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東芝が陥った「ガダルカナル化」現象【できれば15日までに】
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51710
2017.05.13 菊澤 研宗 慶応義塾大学商学部教授 現代ビジネス
東芝問題とガダルカナル戦の類似性
どんなことがあっても絶対につぶれない会社の1つだといわれてきた東芝が、いま、危機的状態にある。その主な原因は、東芝の原子力発電事業への関わりにある。風向きが変わったのは、福島原発事故であった。これを契機に、原発事業はもはや利益を生み出す事業ではなくなっていた。これを察知したゼネラル・エレクトリック(GE)をはじめとする多くの企業は、すぐに撤退しはじめた。
しかし、その後も、東芝はこの事業に関わり続けた。だが、結果は予想通り、好転しなかった。東芝は損失を出し続け、いまだその損失額さえ確定できず、決算も不透明。まさに、東芝はいま危機的状況にある。このような状態になる前に、なぜ方針を変え、原発事業から撤退しなかったのか。
東芝の経営陣は、当然、選ばれた非常に優秀な人たちである。ある意味で、普通の人たちよりもはるかに優秀な人たちであろう。それにもかかわらず、なぜ儲からない原発事業に固執しているのか。彼らは、無知で非合理的なのだろうか。
実は、この同じ現象が、太平洋戦争のガダルカナル島での日本軍の戦いでも起こっていた。この戦いで、日本軍は、近代兵器を具備した米軍に向かって、銃剣で敵に突進するという日露戦争以来の非効率的な白兵突撃戦法を繰り返し実行した。その結果、日本軍は米軍に撃滅され、大量の日本兵が無駄死にした。
当時の日本軍の上層部は、非常に優秀な人々であった。それにもかかわらず、なぜ非効率的な白兵突撃戦術に固執し、撤退しなかったのか。彼らは無知で非合理的だったのだろうか。実は、そこには、共通の合理的メカニズムが存在しているのである。つまり、彼らは合理的に失敗したのである。このことは、最近、発売された拙著『組織の不条理』(中公文庫)で詳しく分析した。
不条理発生の合理的メカニズム
合理的失敗という不条理現象を説明する理論が、ノーベル経済学賞を受賞したロナルド・コースとオリバー・ウイリアムソンによって展開された取引コスト理論である。この理論では、すべての人間は不完全で、限定合理的な存在であり、スキがあれば利己的利益を追求する機会主義的な存在として仮定される。
それゆえ、見知らぬ人同士で交渉取引する場合、相互にだまされないように不必要な駆け引きが起こる。このような人間関係上の無駄のことを「取引コスト」という。このコストは、会計上に現れないという意味で見えないコストである。この取引コストの存在が、次のような不条理を生み出すことになる。
たとえば、いま、ある企業が伝統的な製法で商品を製造しているとする。この企業は、その伝統的製法に高い価値を見出し、その伝統を守るために特殊な設備を購入し、従業員も伝統的な技術や知識を長年にわたって習得してきた。ところが、いま新しい科学的製法が出現し、より高品質で安く商品を製造するライバル企業が現れた。このとき、この企業は伝統的な製法をすぐに放棄できるだろうか。
この場合、たとえ現在の製法が非効率的であったとしても、それを放棄することは難しいだろう。というのも、経営者はすでに特殊な設備に多額の投資を行っており、従業員も特殊な技術や知識を習得するのに、何十年もかけているからである。それゆえ、伝統的製法を放棄して新製法へと移行すれば、彼らはお手上げ状態(ホールド・アップ)になるだろう。このような経営者や従業員を説得する取引コストは非常に大きいものである。
この取引コストの大きさを考慮すれば、たとえ非効率的であっても伝統的製法に留まることが合理的となる。こうして、合理的非効率、つまり不条理が発生する。ガダルカナル戦で白兵突撃戦法に固執した日本軍は、このような不条理に陥っていたのである。
ガダルカナル戦の日本軍の不条理
ガダルカナル戦は、太平洋戦争における日本軍の陸戦の敗北のターニング・ポイントとして知られている。戦後の研究によると、この戦いの敗因は、米軍が近代兵器を駆使した効率的戦術に徹したのに対して、日本軍が精神主義にもとづく非効率な夜襲による白兵突撃に固執し続けた点にある。日本軍は3回にわたって当時としては全く非効率的な銃剣突撃を繰り返し、完全に撃滅された。
今日、ガダルカナル戦では、1回目の白兵突撃作戦の後、日本軍はすぐに戦術を変更すべきであったとか、できるだけ早く撤退すべきであったとか、いろいろと批判的に議論されている。しかし、当時の日本軍は白兵突撃戦術を簡単に放棄することはできない状況にあった。というのも、日本軍は、日露戦争以来、この戦術をめぐって、特殊な研究開発、特殊な教育、特殊な設備、特殊な人事、そして特殊な組織文化の形成に多大な投資を行ってきたからである。
それゆえ、この陸軍伝統の白兵突撃戦術を、一夜にして変更し、放棄すれば、多くの利害関係者はお手上げ状態になってしまうのである。したがって、この利害関係者を説得する交渉・取引コストは大きいものだっただろう。このあまりに高い取引コストを考慮にいれると、白兵突撃戦術の変更はほとんど不可能だったのであり、撤退できなかったのである。むしろ、かすかな勝利の可能性さえあれば、たとえ白兵突撃が非効率であろうと、それを維持した方が合理的だったのである。このような合理的メカニズムが、ガダルカナル戦での日本軍の非効率的戦術への固執行動の背後に潜んでいたのである。このガダルカナル化現象が、現代の東芝にも発生しているように思える。
東芝に発生した不条理の構図
東芝のガダルカナル化は、10年ほど前から展開された半導体と原子力への選択と集中戦略にはじまる。東芝は、この戦略のもとに、2006年、約6400億円という多大な資金をつぎ込んで、強引に米国の原子力発電事業会社ウエスチングハウス(WH)を買収した。
専門家は、この買収額は割高だとみなし、批判的であった。こうした空気を読んで、買収後、東芝は2015年までに原子力発電事業の売上高を1兆円とする事業計画を公表した。しかし、その事業計画は予定通りには進まなかった。周知のように、リーマンショックが起き、さらに2011年には福島第1原子力発電所事故が発生したからである。
日本では、安倍政権のもとに、事故後も原発を再稼働することが大前提となっているが、米国の状況はまったく異なっていた。原発事故後、米当局によって安全基準が厳格化され、その基準を満たすために原子力発電所の建設コストは一気に高まった。それゆえ、米国内ですでに建設中だった原発4基も、設計の変更が余儀なくされ、建設コストは大幅に増大、こうして、東芝が買収したWHは赤字に転落した。
この時点で、東芝は原発事業が儲からない事業であることを明確に認識したに違いない。しかし、東芝は原発事業から撤退することなく、2015年12月、さらに原発事業の効率性を高めるために、機器から工事までの垂直的一貫体制を確立する必要があると考え、米国の原発建設会社「ストーン・アンド・ウェブスター」(S&W)を買収した。ところが、この会社は700億円の負債を抱えていたのである。この大失敗によって、東芝はこれまで白物家電事業や医療機器事業を次々と手放し、まさにいま最大の収益源である半導体事業の売却に迫られているのである。
東芝が、原発事業に固執しなければ、現在のような悲惨な事態には陥らなかったのである。おそらく、東芝の経営陣も、ある程度、米国の状況を理解できていたはずである。しかし、なぜ方針を変更し、原発事業から撤退しなかったのだろうか。
東芝の経営陣が原発事業に固執し続けてきたのは、これまで述べてきたように、この事業に莫大な特殊な投資をしてきたからであり、もし原発事業から撤退すれば、その特殊な投資はすべて無駄になり、この事業をめぐる多くの利害関係者がお手上げ状態に陥るからである。それゆえ、原発事業を放棄する場合、彼らを説得する取引コストは膨大なものとなる。
特に、最大の利害関係者は日本政府であり、政府と手を組んできた東芝の経営陣である。安倍政権は、これまで原発ビジネスを「国策」として位置づけ、2016年の参議院選の公約として「インフラ輸出」を掲げた。その柱の1つが原発輸出だったのである。そして、この政府の成長戦略に深く関わってきたのが、東芝の経営陣なのである。
さらに、最近では、この利害関係者1人として雇用創出に強い関心をもつ米政府が新たに加わってきた。トランプ新政権は、もし東芝が原発事業から撤退し、WHを倒産させれば、最大3万6000人以上の雇用消失が発生することを懸念し、日本政府および東芝に事業継続に向けた協力を求めているのである。
このような利害関係者との膨大な取引コストを考慮し、合理的に損得計算すれば、議論の余地のない共通の結論に至ることになる。すなわち、東芝の経営陣にとっては撤退しない方が合理的だったのである。こうして、東芝の経営陣は、いまもガダルカナル戦での日本軍のように撤退できない状況にあるのだろう。このような状況のもとで、大本営が嘘の発表を行ったように、東芝もまた不正な会計報告を行い、ガダルカナル島で多くの将兵が無駄死にしたように、東芝でも多くの日本人従業員が解雇される可能性が高まってきているのである。
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