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株高なのに、これから中小企業がバタバタ倒れる可能性…一体なぜ? 「事業継承」という問題にハードルが…
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/54212
2018.01.26 中沢 光昭 経営コンサルタント 現代ビジネス
バブル以来の株高にわく日本市場。その恩恵は非上場の中小企業株にも及んでおり、経営者にはうれしいところだが、そのせいである一手を打って「大失敗」するケースが、実は続出しているという。後継者難の中小企業へのコンサルティングなどを手掛ける中沢光昭氏が見落とされがちな「落とし穴」に警鐘を鳴らす。 |
非上場株の評価が「跳ね上がる」仕組み
20数年ぶりの株高に、株式市場が沸いています。
為替の円安や低い金利については、立場によっては歓迎できない場合もありますが、株に関しては、それがありません。生活実感のない株高だ、株が買える金持ちだけが得をしているという批判はあったとしても、「株が高いのはけしからん」と思っている人はほとんどいないでしょう。
しかしこの株高によって、日本経済の抱える大きな課題に大きな影を落としていることはあまり知られていません。それが後継者不足に悩む中小企業オーナーの事業継承問題です。
いま、会社の経営を誰に引き継ぐかという「事業継承」の問題が、経済の世界で話題になっています。新聞や雑誌、ウェブニュースで記事を目にしない日はないと言ってもいいほどです。特に注目を集めているのが、後継者のいない中小企業が、別の会社に事業を引き継いでもらうというケースです。
事業承継問題を抱える中小企業のオーナーが会社を売却しようとした場合、買い手との価格交渉は、株式価値の理論値からスタートします。
非上場企業の理論値の計算方法にはいくつか方法がありますが、利益をベースに、今後出しうる利益に対して上場企業の利益の相関性から算定される「係数」を乗じて企業価値を算出し、そこから負債の金額などを考慮して株式の価値を算出するやり方が一般的です。
ところがこの係数が、近年の株式上昇相場が始まる前と現在とでは1.5倍どころか、将来性が少しでも見込まれた業界であれば2倍や3倍、場合によってはそれ以上の数値になっているのです。
跳ね上がった価格に惑わされ、遅れる「決断」
数年前なら5000万円だった株式価値が、同じ財務状態でも今は1億円や1億5000万円になっていることも珍しくない。オーナー自身でさえも「え、そんなに高いのか!?」と驚くほどですが、かといって「いやいや、うちは5000万円が妥当なところだよ」とは絶対になりません。
ましてや売却を仲介会社に頼んで、1億円以上での譲受を検討する会社が現れたりしたらなおのこと。「もっと探せば、1億1000万円でも買ってくれる会社が出てくるのではないか」と期待ばかりふくらみ、暇さえあれば売買交渉の面談に出向き、気がつけば、「業績は今後さらに上向きになる」というストーリーの説得力だけが増していくのです。
なかには、金額などは二の次で「少々時間をかけてでも、従業員が幸せになれるような買い手を探そう」と、純粋に社員のことを思っているオーナーもいないではないのですが、こちらも結果的には悠長に時間ばかり過ぎていくことに変わりありません。
一方で、買い手側のテンションは、株価の高騰並に高まっているわけではありません。上場株の短期売買とは異なり、企業の買収は、事業を育てて保有するのであり、その際に見るポイントは、あくまで会社自体の持っているポテンシャルで決まるからです。
本来は似て非なるスタンスなのですが、売り手がなかなかYesと言わないため、結果的になかなか合意に至らないのです。
長引く交渉で乱れ始める「社内の人心」
こうして長い期間にわたり売却に向けた交渉が続くことは、会社にとってなんのプラスにもなりません。
経営者が断続的に会社を不在にしたり、普段あまり会話もしない経理担当者と妙にこそこそと話し込むオーナーの姿を見ていれば、従業員も不信に感じ始めます。
「ひょっとしてうちは身売りするのか?」
「どんなところに売られるのだろう?」
と、勘の鋭い社員は感じ始めるでしょう。
人によっては「一応、何かあった時のために自分の価値を」と、転職活動を始めたりするかもしれません。
営業マンなら取引に結び付くかもしれない潜在顧客よりも、自分の面接のアポイントを優先させはじめるでしょう。
こうした状況では、仕事に集中できるはずもないのは明らかで、実際にもともとは業績のいい優良企業だった会社が、あっという間に普通の会社になってしまうこともあるのですから、困ったものです。
このような展開は、どこの業界でも起きる可能性があるのですが、いまとくに目立つのが、需要が拡大している医療系、介護系や、エンジニアの人手不足が進むシステム系や、同じく人手不足に悩む建築土木工事系の業界などのようです。
結局はすべての交渉相手に「撤退」されて…
筆者が体験した例ですが、医療業界の事業継承の案件でこんなケースがありました。
かりに「A社」としておきましょう。このA社、アベノミクスが始まる前まではおおよそ20億円程の株式価値でしたが、最初に購入を打診してきた同業他社のB社が提示してきた価格はなんと35億円でした。
オーナーは想定以上の高値に喜び、売却を検討しはじめたのですが、その矢先、別のC社から37億円で打診してきたことで、B社との交渉を一旦、ストップ。
M&A仲介会社の勧めもあって、「じっくり腰を据えて探し、この間に(少し前に進出した)地方都市の足場も固めよう。45億円以下だったら売らない」と決断。B社とC社を競わせるとともに、他にも候補がいないか幅広い業界から買い手を探すことになったのです。
ちなみに、筆者が協力した会社は、頑張って買いに行ったつもりで25億円を提示したものの、まさに瞬殺されてしまいました。
その後、B社、C社とも40億円までは追随してきましたが、それ以上の引き上げにはどちらも躊躇したため、交渉は暗礁に乗り上げてしまいました。
しかも、半年以上が経った頃、困ったことが起きました。進めていた地方進出における失敗の兆候が見え始めたのに加えて、A社のビジネスに関連する法令が、ネガティブな方向で改正される可能性が出てきたのです。
こうした動きを察知したのでしょう。買い手候補は一斉に「様子見をさせてください」と、蜘蛛の子を散らすように手を引いてしまったのです。
オーナーはすでに70歳になろうという年齢でしたが、一般的に見れば経済的には充分恵まれているはずなのに、表情がすっかり暗くなってしまったそうです。
実態とかけはなれた「評価」に踊らされる悲劇
オーナーにとっては自分がいちから創り上げた会社を手放すのは、まさに一世一代の大勝負です。その交渉に集中するのはやむを得ないのですが、必要以上に交渉に時間をかけ、そのために会社を不在にする時間が多くなるのは決していいこととは言えません。
さきにも言ったように従業員はそうした様子を横目に見ていれば、気もそぞろになってしまうばかりか、社内全体が疑心暗鬼状態になり、結果として社内の結束が失われます。
さらに問題は交渉が続いている間は、人的投資設備投資、販促投資や研究開発などに対して経営者が消極的になりがちということです。新たな投資を控えれば、利益が一時的に上がり、それが会社の評価価格を何倍にも引き上げてくれるかもしれない、ということに気づくからです。
実際、こうした「非生産的」な努力の結果が現れ始めると、高値のまま売り抜けられる可能性は高くなるのも事実です。
そして、これはオーナーにとってはまさに願ったり叶ったりと言っていいでしょう。
しかし一方で、従業員にとってはなんのメリットもありません。もっと言えば会社が安値で売られても高値で売られても直接の実入りはなにもないからです。
それどころか、こうした本来持っていたその企業の実態とかけ離れた不自然な価格で買収された場合、それが高値であっても、逆に安値であっても、長期的に見れば、待っているのは悲劇だけと言っていいでしょう。
いまこそ、落ち着いて「事業継承」を成功させるとき
まず高値で売られた場合はどうでしょう。業績がその高値に応えなければ、新オーナーは納得しません。
少しでも調子が悪くなったり、市場環境が悪くなったりすれば、親会社からは「こっちは高値で買っているのだから何が何でも業績を上げろ!」というプレッシャーがかかります。
すると、不条理なまでに猛烈に働かされたり、あるいは給与を抑えられたり、リストラによって業績を押し上げようとされる危険性さえあるのです。
一方で、オーナーが経営に身が入らなくなったり、新たな投資の抑制によって業績の悪化が顕在化して、安値で売られた場合はどうでしょう。
新しくきた親会社からは「業績悪化中の会社のヒト」扱いをされることになる。給料はどんなに頑張っても親会社の水準を超えないし、組織の重要なポイントは親会社から来た人材に占められてしまうでしょう。
どちらに転んでも待っているのは悲惨な人生です。
もちろん、オーナー社長が妥協して負けた(?)気分になろうと、速やかに売却を決めて従業員もさっぱりと気持ちを切り替えてリスタートを切るケースもあります。
しかし、こうした事業承継問題に、本来であれば優良なまま身売りできたかもしれない中小企業に、起こらずに済むはずだった悲劇を起きる事態が増えつつあるのはたしかです。
大企業であっても重要なサプライヤーの中小企業がひとつなくなるとすれば、相応のダメージを受けることは充分考えられます。
せっかくの現在の株高相場が、巡り巡って日本経済の足腰を弱りかねさせないというパラドックスを抱えることにならないか。筆者はそれが心配でなりません。
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