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「アベ政治に反対」と野党が叫ぶほど、安倍首相が指導力を発揮しているイメージは強化されるという"逆説" 知っておきたい政治の「シンボル作用」
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49086
2016年07月06日(水) 佐藤卓己 現代ビジネス
文/佐藤卓己(京都大学教授)
■イギリス「EU離脱」から学ぶべき教訓
イギリスの「EU離脱」を決めた国民投票が6月23日に行われた。事前の世論調査などで接戦が報じられていたものの、最後はイギリスの保守的伝統が大衆感情を抑えるものと予想していた。しかし、EU離脱が決まって世界中に激震が走った。
その投票結果は世論(ポピュラー・センチメント)が輿論(パブリック・オピニオン)を圧する現代政治を象徴しているようにも見える。投票分析によれば、未来のある若年層では「残留」派が少なくなかったが、過去に囚われた高齢者を中心に「離脱」派が多数を占めた。
年齢を重ねることが必ずしも成熟を意味しないこと、シルバーデモクラシーも暴走すること、この国民投票から学ぶべき教訓は少なくない。
それにしても、「離脱」決定後のイギリスで「EUって何?(What is the EU?)」とのGoogle検索が急増したことは興味深い。
とはいえ、投票が争点に関する十分な知識を前提とせず行われるのは珍しいことではない。敢えて言えば、自分がよく知らないことを合理的に選択していると確信できる領域は、選挙か信仰ぐらいではなかろうか。少なくとも投機や恋愛なら、人はもっと熱心に情報を集め、慎重に選択するはずだ。
メディアがどれほど集中的に争点を報道しても、有権者がそのニュースを十分に理解していると考えるべきではない。これもメディア研究の常識である。多くの場合、政治的観客はニュースを明か暗か、正か邪かの二元的パターンで認識し、それ以上に掘り下げて考えようとはしない。
もちろん、それは権力によるメディア操作という陰謀論(これも典型的な二元論のパターン思考)で解釈されるべきことでもない。人々は複雑な社会情報が判りやすく提示されることを望んでおり、その単純化の極致がいなかる問題も「YES/NO」に集約する世論調査なのである。
だからこそ、内閣支持率の結果はいつも新聞の第一面を飾る「ニュース」となる。こうした世論はメディアによって製造されるニュースなのだ。
■選挙では「勝利のイメージ」が大切
イギリス国民投票の翌日、6月24日に新聞各紙は7月10日投開票の参議院選挙における各党獲得議席予想を伝えていた。
各紙で数字にばらつきはあるものの、自民党が単独で過半数となる57議席を得る可能性が高い。「改憲勢力 3分の2うかがう」という見出しも各紙で一致している。
もちろん、その翌日からイギリスEU離脱ショックによる株価急落、円高更新のニュースが続くわけだが、これがアベノミクスへの打撃となったとしても、はたして選挙で与党に不利に働くだろうか。
むしろ、危機的状況は与党優勢の流れに拍車をかける可能性さえあるだろう。アベノミクスの継続を訴え続ける安倍首相の演説姿をテレビで眺めつつ、「科学的世論調査の父」ジョージ・ギャラップが米大統領の人気について語った言葉を思い出した。
「人気が急落するのは、たぶん、大事件に直面しているのに大統領が何もしないときだと言ってよいでしょう。何もしないというのが一番いけないんです。何をしたっていいんです。間違っていたとしてもね。それで人気がなくなることはありません。
……人々が評価するのは、大統領が何をしようとしているか、つまり目標です。何を成し遂げたか、どれほど成功したかが問われることは必ずしもないのです。
かつて、誰もが私たちにローズヴェルトの誤りをあれこれくり返し並べたてたものでした。それでも、こう続けるのです。『でも、私は彼を全面的に支持します。だって心意気は買えますよ。前向きですから。』」(Opinion Polls, 1962.)
この「心意気」こそ、アベノミクスの売りなのである。景気を良くする「前向き」なイメージを多くの有権者が評価するのであり、具体的な数字や政策の詳細を聞きたいと思う者などテレビの前にはいない。だとすれば、これを争点にした段階で選挙の勝敗は見えていたということになる。
結局、選挙戦で大切なのは「勝利のイメージ」である。そして、今回の参議院選挙で野党の宣伝ポスターに欠けているのがまさにこのイメージだ。その典型が民進党の「まず、2/3をとらせないこと。」である。
「2/3をとらせない」というスローガンで人々の脳裏に浮かぶのは、55年体制下の社会党である。かの1/3政党が戦後政治の「ブレーキ」として果たした歴史的な役割は別に評価できるとしても、そのイメージはいかにも後ろ向きというべきだろう。
■政治のシンボル作用
さらに、同じく社会党の後継政党、社民党の「アベ政治の暴走を止める」という標語も、「一強多弱」の現状を裏書きするものだ。安倍首相が「アベノミクス」と自分の名前を冠して使うのは、自らの強力なリーダーシップを打ち出したいからである。
実際、複雑な政治プロセスを「アベ」と人格化するわかりやすい表現は、それだけで有権者に安心感を与える。大衆社会における指導者の機能は、個人では理解も制御もできない政治の複雑性を指導者という人格に縮減することで人々の不安を解消することにある。
つまり、野党が「アベ政治に反対」を連呼すればするほど、安倍首相が指導力を発揮している躍動的なイメージは強化されるわけだ。政治のシンボル作用について、野党はもう少し慎重に考えてもよいのではないだろうか。
シンボル政治学の古典、マーレー・エーデルマン『政治の象徴作用』から次の一文を引用しておこう。
「政治的要職の現職者は攻撃を受けたからといって、力量ある指導者という印象が損なわれるわけではない。むしろ、攻撃が加えられた結果として、彼の行動が支持されたり称賛された場合以上に、そうした印象は強められるはずである。
攻撃をしかける側は事実上、現職者の目下の行動力や実行力を関係者すべてに保証しているのである。とりわけ、攻撃する側が現職者自身や彼が行っていることに対して好意をもっていないと分かっていれば、なおさら、現職者が事態に強い影響力を発揮していることを確証する十分なよすがとなる」
だとすれば、今回の日本の参議院選挙も事前の情勢調査どおり与党圧勝となりそうだ。
ちなみに、エーデルマンは「曖昧なるもの」を単純化する世論調査については、その体制維持的な影響力を批判している。世論調査は投票がもつ正統性の認証機能を適用拡大し、社会システムを安定させているというのだ。
■輿論政治のスタート地点
舛添要一・東京都知事の辞職問題はその典型例だろうか。
舛添都知事を辞任に追い込んだのが世論であったことは間違いないが、その世論は舛添個人に対する好き嫌いの反映であり、その政策の是非を問うものではなかった。
それゆえ、政治資金疑惑も知事の汚濁、政治家の不誠実として人格問題となり、政治システムの変革を求める動きには至らない。
もちろん、舛添辞任を求める世論がまちがっていたと言いたいわけではない。「辞任すべきか」と問われれば、私自身も不愉快な口調でイエスと答えたはずだ。
だが一方で、過去の都知事、全国の首長と時間的、空間的な比較考量を冷静に行い、その政策と能力を十分に討議する時間を取ってもよかったように思う。
そうであれば、熱しやすく冷めやすい世論とちがって、時間的耐性を持つ輿論が生まれたかもしれない。こうした公議輿論の公論形成はいつまでも理想型にとどまるかもしれない。
しかし、国民感情の分布を計量する世論調査の結果だけが世論ならば、それは現状を追認し政治的能動性を抑制する権力装置になりかねない。世論調査で示される民意とは、そこから輿論政治が始まるスタート地点にすぎないのだ。
その意味では近々報道される参議院選挙の終盤情勢も、ここから思考を始めるスタート地点とみなして投票所に向かうべきなのである。
佐藤卓己(さとう・たくみ)
京都大学大学院教育学研究科教授。1960年生まれ。広島市出身。専門はメディア史、大衆文化論。同志社大学文学部助教授、国際日本文化研究センター助教授などを経て、現職。主な著書に『輿論と世論』(新潮社)、『メディア社会―現代を読み解く視点』(岩波書店)、『大衆宣伝の神話』(筑摩書房)など。
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