わが国の経済・物価情勢と金融政策 沖縄県金融経済懇談会における挨拶要旨 日本銀行政策委員会審議委員 鈴木 人司 2018年8月29日全文 [PDF 1,189KB] 図表 [PDF 728KB] 1.はじめに 日本銀行の鈴木でございます。本日は、沖縄県の金融・経済界を代表する皆様方にお集まり頂き、誠にありがとうございます。皆様には、日頃より日本銀行那覇支店の様々な業務運営に多大なご協力を頂いており、この場をお借りして厚くお礼申し上げます。 本日の懇談会では、まず私から経済・物価情勢と日本銀行の金融政策についてご説明させて頂いたうえで、沖縄県経済についても触れさせて頂きたいと思います。その後、皆様方から、当地の実情に即したお話や日本銀行の政策運営に対するご意見などを承りたく存じます。 2.最近の経済・物価情勢 海外経済 まず、海外経済についてですが、グローバルな製造業の業況感は足もと幾分低下してきているものの、総じてみれば着実な成長が続いています。米国経済は、企業の景況感も良好であり、雇用・所得環境や消費者マインドの改善等に支えられて個人消費も増加基調にあります。先行きも、緩やかな利上げが継続するとみられるものの、拡張的な財政政策に支えられ、雇用・所得環境の着実な改善を背景に景気は拡大を続けていくと予想されます。欧州については、本年1〜3月期にかけてユーロ高や天候要因等もあり経済成長が幾分減速し、4〜6月期にもう一段減速しましたが、生産面は基調として増加しており、先行きも回復が続くとみられます。中国経済は、固定資産投資の増勢が鈍化する中、米国との貿易摩擦問題の影響が懸念されるところですが、輸出や工業生産は堅調であり、総じて安定した成長を続けています。先行きも、当局が財政・金融政策を機動的に運営するもとで、概ね安定した成長経路をたどるものとみています。その他の新興国・資源国経済については、輸出の増加や各国の景気刺激策の効果等から、全体として緩やかに回復しており、先行きも先進国の着実な成長の波及や景気刺激策の効果等によって、成長率は徐々に高まっていくことが予想されます。 IMFが7月に発表した世界経済の成長見通しによれば、2018年は2017年を上回るプラス3.9%の成長が見込まれており、各国の財政・金融政策や構造改革の動向次第では、経済が上振れる可能性もあると考えられます(図表1)。もっとも、足もとは経済への下振れ方向の不確実性が高まりつつある点にも留意が必要です。具体的には、米国の保護貿易主義的な措置とそれに対する各国の報復措置によって、世界の貿易量の減少や国際金融市場への影響が懸念されます。加えて、英国のEU離脱交渉の展開や南欧の政局、原油価格の動向、地政学リスク、中国経済の減速等についても引き続き注視していく必要があります。 この点、新興国経済では、米ドル建て債務がこの10年間ほどの間に拡大してきた中で、米国金利の上昇や返済原資となる自国通貨の下落、通貨防衛やインフレ抑制のための利上げによる経済の減速といった状況に直面しています。現時点では、それらが世界経済へもたらす影響は限定的とみられますが、今後も情勢を注意深く見守っていくことが重要です。 国内経済の現状と先行き 次に、わが国の経済についてですが、わが国の景気は、所得から支出への前向きの循環メカニズムが働くもとで、緩やかに拡大し、需給ギャップも需要超過を維持しています(図表2)。本年1〜3月期は天候要因等から一時的にマイナス成長となりましたが、4〜6月期の実質GDP成長率(速報値)は、個人消費の復調や設備投資の伸び率の拡大等を背景に、はっきりとしたプラス成長となりました(図表3)。日本銀行が7月に公表した「地域経済報告」、いわゆる「さくらレポート」では、全国9地域のうち九州・沖縄を含む6地域で景気の総括判断を「拡大している」、「緩やかに拡大している」としております(図表4)。九州・沖縄地域については、公共投資が高水準にあり、設備投資も増加する中で、雇用・所得環境の改善を背景に個人消費も緩やかに増加しており、しっかりとした足取りで、緩やかに景気が拡大しています。特に、沖縄県では、足もとは台風等の影響がみられていますが、国内外からの観光客が増加基調にある中で、インバウンド消費の拡大やホテル建設等の民間設備投資の増加等がみられており、これらが景気の牽引役となっています。 また、景気の拡大とともに、労働需給は着実に引き締まってきており、短観の雇用人員判断DIでみた企業の人手不足感は幅広い業種で高水準にあるほか、失業率も足もと2%台半ばまで低下してきています。有効求人倍率は1974年以来の高水準にあり、正社員の有効求人倍率については、調査が開始された2004年11月以降のピークを更新しています(図表5)。こうした状況を踏まえ、幅広い業種において、AIやRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)の活用等も含めた省力化投資が積極化しています。この点、AIやRPAの活用が進められた場合、人間の雇用が機械に置き換えられてしまう「代替効果」が想定されますが、自動化によるコスト削減に伴う経済の拡大や、技術革新による新たな財・サービスの提供のための新規雇用の創出も考えられますので、経済全体としてさらなる成長につながる可能性もあるとみています。このことは、少子高齢化という課題に取り組んでいるわが国において一つの糸口ともなり得るものであり、実際、海外では、AIの活用等により想定される経済へのポジティブな効果とネガティブな効果の双方を分析しつつ、今後社会が取り組むべき課題を指摘する研究1もあります。 先行きのわが国経済については、緩やかな拡大を続けるとみられます。2018年度は、海外経済が着実な成長を続けるもとで、きわめて緩和的な金融環境や政府支出による下支えなどを背景に、潜在成長率を上回る成長を続けると考えられます。企業の成長期待の高まりやオリンピック関連投資の本格化、人手不足に対応した省力化投資の増加など、設備投資は増加を続けると予想されます。また、個人消費も、雇用・所得環境の改善が続くもとで、緩やかな増加基調をたどるとみられるほか、海外経済の成長を背景に、輸出も基調として緩やかな増加を続けると考えられます。2019年度から2020年度については、資本ストックの蓄積やオリンピック関連需要の一巡による設備投資の減速が見込まれるほか、2019年度下期には消費税率引き上げによる一時的な個人消費の落ち込みも予想されますが、輸出の増加にも支えられ、景気の拡大基調は続くことが見込まれます。具体的に、日本銀行が7月に発表した展望レポートにおける政策委員の成長率見通しの中央値では、2018年度はプラス1.5%、2019年度、2020年度はプラス0.8%となっています(図表6)。なお、2019年10月に予定されている消費税率引き上げの影響については、駆け込み需要とその反動、および実質所得の減少効果という2つの経路による経済への影響が考えられますが、足もと政府による各種の負担軽減策等も進められており、2014年度の前回増税時と比べて小幅な影響に止まる可能性も相応にあるとみています。 Acemoglu, Daron and Pascual Restrepo (2018) “Artificial Intelligence, Automation and Work” NBER Working Paper No. 24196. 物価の現状と「物価安定の目標」の考え方 こうしたもとで、物価情勢についてみますと、生鮮食品を除く消費者物価(コアCPI)の前年比は、本年2月にプラス1%まで上昇した後、一旦は鈍化したものの、エネルギー価格の上昇もあって、足もとでは幾分持ち直しています(図表7)。 物価は、「経済の体温」とも呼ばれます。物価上昇率が、高過ぎず、低過ぎず、一定の水準で安定することは、日本経済全体を動かす原動力となると考えられます。例えば、人々が生み出す製品やサービスの付加価値が高まり価格が上昇する、すなわち物価が緩やかに上昇する環境においては、企業収益についても潤っていくことが考えられ、その場合には企業で働く労働者の賃金も増え、家計所得もまた潤うこととなります。家計が潤えば、人々がさらに企業の製品やサービスへの支出を増やすと考えられますので、企業収益が一層潤う――こうした好循環の流れをつくっていくことが重要ではないかと考えています。 では、その「経済の体温」はどの位がちょうど良いのか、ということですが、日本銀行では、これを「2%」とし、「物価安定の目標」と位置付けています。理由としては、第1に、消費者物価の統計上、数字が実勢よりも高めに出やすいという上方バイアス、すなわち「くせ」が指摘されていることがあります。また、第2に、中央銀行はインフレやデフレに対し、政策金利の上げ下げで対応していますが、金利を上げていく場合には、かなり高い金利まで引き上げが可能な一方、金利を下げていく場合には、大幅なマイナス金利は困難であるという政策対応の非対称性があります。このため、中央銀行としてはデフレ方向に向かった場合に金融緩和で適切に対応できるよう「のりしろ」を確保しておく方が望ましいと考えられます。さらに、主要な先進国では、物価安定の定義として「2%」が用いられており、これがグローバル・スタンダードとなっています。色々と申し上げましたが、人間の体温と同様、物価上昇率についても一定の基礎体温を維持しておくことが重要であり、それが「2%」というのが主要中央銀行のコンセンサスでもある、と考えられます。 物価・賃金に対する考え方 続いて、物価や賃金の情勢について、マクロ的な需給ギャップや予想物価上昇率の動向を切り口に、ご説明したいと思います。 まず、マクロ的な需給ギャップの動向についてですが、労働需給の着実な引き締まりや資本稼働率の上昇を背景に、プラス幅が拡大しています。この点、本来であれば、需給ギャップの拡大は物価上昇圧力をもたらし、タイムラグを伴いつつもコアCPIが上昇していくことが想定されますが、現状では物価はなかなか思うようには上昇していません。その背景には、後述するように、本格的な賃金上昇の実現に時間がかかっていることに加え、少子高齢化の中での家計の将来不安が依然根強く、有体に申し上げれば「財布の紐が固い」、値上げに対する許容度が高まらない、ということが挙げられます。実際、原材料費や人件費の上昇を受けて、昨秋以降、外食や運輸等のサービス業を中心に値上げに踏み切る企業もみられ、本年入り後も業務用ビールや一部食品等をはじめとした値上げが行われていますが、それらの取組みが企業業績の改善に結び付くケースはまだそう多くはなく、消費者心理を計りかねている企業が少なくないように見受けられます。こうしたことが、企業の慎重な価格設定スタンスにつながっていると考えられます。家計の不安を解消するためには、賃上げによる所得面の改善が直接的な方法ですが、間接的には、年金制度や他の社会保険制度といった枠組みを通じて、国民にとって安心感の持てる制度設計を図っていくことも重要と考えられます。 賃金面についてみますと、人手不足が深刻さの度合いを高めている割には名目賃金が伸び悩んでいます。こうした背景には、正規雇用者の側で賃上げよりも雇用の安定を優先する傾向がみられることや、企業側でも中長期的なリスクを踏まえ慎重な賃金設定スタンスを維持していることが考えられます。また、人手不足感が強まる中、労働供給の賃金弾力性が高い女性や高齢者の労働参加が増えていることも挙げられます。このような状況のもとで、物価の影響を除いた実質ベースの賃金も伸び悩んでいます。今後、物価が上昇していったとしても、賃金が上昇しなければ、国民経済に負担がかかることも考えられますので、「物価安定の目標」を達成し、国民経済の健全な発展に資するためには、ただ「物価だけが上がれば良い」というものではなく、賃金の動向についても注視し続けていかなければなりません。 次に、中長期的な予想物価上昇率をみますと、足もとは横ばい圏内で推移しています(図表8)。予想物価上昇率は、理論的には、過去(現実)の物価上昇率に基づく「適合的な期待形成」と、日本銀行が「物価安定の目標」の実現に強くコミットし金融緩和を推進していくことに伴う「フォワードルッキングな期待形成」に影響されることとなります。わが国では、予想物価上昇率が現実の物価上昇率に引きずられる傾向が強いとみられることを踏まえると、現実の物価を上昇させていくこととともに、日本銀行が引き続き「物価安定の目標」の達成に向けて強力なコミットメントを維持し続けることが重要です。これらによって、少しずつでも企業や家計の予想物価上昇率が押し上げられていけば、それが現実の物価上昇率へもフィードバックされ、物価上昇率が徐々に高まっていくと考えられます。 このように、様々な要因が複合的に作用していることで、物価は、堅調な経済・雇用情勢に比べると、弱めの動きが続いています。もっとも、コアCPIは本年2月までの間に19か月連続で横ばいないし改善を続けてきたことも事実です。決して楽観視はできませんが、先行きについても、景気の拡大基調が続く中で、物価の上昇を遅らせてきた要因の多くは次第に解消していくとみています。すなわち、本年の春闘の結果からも、企業における賃上げの動きが徐々に裾野を拡げつつあることが窺われますので、技術進歩の影響等は先行き強まる可能性もありますが、労働需給が引き締まった状態が続くもとで賃金上昇率の高まりはより明確化していくとみられます。こうしたもとで、外食等のサービス業でみられ始めているように、販売価格の上昇圧力も強まっていくとみられるほか、人手不足を背景とした物流コストの増加は、インターネット通販企業と小売業との競争環境を緩和させる方向に作用すると考えられます。また、労働生産性の上昇や非正規雇用者の賃金水準の高まりが正規雇用者の賃金にも波及していけば、家計としても値上げを許容し易くなると考えられます。先程、中長期の予想物価上昇率は横ばい圏内にあると申し上げましたが、日本銀行による「生活意識に関するアンケート調査」の結果では、「1年後」の物価が現在と比べて「上がる」と回答した人の割合は上昇傾向にあり、人々の物価の見方に変化の兆しもみられ始めています(図表9)。 これらを踏まえますと、現時点ではなお力強さに欠けてはいますが、「物価安定の目標」に向けたモメンタム自体は維持されており、コアCPIの前年比については、これまでの想定よりは時間がかかるものの、2%に向けて徐々に上昇率を高めていくと考えられます。具体的な数値で申し上げると、7月の展望レポートにおける政策委員見通しの中央値は、2018年度にプラス1.1%、2019年度には消費税率引き上げによる直接的な影響を除いたベースでプラス1.5%、2020年度には1.6%となっています(図表6)。 3.金融政策運営 「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」について 次に、金融政策についてお話しします。日本銀行は、2013年4月に「量的・質的金融緩和」を導入し、2016年9月以降は、その枠組みを強化した「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を推進しています。この「長短金利操作」、いわゆる「イールドカーブ・コントロール」は、2%の「物価安定の目標」に照らして最適と考えられる金利水準の期間構造、イールドカーブの形成を促すというものです。理論的に申し上げますと、名目金利から予想物価上昇率を差し引いた値である現実の実質金利を、景気を加速も減速もさせない中立的な状態を実現する実質金利である自然利子率より低位に抑えることで経済活動を刺激し、需給ギャップが改善することで、物価上昇圧力を生むというメカニズムを念頭に置いています。 様々な要因から、「物価安定の目標」の実現にはなお途半ばの状況にありますが、金融緩和の効果がしっかりと発揮されるもとで、わが国の景気拡大は継続されており、先程申し上げたとおり、賃金や物価が上昇していく道筋も見えつつあります。こうした動きをより確かなものとするためには、強力な金融緩和を息長く継続し、需給ギャップがプラスの状態をできるだけ長く続けることが適当であり、そのことが2%の「物価安定の目標」をできるだけ早期に実現することにつながると考えられます。 金融緩和の継続にあたっての視点 このように強力な金融緩和を息長く継続していくにあたっては、重要となる視点が2つあります。まず第1に、日本銀行の先行きの「物価安定の目標」の実現に向けた政策運営スタンスをより明確にし、金融緩和が長期化する中にあっても、政策に対する信認の確保を図るということです。こうした観点から、先日の金融政策決定会合において、政策金利の「フォワードガイダンス」を導入しました。「日本銀行は、2019年10月に予定されている消費税率引き上げの影響を含めた経済・物価の不確実性を踏まえ、当分の間、現在のきわめて低い長短金利の水準を維持することを想定している。」ということを明確に約束することで、「物価安定の目標」の実現に対するコミットメントの強化につながると考えています。 第2に、物価上昇に時間を要し、金融緩和の継続が先行きも見込まれる中にあっては、金融政策が国債市場や金融機関へ与える影響について、一層目を凝らしていく必要があります。どんな良薬にも副作用があるように、金融政策がどこでどのようなかたちで影響を及ぼしているかを、虚心坦懐に見極めていくことは、政策を継続していくうえで重要な観点です。 (1)金融政策の国債市場等への影響 そこで、まずわが国の国債市場をみますと、足もとこそ7月31日の日本銀行の政策決定を受けて多少の動きを取り戻してきていますが、市場機能という観点では、その低下が懸念される事象も見受けられます。具体的には、国債取引量の低下に伴い、新発10年債の業者間取引が不成立となる日が、本年に入ってから過去にないペースで発生しています。また、長期金利には、様々な経済的要素を反映するバロメーターとしての側面もあるわけですが、米国等の海外長期金利が上昇する局面においても、わが国の長期金利が殆ど反応しない、といったことが見受けられるようになりました。市場関係者からは、売り手と買い手による「公正な価格形成機能」や経済のバロメーターとしての「シグナリング機能」といった本来の市場機能が低下しているのではないか、と危惧する声も聞かれています。長く市場実務に携わってきた私の経験から申し上げますと、金利は市場で決まるものであり、イールドカーブ・コントロールのもとにあっても、日本銀行はその金利操作目標に向けて市場を通じて誘導を図っていくという点は変わりません。ただ、一定の狭い価格レンジの中で取引が長期間続いてきたことにより、様々な投資家やアービトラージャー、スペキュレーター等で構成される市場参加者の数や、取引のインセンティブが限定的となってきたことが、足もとの国債市場で起きていることの背景の一つとして考えられます。こうしたことを踏まえ、先日の政策決定では、10年物国債金利の操作目標を従来の「ゼロ%程度」としつつ、そのもとで「金利は、経済・物価情勢等に応じて上下にある程度変動しうる」ということをお示ししました。この場合の変動幅としては、「イールドカーブ・コントロール」導入後の金利変動幅である、概ね±0.1%の幅から、上下その倍程度に変動しうることを念頭に置くことになるかと考えられます。こうした変動幅は、足もとの主要国の10年物国債金利の動向からみても、許容範囲であるとみています(図表10)。 この点、これまでよりも金利水準が少しでも上昇することがあれば、金融緩和の効果が減殺されるのではないか、との議論もあるかと思います。もっとも、現状では、大手金融機関の新規貸出は、個人向け、法人向けともに短期金利ないしは短期金利連動型の貸出が多く、中長期の資金調達手段である社債についても、銀行・保険会社の発行分も含めた国内普通社債の発行残高は60兆円前後の規模で推移しています。今回の措置に伴い金利変動幅が拡大し、10年物国債金利が多少上昇しても、金融機関の貸出や社債市場へ与える影響は限定的と考えられます。むしろ、金融緩和政策の持続性の強化という効果が期待されます(図表11)。なお、今回の措置は金利水準の引き上げを意図しているわけではありませんので、金利が急速に上昇する場合には、迅速かつ適切に国債買入れを実施していく方針であることについても、付言させて頂きます。 また、現状、ETF(指数連動型上場投資信託)やJ-REIT(不動産投資法人投資口)については、保有残高がそれぞれ年間約6兆円、年間約900億円に相当するペースで増加するよう買入れを行っていますが、これらについても、資産価格のリスク・プレミアムへの働きかけを適切に行う観点から「市場の状況に応じ、買入れ額は上下に変動しうる」こととし、政策の柔軟性・持続性の向上を図っています(図表11)。 (2)金融政策の金融機関への影響 国債市場等への影響に加え、低金利が続くことに伴う金融機関への影響についても、しっかりとモニタリングをしていくことが重要です。金融機関では、債券や株式投信等の益出し、与信費用の戻入によって最終利益を支えている先もみられますが、この間の決算動向をみますと、いずれの業態でも、国内貸出利鞘の縮小に伴い資金利益が減少しているほか、米国長期金利の上昇を受けて債券等の評価損益が悪化しています。この点、金融機関では、大手行を皮切りに、AIの活用や様々な省力化技術の導入によって効率化の取組みが進められており、経費の削減による収益力向上の余地もまだ残されていると考えられますが、そうした効果が顕現化するには時間がかかる可能性もあります。金融政策は、金融機関のために行うものではないことは言うまでもありません。もっとも、金融政策の効果を経済に波及させていく役割を担うのは金融機関となりますので、地域金融機関も含めた金融機関の経営状況がどう推移していくのか、また、そのことが金融システムや金融仲介機能へどう作用していくのかを、引き続き注視していくことが重要と考えています。 今後の金融政策運営に向けて ここまで申し上げてきた金融政策の目的とその効果、そして国債市場や金融機関への影響も踏まえた上で、今後の留意点について、お話ししたいと思います。まず、金融政策では、常に中長期の効果と副作用の比較衡量に基づいて慎重な判断を求められることとなるわけですが、累積していく政策の副作用については、将来どこかの時点で顕現化してしまいますと、その時点ではうまく対処することが難しくなることや、手遅れとなるリスクがあることに、十分注意を払う必要があります。金融政策による効果がもたらされる時間軸に加え、その副作用が累積していく時間軸についても複眼的な視点で捉えつつ、両者を比較衡量しながら政策運営を図っていくことが重要です。少なくとも現状においては、わが国の金融機関は全体として資本、流動性の両面で強いストレス耐性を備えており、金融システムの安定性も維持されているものと考えていますが、イールドカーブの適切な形成にあたっては、2016年9月の「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の導入の際にも示されておりますとおり、経済・物価・金融情勢を踏まえて判断していくことが適切と考えております。 今後も、現状の金融緩和政策を息長く続けていくもとで、金融政策運営の観点から重視すべきリスクの点検を行うとともに、「物価安定の目標」に向けたモメンタムをしっかりと維持すべく、適切な政策運営に努めて参りたいと考えています。 4.おわりに ―― 沖縄県経済について ―― 最後に、沖縄県の経済についてお話ししたいと思います。 わが国では、人口減少が今後の大きな社会的課題とされていますが、この沖縄県は、昨年の人口の自然増加率は全都道府県のトップであり、先行き2030年にかけての期間でみますと、全国で東京都と沖縄県だけが人口増加が見込まれています。そして、産業構造では、建設業や製造業等の第2次産業の比率は1割強に止まる一方で、商業や観光サービス業等の第3次産業が8割以上を占めており、日本有数の観光立県の地となっています。近年は、官民による各種施策の奏功もあってさらにその魅力に磨きをかけており、県内各港へのクルーズ船の寄港や新規航空路線の拡大等が進み、昨年度の国内外からの観光客数は約958万人、観光収入は約7,000億円と、5年連続で過去最高を更新しています。今年度入り後も、増加基調が続いており、県では2021年度に観光客1,200万人、観光収入1.1兆円を目指しておられます。 また、県により2012年度から策定されている「沖縄21世紀ビジョン基本計画」では、地域社会の絆で支えられたコミュニティの形成や世界の架け橋となる自立型経済の構築を基軸的な考えとして、様々な取組みの推進が図られています。昨年5月の同計画の改定では、MICE(Meeting, Incentive, Convention, and Exhibition/Event)を沖縄経済成長のプラットフォームとして新たに位置付け、各産業分野の成長発展と都市ブランド力の向上を図ることなども盛り込まれました。沖縄県に止まらず、日本やアジア地域の発展にも貢献する「21世紀の万国津梁」を実現すべく、時代に即した産業の育成として、観光リゾート産業、情報通信関連事業に加え国際物流拠点の形成を目指しており、「沖縄国際物流ハブ」の整備も着実に進められています。 この沖縄には、「行逢(いちゃ)りば、兄弟(ちょおでぇ)」という言葉があると伺っております。誰しも一度会えば兄弟のような仲としてふれあい、互いを尊重し合うこの沖縄の気質こそ、国内外の人々を惹きつけて止まない魅力であり、また、歴史を乗り越えてきた力強さなのではないかと思います。私自身も、日頃金融政策のあり方を考えるにあたっては、様々なデータや経済理論が指し示す内容を精査することもさることながら、実際に経済を動かしているのはやはり人間であり、少しでも多くの方々とふれあい、そのご意見にできるだけ寄り添っていけたらと考えています。今回の金融経済懇談会を通じてお会いできた皆様との出会いも、「行逢りば、兄弟」の言葉のとおり、大切にさせて頂きたいと存じます。 今後も、皆様の幅広い取組みが奏効し、沖縄県経済が一層の発展を遂げられていくことを祈念いたします。ご清聴ありがとうございました。 https://www.boj.or.jp/announcements/press/koen_2018/ko180829a.htm/
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