↑ 中国が貿易戦争で縮小が続いているということ既にコメントしたとおり、これは日本にとって、全く喜ぶべきことでもなんでもない 日本経済の根本的な問題は、全く解決されておらず 今後、仮に米国や中国を始めとした世界の債務バブルが弾け金融不況になった時
日本でも政権交代で仮に低い確率で、緊縮政権になって、以前の民主党時代とは逆に 日銀への圧力が強まって、金融政策の巻き戻しも進むとすれば かなり致命的なダメージが生じることは間違いないだろう 『from 911/USAレポート』 第773回 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
9月に自民党の総裁選を控えて、安倍政権への評価が必要な時期となって来ました。 とりわけ、その経済政策である「アベノミクス」に関しては、このタイミングでその 功罪が確認され、修正が必要ならば修正がされなくてはならないでしょう。 また、修正では足りず、大きな方向転換が必要だという政治家が与党内から現れ、 それが一定の支持数になるのであれば、アベノミクスの成果そのものを争点として、 総裁選が争われることになると思います。 また、遅くとも来年、2019年の7月には参院選が予定されていますが、ここで 与野党が対決する際には、このアベノミクスの評価が争点となるはずです。これは自 明のことだと思います。日本経済の現状は、好況が隅々まで行きわたって経済政策が 争点化しないような状態ではなく、むしろその反対だからです。 一方で、今回、7月31日に行われた日本銀行の金融政策決定会合を受けて記者会 見に臨んだ黒田総裁は、「2%の物価目標の実現が一段と遅れる」という見通しを示 しつつ、「現在進んでいる大規模な金融緩和を一部修正」すると言明しています。 具体的な理由については、低金利が続いたために国債の取引が細って来たとか、銀 行の体力が低下して来たということが述べられていますが、これはあくまで現象面の 問題であって、今回の発言が意味するところは、もっと本質的な問題であると思いま す。 一つは「これだけ長期間にわたって金融緩和、株価対策を継続して来たのに、デフ レ体質は反転できていない」という問題です。これは大変なことです。ですから、こ こへ来てとにかく「金融緩和を一部修正する」というのは、単に銀行を救済するため だけではなく、「次なるリーマンショックに備える」という意味合いを感じます。 日銀の量的緩和ですが、その両輪は「国債買い入れ」と「日本株の買い入れ」です。 前者はストレートな市中への日銀券供給に近いものですが、後者はさらに踏み込んで 直接、日本の株式市場の買い支えを行っているものです。仮に、その効果が限定的で あるならば、世界的な不況時において「株安」から「国債安」そして「通貨安」の激 しい負のスパイラルが起きないように、ある程度、緩和のペースダウンを示唆してお くことは必要です。今回の黒田発言は、そのように理解しておく必要があると思いま す。 この日本経済の現状をアメリカから見ておりますと、全く裏返しの世界のように見 えます。アメリカの景気には依然として強さが顕著です。今週の金曜日に発表された、 7月の労働統計では、この月に新たに15万7千の雇用が生まれ、全体の失業率は 3.9%まで低下したとされています。また、株式市場の方もS&Pで見てみますと 2018年1月に一旦下げに転じた「トランプ相場」が再び上昇に転じて2800ド ル台に戻り、改めて史上最高値を目指す展開になっています。 金融政策ということでは、2015年末からFRB(連邦準備理事会)は政策金利 の利上げを断続的に行っています。今回の8月の利上げは見送られましたが、7月の 雇用統計が堅調であったことを受けて、9月には再度利上げが行われるという方向で 市場は見ているようです。 インフレ率ということでは、ここのところ通年換算で2.9%程度という数字となっ ていますが、生活実感としてはもう少し、つまり3.5%ぐらいはあるという感触です。 もっとも、仮に「貿易戦争」による関税上乗せ合戦が「本当に全て発動」されてしま うとか、地政学的なファクターを重ねに重ねた結果として、オバマが8年かけて作り 上げたエネルギー多様化による価格安定が破壊されれば、この数字はもっと跳ね上が るかもしれません。 ですが、そうしたファクターが上乗せされる「前」の状態として、2.9%という数 字があり、その上で堅調な株価と堅調な雇用が動いて、利上げ政策とのバランスを取 っているのが現状です。 いわば、デフレ対策をやってもやっても効果が出ない日本経済に対して、政権が景 気の足を引っ張り続けても株や雇用が伸び続けるアメリカのファンダメンタルズの強 さというのは、なんとも正反対という感じがします。 こうした状態に至るこの間の日米の経済を比較してみますと、2008年9月の暗 黒の状況では、日本は1990年代後半以来の金融危機は脱しており、少なくとも 「何もしないと日本経済が眩しく見える」ことから、円が買い進まれたわけです。勿 論、日本経済にとっては2008年から09年における北米の、そして欧州の深い不 況の影響は大きなものがありました。また、それに追い打ちをかけるように起きた 2011年の東日本大震災の痛手ということもあると思います。 にも関わらず、少なくとも円が強くなっていった理由としては、2つの問題があり ました。1つは米国も欧州も財政規律を緩めて景気対策を行っていった中で、他の各 国の財政がボロボロである一方で「少なくとも国債残高が個人金融資産と相殺され」 る日本は、国際的な金融収支が健全に見えたことがあります。もう1つは、経済の中 身で衰退の兆候を見せたとはいえ、GDP規模で世界3位の経済としての信用はあり、 ドル安やユーロ安の受け皿として「円高圧力」を受けてしまうということがあったわ けです。 少なくとも、2013年の年初から始まったアベノミクスにおいては、この「放っ ておけば日本円が輝いてしまう」ことを是正するという意味合いがありました。そ の結果として、円安株高ということが曲がりなりにも5年間維持されてきたわけです。 ですが、今回出てきた「黒田緩和の緩和」という方向性は、改めて「アベノミクス ・シナリオの狂い」という問題を提起していると思います。少なくとも、当初は円安 株高を現出することで、利益を得る投資家、そして拡大する事業会社の収益などの効 果が、「トリクルダウン」することで全体に行き渡ることが想定されていました。 確かに日本でも株価は堅調であり、企業業績については例えば大商社や大手の自動 車メーカーなどでは、市場空前の利益を計上しているわけです。にも関わらず「イン フレ率2%」がいつまでも達成できないわけですし、もっと日常的な生活実感として は可処分所得は全く改善する感覚がないようです。 明らかに「トリクルダウン」というのは起きていないし、「バズーカ砲による緩和」 を5年間行っても、「デフレ心理」というのは改善していません。その説明としては、 俗に言う「少子高齢化」による消費者心理の冷え込みということが言われてきました。 つまり、「人口減により国内市場が縮小するのは不可避だから、自分の属する産業 は成長しない可能性が高く、自分の将来的な収入も期待できない」という心理、ある いは「自分や家族が相当に長命するのであれば、老後資金のために消費を控えなくて はならない」という心理から、国内消費が伸びないという説明です。 これに加えて、「若者のお金離れ」という言い方もあります。若者の間に「クルマ 離れ」であるとか「旅行離れ」「おうちデート」といった現象が起きているのは、別 段今の若者が心理的に内向きとか、在宅志向だというのではなく、20年以上にわた って初任給が据え置かれ、その後の昇級幅も圧縮されている中で、そして膨大な非正 規という層が存在する中で世代全体が貧困に陥っている、そうした中で現役世代の可 処分所得は90年代以前と比較すると大きくダウンしている、そんな説明もあります。 けれども、こうした説明はいずれも現象を表面的に「なぞった」だけのものです。 どうして、先進国中で日本だけがデフレなのか、そしてその日本経済は一人当たりG DPでイタリアやギリシャなどにも抜かれつつあり、先進国水準から脱落しそうにな っているのか、その説明は十分にされていません。 アベノミクスに関して、「第三の矢」つまり構造改革が全く進まないという批判が あるのは事実であり、重要な論点だとは思うのですが、現状として何が問題であるの かが明確でなければ、対策も打ちようがないように思われます。 アベノミクスが5年を経て「ちっともデフレ脱却にならない」わけですが、それは 「アベノミクスが間違っている」のではなくて、円安株高をやっても効かないぐらい の、巨大な逆向きの勢いがあり、その「逆向き」の勢いが強すぎるために、円安株高 をやってもやっても相殺されてしまった、そのような5年間であった、そのように考 えてみてはどうでしょうか? では、その「逆向きの勢い」つまり、日本経済を成長ではなく衰退に向かわせてい る力の正体というのは何なのでしょう? 私は、これは1つの核を持った具体的なものと見るよりも、多くの現象が重なり合 うことによって衰退が進行する、いわば複合的な問題であると考えています。 1番目は、日本型空洞化とでも言うべき現象です。通常、産業空洞化というのは 「為替変動をヘッジし、現地のニーズに合った生産を行い、雇用創出で摩擦を防ぐた めに生産部門だけを市場に近いロケーションに移動」というパターンか、もしくは 「自国内の人件費高騰を忌避してより労働コストの低いロケーションに生産拠点を移 動」というパターンになります。 ですが、日本の場合は「日本では先端技術を持った技術者を獲得するために、グロ ーバルな労働市場にアクセスできない」とか「日本国内にはリスク選好マネーがない ので、回そうにもお金がない」といった非常に特殊な事情のために、メーカーの高度 な研究開発部門や、高度な金融商品への対応など、高い付加価値の部門が国外流出し ているという状況があります。 通常の空洞化、つまり「市場へ」とか「労働コストの低い場所へ」という空洞化も 徹底的に行われている一方で、巨額なカネを生み出す高度で知的な部分も、国外にど んどん出しているというのは、先進国中でも珍しい現象です。そして、こうした国外 での収益は、日本の多国籍企業にとっては「連結決算には入る」だけでなく、仮にド ルやユーロ圏で発生したものであれば、円安によって膨張して見せることができるわ けです。 ですが、海外で産まれたカネは日本に再投資されるケースは稀です。なぜならば、 日本の市場は縮小しつつあり、高度な研究開発は国外が中心になって行くからです。 ということは、どんなに多国籍企業が稼いでも、その収益は日本の国内GDPにも、 そして国内雇用にも寄与しません。それどころか、キャッシュとして日本国内に還流 しないのです。この徹底した空洞化という問題は大きいと思います。 2番目は、産業構造の問題です。まず、なかなか先端産業に届かないという問題が あります。日本は過去100年近い時間をかけて、輸送用機器という産業を主要な産 業として経済の中心に据えてきました。最初は、自転車などの軽工業であり、それが 小型バイクになり、一方で造船があり、鉄道車両があり、そして四輪車に至って世界 のトップランナーになっているわけです。ですが、同じ輸送用機器にしても、更に付 加価値の高い宇宙航空産業においては、十分な競争力がありません。 原因としてはキャッシュ不足、長期計画のマネジメント能力不足、先端人材の不足 など色々あると思いますが、バイオにしても、製薬にしても、コンピュータ関連にし ても、あるいは金融にしても、とにかく最先端に届かないという問題があります。 そんな中で、例えばエレクトロニクス産業などが好例ですが、世界の消費者と対話 しつつ、新しいアイディアを提供してきたトップランナーの地位から堂々と降りてし まっているという傾向もあります。エンドユーザー向けのメーカーでなく、部品産業 に後退したり、B2Bに逃避したりというのは、転進ではなく敗北であり、敗北を繰 り返せばやがて決定的な破綻に至るという危機感が少なすぎるのではないかと思うの です。 目に見えないソフト産業に弱いという欠点もあります。具体的には、現在の世界の 先端産業であるコンピュータ・ソフトウェアと金融に弱いというのは、文明的な問題 であると思います。その背景にあるのは、信用力と論理性に広がりがないという問題 ですが、そうした弱点を自覚して、教育を通じてそれを克服して行く努力が必要です。 3番目は、低生産性という問題です。日本国内の「事務仕事」においては、原本重 視など文書管理の非効率、対面型コミュニケーションの過剰、儀式的な行動パターン の過剰、管理職のスキル不足、など絶望的な「反生産性」とでも言うべきカルチャー があります。 この点については、少しずつ自覚がされるようになっていますが、改善のスピード は余りにも遅いと言わざるを得ません。この問題ですが、見方を変えれば「巨大な日 本語による事務作業」という間接コスト自体が、日本経済全体の足を引っ張っている という見方もできます。 ただし、世界的には好業績となっている日本発の多国籍企業が、今でも非効率な日 本における「日本語の事務仕事」という間接部門を維持しているのは、それが従業員 共同体の核だということもあると思いますが、円安のためにその非効率なコストが圧 縮されるという面もあるように思われます。 主としてこの3点、空洞化、産業構造の後退、非効率という3つの問題が複合的な 現象となって、その結果として「日本の多国籍企業の連結決算は、史上最高」である のに「国内の経済はデフレから全く脱することができない」という極めて矛盾に満ち た状況が現出されているのです。 もっと言えば、こうした負の循環は1980年代から始まっていたという見方も可 能です。であるのならば、バブル崩壊はこうした3つの負の循環の結果であって、原 因ではないと言えますし、少子化もその結果に過ぎないとすれば、これもまたデフレ の原因ではないという考え方もできるように思います。 では、現時点でそのようなアベノミクス「第一の矢」は副作用が大きかったので失 敗であったのかというと、そこまでは言えないと思います。では「第三の矢」はどう だったのかというと、ここで言う構造改革が空洞化、産業構造、効率性の3つの「負 の循環」に気がついていて、その是正を目指すものであればともかく、現状ではその ような危機感は全く感じられません。 そんな中で、仮に改めて「リーマン級」の大きな世界不況の谷がやってくれば、そ れでも「異次元緩和」を継続していれば一気に「債券安、円安、ハイパーインフレ」 といった危機を招来する可能性があります。反対に、他国に比べて税率アップ余力が あるとか、国債が国内消化可能という中で、緊縮をやれば短期的中期的には超円高に 振れてしまう危険もあるように思われます。 現在の日本経済が大きく円高に振れてしまった場合ですが、現在の状況では輸入品 の価格が安定するといった「円高メリット」は限定的と思います。反対に、外国人に 依存した観光産業は低迷するでしょうし、そして「巨大な国内間接部門における日本 語事務仕事」がこの機会に徹底的にリストラされる可能性を感じます。 そう考えると、短期的中期的には「異次元緩和」に関して、完全な出口戦略という ものは実はなく、過度の円安にも、円高にも振れないように、ファインチューニング をしながら、破綻を回避していくことになるのではと思います。 こうしたアベノミクスの現状について、総裁選、あるいは2019年の参院選を見 据えた与野党の政局ということではどう考え方いいのでしょうか? 安倍政権に関しては、そんなわけで「円安株高政策」については、黒田総裁の言う ように微修正の時期であり、政治もそのような受け止めが必要と思います。一方で第 三の矢、つまり構造改革については、あまりセンスはないようです。シリコンバレー にIT研究拠点を作ろうとしたり、観光業で「立国」と言う敗北主義に陥ったり、あ るいは残業を減らすという「結果」が生産性だという転倒も含めて、野球選手にサッ カーをさせているような稚拙さを感じます。 では現時点で対抗馬とされている石破茂氏の場合はというと、地方創生が柱で、こ れは第二の矢に対応する問題ですが、果たして「リターンの期待できる投資」を選別 するような政策になっているのかが不安です。直接的なリターンでなく、心理的な地 方活性化の結果として間接的にリターンが取れるのでも構いません。とにかく投じる ことのできる国富に限りがある中では、リターンを計算しない投資をバラまく余裕は ないわけで、その点が気がかりです。構造改革についてのセンスは、この方にも感じ られませんが、話せば理解するかもしれないという感じはします。 これに対して野党の側は、過去の失政を懲罰するかのような極端な小さな政府論で あったり、反対に経済成長そのものに懐疑的であったり、現時点では議論がかみ合わ ないわけです。そうした大きな流れの中で、典型的な消去法として現政権が継続する のではないだろうか、というのがアメリカから見た「アベノミクス」の評価になると 思います。 ちなみに、現在のアメリカの政権を担っているは、日本に対して「経済成長のため の構造改革を迫るガイアツ」などということは全く関心のない人々です。他でもない 安倍政権には、そんな中で、自力で日本経済の3つの問題、つまり空洞化、産業構造、 非効率な事務仕事という3つの問題について改革への道筋をつけていただきたいと思 います。この点に関しては、既に5年が空費されたわけで、一刻の猶予もないのでは ないでしょうか。 ------------------------------------------------------------------ 冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ) 作家(米国ニュージャージー州在住) 1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大学大学院(修士)卒。 著書に『アメリカは本当に「貧困大国」なのか?』『チェンジはどこへ消えたか〜オ ーラをなくしたオバマの試練』『場違いな人〜「空気」と「目線」に悩まないコミュ ニケーション』『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名 門大学の合格基準』『「反米」日本の正体』『トランプ大統領の衝撃』『民主党のア メリカ 共和党のアメリカ』『予言するアメリカ 事件と映画にみる超大国の未来』 など多数。またNHK-BS『クールジャパン』の準レギュラーを務める。 近著は『自動運転「戦場」ルポ : ウーバー、グーグル、日本勢 ── クルマの近未来』 (朝日新書) http://mag.jmm.co.jp/39/13/309/148670
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