「オフィスと社員はもう要らない」孫泰蔵「思考停止を疑え」「経路依存性」という悪習慣 2018年8月30日(木) 孫 泰蔵 その「常識」は本当に必要? 「あたりまえ」から踏み出して新しい発想を生む視点や思考の組み立て方、その実践方法について、スタートアップを支援する投資家、アクセラレーターとして活躍する孫泰蔵さんに聞いた。 (聞き手:日経BP社出版局編集第一部長・中川ヒロミ) 初回のテーマは、「オフィスと社員はもう要らない」。いきなり衝撃的ですが……。
孫泰蔵氏(以下、孫):大げさでなく、その通りだと考えています。この取材を受けている今日は2018年7月で、場所は僕が5年前に設立した会社、Mistletoe(ミスルトウ)が3年前に開設したオフィスですが、実は今月末にここのオフィスを完全閉鎖することを決めました。 ええ! Mistletoeのオフィスといえば、孫さんが支援するスタートアップ企業が集まる最先端のコワーキングスペースとしても知られていますが。広さもかなりありますよね。 孫:400坪ありますが、サッパリ消滅します。決めたのは今年の4月頃。ちょうど更新の時期で、家主から「更新しますよね?」という問い合わせが来た時に、「うーん、やめますか」と(笑)。相手も「え?」って驚いてましたが、社内であらためて話し合って、「やっぱりやめよう」ということになったんです。 皆さん、すぐに納得したんでしょうか? 孫:いえ、かなり議論しました。もともと環境整備について考える定例会で度々上がっていたテーマではあったんですね。事業の流れとしてはむしろ拡大方向にあるのに、それに逆行する形でオフィスをなくすことへの抵抗は少なからずありました。現時点で200人くらいが出入りしているオフィスですしね。 孫さんが「オフィスは不要」と決定できた理由を教えてください。 孫:ゼロベースで問いを立てていくと、自然とそう結論づいたというだけです。まず、そもそもオフィスとは何か? と考えてみました。広いフロアに机と椅子が整然と並んで、ミーティングスペースがあって、食堂や休憩室がある。多少の違いはあれど、まぁ、それが基本形ですよね。つまり、オフィスの機能とは「仕事をする場所」でした。 でも、ホワイトカラーの仕事に関して言えば、今や「仕事をする場所」は自宅やカフェ、どこでも可能になってきているわけです。会議もオンライン化が加速的に進んでいます。「そうは言っても、リアルなコミュニケーションには勝てないでしょ?」と疑う人は多いかもしれませんが、技術面の現実的な予測として、5年後にはリモートワークのストレスはほぼゼロになります。実際、目の網膜に直接映像を投影する技術の開発が進んでいて、360度の視界に映像の合成投影ができる環境はいずれ実現します。人間の目は5Kを超える映像は現実と区別できないと言われているので、「目の前で商談していると信じ切っていた相手が、実はジャカルタにいた」なんてことがざらになるでしょう。 とは言え、早くて5年先だと。今月末にオフィスを閉鎖というのは早過ぎませんか?
孫:今現在の僕たちの働き方だけで判断してみても、充分に早過ぎないと思えたんですよね。僕はシンガポール在住ですが、現地のオフィスに行くことも今はほとんどありません。すべてのミーティングが「ZOOM」というビデオ会議ツールで行われていて、出社する必要がない。「working anywhere(どこで働いてもいい)」という制度はすでに導入済みです。 リアル会議と比べての良さは、議題についての話が済んだら「じゃ」とすぐに終えて、次のミーティングに移れること。リアル会議だと、40分で話は終わっているのに、1時間終了するまでの20分間、なんとなく雑談が続くようなムダが生まれませんか。それをなくせるのは大きなメリット。移動の時間的・体力的負担もない。 さらに言えば、僕は同時に2、3個のミーティングを同時進行しています。「ふむふむ、なるほど。じゃ、この点についてちょっと皆で考えてみて」とチャネルを切り替えて「こっちはどんな感じ? ふむふむ」と。そしてまたチャネルを戻して「結論出た?」みたいな感じで。濃密なマルチタスクなので頭はめっちゃ疲れますが、単純に生産性は1.8倍くらいにはなっていると思いますよね。これができるのは、充分に価値観を共有できている相手だからなので、初対面の人とはできるだけ直接会うようにはしていますが。 一方で、常に感じてきた違和感があって、僕は1人でビデオ会議に参加しているのに、相手はオフィスに集合して5人まとめて画面に映っていたりするんですよ。「どこで働いてもいいんだから、皆バラバラでいいはずなのに、なんで集まってんの?」と。 「習慣を変えるのは億劫」の罠 オフィスがあるから、とりあえず集まった方が安心と思う人は多いかもしれませんね。 孫:それが「経路依存性」という悪なんです。人間の習性として、一度慣れ親しんだものを変えることに億劫になってしまう。ただ「今までやっていたから」というだけで、明日も同じ行動を取ろうとする。だからいくら技術的に可能な環境が整っても、相変わらず朝から出勤したりするんですよ。「なんで会社に来てるの。バカじゃないの?」と僕は怒るわけです。 社長は「会社に来ないなんてけしからん」と怒るのがフツウだと思いますが、会社に来ると怒られるとは(笑)。
孫:だって、朝の通勤ラッシュって地獄じゃないですか。狭い空間にギュウギュウと詰め込まれて、1時間以上も揺られるだけなんて。人類の恥ずべき歴史として語られる奴隷船の絵図と何も変わりませんよ。あれを酷いと言うなら、現在の東京の通勤電車をすぐに改めるべきですよね。精神を蝕まれるような働き方は、僕は選択すべきではないと思っているんです。 「オフィスの必要性」を徹底議論してみると 社内の反対意見に対してはどう説得を?
孫:まず、「オフィスは本当に必要なのか?」という議論からスタートしました。必要派からは「顔を合わせて会議がやりたいです」という意見がありました。「会議は会議室じゃなくてもできるでしょ?」と返すと、「いや、オンラインでは難しいです」と言う。なぜ難しいのかと問うと、「相手の息遣いが伝わらないと…」と言う。「相手の息遣いが伝わらないと決まらない会議ってどんな会議?」と聞くと、特に見当たらない。「チームビルディングのために必要です」という意見もありましたが、「そもそもチームビルディングって何? 仮に直接会って相手の顔色が悪かったとして、何ができる?『大丈夫?』って声を掛けることで相手は一時的に気が晴れるかもしれないけれど、根本的解決になっていないよね。その解決に向かう働き方を実現するほうが、よっぽどチームビルディングに役立つかもしれないよ」と話していきました。 なるほど。問いを突き詰めていくと、納得できますね。 孫:僕は何も相手を言い負かそうなんてまったく思っていなくて、「なんとなく経路依存するのは止めよう。ゼロに戻って考えよう」と伝えたかったんです。これはいつも僕がミーティングで言っている口癖のようなものですが、何事も思考停止に陥っては終わり。常に問いを立て直す意識がないと、会社も淘汰されていく時代なんです。 「Slack」のようなビジネスチャットツールを社内のコミュニケーションベースにすることの是非もよく議論されていると思いますが、僕の考えでは“やり方次第”ということに尽きます。例えば、僕が参加している「Slack」のチャネルグループは数十あるのですが、原則としてどんな小さなこともここで共有するようにしています。「口頭で少人数だけが知る」ということがないように、情報を徹底的に共有することが重要。年に1、2回しか顔を出さない会社でも、何が起きているかは全部把握できています。しかも、「1対1のダイレクトメッセージは無し」に。なぜなら、皆に共有できない情報なんてあるはずがない、という前提があるからです。 でも、「あの人、ちょっと怒ってるよね」とかオフラインで言いたくなることはあると思うんですが。 孫:なぜ誰かが怒る状況になっちゃったのか? という問題解決をすべきですよね。ストレスを溜める原因には、きっと特定の誰かに仕事が集中していたり、情報の偏りがあったりと、必ず原因がある。情報を全員でフルオープンにしておくと、ストレスが発生する芽に誰かが気づいて、肥大化する前に摘み取ることができるんです。 ありがちなのが、プロジェクトが進む途中段階で、偉い人が「俺は聞いていないぞ」とヘソを曲げるとか。情報共有が徹底していたら、そういった非効率も防げると。 孫:そう思います。ただし、「読んでいなかったあなたが悪い」と言うのも禁止にしています。多忙な相手に対して勝手にメッセージを送って「読まない方が悪い」と責めるのは理不尽ですから。必ず読んでほしい相手には、必ず相手の名前を入れて通知が届くようにして、読んだ相手は何らか返信をするというルールにしています。こういったコミュニケーションを上司部下関係なく続けていると、結果的に組織はフラットになりました。 それでうまくっているんですか? 孫:すごくうまくいっています。うち、稟議も承認もなくなりました。経費の使い道さえ、そのプロセスをオープンしておけば勝手に進めていいんです。 唯一見つかったオフィスの重要な機能 使い込んじゃった、みたいな例は出ないんですか?
孫:唯一あったのは、同じ製品をダブル発注しちゃったというミス。この時も「買いました」「え、俺も買っちゃった! アイヤー」みたいなやりとりがあって。すると面白いのが、「じゃあ、余った1個をどう活用する?」というアイディアが共有されていくんです。こういった日常的な問題解決はオンライン上で完結されているとなると、ますます「会議室は要らないよね」となる。 じゃあ、オフィスって他に何があったっけ? と考えていくと「食堂かな」と。でも、食堂ってあるから皆そこで食べているだけで、オフィスにある必然性は見つからない。「やっぱりオフィス、要らないんだ」と終わりかけたんですが、なんかモヤモヤするわけです。僕も含めて。何か見えていない“オフィスの重要な機能”があるのかもしれない、ともう一度じっくり考えてみたら、あったんです、1個だけ。その1個だけを表現した「新しいオフィス」を作ることにしました。 その機能とは? 孫:ミートアップ(出会いの場)です。つまり、皆、偶然の出会いから得られる気づきや刺激、交流を求めているんです。会議というのは議題と目的を決めて行うから、「いつ、誰と」という計画を立てることが可能で、オンラインに向いている。ミートアップは偶然性を重視するから、物理的に人と人が出会える場が重要。しかも、本当に人が集まるには、場の魅力を高めることが必須です。時間さえあれば行きたくなるような場所。だから、本気で面白い場づくりを演出しなければならない。 例えば、「今日は京都から食材を集めてとっておきの朝粥を提供しますよ」とか「シルク・ド・ソレイユのアクターが来てくれます」とか、あるいは「日中に休息するための極上の寝具を用意しました」とか。人間の本能に訴えるユニークな企画が満載の場所。そこで新たに必要になってくるのは、「労働環境デザイナー」です。備品の管理人ではなく、企画、デザインができる人。 オフィスというよりサロンに近いですね。 孫:一流ホテルのラウンジ以上の居心地と知的好奇心を満たせる場づくりを、これからやっていこうと思っています。しかも、1カ所ではなく、都内に何カ所も点在させる予定です。 さらに言うと、「社員」という雇用の仕方もなくしたいと思っています。会社と個人の関係を雇用ではなく対等な契約関係で成立させたいんです。個人が得意でやりたいプロジェクトと、会社が求める役割が一致したら、都度契約関係を結んでいく。複数の会社で仕事をするポートフォリオワーカーという働き方をどんどん取り入れていきたいと思っています。 「社員を管理しないと不安」「会社から管理されないと不安」と考える人がほとんどではないでしょうか。 孫:まさに思考停止が生む不安だと思います。ここでまず立てたいのは、「なんでサボっちゃダメなの?」という問いです。「サボっちゃダメに決まってるだろう!」と怒っている上司も、実はパソコンでゴルフ場の空き検索とかしていないですか? ぶっちゃけ、匿名で答えたら、皆、本音は「サボりたい」だと思うんです。 でも、本当に会社の業績がヤバい時には馬力が出るものだし、人によってパフォーマンスの出しどころや持ち味は違うもの。それを一律に管理したところで生産性が劇的に上がるわけでもないです。実際、メールの中身までチェックされるほどガチガチに管理されている金融機関や官公庁の人たちの生産性ってものすごく高いですか?「管理するほど人は真面目に働く」という考えが本当にそうなのか。これもイチから問い直すことが重要だと思っています。 なるほど。常に、「思考停止になっていないか?」と見直す姿勢でいようと。 孫:そうです。僕も指摘されることがありますよ。「泰蔵さん、思考停止になっていますよ」と。 孫さんに対して、社員の方々がそんな進言ができるんですか? 孫:できますよ。なぜなら、うちの会社は、評価と報酬を完全に切り離しているんです。つまり成績がいいからといって給料が上がるわけではないし、その逆もない。 会社を独立した自由人が集まる場に では、何によって給料の額が決まるんでしょうか? 孫:個々の事情によってです。例えば、仕事上でまったく同じ成果を上げた2人がいて、独身の1人暮らしで当面はそんなに生活に困っていないというAさんと、子どもが4人いて教育費に出費がかさむBさんだとすると、Bさんに多く取ってもらいます。それをアンフェアだと言う人もいるけれど、僕はむしろフェアだと思う。Aさんもいつか出費がかさむライフステージに来たら同じだけもらえばいい。「アメリカ人のように高い報酬を望む」と言うならアメリカに行って勝負をすべきであって、あの国は日本より家賃も物価も高いから、その分、報酬が必要になるというだけです。 「今の自分にとっていくら必要か」を正確に計算せずにむやみに「もっと稼がないと」と不安になっている人も多いので、その時は一緒に考えたり、「こういうふうにしたら、支出は抑えられるよ」と教えることもあります。オープンにすることで、お金の面の不安も解消しやすくなるんですよね。 報酬に関しても、よりオープンに個人と会社が交渉できる関係性を目指すということでしょうか。 孫:これまでの日本の企業文化では、社員と会社が1対1で報酬を交渉するという場面はほとんどなかったと思います。フリーランスの業務委託契約と同じように、「これだけのパフォーマンスを提供すると約束するから、これくらい欲しい」「その額を希望するなら、この部分をさらに強化して欲しい」といった交渉を誰もができるようになるといい。今の雇用関係は会社にとって有利な契約を一方的に結んでいるだけ。正社員という名の奴隷制だと言ってもいい。 とはいえ、いきなり「全員自立してください」は無理だと思うので、移行期間として「自立できるまでは社員としていていいです。ただし、奴隷ですけど(笑)」というステップになるかと思います。僕としては、社員に「社員なんて、いい加減やめときなよ。もっと自由に羽ばたきなよ」と言い回っていて、「社長がそんなこと言うのおかしいです」とツッコまれてます(笑)。 では、孫さんの会社には、いわゆる正社員はいなくなっていくと。 孫:独立した自由人が集まる場でありたいと思います。「属する」ための会社ではなく、やりたいことを実現するための仲間や環境が手に入る場所としての会社、すなわち「場」を目指したい。うちのリソースだけでは実現できないことがあれば、一部は他の会社でやればいい。言うなれば、Mistletoeは、「本気で遊びたい人のための遊び場」のようなものをイメージしています。そのかわり、遊ぶなら本気で遊べよ、と。 人材が流出する心配はない? 孫:むしろどんどん外の世界に飛び出してほしいと思います。その経験を経てなお、Mistletoeが魅力的だと感じてもらえる場であり続けていたら、また戻って来てくれたり、一緒に仕事をしてくれる相手として選んでもらえるでしょう。働く人を縛り付けるのではなく、仲間としてより良い関係を築くことにエネルギーを投入する。これがこれからの会社の活路だと思います。 とても新しい改革ですね。 孫:これくらい思い切らなければ「働き方改革」なんて言っちゃいけないと思いますよ。副業解禁くらいだと「働き方修正」レベルじゃないですか。バージョンが0.1上がったくらいのマイナーチェンジにしか思えません。 孫さんは教育に関しても提言があるのだとか。次回じっくり伺っていきます。 構成・文/宮本恵理子 写真/竹井俊晴
|