含まれている 2018年度大演習の舞台として予定されているのは、東部軍管区だ。同軍管区は東シベリアから極東、さらには北極圏東部までを含む広大な軍事行政単位であり、前回の「ヴォストーク(東方)2014」演習では15万人以上の大兵力が動員された(ただし、そのすべてが演習に参加したのか、軍管区内の兵力をすべてカウントしているだけなのかは明らかでない)。今年の大演習はそれから4年を経て巡ってきたもので、「ヴォストーク2018」と名付けられている。演習の実施時期については今年8月から9月とされているが、具体的な開始及び終了時期についてはまだ公式発表が見られない。 一連の「ヴォストーク」演習が日本にとって重要なのは、まずもって、その仮想敵に日本が含まれているという点にある。「ヴォストーク2014」の際にロシア国防省の機関紙『赤い星』が報じたところによると、同演習は仮想国家「北方連邦」と島を巡って領土問題を抱えた仮想国家「ハンコリヤ」が、軍事紛争に陥るという想定で実施された。さらにこの紛争がエスカレートしたことにより、NATO(北大西洋条約機構)の主導的大国である「ミズーリヤ」が介入し、太平洋におけるロシアの内海を奪取しようと試みることも想定されていたという。具体的な国名は伏せられているものの、北方領土を巡る日露紛争が対米戦争にまでエスカレートするというシナリオであることは明らかであろう。 さらにこの演習の過程では、ベーリング海峡を挟んで米領アラスカに接するチュコト半島や北極圏のウランゲリ島に防衛部隊を送り込む演習を実施しており、北極防衛の重要性がかつてなく強調されたことも注目される。地域紛争が対米戦争にエスカレートした場合、それが全面核戦争へと至らないように核抑止力を確保する必要が生じる。この意味では報復攻撃用の弾道ミサイル原潜が遊弋(ゆうよく)する北極海およびオホーツク海の防衛は、死活的な意義を帯びることになる。 また、これと並行してロシア軍は極東部に大規模な増援部隊を送り込み、大規模な地上戦訓練も実施した。こちらについては具体的なシナリオが明らかにされていないが、中国を想定した訓練であった可能性が高いと見られている。純粋に軍事的な観点からすれば、ロシアにとっての中国は依然として仮想敵であることが伺われよう。 「ヴォストーク」への外国軍の参加は初 翻って今回の「ヴォストーク2018」では、いくつかの継続性と変化が予想されている。 本コラムは新潮社の会員制国際情報サイト「新潮社フォーサイト」の提供記事です。フォーサイトの会員登録はこちら 継続性について言えば、北方領土を巡る日本との紛争の可能性は、依然として主要なシナリオの1つに留まる可能性が高い。「ヴォストーク2018」の開始に先立ち、ロシアは択捉島に戦闘機を配備しており、従来から駐留している陸軍部隊や海軍の地対艦ミサイル部隊(2016年には最新鋭の3K55バスチオンが択捉島に、3K60バルが国後島に配備された)とともに、北方領土の防衛訓練が従来以上の規模で実施されることになろう。 北極圏においては、西部軍管区に所属する北方艦隊が、「ヴォストーク」演習の枠組みでは初めて参加することが予告されているほか、8月に入ってからチュコト半島のアナドゥイリ飛行場に、Tu-160超音速爆撃機部隊が展開したと報じられている。北極防衛に加え、隣接するアラスカの米ミサイル防衛システムに対する攻撃が想定されていると見られる。 一方、変化として注目されるのは、「ヴォストーク2018」に中国軍およびモンゴル軍が参加すると報じられている点だ。これまで「ヴォストーク」演習はロシア軍単独の演習として実施されてきており、外国軍の参加は初となる。 なかでも大きなインパクトを持つのは、中国軍の参加であろう。中国側の発表によると、「ヴォストーク2018」に派遣される兵力は人員3200名、兵器900、航空機・ヘリコプター30機であり、ザバイカル地方のツゴル演習場で訓練を行うとされているから、巨大な演習の一部に過ぎないと言えないことはない。また、中露はこれまでにも上海協力機構の枠内で「平和使命演習」を、2国間ベースで「海上連携」演習を行ってきており、両国の合同演習が珍しいというわけでもない。 しかし、前述したように、「ヴォストーク」演習は、もともと対日米戦争に加えて対中戦争をも想定した演習であった。そこに中国が友軍として参加するとなれば、昨今の中露接近の動きにおける新たな契機とみなすことができよう。 政治の論理は軍事の論理を包含する 日本にとっての「ヴォストーク2018」の意義を読み解くうえでは、軍事の論理と政治の論理を区別することが必要である。 軍事の論理とは次のようなものだ。すなわち、脅威とは敵の能力に意図を乗じたものとして理解されるが、意図は変化しやすく、かならずしも明瞭でない。したがって、脅威評価はより計測しやすい能力を基盤としなければならない。北方領土を巡る日露の軍事的衝突は現実に予期し難いにせよ(つまり「蓋然性」は低いとしても)、その「可能性」が存在する以上は備える必要がある、ということになる。 「ヴォストーク2018」も軍事組織であるロシア軍が立案し、実行するからには、基本的にこのような論理に基づくものと考えてよいだろう。領土紛争が存在する以上はそれが軍事紛争となることを想定しなければならず、仮想敵が米国の同盟国であるならば、米国の介入という最悪の事態も当然、覚悟しておかなければならない。 これまでは仮想敵であった中国を参加させるという転換に際しても、ロシア軍参謀本部内では、現在でも中国は仮想敵の1つにとどまっているはずであり、中国の姿がない場所では依然として、対中国戦争を想定した訓練も行われる可能性が高い。現にロシア軍は「ヴォストーク2018」に向けて、大規模な地上兵力の動員準備を行っているが、極東においてこれだけの地上兵力を必要とする事態は対中国戦争だけである。 だが、政治の論理はこうした軍事の論理を包含する、より広範なものである。この場合で言えば、純粋な軍事の論理に従って大々的な対日米戦争演習を行い、さらには中国を招き入れることが、当面の対日・対米・対中関係においていかなる政治的反応を引き起こすか、という包括的な計算がかならず存在する。 特に中国との合同演習が予定されている9月11日から15日という時期は、ウラジオストクで開催される「東方経済フォーラム」(9月11〜13日)と重なっており、開催前日の9月10日には、日露首脳会談が行われる見込みと伝えられている。 このようなタイミングにおいて、政治の側が軍事の論理を妨げようとしていないという事実(たとえばウラジーミル・プーチン露大統領は北方領土での演習を控えめなものとするよう軍に命じることもできるし、中国との合同演習のタイミングをずらすこともできる)は、政治の論理がそれを求めている可能性を示唆する。 中露のさらなる軍事的接近もありえる より具体的に考えてみよう。 安倍晋三首相がウラジオストクを訪問するとき、北方領土では戦闘機の展開を含む活発な軍事活動が行われ、ロシア本土では中露の合同軍事演習が展開されていることになる。ロシア国防省はプーチン大統領が「ヴォストーク2018」を検閲する可能性も示唆していることから、同じく「東方経済フォーラム」を訪問予定の習近平中国国家主席とともに、ツゴル演習場で中露演習の模様を観戦するというシナリオも考えられないではない。 このような「舞台装置」が、日本側に対してどのようなメッセージを孕んでいるかは明らかであろう。北方領土問題においては、ロシアの実行支配と軍事的防衛の意図をあくまでも強調し、日本側がロシアに対してあらゆる妥協を拒めば、中露のさらなる軍事的接近もありえるということだ。 一般的なイメージに反して、ロシア人はもてなし好きである。遠方からの客人には、こちらが面食らうほどの歓迎を示してくれることも珍しくない。ただ、今回の「歓迎」は派手ではあるが、かなり手荒いものであることも覚悟すべきであろう。 小泉悠 1982年千葉県生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修了。民間企業勤務を経て、外務省専門分析員、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究員として2009年〜2011年ロシアに滞在。現在は公益財団法人「未来工学研究所」で客員研究員を務める。専門はロシアの軍事・安全保障。主著に『軍事大国ロシア 新たな世界戦略と行動原理』(作品社)、『プーチンの国家戦略 岐路に立つ「強国」ロシア』(東京堂出版)。ロシア専門家としてメディア出演多数。
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