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「この国は「何に金を使うか」という政治の基本のところが狂っていると思う:toriiyoshiki氏」
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2016/6/16 晴耕雨読
https://twitter.com/toriiyoshiki
舛添さんを惜しむ気持ちなど毛頭ないが、後継に名前が上がっている人たちがロクでもないのと、のうのうと生き延びるらしい甘利氏とのあまりの不均衡が腹立たしい。
セコ悪が滅び、巨悪は生き残るのが世の常とはいうものの…。https://t.co/Z5C6Phwbox
このあいだ数十年ぶりかで山本薩夫の映画「金環蝕」('75)を観た。
巨額の“実弾”が飛び交った自民党総裁選(池田勇人vs佐藤栄作・1964)を背景に、鹿島建設のダム受注にからむ“政界の黒い霧”を描いたもの。
良質のエンターテイメントで、その巨悪の描写には強いアクチュアリティを感じた。
劇中名前は変えているが、モデルは一目瞭然の面白さ。
“巨悪”の池田勇人を久米明、佐藤栄作を神田隆がそっくりショー的に演じた。
田中角栄は中谷一郎。
官房長官だった黒金泰美(元エリート官僚)を仲代達矢、駆逐される“セコ悪”の森脇将光を宇野重吉、田中彰治を三國連太郎が演じている。
田中彰治といえば、子どもだったぼくにも「政界のマッチポンプ」として印象に残っている人物。
映画「金環蝕」では幹事長・田中角栄から金を受け取って“外遊”するところで終わるが、現実にはその後、小佐野賢治を脅迫したかどで逮捕されている。…
現実の事件から僅か10年後の映画化なので生々しい。
映画「金環蝕」で印象的だったのは、裏事情のほとんどすべてを知りつつ書かないワケ知り顔の政治記者たち(鈴木瑞穂や前田武彦が演じた)の存在で、これも強烈なアクチュアリティを感じたなあ…。
40年前の映画(原作は石川達三)に描かれた50年前の現実と、いまも何も変わってないということだ。
映画「金環蝕」。
アクチュアリティと言えば、巨額の政治献金と引き換えに不正入札で九頭竜ダム建設工事を受注するのが鹿島建設(もちろん映画では実名は出てきませんが…)というのも、いやはやなんとも、という感じでありましたw
映画のアクチュアリティと言えば、先日これも50年ぶりくらいに見直した「黒部の太陽」(熊井啓)も面白かった(これもダム建設の話)。
既に火力発電が主力の時代に入っているのに敢えて超絶難工事に挑む意義を関西電力のエライさん(こちらは実名。滝沢修が演じた)は次のように語る。
電力の需給調整をスムーズに行うためには臨機応変に電力を生産できる巨大な水力発電ダムが必要なのだ、と。
それなりに筋は通っているものの、危険な工事で失われるだろう人命を含めた「コスト」を無視した話であることに驚いたのである。
こうした電力会社のコスト無視の体質が1964年の電気事業法(電気料金の総括原価方式)によって骨がらみとなり、今日の原子力発電問題にまでつながってくると思ったのである。
「黒部の太陽」の封切りは、確かぼくが小学校を卒業して中学に入る前の春休み。
当時はそんなことは夢にも思わなかったが…
まるでスケープゴートのようにセコ悪が追われるだけの、なんとも後味の悪い結果に終わりそう。
その後の都知事選でますます後味の悪いことにならないよう切に願うばかり。https://t.co/cIYeZUbrEj
何度も何度も何度も書くが、この国は「何に金を使うか」という政治の基本のところが狂っていると思う。
問うべきはセコい公私混同ではなく、もっと根幹のその部分だと考える。
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