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隠しカメラ設置が発覚した別府署(大分県警HPより)
【大分県警隠しカメラ設置事件】で拭えぬ疑念と監視社会への懸念
http://biz-journal.jp/2016/09/post_16531.html
2016.09.02 江川紹子の「事件ウオッチ」第61回 江川紹子の「事件ウオッチ」第61回 Business Journal
先の参議院選挙の直前に、大分県警別府署が、野党候補を応援する労働組合「連合大分」などが入る施設の敷地内に入り込んで監視カメラを設置し、建物に出入りする人々を隠し撮りしていた問題。同県警は、同署幹部ら警察官4人を建造物侵入容疑で書類送検し、関係者の処分を発表した。
■残された疑惑の数々
事件は、公安警察ではなく、刑事事件の捜査畑の警察官が引き起こしたもの。8月27日付毎日新聞web版では、「選挙捜査で功を焦ったのでは」という県警幹部の言葉も報じられており、労組に対する継続的な監視ではなく、特定人物に対する「不適正な捜査」であったという県警の説明は、その通りなのだろう。
ただ、報道によれば、これまでの県警の説明では、同署幹部らはカメラ設置を県警本部に報告しておらず、県警本部は事件に関与せず、違法捜査も知らなかったとしている。それは本当だろうか。
国政選挙となれば、選挙違反の摘発に備えて県警本部に捜査本部が設けられていたはず。しかも、今回の事件の首謀者は、50代、40代というベテラン捜査員である。
思い出すのは、1985年から翌年にかけて、日本共産党の幹部宅が神奈川県警の警察官によって盗聴されていた事件だ。この時には、組織的犯行が疑われる事実があったのに、警察庁は頑強にそれを否定。また、関与した警察官が特定されているのに、検察はこれを不起訴とした。警察が二度と違法捜査を行わないと誓約し、検察との間で“手打ち”があったとも見られている。当時の伊藤栄樹検事総長は、後に回想録の中で「おとぎ話」として、それを暗に認めている。
今回の事件では、大分県警は違法捜査を認めており、盗聴事件と同視することはできないが、外部の視点がまるで入らない身内の調査・捜査を全面的に信頼していいのか。4警察官のみが行ったとした県警の調査・捜査結果に対し、「トカゲのしっぽ切りではないか」という声も上がっている。
また、同署幹部らが、このようにカメラを使った「不適正な捜査」を行ったのは、本当にこれが初めてなのか。実は、これまでも何度もやっていたのではないか。あるいは、同県警の中で、こうした捜査手法はほかにも行われているのではないか。そんな疑問も、今なお払拭できていない。
それにもかかわらず、県警を管理すべき立場の大分県公安委員会は早々に委員長が「詳細に調査され、厳正なものであったと解釈している」との談話を発表しており、警察の調査・捜査結果を了承。残念ながら、これ以上、踏み込んだ対応は期待できない。
■侵害されるプライバシー
検察は、今なお残る疑問にも応えるべく、十分かつ厳正な捜査を遂げ、その結果を公表してもらいたい。また、県議会や国会などで、こうした問題が起きた背景に踏み込んで事実解明をすると共に、カメラの設置や活用のあり方についても議論が必要だろう。
警察官らの行為や遵法意識の希薄さが強く非難されるべきであることは言うまでもないが、彼らが撮影していたのは、一般の市民が個人的な労働相談などにも訪れる施設だ。カメラによる撮影がもたらすプライバシー侵害について、いかに警察官らが無神経であるかを印象づける事件でもあった。果たしてこの無神経さは、この4人に特異なものなのだろうか。
警察の監視カメラ設置については、大阪市西成区のあいりん地区に、大阪府警が設置した15台の監視カメラをめぐって、1990年に住民や労組関係者が大阪府を訴えた裁判例がある。大阪地裁は、「(撮影される)対象者の意思に反する場合もある」公道でのカメラ設置が許されるのには、(1)目的の正当性、(2)使用の必要性、(3)設置状況の妥当性、(4)使用方法の相当性――などが必要と判示した。
その上で、釜ケ崎解放会館の玄関に向けられていた1台に関して、「日常的に監視が行われており、結社の自由や団結権に深刻な影響を与えるだけでなく、プライバシー侵害する可能性がある」として撤去を命じた。この判決は大阪高裁でも支持され、1998年11月に最高裁で確定している。
今のカメラの性能は、この当時に比べ、はるかに解像度が高く、容易に個人識別ができる。プライバシー侵害の可能性も高くなった。今回の大分県警別府署が設置したカメラは、夜でも人の顔まで識別できる高性能のもので、映された本人が8月4日付毎日新聞web版で「玄関を出入りする自分の顔もはっきりわかった。驚いたし、不気味だった」と述べている。
大阪府警のカメラに関する最高裁判決に先立つこと29年。1969年12月に最高裁大法廷は、京都府学連デモ事件の判決で、警察による写真撮影に関して重要な判断を行っている。個人の尊重や幸福追求権を規定した憲法13条は、「国民の私生活上の自由が、警察権等の国家権力の行使に対しても保護されるべきことを規定している」とし、そうした自由のひとつとして、「承諾なしに、みだりに容貌・姿態を撮影されない自由を有する」と認定したのだ。これは、警察などの権力機関による私人の撮影に関する、今も生きる大原則である。
最高裁は、例外的に認められるのは、
(1)現に犯罪が行われ、もしくは行われたのち間がないと認められる場合であって、
(2)しかも証拠保全の必要性および緊急性があり、
(3)かつその撮影が一般的に許容される限度をこえない相当な方法をもつて行なわれるとき
という厳しい条件をつけた。
そして、裁判となった事件においては、デモ隊が許可条件に反する動きをしていたことから、(1)〜(3)の条件を満たすとして警察が撮影したことは憲法違反ではないと認定した。
しかし、最近はどうだろうか。首相官邸前や国会前で行われているデモを始め、さまざまなデモで、特に違法行為があるわけでもないのに、警察など公安当局が参加者の「容貌・姿態」を写真やビデオに収める光景が常態化している。
また、警察は雑踏警備などの目的で、全国各地の繁華街や警備に必要とされる場所に監視カメラを設置している。その場所のみならず、設置台数すら公表されていない。
■“テロ対策”を名目に進む監視社会
警察だけではない。監視カメラは、防犯やトラブル発生時の対策を目的に、さまざまな公的機関や民間企業、自治会なども設置を進めている。カメラ設置に補助をしている自治体も多い。今や町中や鉄道の駅などには、至る所にカメラが付けられている状態だが、いったい全国でどれほどのカメラがあるのか、こちらも概数さえ明らかでない。設置や運用に関して共通するルールがあるわけでもない。
そんななか、東京オリンピックに向けて、テロ対策を名目に、ますますカメラの設置は進み、人々への監視は強化されるに違いない。
確かに、犯罪捜査にはカメラ映像は役立てられている。人通りのない深夜であっても、カメラの監視は続くし、あいまいな目撃証言に頼るより、冤罪の可能性も減るだろう。以前とは、安全や防犯とプライバシーに関する人々の意識も変わってきた。
しかし、だからといって、個人が国家権力によってみだりに容貌の撮影をされない自由、私生活に関する情報を収集・管理をされない自由、そして思想信条・政治活動の自由といった、憲法が保障する大原則がないがしろにされ、なし崩しになってよいということにはならない。
私たち国民も、町中にあるたくさんのカメラに囲まれて生活するなかで、撮られることに慣れすぎて国家権力によって「みだりに容貌・姿態を撮られない自由」があることに、少し鈍感になっているかもしれない。監視社会がどんどん進行している今、「国民の私生活の自由」という原則を守りつつ、時代状況や必要に合わせてどう例外を設定していくかという議論がもっと必要ではないか。
2003年、第156回通常国会に、当時衆院議員だった河村たかし氏(現名古屋市長)らが、議員立法で「監視カメラ設置適正化法案」を提出した。行政機関の監視カメラについて、設置や画像の管理・利用についてのルールづくりを目指したものだ。衆議院で審議未了で廃案となったが、こうしたルールづくりの必要性は、この頃よりもさらに高まっていると思う。
できれば、超党派で議論をしてもらいたい課題のひとつである。
(文=江川紹子/ジャーナリスト)
●江川紹子(えがわ・しょうこ)
東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。
江川紹子ジャーナル www.egawashoko.com、twitter:amneris84、Facebook:shokoeg
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