袴田さんの再審開始が確定、無罪の公算強まる 検察側が特別抗告を断念 1966年一家殺害 死刑事件で5例目(東京新聞) 2023年3月20日 20時56分https://www.tokyo-np.co.jp/article/239157 1966年に静岡県で起きた一家4人強盗殺人事件で死刑が確定した袴田巌さん(87)の第2次再審請求差し戻し審で、東京高検は20日、再審開始を認めた東京高裁決定に対し、最高裁への特別抗告を断念したと発表した。袴田さんが犯人との認定に「合理的な疑いが生じる」とした高裁決定が確定し、今後静岡地裁で再審公判が開かれる。事件から57年を経て、袴田さんが無罪を言い渡される公算が大きくなった。(奥村圭吾) 死刑が確定した事件で再審が行われるのは5件目。東京高検の山元裕史次席検事は「決定には承服しがたい点があるものの、法の規定する特別抗告の申し立て事由が存するとの判断に至らず、特別抗告しないこととした」と文書でコメントした。 差し戻し審の争点は、犯行着衣とされた「5点の衣類」の血痕の色。衣類は事件の1年2カ月後にみそタンク内から見つかっており、13日の高裁決定は、長期間みそ漬けされれば赤みは消えるとした弁護側の実験結果を「無罪を言い渡すべき明らかな新証拠」と判断。袴田さんを「到底犯人と認定することはできない」とし、捜査機関が「5点の衣類」を捏造ねつぞうした可能性にも言及した。 検察側は、5点の衣類がみそ漬けされた状況と実験とでは条件が異なり「赤みが残らないと断定はできない」と主張していた。最高裁への特別抗告は、憲法違反や判例違反がある場合に限られ、高裁の認定を覆すのは難しいと判断したとみられる。 都内で記者会見した弁護団長の西嶋勝彦弁護士は「(検察の判断は)当然だと思う。再審公判で袴田さんの無実を明らかにしたい」と力を込めた。袴田さんの姉ひで子さん(90)は「(検察が)腹を決めてくれたと思う。うれしくてありがとうという言葉しかない」と話した。 2008年から始まった第2次再審請求審では、14年に静岡地裁が再審開始を決定し、袴田さんは逮捕から48年ぶりに釈放された。検察側の即時抗告を受け、18年の東京高裁は決定を取り消したが、最高裁が20年、血痕の色に争点を絞った上で審理を高裁に差し戻した。 弁護団は高裁決定後から3度にわたり、高検に特別抗告をしないよう求める申し入れ書を提出。弁護団が呼び掛けたオンライン署名は3万5000筆を超えるなど、特別抗告に反対する世論も高まっていた。 【関連記事】「特別抗告断念を」袴田巌さんの弁護団が東京高検に2度目の申し入れ 「国民の理解を得られない」 「異様さ」に海外も注目 再審開始決定の袴田さんめぐる日本の刑事司法 死刑囚生活45年、再審可否を延々議論(東京新聞) 2023年3月20日 18時14分
https://www.tokyo-np.co.jp/article/239168 1966年の静岡一家4人殺害事件で死刑が確定した元ボクサー袴田巌さん(87)。13日の東京高裁の再審開始決定は、欧米など外国のメディアも速報した。驚きとともに強調されているのが、半世紀近い身柄拘束と、87歳という高齢だ。かねて国連も問題視してきた日本の人権感覚。海外から、どんな視線が注がれているのか。(岸本拓也、中山岳)=東京新聞3月17日朝刊「こちら特報部」に掲載 【関連記事】袴田さんの再審開始が確定、無罪の公算強まる 検察側が特別抗告を断念 1966年一家殺害 死刑事件で5例目 ◆英BBC、米CNN、中東アルジャジーラも 「袴田さんは半世紀近くの間、不当に拘束されて、人間としてあってはならない残酷な扱いを受けた。この点を英国の人たちは異常なことと見ている」 13日に「45年間の死刑囚生活を経て再審が認められた日本人男性」と報じた英紙ガーディアン東京特派員のジャスティン・マッカリーさん。「こちら特報部」の取材に対し、事件への自分や母国の受け止めをこう語った。 同日は他にも、海外メディアのサイトに再審開始決定を伝える見出しが並んだ。「袴田さんの再審開始、東京高裁が認める」(英BBC放送)、「日本の裁判所は、1966年の殺人事件を巡る最長の死刑囚の再審請求を認めた」(米CNN)といった具合だ。 欧米だけでなく「日本の裁判所、87歳死刑囚の再審を支持 袴田巌は45年間独房に監禁された」(中東・アルジャジーラ)、「47年を死刑囚で服役した日本の87歳男性に裁判所が再審許可」(韓国・ソウル新聞)などニュースは世界中を駆け巡った。 ◆「日本では裁判所と検察の誤った判断の代償として、死が待っている」 各メディアは「日本は米国とともに主要な先進民主国の中で、いまだに死刑を採用している例外的な国だ」(BBC)などと解説。際立つのは、その多くが「世界で最も長く拘置された死刑囚」と袴田さんを紹介していることだ。 日本メディアでは、ほとんど見られない表現だが、ギネスブックのサイトには、2011年に「世界で最も長く収監されている死刑囚」として袴田さんが認定されている。現在は1968年9月の一審の死刑判決から、釈放された2014年3月までの「45年」が認定記録だ。 国際人権団体「アムネスティ・インターナショナル」も同様の認識で、アムネスティ日本の中川英明事務局長は「アムネスティ独自の調査でも袴田さんの拘束は最も長い」と話す。検察が期限の20日までに特別抗告すれば、「袴田さんが裁判を受ける権利を損なう。公正な裁判を妨害すべきではなく、再審の実現に協力すべきだ」と求める。 世界的に見ても異様な事件であるためか、死刑制度が残る米国でも20年にCNNが特集。日本の有罪率が99.9%と極めて高い状況や、米国と違って、容疑者が弁護士の立ち会いなしで取り調べられる日本の司法制度の特異性を否定的に紹介した。ハーバード大教授が、日本の有罪率が高い理由を「検察官が非常に少ない。彼らの仕事量を考えると、最初に有罪判決に焦点を当てる。本当に罪を犯したか否かを考える時間はない」と解説している。 特集は、無罪判決という形で誤りを認めることが「裁判官と検察官の双方のキャリアにとって有害と見なされる可能性がある」との見方を示す。その上で「日本では(裁判所と検察の)誤った判断の代償として、死が待っていることもある」とした。 ◆「正義の時が来た!」 一方、袴田さんに14年に名誉王者ベルトを贈った世界ボクシング評議会(WBC)は14日、ホームページに「滞った正義を獲得するため闘う」と連帯のメッセージを掲載。日本プロボクシング協会の公式ツイートにも、WBC関係者が「It's time for Justice!(正義の時が来た!)」と投稿した。 同協会「袴田巌支援委員会」委員長で、元東洋太平洋バンタム級王者の新田渉世さん(55)は「WBCのスレイマン会長はじめ海外のボクシング関係者は、常日ごろ袴田さんを気にかけてくれてきた」と話す。 袴田さんが収監中だった08年、「ハリケーン」と呼ばれた米国の元ボクサーで、殺人罪で20年近く投獄された後に無罪となったルビン・カーター氏が、袴田さんを励ますビデオメッセージを寄せた。新田さんは「袴田さんは『東洋のハリケーン』として、海外でも認知されている。今回の決定後、『フリー、ハカマダ』の声はネットなどで広がっている」と話す。 ◆国連の委員会「強要された自白の結果、死刑が科されたという報告に懸念」 死刑が廃止されている欧州などでは、もともとこの事件への関心が高い。08年、姉のひで子さん(90)が洞爺湖サミットに参加する主要8カ国(G8)の大使館などに救済を求めた際は、「42年の拘束は胸が痛む」といった反応があった。袴田さんが釈放された14年には、国際人権規約を担当する国連の委員会が「強要された自白の結果、死刑が科されてきたという報告は懸念される事項」と指摘した。 一般財団法人アジア・太平洋人権情報センター(大阪市)の藤本伸樹研究員は「袴田さんは自白を強要され、死刑判決後も長期にわたり独居で拘禁された。国際的には、日本の司法制度の問題を示す代表的な冤罪えんざい事件の一つとして扱われてきた」と話す。 ◆日本の再審規定は「周回遅れ」…変えるべき時 そんな事件に改めて下された司法判断で、刑事訴訟法の再審規定(再審法)見直しが注目されている。裁判所の再審開始決定への検察の不服申し立てに制限がなく、検察側に対する証拠開示請求がほとんど認められないからだ。 熊本大の岡田行雄教授(刑事法)は「欧米などでは、冤罪事件や誤判の発覚をきっかけに再審制度が改められてきた」と説く。例えばドイツは1960年代半ばの制度改正により、裁判所が再審開始決定すれば検察は不服申し立てできず、再審の場で主張するようになった。英国では、裁判所から独立した委員会が検察側の証拠を集めて閲覧し、再審を始めるか判断している。台湾でも、有罪確定後に再審請求のためなら公判や捜査段階で集めた証拠を閲覧できる。 それに比べて「日本は何周も遅れている」と岡田さんは指摘。「再審請求審は本来、無罪の可能性がある事案を探す手続きだ。それなのに、日本では検察の抗告などで延々と『再審するかどうか』に時間をかけている。そもそも再審請求しても裁判所がたなざらしにしたままで、審理が進まないケースすら目に付く」と苦言を呈する。 「迅速に再審開始を確定させ、有罪か無罪かは再審の場で争われるようにすべきだ。現行の規定では再審を始めるまでに時間がかかり、冤罪被害者や親族は高齢になっても苦しむ。刑訴法改正を含め、法整備を進める時期にきている」 袴田さんの記事を何度も書いてきた前出のガーディアン特派員マッカリーさんも、この先を注視する。「海外からは日本に死刑制度の廃止を求める声が上がるが、日本は死刑を支持する声が根強く、あまり変わらなかった。袴田さんのように著しく人権を侵害された事件を受けて、日本がこれからどうするのか、関心を持って見ている」 ◆デスクメモ 在京6紙は全紙が14日朝刊の社説で、今回の再審開始決定について書いている。東京高裁の判断を高く評価こそすれ、否定する意見はない。国際的にも特異なこの事件の経過が、広く知られるようになった結果だろう。さらに争って、国民を納得させられる理由があるとは思えない。(本)
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