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大学の授業料の無償化
http://blog.livedoor.jp/columnistseiji/archives/51728787.html
2017年09月13日 小笠原誠治の経済ニュースゼミ
前回記事
人づくり革命だって(小笠原誠治の経済ニュースゼミ)
http://www.asyura2.com/17/senkyo232/msg/223.html
昨夜の私の記事に多くの方がコメントを寄せて下さいました。
夜間にも私のブログをみて下さっているということに、深く感謝したいと思います。
さて、それらのコメントの内容ですが…
普段は私にシンパシーを感じて下さっている方も、今回は多少と趣きが違う、と。
そこで、改めて私の考えをお示ししたいと思います。
・隠れ読者(本物)様 大学生の娘を持つ通りすがりの親と名乗る方の言い分も、非常に身に染みる内容ではあります。当方も、親にお金が無い事を承知でお金を出してもらって大学を卒業させてもらった口なので、経済的な意味で親の負担はいかばかりかという気持ちは良く分かります。 でも、突き放して第三者の目で考えると小笠原様の御指摘も、非常に冷ややかなのですが、事実でもあるのです。成績を上げ奨学金を得る、というところまでの努力が不足していた事は第三者から言われればぐうの音も出ない。また学費の値段からすると、私立大学の可能性が非常に高く、もし私立大学であったならば多少学費が安い国立大学に入学するように結果を残せなかった=勉強の努力が足りなかったのか、と(娘さんは)言われれば言い返せない。 難しいですね。 |
私の場合は、父親が早く他界した関係で、子どもの頃、金銭的に困窮した生活を送っていました。ですから、そもそも両親は、大学だけは出ておかないと社会に出て偉くなるチャンスが得られないとの考えであったものの、経済的理由により私立は最初から選択肢になかったのです。そして、浪人する選択肢もなかった、と。
で、私は奨学金を貸与され、そして、それを社会人になって返した、と。
いや、だから親御さんの経済的負担の大きさは分かるのです。
でも、一方では、大学進学を最初から諦めざるを得ない若者もいる。
その人たちを助けることをせず、何故進学する若者だけに経済的優遇措置を与えるのか、ということです。
不公平でしょう?
もちろん、国に財政的余力があって大学の授業料を無償化するというのであれば、私も反対しません。しかし、安倍総理が自ら言っているように財源を探さなければいけないのです。どこにその余裕があるのでしょうか?
例えば、健康保険の自己負担をもっと増やして大学の授業料を無償化することが望ましいというのでしょうか?
しかし、何でもかんでも国がお金を出すなんてことは不可能なのです。
・とらねこ様 小笠原さんの意見には今まで大いに共感していたのですが、この件に関しては子どもの貧困の問題を考えていただきたいと思いコメントさせていただきます。小笠原さんに子どもの貧困問題を今更説明する必要はないでしょうが、一度現場を見ていただくといいのではないでしょうか。例えば最近広く行われている子ども食堂の運営に関わっていただくというのはいかがでしょうか。料理はできないかもしれませんが、本当に援助を必要としている子どもに情報が届いていないことも多いでしょうから子ども食堂の広報を担っていただくというのはいかがでしょうか。あるいは前川喜平氏のように貧困家庭の子どもに対する学習支援を行うというのはいかがでしょうか。本当に問題が見えてくるには時間がかかるるでしょうが、とりあえず行動していただけないでしょうか。もう一点気になったのは「子供が大学に進学しようがしまいが、国家的見地から見たらどちらでもいいこと」との一文がありましたが、教育は国家のために受けるものではないでしょう。消費税に関してです が、本当に必要なところにまわるならば消費税に限らず増税に賛成です。消費税は逆累進性が高いので問題かもしれませんが |
子ども食堂の情報は、正直言って殆ど持ち合わせておりません。
でも、子ども食堂に依存せざるを得ない子ども達が数多くいるという現実と、大学の授業料の無償化は一体どのような関係があるのでしょうか?
私としては、子ども食堂の運営などに公的部門が支援の手を差し伸べることには大いに賛成します。しかし、だからと言って大学の授業料をすべて無償化にする必要がどこにあるのか、と。
・怒髪天様 自分は大学卒業後、働いてお金をためてから夜学で再び学び、また配偶者も夜学出身です。大学とは学問するところであり、学べば学ぶほど既成の社会に疑問を持ち権力に反抗したくなるもの、一般社会、企業社会、世間の常識に抗うものと思っていました。実際、私がこれこそ大阪の誇りやと思っている釜ヶ崎にはもと学者さんもいた。なので、今の若者の従順さには疑問を持ちますが、今の社会の状況を考えれば、小学校から親子ともども管理され(連絡帳に判こを押し忘れたら親も怒られるなど)常日ごろからいい子でなければ進学させてもらえないような脅迫観念に縛られて、しかもそのことに気づかないで従っている。学生も、就職しなければならない、でも就職さえできない、就職してもブラック企業かもと不安を抱え、権力者のつくったカラクリに捕らわれ過ぎて、少しでもいい就職ができるようにと誰もが無理してでもとりあえず大学へ行って、それがまた結構真面目に勉強している。人生の中で自分らしい自分を探す心の旅的な時間を全く持てないで、学費 を稼ぐため親も子もひいひい言ってるような感じがします。ちなみに、自分は夜学のほうがすごく楽しく、よほど充実していましたが、配偶者は夜学であることをずっとコンプレックスに持っているようです。人間いろいろです。大学出たからっていい目をしたことがないのは夫婦共通ですが。 無償化については、自分の考えでは、高校まで義務教育で公立は無償、勉強がわからないまま卒業させないという考えです。ただ、前川喜平さんが文科省事務次官のときに教育機会確保法を成立させ、いわゆるおちこぼれになってしまった人たちの学び直しを公が支援するという姿勢を打ち出してくださったので、これはよし!と思います。(しかし、国で法律が成立したにもかかわらず、積極的にこの法律に沿うよう努力する自治体は少数で、公立夜間中学校の設置、周知啓発にも消極的です(怒) |
怒髪天様の意見には共感するところが多いですね。
私だって、所得が限られている家庭の子供たちだけを対象にする大学の授業料の無償化なら賛成できます。
しかし、今与党が目指しているのは、所得制限など関係なしの全面的な授業料の無償化なのです
(所得制限があるのもあるようですが…)。
お金持ちの子どもの授業料をどうして無料にしてやる必要があるのかと、言いたいですね。
・怒髪天様 大学は、働いてお金をためてから行ってもいいし、夜学もあるし、無償にする必要はないと思います。(但し、公立大学でさえ授業料は本当に高過ぎますし、今は昔と違い、働いてもお金はたまらず、学費は高過ぎてという状態は、やはりおかしいです)。 働いてからまた勉強したくて大学へ行ったり、大学で何かに目覚めてボランティアなど、専攻とは違うものに打ち込んでしまったり、外国を放浪してまた学問に戻ったり、学歴なんて目分の人生にとって意味ないとわかってやめたり、そんな人それぞれのいろいろな人生。 自分は自分の意思・価値観で生きようということを考える余裕もなくなるほど、窮屈で閉塞感のある今の世の中のほうを変えるのが先決で、授業料云々の問題だけではないと思います。 また、私立中学、高校も公立と同じように無償にすべきだという運動をPTAもしているようですが、私立はそれぞれの個性があって行きたい人は高くでも行くというものだと思うので、「誰もが平等に教育を受ける権利」を主張してのことであれば、まず公立学校を立て直すことに注力すべきだと思っています。 この記事で小笠原先生のおっしゃることとちょっとずれてしまったかもしれませんが、前の記事の、子どもたち若者たちを人間としてでなく、金儲けの駒とみなすアベは許せないということも含めて書かせていただきました。 |
大学は、働いてお金をためてから行ってもいいという考えに私は賛成です。アメリカなどではそのような学生も多いと聞きます。ただ、日本のような雇用形態の下ではそれがなかなか難しいのも現実なのでしょうね。
私立の学校に国が補助金を出すことには、基本的に反対です。憲法89条に違反する恐れがありますし、何より国が私立学校の経営に口を挟む弊害があるからです(現実は、そのような状態になっていますが…)
・ttaka 様 私も息子2人を理系の大学、大学院まで行かせ、且大学が自宅から離れていたので2人とも下宿をさせざるをえず、経済面ではそれなりに大変でした。しかし、私の様にさしたる資産も無いものにとっては、子供に与えられるのは教育のみと考えていましたので、苦労とは感じませんでした。しかし、大学へ行って勉強したいという意欲はあっても、どうしても家庭の経済事情がそれを許さない若者に大学進学の道を開くような手立てを社会が整える必要があるのも確かです。ただ政府が掲げているような高等教育一律無償のような制度には反対です。財源の問題を考えざるをえないでしょうから、キメの細かい施策(それだけ手数がかかるということになりますが)が求められると思います。財源の問題について言えば、財政破綻に至るような国の借金があるのはデマだとか、国家の借金問題はすでに解決済などという、全くのまやかし論を一部経済学者と称する人達が世の中に喧伝し、それを信じている輩が多いことが、こういう議論を別の意味で歪めてしまっていると思っています。この人達の論に従うのであれば財源確保のための国債発行余力はまだまだあるはずですから。 |
仰るとおりです。
但し、国債の発行余力はないと考えるべきではないのでしょうか。
もちろん、国債を追加発行したからといって即、国の財政が破綻するとは言いませんが、そうやって国債の発行残高が累増しているからこそ増税の必要性が高まり、そして、増税が実施されると国民の生活が苦しくなるからです。
・とりあたま様 何年か振りにコメント致します。 人づくり革命って、狙いはやっぱり『改造人間』でしょうね。ネットが発達したんだから、 系統だったネット教科書(講義動画付き)を整備し無料で閲覧できるようにすると共に、各種教育レベル認定試験を行えるようにすれば、高校、大学学部レベルの教育は実質ゼロ円になるはず。あとは、みんなで時々集まってオリエンテーションや体育や美術や音楽や技能研修を行う施設さえあればいい。さらに高度な教育を行うための専門学校、研究室、ゼミなどを別途整備すれば、現在よりもずっと低コストで高レベルな教育ができると思います。現在の学校はnurseryもしくはslaughter houseのような意味合いもあり、それを強化したいのでしょうね。 |
ちょっと違う視点からのご指摘です。
私も、文科系の場合には、それほどお金をかけずに授業を行うことが可能であると考えます。それができないというのは、そうしようというインセンティブが働かないからということと、その気がないだけのような気がします。
・どちらかというと右派です、はい様 本日も非常に興味深く拝読しました。 安倍政権の志向を一言で申せば「大きな政府」なのですが、巷間これを「新自由主義」などと未だに誤解する向きが非常に多いようです。そもそも大学無常化(ママ)につき自民党は反対していましたが、第2次安倍政権になってからは、その翼を左寄りに大きく広げ始めました。それは、90年代以降繰り返す短命に終わる内閣を長期化するという目的においては非常に合理的です。 しかし、この思考を実現するための財源確保の方法論が事実上の財政ファイナンスですから、一部のリフレ派の思惑(無税国家化)を除けば、これは自ずと限界を迎えると予想するのが常識的でしょう。そうなれば、現行の安倍政権の掲げる「全世代型」の社会保障制度、すなわち歳出削減を極力抑え可能な限りすべての世代が公平に社会保障サービスの恩恵を享受するような制度も、ここで取り上げられた大学無償化も絵空事だったのだということを、まさに「全世代」が思い知ることになるはずです。 そういう意味では、確たる持続的な財源論がないにもかかわらず先行して大衆に出来もしないサービスの実現を約束し続ける現在の安倍政権は、非常に罪作りなことを平気でするものだと日々思っている次第です。 |
仰るとおり。
罪作り、罪作り。
・通りすがり様 まぁ「大学行かないとまともなところに就職できない、差別されてもしかたがない」という イメージと偏見がすっかり広まり定着しているのでやむおえないかと 親権者の収入と当人の学力に応じた、シンプルで画一的な奨学金制度をつくる いっそ開きんなおって、大卒の肩書きの取得だけを目的とした安い大学、家計にヤサシイ家計大学とでもしましょうか限るなくペーパー大学に近い、キャンパスも校舎も研究施設もない安さだけは 日本一いや世界レベルの大学の設立を認めてはどうでしょうか |
そのようなアイデアも一案。
ただ、以前は、学歴不要論のような力強い主張もあったのですが…今はないのでしょうか?
ビルゲイツのような人を日本人はどう評価するのでしょうか?
さんまちゃんもきょんきょんも大学は出ていないけど凄いぞ!
確たる持続的な財源論がないにもかかわらず先行して大衆に出来もしないサービスの実現を約束し続ける現在の安倍政権は罪作りだと思う方、クリックをお願い致します。
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