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獄中の袴田巌さんが手紙につづった「無実」 高杉晋吾さんと往復書簡 「彼はなぁ、本当に正しいんだよ」(東京新聞)
http://www.asyura2.com/17/nihon32/msg/359.html
投稿者 蒲田の富士山 日時 2024 年 5 月 19 日 16:55:16: OoIP2Z8mrhxx6 ipeTY4LMlXiObY5S
 

2024年5月19日 12時00分

https://www.tokyo-np.co.jp/article/327973

 1966年の静岡一家4人強盗殺人事件の犯人とされ、長く死刑囚の身に置かれてきた袴田巌さん(88)。第三者で最初に冤罪(えんざい)を訴えたのが、今は病床にあるルポライター高杉晋吾氏(91)だ。未公開の往復書簡に目を通すと、強要・誘導された疑いが濃い供述調書、捜査機関の証拠偽造の可能性に着目し、無実の証明に奔走する様子がうかがえる。22日の再審公判結審を前に2人のやりとりを振り返る。(西田直晃)

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 たかすぎ・しんご 本名は石川晋吾。1933年、秋田市生まれ。戦時中は満州(現・中国東北部)の鞍山市で過ごし、米軍の爆撃で母と姉を亡くす。早稲田大卒業後、「社会新報」記者を経てフリーに。冤罪のほか部落問題や産業廃棄物、精神医療などをテーマに取材。1981年の著書「地獄のゴングが鳴った 無実のプロボクサー袴田巌」は、2014年に「袴田事件・冤罪の構造 死刑囚に再審無罪へのゴングが鳴った」として復刊された。
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◆最初の手紙に「近いうちに面会に行きます」
 〈多くの無実を叫ぶ人々の場合、有罪の判決が出たところで、その有罪の根拠となった証拠そのものが、自白、物証、証言等々、あらゆる偽造が無人の野を行くがごとく、まかり通っている(中略)近いうちに面会に行きます〉
 1979年8月1日。一、二審で死刑判決を受けて上告し、東京拘置所にいた袴田さんに、高杉氏が初めて送った手紙だ。この直後、雑誌「現代の眼」(廃刊)9月号に「袴田事件 元ボクサーの落ちた陥穽(かんせい)」と題した記事が掲載された。
 この記事ですでに、高杉氏はいくつかの不審点に触れている。犯行着衣が起訴時のパジャマから、袴田さんの勤務先のみそタンク内で事件の1年2カ月後に見つかった「5点の衣類」に変更されたこと。控訴審での装着実験の際、そのズボンを袴田さんがはけなかったこと。捜査段階の45通の自白調書のうち、1通の検察官調書を除く44通が証拠から排除されたこと…。最高裁で死刑が確定する1年4カ月前のことだ。

◆「権力の魔手に徹頭徹尾かけられ…」
 袴田さんはこう返信し、両者の交流が始まった。
 〈権力の魔手に徹頭徹尾かけられた、いわゆるイケニエにある弱い衆人達の筆舌に尽(つく)せない心底からの憤怒の念を、やがて一掃してくれる〉(同年8月4日)
 〈先(ま)づ、第一にやらなければならないことは、いっさいの虚偽を虚偽として確認することだと思います〉(同年8月20日)
 袴田さんの再審弁護団が訴える「捏造(ねつぞう)」という文言こそ見当たらないが、証拠のでっち上げが存在したという認識で両者は一致していた。その後の手紙のやりとりは主に、高杉氏の質問に袴田さんが回答する形で進む。証拠採用された66年9月9日付の検察官調書については、こうだ。
 〈本件調書内容のような型で押し付けられたら万事休すの筈(はず)です(中略)検察官は前以(も)って、九月九日付調書の如(ごと)く、その内容のストーリーを自らの大学ノートに書き込んでいたと思われます。その理由は九月九日の取調べの際、大学ノートを書記官に手渡し、何んのことはない丸ごと写させたのです。それ故に、文字通り、矛盾の大集成たる調書が存在する〉(79年9月1日、検察官は実名表記)

◆消火に加わった様子を説明
 往復書簡は現在、高杉氏と親交が深い「袴田巌さんの再審を求める会」の十川正さん(71)=東京都小平市=が中身を精査している。「回答を足掛かりに無実を証明するため、さまざまな質問を袴田さんにぶつけていた。再審支援の井戸を掘った人。他の取材でも同じだが、弱い立場にある袴田さんの目線で動いてきた」と回想。「死刑確定直前の手紙には特に、切迫感に満ち、鬼気迫る袴田さんの思いが伝わってくる」と話している。
 袴田さんは高杉氏への手紙に、「アリバイがない」とされた事件当日の6月30日の行動も記載。出火した被害者宅の消火に加わった様子などを説明していた。
 〈サイレンと、火事だ、近いぞというような声で起こされました。同僚2人が慌てて寮の階段を降りていったようでした。私も跳ね起きて彼等(かれら)に続きました〉
 〈裏口に駆けより扉を探しました。(中略)断片的には、同僚が私に消火品、消火品といっていたこと。ホオスを誰かと共に出し、それに三、四人たかって引張(ひっぱ)り伸したこと。線路の下の石を取り、ホオスをそこに通したこと〉
 〈(土蔵の物干し場に立った)男は土蔵を指差し、この中に人が居るといいました。そして、よしバールを持ってくるといって降りていきました。その男は赤シャツを着ていた〉(いずれも79年12月25日、同僚は実名表記)
 捜査官の調書にはこれらの内容は記されず、確定判決では「鎮火に近いころ、被告人が火災現場に姿を見せるまでの間、被告人の姿を何処(どこ)かで見たという者も認められない」と袴田さんの訴えは退けられた。十川さんは「手紙には当日の状況が詳細に描写され、現場にいた人の服装や行動も詳しく書かれている。十分、反証になり得る内容だ」と強調する。

◆袴田さんの行動を細かく質問
 高杉氏はさらに、その後の4日間の行動も細かく尋ねていた。
 〈できれば午前・午後。さらに詳しくは、午前何時ごろは誰々とこう云(い)うしごとを、どう云う場所でやったのかを困難ですが想い出して下さい(中略)これが確定して行けば、(5点の衣類を)味噌(みそ)タンクに仕込む時間が成立しなくなる〉(79年12月12日)
 静岡県警が最初に袴田さんを任意聴取したのは、7月4日。この日の早朝、寮の袴田さんの部屋を家宅捜索し、新聞各紙はこぞって「有力容疑者」と報じた。以降逮捕される8月18日まで、常に警察やマスコミの監視下に置かれていた。
 5点の衣類がタンクに入れられた時期について、二審の東京高裁は「事件直後」と認定。袴田さんの犯行着衣とすれば、本人が怪しまれずにタンクに隠せるのは7月4日までしかあり得ないと、高杉氏は検証を試みた。袴田さんは同僚の氏名や具体的な時刻を交えながら、どのような仕事をしたか、約70キロ離れた実家にいつ帰省したかなどを返答。高杉氏は「常識で考えて隠せるわけがない」との思いを強くした。
 その後の支援者の検証実験が奏功し、5点の衣類は有罪証拠でなく、無罪証拠に変化しつつある。静岡地裁は2014年、衣類を「犯行着衣でも袴田さんのものでもない」と指摘し、約48年ぶりに釈放。あらためて再審開始を決定した東京高裁は昨年3月、袴田さんが衣類をタンクに入れることは「事実上不可能」と認定。第三者がタンクに隠した疑いに触れ「捜査機関の可能性が高い」と言及した。

◆1989年ごろまで文通と面会は続く
 袴田さんの死刑確定後、高杉氏は「無実の死刑囚・元プロボクサー袴田巌を救う会」を立ち上げ、袴田さんの拘禁症状が悪化する1989年ごろまで文通と面会を続けていた。高杉氏のもとに届いた手紙は280通を超える。90年代以降は直接の支援から離れた。
 数年前に脳梗塞を患い、会話が不自由になっている。今月中旬「こちら特報部」の取材に応じ、「(袴田さんへの思いは)これまでに書いてきた通りだ」と短く語った。再審開始決定が一時取り消された6年前を思い出した様子で、「再審無罪の結果がひっくり返ってしまわないか、心配だ」と話し、涙ぐんで、こう繰り返した。
 「彼はなぁ、本当に正しいんだよ」

◆デスクメモ
 袴田さん捜査の矛盾とボクサーの日々を描いた高杉さんは今91歳、袴田さんは88歳、姉ひで子さんは91歳だ。1月に死去した西嶋勝彦弁護士は82歳。対する検察や警察は、担当者が交代して争い続ける。後任に引き継げば、歳月の痛みは感じないのか。組織も人間らしく対応すべきだ。(本)  

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コメント
1. 松岡太郎[-546] j7yJqpG@mFk 2024年5月21日 21:49:10 : 8RTQqfl51w : aURiU2lBTXc1V1k=[1] 報告
堺はなんで、俺や、まんちんや、村田やワーゲンいじめたんやろうかのー、チッブとっても。

[スレ主【蒲田の富士山】による初期非表示理由]:その他(アラシや工作員コメントはスレ主が処理可能)理由無し
2. 蒲田の富士山[2348] ipeTY4LMlXiObY5S 2024年5月22日 19:34:21 : ZFsnF4VT5k : SUlidHJWSGg4ZGc=[8] 報告
<△22行くらい>
袴田さん再審9月26日判決 無罪公算、静岡地裁(東京新聞・共同)
2024年5月22日 18時36分 (共同通信)

https://www.tokyo-np.co.jp/article/328643?rct=national

 浜松市の自宅で過ごす袴田巌さん=22日午前(袴田さん支援クラブ提供)
 自宅前で取材に応じる袴田巌さんの姉ひで子さん=22日午前、浜松市
 1966年に静岡県清水市(現静岡市)のみそ製造会社専務一家4人が殺害された事件で死刑が確定した袴田巌さん(88)の再審第15回公判が22日、静岡地裁(国井恒志裁判長)で開かれた。検察側は死刑を求刑、弁護側は改めて無罪を主張し結審した。判決は9月26日。袴田さんに代わって出廷した姉ひで子さん(91)は最終意見陳述で「人間らしく過ごせるようお願い申し上げます」と訴えた。
 刑事訴訟法は再審開始について「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」があった時と定めており、無罪の公算が大きい。
 検察側は論告で、袴田さんが金品を得るために犯行に及んだと指摘。「訴訟能力の観点から心神喪失状態と認定されているが、量刑事情を変更するものではない。罪責は誠に重大だ」と述べた。一連の証拠を捏造とする指摘に対しては「実行不可能で非現実的な空論だ」と反論した。
 一方、弁護側は最終弁論で、確定判決で犯行着衣とされた「5点の衣類」は発見直前に捜査機関が隠した捏造証拠だとし「無罪であることは明らかだ」と主張した。

3. 蒲田の富士山[2349] ipeTY4LMlXiObY5S 2024年5月22日 19:40:38 : ZFsnF4VT5k : SUlidHJWSGg4ZGc=[9] 報告
<△20行くらい>
袴田さん再審9月26日判決 静岡地裁、検察は死刑求刑(東京新聞・共同)
2024年5月22日 17時26分 (共同通信)

https://www.tokyo-np.co.jp/article/328716?rct=national

 1966年に静岡県清水市(現静岡市)のみそ製造会社専務一家4人が殺害された事件で死刑が確定した袴田巌さん(88)の再審公判は22日、静岡地裁で結審し、国井恒志裁判長は判決期日を9月26日に指定した。
 検察側はこの日の論告で、袴田さんが「金品を得るために犯行に及んだ」と指摘。最大の争点となっている「5点の衣類」は袴田さんのものだとし「犯行着衣と認められる」と述べ、死刑を求刑した。一連の証拠を捏造とする指摘に対しては「合理的理由がない」と否定した。
 被害者遺族の「真実を明らかにしてほしい。尊い4人の命が奪われていることを忘れないで」とする意見陳述書も読み上げた。
 争点は、事件から1年2カ月後にみそ工場のタンクから見つかり、確定判決で犯行着衣とされた「5点の衣類」に付着した血痕の「赤み」。弁護側は、長期間みそ漬けされた場合は赤みが残らないとし、逮捕されていた袴田さんが隠すことはできなかったと主張した。再審開始を認めた昨年3月の東京高裁決定は弁護側主張を支持している。

4. 蒲田の富士山[2351] ipeTY4LMlXiObY5S 2024年5月23日 05:49:05 : ZFsnF4VT5k : SUlidHJWSGg4ZGc=[11] 報告
<△20行くらい>
袴田さんの無実信じ、闘い58年 支援の姉が最後の訴え(東京新聞・共同)
2024年5月22日 21時08分 (共同通信)

https://www.tokyo-np.co.jp/article/328773?rct=national

 1966年の静岡県一家4人殺害事件で死刑が確定した袴田巌さん(88)の姉ひで子さん(91)は裁判所に行けない弟に代わり、再審に出廷してきた。「58年闘ってまいりました。私も91歳、巌は88歳でございます」。22日開かれた公判の最終意見陳述で、改めて弟の無実を強調。長年の闘いに勝ち、冤罪が晴れる判決を待ち望んでいる。
 支援者によると、袴田さんはこの日、ひで子さんと暮らす浜松市の家で近所を散歩するなど穏やかな時間を過ごした。拘置所に長年収容されたため、拘禁症状が残り、裁判の話題を出すと混乱することがある。ひで子さんは「静岡に行くのは今日でおしまい。夕方、帰ってくるね」とだけ伝えたという。
 ひで子さんは最終意見陳述で、袴田さんが拘置所から母親に宛てた手紙を朗読した。「今朝方、お母さんの夢を見ました。お母さん、遠からず真実を立証して帰りますからね」。約束を果たせず、釈放後も心は癒えていないと訴えた。
 結びには「巌を人間らしく過ごさせてくださいますようお願い申し上げます」と述べ、声を震わせた。

5. 蒲田の富士山[2352] ipeTY4LMlXiObY5S 2024年5月23日 05:52:44 : ZFsnF4VT5k : SUlidHJWSGg4ZGc=[12] 報告
「極めて悪質な事案」と地検次席 袴田さん再審、弁護側反発(東京新聞・共同)
2024年5月22日 21時01分 (共同通信)

https://www.tokyo-np.co.jp/article/328764?rct=national

 1966年に静岡県清水市(現静岡市)のみそ製造会社専務一家4人が殺害された事件で、強盗殺人罪などで死刑が確定した袴田巌さん(88)の裁判をやり直す再審公判が22日、静岡地裁であり、検察側は確定審と同様に死刑を求刑、弁護側は改めて無罪を主張し結審した。
 再審公判は昨年10月に始まり、この日は15回目。検察側は、被害者遺族の「尊い4人の命が奪われていることを忘れないで」とする意見陳述書も読み上げた。
 静岡地検の小長光健史次席検事は閉廷後、求刑について「極めて悪質な事案であることなどを踏まえた」と説明。主任弁護人の小川秀世氏は記者会見で「腹立たしく許されない」と批判した。

6. 蒲田の富士山[2354] ipeTY4LMlXiObY5S 2024年5月23日 07:28:09 : ZFsnF4VT5k : SUlidHJWSGg4ZGc=[14] 報告
<■79行くらい→右の▽クリックで次のコメントにジャンプ可>
袴田巌さんの姉が白いジャケット姿を選んだ理由 死刑求刑にも表情変えず「検察側の都合でやっていること」(東京新聞)
2024年5月23日 06時00分

https://www.tokyo-np.co.jp/article/328784

 「死刑を求刑します」。被告のいない法廷に検察官の声が響いた。22日、強盗殺人事件で死刑が確定している袴田巌さん(88)の再審公判が結審した。検察側が求めたのは56年前と同じ刑。袴田さんの姉ひで子さん(91)は改めて、心神喪失で不在の弟は無実と訴えた。事件発生から58年余となる9月、判決が言い渡される。

―――――――――――――――
 旧清水市一家4人強盗殺人事件と袴田さんの再審 1966年6月30日、旧清水市のみそ製造会社専務宅から出火、焼け跡から4人の他殺体が見つかった。従業員だった袴田さんが強盗殺人罪などで起訴され、無罪を主張したが80年に最高裁で死刑が確定した。第2次再審請求審で2014年に静岡地裁が再審開始を認め、死刑執行と拘置が停止に。袴田さんは約48年ぶりに釈放された。検察の異議申し立て(即時抗告)で審理は続き、昨年3月、東京高裁は「5点の衣類」が捜査機関に捏造(ねつぞう)された可能性を指摘した上で、再審開始を決定。検察側の特別抗告断念で確定し、同10月27日に再審の初公判が開かれた。
―――――――――――――――

◆再審7カ月 ようやく結審
 「強固な殺意」「生命軽視の態度は顕著」—。
 静岡地裁の202号法廷。男性検察官は論告で、袴田さんの罪状などについて淡々と口にしていった。読み上げは数時間。「特段くむべき事情も認められない」と極刑が相当とした。
 求刑時、ひで子さんは正面を見つめたまま、表情も変えなかった。この日は白色のジャケット姿。「白(無実)ということを強調するように」との考えからだ。再度の死刑求刑については「検察側の都合でやっていることだから、当たり前だと思う」と受け止めた。
 袴田さんが待ち望んだ再審の開始が確定したのは昨年3月。同10月に始まり、7カ月をへて結審した。ひで子さんは記者会見で「ようやく終わった。判決が出たら、巌に裁判のことを伝えようと思っております」。「もうこれで勝ったようなものだと思っている」と晴れやかな表情で語った。

◆弁護団「検察官は汚点残した」
 ひで子さんの会見には、弁護団も同席。検察側の死刑求刑への怒りを示し、角替清美弁護士は「検察官は今日、汚点を残した」。白山聖浩弁護士は「間違えましたということができない検察の姿勢は、事件発生時から何も変わっていない」と批判した。
 検察側が証拠捏造(ねつぞう)を否定したことにも不満を示し、小川秀世弁護士は「5点の衣類が(犯行時の着衣との)根拠は何もない」と批判。「裁判所に捏造をはっきりと認定してもらいたい。弁護側はそれだけの立証はできた」と自信をのぞかせた。
 一方、公判後に会見した静岡地検の小長光健史次席検事は死刑求刑について「極めて悪質な事案であることを踏まえた」と理由を述べ、「被告人が有罪であることは立証されている」と説明。証拠捏造の疑いの指摘には「現実的に行い得ない」と反論した。
 取材に応じた検察幹部は「法と証拠に基づき、証拠を十分に検討し、慎重に見極めて事案に見合う量刑として求刑した。メンツのために死刑求刑したということはこれっぽっちもない」と強調した。(東田茉莉瑛、長谷川竜也)

 ◇

◆みそ製造会社専務の孫「真実を明らかにして」と意見陳述
 再審公判では、事件で殺害されたみそ製造会社専務の孫が書面で意見陳述した。書面は検察官が自席で代読。冒頭で「尊い4人の命が奪われたことを忘れないで」と訴え、「事実を精査し、真実を明らかにして」と願いを伝えた。袴田さんに言及することはなかった。
 孫は、自身の母である専務の長女が、事件で家族を失ったことで「計り知れないほどの悲しみと恐怖を感じ、重度のうつ病にかかった」と述べた。2014年に静岡地裁が再審開始を決定する直前に亡くなったという。
 読み上げられた書面では、事件で生き残ったことなどを理由に長女がネット上で犯人視されてきたことや、「自殺した」とうわさされたことを明かし、「根拠のない話」と強調。再審公判で、事件の真相が解明されることを望んだ。(佐々木勇輝)

 ◇

◆「お母さん、遠からず真実を立証して帰りますからね」
  再審公判も終盤に近づいた午後5時過ぎ。袴田巌さんの姉ひで子さんは最終意見陳述で証言台に立った。国井恒志裁判長と正対し、片手にはA4判の用紙。「今朝方、母さんの夢を見ました、元気でした、夢のように元気でおられたらうれしいですが、お母さん、遠からず真実を立証して帰りますからね」と読み上げた。
 袴田さんが獄中から母にあてた手紙だった。無実を信じた母は一審の公判に通い続け、1968年の死刑判決の2カ月後に亡くなった。ひで子さんは、袴田さんが体験した苦悩や無念を代弁するように読み上げ、用紙を持つ手は震えた。
 手紙部分を伝え終えると、時折、裁判長に視線を向けながら「(袴田さんは)釈放されて10年たちますが、いまだ拘禁症の後遺症、妄想の世界にいる。心は癒えておりません」と言葉をつないだ。(足達優人)

【関連記事】袴田巌さんに検察が再び死刑を求刑 再審公判、9月に判決 「5点の衣類」証拠捏造めぐり主張は対立したまま
【関連記事】獄中の袴田巌さんが手紙につづった「無実」 高杉晋吾さんと往復書簡 「彼はなぁ、本当に正しいんだよ」
【関連記事】袴田さんに検察は求刑どうする 検察組織は変わったのか…OBは語った 

7. evilspys[70] goWCloKJgoyCk4KQgpmCkw 2024年5月24日 22:50:29 : LY52bYZiZQ : aXZHNXJYTVV4YVE=[17209] 報告
袴田事件について長女(橋本昌子)が真犯人というが疑問点があり真相がわからない件。
管理人のぼやきラジオ
2024/05/24
https://www.youtube.com/watch?v=z0Ysw8asUzY

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