起こるべくして起こったヤマト過大請求 目覚めよサプライチェーン 2018年9月5日(水) 牧野 直哉 (写真=PIXTA) 7月上旬に内部告発で明るみに出たヤマトホームコンビニエンスによる引越代金の過大請求問題。先週第三者委員会による調査結果が公表された。第三者委員会は、過大請求を行ったヤマトホームコンビニエンスだけではなく、監督責任のあるヤマトホールディングス(HD)の経営体質の問題を指摘した。
2種類の「お客さま」が過大請求を助長した 今回の問題は、ヤマトホームコンビニエンスが請け負った引っ越しの法人契約で発生した。ヤマトホールディングス調査委員会が発表した「調査報告書」19ページの「法人契約引っ越しサービスの流れ」に記載されている契約から受注、見積もり、搬出作業、搬入作業、請求へと至るフローを見れば、今回の過大請求の発生理由が極めて明確に理解できる。ポイントは2種類の「お客さま」である。 まず、引っ越しする業者を選定するのは「お客さま(法人)」である。法人が依頼する引っ越し需要の発生は、社命による転勤が想像しやすい。実際に国内における引っ越し需要は、新年度に合わせた3〜4月で全体の3割にもおよぶ。会社都合だから、従業員やその家族の移動にともなう費用は会社が負担する。したがって、実際に引っ越しをしなければならない「お客さま(本人)」は、引っ越し業務の発注先を決定した担当者とは、異なるケースが多いはずだ。今回の過大請求は、発注決定者と発注したサービスの受益者が異なっているために発生したのである。 2種類の「お客さま」に必要なコミュニケーション 引っ越し業者の選定者と、引っ越しサービスの受益者のように、発注先を決定する人と、発注したモノやサービスを受け取る人が異なるのは、企業における外部業者活用では一般的である。むしろ、恣意的な発注業者選定を防ぐためには好ましい状態である。しかし、好ましい状態を機能させ維持するためには、選定した業者が見積もり金額に見合ったサービスを提供しているかどうかの確認と、選定者、受益者の適切なコミュニケーションが欠かせない。これがサプライチェーンの各所で確実に実現しなければ、サプライチェーン全体でのQCD(Quality、Cost、Delivery)すべてにおける健全性が確保されない。今回のケースで言えば、引っ越し業者を選定し見積もりを入手した担当者が、見積もり内容通りの作業が行われたかどうかを確認しなければ、今回のような「過大請求」が発生する可能性が高くなるのである。 本来的には、サービスが適切に行われたかどうかの確認がなければ支払いができないはずだ。しかし、サービスの受益者が無事に引っ越し先に家財道具を移動させ、新たな住居への移転完了によって、赴任地へ出勤すれば、サービスが提供されたと判断していたのであろう。引っ越しサービスの受益者も、作業の完了時点で、作業完了のサインを行っているはずだ。しかし、実態として実際に運送した内容と、事前見積もり内容等の違いを詳細にはチェックしていなかった可能性が高い。 過大請求の根拠になった「標準引越運送約款」 もう一つ、今回の問題が「過大請求」とされる根拠がある。国土交通省によって示されている「標準引越運送約款」である。第十九条には「運賃等の収受」が規定されている。その中の4項には「実際に要する運賃等の合計額が見積書に記載した運賃等(以下「見積運賃等」。という)の合計額より少ない場合 実際に要する運賃等の合計額及びその内容に修正します。(4項一号)」と明記されている。この規定によって、見積もり時点よりも実際に荷物が少なかった場合、運送内容に合わせて見積もり金額を修正して請求しなければならないのである。見積もり内容と、実際の作業内容の対比が必要なのである。 今回の問題は、正しい作業の完了、そして見積もり金額の修正に必要な、正しくサービスが提供されたかどうかを判断する「検収」行為が正しく行われていなかったのも発生要因である。過大請求の事実が明るみに出た後、ヤマトホームコンビニエンスは、2640社の顧客に謝罪と事実関係の報告を行った。謝罪があった顧客企業はもちろん、他の引っ越し業者と法人契約を行っている企業も、引っ越しが正しく完了した検収行為がどのように行われているのか。引っ越しサービスの受益者も、見積もり内容に対して実際の運送内容が異なっていた場合は、料金の見直しが可能であるとの理解と実践が欠かせないだろう。 わかりづらく手間のかかる「見積もり」 しかし、価格見直しの基準になる見積もりについても、非常にわかりづらい。近年、インターネットを活用してさまざまな業者に一括で見積もり依頼が可能なサービスが提供されている。引っ越しだけではなく、自家用車の買い取りや、最近では弁護士についても同じようなサービスが登場している。引っ越しの見積もり依頼を行えば、インターネットで依頼を行ってから数分でさまざまな業者から、見積もりに必要な自宅訪問の打診が電話で行われる。 引っ越しの一括見積もり依頼サービスには、見積もり依頼の時点で大まかな金額を提示してくれるサイトもある。この提示される金額がとても悩ましい。筆者が自宅を例に一括見積もりサービスを行ったサイトでは、最安値と最高値に実に3倍もの開きがあった。もちろんこれは概算金額だと理解している。しかし、全く同じ条件で見積もり依頼しているにもかかわらず、これだけの金額差が生じるのはなぜか。 購入頻度の高いモノやサービスであれば、金額差の理由を追及するだろう。しかし、国立社会保障・人口問題研究所が行っている「人口移動調査」の最新の調査結果でも、全世代における引っ越しの平均回数は3.04回となっており、もっとも回数の多い50歳代前半でも4回程度である。この頻度なら、3倍にもおよぶ見積もり金額の違いを精査せず「よくわからない価格設定」といった印象のみが残ってしまうに違いない。 こういった状況は、国も業界も問題視している。標準引越運送約款では、第十八条「運賃及び料金」で、運賃料金表を整備したり、運賃や料金とその適用方法の店頭への掲示を規定したりしている。よくわからない料金体系をわかりやすく、理解しやすくといった熱意はうかがえる。しかし筆者の経験でも、引っ越し業者の営業所や事業所を訪問した経験はない。料金体系を店頭に提示しても、効果のほどは期待できないはずだ。 「過大請求」された側の問題点 過大請求が行われたのは法人契約とされている。「悪意」をもって見積もり金額を上乗せしたとも指摘されており、そういった企業姿勢は糾弾されてもやむを得ない。しかし、顧客側でも正しく引っ越し作業が行われたかどうかを確認しなければならない。作業に見合った対価を支払うといった外部発注業務の基本が守られていなかった点が、過大請求を助長したのは否めない。 引っ越し作業は、運送するモノや運送元、運送先まで含めて考えると、なかなか標準化が難しい。こういった毎回必ず発生する違いを許容し、かつ受注した引っ越しトータルの帳尻あわせで利益を確保するために、過大請求全体の16%で「悪意」のある金額の上乗せが行われたのである。こういった行為に対抗するためには、根拠のない信頼関係に依存するのではなく、作業内容の確認を行って、信頼関係の見える化が欠かせない。作業内容に見合わない請求を見抜く取り組みが、発注する側にも必要なのである。 今回の過大請求を巡っては、サービスを提供するヤマトホームコンビニエンスや、ヤマトHDへの手厳しいコメントが目立つ。しかし、今回の過大請求発生の構図は、なにもヤマトホームコンビニエンスのみで特異に発生しているのではない。引っ越しを請け負うすべての企業で同様のジレンマにさいなまれているはずだ。引っ越しにまつわる法人契約を行っている企業では、必要以上に支払わないためにも検収方法の見直しを今、行うべきなのである。 このコラムについて 目覚めよサプライチェーン 自動車業界では、トヨタ自動車、本田技研工業、日産自動車。電機メーカーでは、ソニー、パナソニック、シャープ、東芝、三菱電機、日立製作所。これら企業が「The 日系企業」であり、「The ものづくり」の代表だった。それが、現在では、アップルやサムスン、フォックスコンなどが、ネオ製造業として台頭している。また、P&G、ウォルマート、ジョンソン・アンド・ジョンソンが製造業以上にすぐれたサプライチェーンを構築したり、IBM、ヒューレット・パッカードがBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)を開始したりと、これまでのパラダイムを外れた事象が次々と出てきている。海外での先端の、「ものづくり」、「サプライチェーン」、そして製造業の将来はどう報じられているのか。本コラムでは、海外のニュースを紹介する。そして、著者が主領域とする調達・購買・サプライチェーン領域の知識も織り込みながら、日本メーカーへのヒントをお渡しする。
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