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ソニーはサムスンの足元にも及ばないという歴然たる現実…半導体1兆円投資は失敗濃厚
http://biz-journal.jp/2018/08/post_24285.html
2018.08.04 文=湯之上隆/微細加工研究所所長 Business Journal
ソニーの吉田憲一郎社長兼最高経営責任者(東洋経済/アフロ)
ソニーは5月22日、2018〜2020年度の中期経営計画を発表した。それによれば、自動運転車用の需要増大が見込まれる半導体画像センサ(CMOSセンサ)に3年間で約1兆円の設備投資を行うという(5月23日付SankeiBiz記事より)。
筆者は、ソニーの経営判断は間違っていないと思うが、この1兆円の巨額投資は失敗するのではないかと予想している。本稿では、まず、その根拠を示す。その上で、どうしたら1兆円の投資を成功させることができるかを論じる。
■イノベーションとは何か
ソニーは、過去に幾度となくイノベーションを起こしたが、経営者や技術者がイノベーションの本質をまるで理解していない奇特な企業だと思う。なお、ここで言うイノベーションとは、筆者が日本経済新聞に何度、忠告してもその訳を改めようとしない「技術革新」などではない。イノベーションとは、「爆発的に普及した技術、製品、サービス」である。その技術や製品が、高性能、高機能、高品質であるかどうかは一切関係ない。「爆発的に普及したかどうか」が重要なのだ。
このように企業の講演で話すと、「そんなことを言ったら、イノベーションとは、単なる結果論ではないか」と批判を受けることがある。しかし、はっきり言えば、イノベーションとは結果論である。どんなに高性能、高機能、高品質の技術や製品を開発しても、売れなかったら、イノベーションではないのである。
■イノベーションを技術革新と信じ込んでいるソニー
一方、任天堂は「もう半導体の高性能化に頼るゲーム機の開発はやめた」と言って、MEMSによる加速度センサと半導体を融合させ、Wiiを開発して販売していた。そのコンセプトは、「子供がゲーム機を買ってもらう場合、一家の財務大臣はお母さんである。だったら、お母さんが楽しめるゲームにしたらどうだろう」というものだったと聞く。なお、MEMSとは「Micro Electro Mechanical System」の略で、半導体の微細加工技術等を用いて加工した微細な電気的機械的な部品のことである。
それで結果的にどちらが勝ったかというと、図2から明らかなように、任天堂のWiiの圧勝だった(2007〜2009年頃)。そこで講演では、このようなデータを示して、「PS3は、Wiiの破壊的イノベーションに負けた」と言ったら300人ほどいた会場は凍りついてしまった。
講演後にソニーの技術者と話をしたら、「これまでにない高性能なPS3はイノベーションを起こしたんだ、そこに搭載されているCellもイノベーションを起こしたのだ」と本気で訴えたのである。つまり、ソニーの技術者の頭の中は、「イノベーション=技術革新」となっており、高性能なCellを開発し、高機能なゲーム機をつくった時点でイノベーションが起きたと思い込んでいた。そして、「売れないのは営業の連中が無能だからだ」というようなことを言った。
■壊滅した日本DRAM産業を髣髴とさせるソニーのCMOSセンサ
つまり、ソニーは単価が高い超高画質のCMOSセンサしかつくっておらず、これがアップルのiPhoneに採用されたため売上高シェアは高かったが、個数のシェアは他社にまったく敵わない状態だった。
この状況を説明して、「スマホはいずれ廉価版が普及してくる。その時のために、多少性能を落としても、低価格なCMOSセンサを開発するべきである」と述べた。さらに、「今のソニーのCMOSセンサは、メインフレーム用に25年保証の超高品質DRAMを開発し、PCの時代が来てもそれをつくり続けたために壊滅した日本DRAM産業を髣髴とさせる」と言ったら、再び、講演会場は凍りついてしまった。
■CMOSセンサは産業用へパラダイムシフト
話は2010年から現在にワープする。CMOSセンサを使う製品としては、デジカメ市場が急速に縮小し、スマホ市場も年間出荷台数15億台弱で飽和して、2017年には初めてマイナス成長となった。つまり、コンシューマー用のCMOSセンサ市場は、今後成長が期待できない。
一方、産業用のCMOSセンサ市場は、間違いなく拡大する。特に、自動運転車には1台当たり約10個のカメラが搭載される見込みであり、年間生産台数約1億台弱のクルマ用CMOSセンサ市場は、急成長するだろう。
つまり、CMOSセンサの用途は、コンシューマーから産業用、特にクルマ用に大きくパラダイムシフトし、その市場は巨大になることは誰が見ても確実である。
したがって、ソニーが今後、CMOSセンサに巨額投資を行うのは、正しい経営判断である。問題は、これまでソニーが強みを発揮してきたコンシューマー用から、クルマ用等の産業用に開発の舵を正しく切ることができるかということである。
クルマ用CMOSセンサでトップシェアを占めているONセミコンダクターが発表した資料によると、2015年時点でソニーのシェアは10%もないように見える(図4)。ここから、ソニーが巻き返すことができるのだろうか?
■2018年春の応用物理学会でのソニーの発表
2018年春の応用物理学会が早稲田大学で3月17日〜20日の4日間、開催された。その3日目(19日)の午後、筆者は、『日本の半導体産業・研究の明るい未来を描く』というシンポジウムに参加した。そこでは8件の講演があったが、そのトップバッターとして、ソニーセミコンダクタの閨(ねや)宏司氏が招待講演者として発表した。閨氏の講演概要は以下の通りである。
閨氏は、まず、ソニーは世界半導体売上高で17位、CMOSイメージセンサ(CIS)の売上高はシェア49%で断トツの1位であると述べた。ソニーでは、常に10年後を考えて技術開発をしている。今までは、デジカメやスマホに使われるImagingが開発の中心だった。しかし、今後は自動運転車用のCISなど、Sensingが開発の中心的存在になる。
ソニーは、ImagingではコンベンショナルなCISから、裏面照射型のCISを開発し、さらに画像センサのPixelsとDRAM、およびロジックを積層させたCISを開発した(図5)。
ソニーは、CISで圧倒的な“美しさ”を実現し、それが断トツのシェア1位につながっている。そして、今後のSensingについても、“より画像を美しくする”ことを目指す。さらに特定用途に合わせたイベントドリブン型の開発を行い、徹底的な省電力CISを開発する。
最近の事例としては、アクティブ光源を使って反射光をとらえる近赤外線センサにより、顔認証が可能となるCISを開発した。
■閨氏への湯之上の質問
筆者にとっては、突っ込みどころ満載の講演だった。閨氏の講演終了後、真っ先に手を挙げ、追及を開始した。
湯之上 「私は2010年頃、ソニーの厚木研究所で講演したことがあります。その時から気になっていたのは、確かにCISの売上高では世界シェア1位ですが、ユニット(個数)のシェアは1位ではないということです。ユニットシェアでは2010年頃は5%以下、2015年でも20%以下だったと思います。現在、ユニットシェアはどうなっていますか? 世界1位ですか?」
閨氏 「現在もユニットシェアは1位ではありません」
湯之上 「閨さんは、今まではImagingの時代だったが、これからはSensingの時代になると言われました。私もそう思います。Sensingの時代到来に向けて、具体的にどのようなことを行っていますか?」
閨氏 「自動運転用を目指したCISや、監視カメラなど産業用途用のCISを開発しようとしています」
湯之上 「なるほど。ではお聞きします。閨さんは“Sensingでもより画像を美しくすることを目指す”と言いましたが、たとえば自動運転車の場合、CISの画像データは人間ではなく、プロセッサが“見る”ことになります。プロセッサにとって、画像データが美しいかどうかは意味がありません。これについて、どのようにお考えですか?」
閨氏 「えーと、あのー、自動運転用のCISにも“美しさ”は必要だと思うんですけど」
湯之上 「なぜです? プロセッサがCISの画像データを“見る”のですよ。ソニーは確かに、これまでアップルのiPhone用などに、圧倒的に美しい画像を見ることができるCISを開発してきました。それは私も認めます。だから、売上高シェア1位になっているのだと思います。しかし、今後到来するSensingの時代には、Imagingのときに最も重要だった“美しさ”から、別の方向に開発方針を大きく転換する必要があると思います。いかがですか?」
閨氏 「いや、その、えーと」
ここで、司会者が「時間切れです」と言って質疑応答を打ち切った。『日本の半導体産業・研究の明るい未来を描く』というシンポジウムにもかかわらず、会場の雰囲気は真っ暗になった。筆者の質問のせいなのだろうか。
■ソニーの今後のCMOSセンサの開発指針を問いたい
ソニーは裏面照射型と呼ばれるCMOSセンサを開発し、圧倒的な美しさを実現したことから、売上高シェア1位の座を獲得している。この功績に文句はない。ただし、いまだにユニットシェアは1位ではないようだ。
その上でさらに、ソニーの招待講演者は、300人ほど詰めかけた学会会場で「Sensingでもより画像を美しくすることを目指す」などと聞き捨てならないことを2度も述べた。これが一人の技術者の誤認識なら、問題はない。しかし、ソニーのCMOSセンサの開発部隊のマジョリティがこのような誤認識をしているならば、大問題である。
そして、このことを経営陣は把握しているのだろうか。把握していないのなら、せっかくの巨額投資は水泡に帰するだろう。これを読んだ経営陣は、即刻、開発部隊にメスを入れていただきたい。
■サムスン電子とソニーとの違いは何か?
現在、総合電機メーカーとして半導体を製造している企業は少ない。その数少ない企業として、韓国サムスン電子とソニーがある。では、この両社には、どんな違いがあるだろうか。
サムスン電子には、2015年時点で約30万人の社員がいる。一方、ソニーには2016年時点で約12.5万人の社員がいる。そこで問題なのは、両社に何人の専任マーケッターがいるか、ということである。2005年時点で、サムスン電子の半導体事業部には、1万3400人の社員がおり、その内、230人が専任マーケッターだった。当時のサムスン電子は、DRAMとNANDの2品種を製造していたが、その2品種だけに230人ものマーケッターがいたことになる。
そして現在サムスン電子には、5000人ものマーケッターが世界中に配置されていると聞く。サムスン電子では、最も優秀な社員がマーケッターになる。インドのマーケッターならインドに住み、インド人の言葉を話し、インド人と同じ食事をし、インド人の友達をつくる。その上で、インド人はこういう電機製品を買うだろう、というレポートを本社に送る。
実際、2007年に2カ月かけて世界一周した際、インドでは(いやインド以外のどの国でも)サムスン電子の電機製品が売れに売れていた。たとえば、サムスン電子のインド人用冷蔵庫には、鍵とバッテリーがついていた。泥棒が多い国なので、冷蔵庫にも鍵が必要なのだ。また、毎日停電するので、冷蔵庫の中の食品が腐らないようにバッテリーがついている。これで、日本製品の半額の値段だった。だから、サムスン電子製の電機製品が売れまくっていた。
■ソニーはマーケティングをしているのか?
上記のサムスン電子に対して、果たしてソニーには何人の専任マーケッターがいるのか。 もしかしたら、専任マーケッターはいないのではないか。技術者が、ひたすら「美しい画像を再現できるCMOSセンサを開発したい」という思いだけで製品をつくってはいないだろうか。2018年春の応用物理学会でのソニーの発表からは、そのような雰囲気があるように感じられる。
そんな兆候は、まだある。
話は再び2010年に遡る。ソニーの厚木研究所で2度も会場を凍りつかせる講演をしたことを紹介した。その講演はビデオに収録され、当日参加できなかった営業部隊が後日、視聴したそうである。そのなかの一人の営業マンから、メールを頂戴した。そこには次のようなことが書かれていた。
「湯之上さんは、あの講演を、本当に、軍隊の組織のようなソニーの厚木研究所でされたのですか? 私たち営業マンは驚いています。今まで、顧客から、“こういうゲームをつくってくれ”と言われてきた営業部隊は、何度も技術者にそのことを伝えました。しかし、彼らは、“お前らには技術なんか何もわからないだろう。お前らは、俺たちがつくった高性能な製品を売ってればいいんだよ。売れないのは、お前たちの努力が足りないからだ”と言われ続けてきたのです。湯之上さんは、私たち営業マンが、普段、言いたくても言えなかったことをズバッと言ってくれました。溜飲が下がる思いでした。ありがとうございました。これで少しは、技術者の姿勢が変わることを期待しております」
市場の声を無視して、技術者の独りよがりでモノをつくり、つくったモノを無理矢理売ろうとしているソニー。世界中のマーケッターから情報を収集し、売れるモノをつくっているサムスン電子。そのビジネスの方法論は、真逆である。そして、どちらが成功するかは、筆者があらためて言うまでもないだろう。
■このまま行くと失敗するのは目に見えている
ソニーは、サムスン電子のように、マーケッターが世界中から情報を集め、それを基に売れるモノをつくろうとしているわけではない(ように思える)。これまでも、これからも。
もしそうなら、3年間で1兆円投資したとしても、失敗に終わる可能性が高い。もし1兆円の投資を成功させたいのなら、自動運転車用のCMOSセンサの要求仕様を、マーケッターが確実に把握し、技術開発部隊がその要求仕様に応えるようなCMOSセンサを開発しなくてはならない。
間違っても、「Sensingでも“より画像を美しくする”ことを目指す」などという技術者の独りよがりの間違った開発方針で、技術開発をさせてはならない。これは、経営者がトップダウンで、技術開発の方針を根底から変えなくてはならない問題である。
(文=湯之上隆/微細加工研究所所長)
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