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ロシア元スパイの相次ぐ暗殺は、情報機関の暴走説
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2018/07/post-10543.php
2018年7月5日(木)18時45分 オーエン・マシューズ ニューズウィーク
イギリスで起きたロシア人元スパイの暗殺未遂事件は誰の仕業か Peter Nicholls-REUTERS
<プーチンは黒幕ではなく、配下のスパイ組織をコントロールできないだけ?>
「裏切り者は死ぬ」と男は言った。「友人や戦友を裏切った奴は、代償に何を得ても(イエスを売ったユダのように)銀貨30枚によって命を落とす」
映画『ゴッドファーザー』に登場するイタリアマフィアのボスのせりふではない。2010年当時、ロシアの首相だったウラジーミル・プーチンがテレビ番組で発した言葉だ。
自分に歯向かう者には容赦なく刺客を送る――プーチンにはそんなイメージが付きまとう。それだけに今年3月、ロシア人元スパイのセルゲイ・スクリパリがイギリス南部の町で襲撃された際に英メディアがロシアの仕業だと非難しても、さほど意外性はなかった。
プーチン大統領が国外在住のロシア人の暗殺を命じていたとすれば言語道断だ。しかし、それ以上に恐ろしいシナリオも考えられる。スクリパリの暗殺未遂事件がロシアの情報機関の独断による犯行だったという可能性だ。
プーチン政権に批判的だったアレクサンドル・リトビネンコが06年にロンドンで毒殺された事件や、野党指導者ボリス・ネムツォフが15年にモスクワで射殺された事件などプーチンは多くの反体制派の粛清に関与しているとされる。
だが、プーチンが黒幕として全てを操っているわけではない可能性もある。もしも彼が平凡な独裁者にすぎず、配下の残忍なスパイ集団をコントロールできていないとしたら......?
スクリパリ襲撃事件の直後、ロシア当局は関与を否定し、イギリスによる反ロシアキャンペーンの一環だと猛反発した。実際、この事件はリトビネンコのときとは違って公衆の面前で実行され、犯行の痕跡も残されている。
■組織間の対立が事件の引き金か
リトビネンコはお茶に混入された放射性物質ポロニウム210を摂取して死亡した。この物質は体内で急速に崩壊するため検出が困難で、それ故に冷戦期には暗殺の手段としてKGBに重宝された。
一方、スクリパリの事件では警察は事件後まもなく神経剤による犯行と特定。この神経剤は時間がたっても消えないため、最初に現場に駆け付けた警官も重大な被害を受けた。
猛毒の神経剤を入手できるのは国家機関だけだという見方もあるが、犯行をプーチンが指示したかどうかは別問題だ。ある元KGB職員は「われわれの仲間ならあれほど手際が悪いはずがない。ロシアの犯行に見せ掛けようとする挑発行為だ」と語る。
スクリパリの襲撃犯が政治的な影響に配慮していなかった可能性もある。プラハ国際関係研究所のマーク・ガレオッティは、各種治安機関に対するプーチンの統制に「ひび」が入っており、組織間の対立がスクリパリ襲撃事件を引き起こした可能性を指摘する。
KGBの後継機関でかつて国内の治安を担っていたロシア連邦保安局(FSB)が最近「国外での活動を活発化させている」と、ガレオッティは言う。
FSBは情報機関として長い歴史を持つロシア軍参謀本部情報総局(GRU)とは別組織で、大統領府の庇護下にあるため「旧来の常識を知らないし、気にしてもいない。極めて強大で、外務省が困る事態を引き起こすこともいとわない。素人っぽいが、好戦的だ」。
FSBがロシア政府に不都合な人物を国外で殺害できる権限は、テロ対策の名目で06年に成立した法律に基づいている。プーチンの10年の「裏切り者は死ぬ」発言も、情報機関に殺害のお墨付きを与えた。
それでもなぜ今になってスクリパリは殺されたのか。彼は19年前にGRUを去り、イギリスで静かに暮らしていた。リトビネンコと違い、殺害時点で英情報機関と関係していた証拠はない。個人的な恨みとの説もある。90年代に彼の裏切りで300人ものGRU関係者の身元が暴露されたと言われている。
いずれにしても、FSBの関与が確認されれば対ロシア制裁は一段と厳しくなる。ロシアは戦争状態にあると訴えることで求心力を高めてきたプーチンには好都合だが、ロシア経済は深刻な打撃を受ける。ロシア人スパイはこれまで以上に自由に世界各地で暗殺を繰り返すだろうが。
<本誌2018年7月3日号「特集:おそロシア」より転載>
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