TOP › 政治経済 › 経済観測地方経済 政治 経済 地方の現実は?「アベノミクスで雇用が改善」参院選前に地域の雇用を点検してみると・・・トリクルダウンは道半ば 2016.2.17(水) 遠藤 業鏡 関西地域の就業者は全体では増加しているが、多くの地域と異なり、アベノミクスの期間中に正社員が減少した(資料写真) 2016年は7月に参院選が予定されており、衆参同日選も取りざたされている。ちょうどいまの時期は2015年の経済データが出そろう頃でもある。本稿では我々の実生活、そして社会の安定と密接な関係がある雇用のデータにフォーカスして、有権者が地域の問題を考える際のよすがとしたい。 「総論の総論」の景気 2月15日に2015年10〜12月期の実質GDP(1次速報)が公表され、前期比年率1.4%減と2四半期連続ぶりのマイナス成長となった。原油安を発端に年初から株価や為替が乱高下しているが、「雇用所得の改善や消費税増税前の駆け込み需要を支えに、2016年度は緩やかな回復経路を歩む」というのがエコノミストのコンセンサスのようである。 日銀が1月18日に公表した地域経済報告(さくらレポート)においても、関西地域の判断こそ引き下げられたが、東海地域の判断は引き上げられ、残りの地域では景気の改善度合いに関する判断は変更されなかった。「日本経済は足踏み状態にあるが、景気後退局面に入ったわけではない」というのがレポートの含意だろう。 1月29日の金融政策決定会合における政策委員見通し(中央値)をみても、2015年度の実質GDPは1.1%増、2016年度は1.5%増と緩やかな回復が想定されている。 しかしながら、 GDPの動きや企業マインドといった「総論の総論」の景気は、我々が住んでいる地域の実態と一致する保証はない。以下では雇用のデータをブレークダウンすることで、「各論」に光を当ててみよう。 東北は民主党政権時代より悪化 国会などで雇用問題を論じる際、民主党は実質賃金の動きに拘泥しているが、アベノミクスは異次元の金融緩和で実質賃金を低下させ、就業者を増加させることを企図したものであるため、政策評価としては、野田政権の2012年とアベノミクス3年目に当たる2015年の就業者(レベル)を比較するのがフェアであろう。 表1は総務省「労働力調査」を用いて2015年時点の就業者の実数を全国10地域について指数化したものである(基準年:2012年)。ここで指数が100を上回っていればアベノミクスの3年間で雇用が改善したことを表す。全国平均の指数は101.7となっており、雇用増加という論点に絞ればアベノミクスは合格点だったと言えよう。 ただし、全国平均を上回るペースで雇用が改善しているのは首都圏しかない。すなわち、トリクルダウンは道半ばであり、マクロの「総論」は多くの地域で齟齬をきたしているのである。 なかでも、 東北地域の指数は99.8と100を下回り、全国10地域のなかで唯一、民主党政権時代より就業者が減少している。 2015年の就業者指数(2012年=100) 表1 業種別の内訳を仔細にみると、復旧・復興工事の進捗で建設業が大幅に増加したものの、その他サービス業や卸売・小売業での減少が大きく足を引っ張った。卸売・小売業の場合、自営業者(雇われ人でない就業者)はこの3年間で30%も減少しており、定住人口だけでなく、ボランティアに代表される交流人口の減少で個人事業主の廃業が続出したと推測される。 復興需要による建設業の増加は恒久的なものではないため、実力ベースの水準を推し量るべく建設業を除いた就業者指数を計算すると、2015年の指数は98.5まで低下する。東日本大震災から5年が経とうとする今日、復旧・復興という言葉は陳腐な響きを帯びてしまうが、 図1が示す東北地域の現状は、ふるさと納税など「志ある消費」による被災地支援がいまだ有効であることを物語っている。 東北地域の就業者指数(除く建設業) 図1 関西は「地盤沈下」再発の兆し 次に関西地域を見てみよう。関西地域の就業者は、その他サービス業や製造業が足を引っ張ったものの、医療・福祉や卸売・小売業が増加したことで全体では増加した。 ただし、 多くの地域と異なり、アベノミクスの期間中に正社員が減少したという点は留意が必要である(この現象は北関東甲信や四国でも起こっているが、減少率は関西が一番大きい)。日本の雇用慣行は長期的・固定的な性格が強いため、就業者が増えても、正社員の減少が並行して生じれば、景気後退局面での下振れリスクが増幅されるからである。 正社員減少と軌を一にする形で、小康状態にあった人口流出がぶり返しつつあるのも懸念材料である。総務省「住民基本台帳人口移動報告」の2015年の結果によると、関西地域の転出超過は1.5万人と8年ぶりの高水準となった。いい職を求めて域外へ転出した人が増えたという側面は疑いないが、「地盤沈下」の解消には地元大学の役割も重要だと感じている。 関西地域には京都大学、大阪大学、神戸大学といった国立大学の他、「関関同立」と称される有名私立大学(関西大学、関西学院大学、同志社大学、立命館大学)が立地し、高等教育インフラが充実している。文部科学省「学校教育基本調査」を用いると、関西の大学の新入生のうち域外の高校出身者がどれだけいたか計算することができるが、2005年に28.2%であった当該比率は2015年に24.5%まで低下している。すなわち、関西の大学は「関西人による関西人のための大学」という性格が強まってきているのである。 この傾向がさらに強まれば、関西の大学は域外どころか海外から優秀な人材を引き付けることも困難になってこよう。 大阪での地方選挙は都構想など統治機構が論点となることが多いが、大多数の大阪人にとっては、「これからどうやって稼いでいくのか?」「どこに強みを見出していくべきか?」ということの方が重要なのではないだろうか。 経済ネタではグランフロント大阪やあべのハルカスなど「地域活性化の起爆剤」にばかり目が向いてしまっているが、 医療やロボットなど成長産業を育みつつ、大学ブランドという「目には見えないもの」の価値を高めていく努力が(迂遠ではあるが)関西地域の長期的な成長に不可欠だと考える。 東海の雇用は堅調だが・・・ アベノミクス最大の誤算は、円安にもかかわらず輸出数量が増えなかったことである。輸出企業は円安に対し、輸出数量の拡大ではなく、利益率引き上げで対応したため、国内の生産や雇用はさほど増えなかった。その結果、「モノづくり一本足打法」と揶揄される東海地域において、就業者は増加したものの全国平均ほどは増えなかった。 東海地域のアキレス腱は、女性の多くが「働きたい」と希望するサービス業など3次産業関連の雇用機会が少ないことである。このことが、 「女性の域外流出」→「男女比のインバランス拡大」という連鎖を引き起こし、結婚市場(男女マッチングの場)としての都市の魅力を失いつつある。 2015年1月時点の総務省「住民基本台帳人口要覧」を用いて、20〜34歳の男性100人に対する同年代の女性数を計算すると、愛知県は88.9人と47都道府県で最も低い(栃木県89. 4人、茨城県89.5人がこれに続く)。国立社会保障・人口問題研究所「日本の地域別将来推計人口」で2020年の数値を計算すると、この傾向は東海市・大府市・大口町といったものづくりの集積地で顕著となる見込みである。 これらの自治体は、「プロポーズ大作戦」のフィーリングカップル(「ロンドンハーツ」で言うラブマゲドン)で5対5でなく4対5のお見合いを演じるようなものなので、独身男性が忌避するエリアとなること確実である。 これは(男性にとっての)リスクシナリオを戯画的に表現したものだが、 効率的なマッチング機能という都市の活力を発揮して少子化に歯止めをかけられなければ、長期的な人材確保にも影響が出てくるという点は肝に銘じておくべきである。 以上、マクロの経済データに埋もれたセミマクロの情報をすくい上げることで、総論的な解釈や通説と「各論」がずれているケースを紹介した。今回は全部の地域に触れることはできなかったが、日頃経済データに無関心な有権者も今年のような選挙イヤーこそ「総論」からの乖離や「平均」からの外れ値に目を向けてもいいのではないか。なぜなら、その外れ値は自分たちの郷土である可能性もあるのだから。 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/46070
効き目を失うマイナス金利 日銀による政策導入に為替が反応しない理由 2016.2.17(水) Financial Times (2016年2月16日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
長期金利が初のマイナス、東京債券市場 16日にマイナス金利政策を正式スタートさせた日銀〔AFPBB News〕 マイナス金利政策(NIRP)は、しっかり守られている秘密に少し似ている。隠されている間はよいが、より一般に知られるようになると効き目が弱くなってしまう、という意味だ。 この非伝統的金融政策の先駆者は欧州に見いだすことができる。 スイス、スウェーデン、デンマークの3カ国は近年、互いにからみ合ういくつかの懸念――望まない通貨高、弱々しい経済成長、低インフレ、そして資本の流入――に対処すべくNIRPを用いてきた。 2014年には欧州中央銀行(ECB)がこの仲間に加わり、先月には日銀も予想外のマイナス金利導入を発表し、宗旨替えを果たしている。 中央銀行の政策手段としてのNIRPは量的緩和と同じ部類に属し、資産買い入れに資金を投じることなく金融を緩和することを目指している。 NIRPは為替レートを管理する意図的な試みのようにも見えるが、実は、中央銀行に打つ手がないことをさらけ出しているにすぎないのではないだろうか。 マイナス金利でも通貨が上昇? NIRPや量的緩和は、利回りのより高い資産を探すよう投資家に促すことから通貨安を招くはずだというのが、そもそもの考えだ。 その通りになる可能性が最も高いのは、外国に経済成長の兆しが見られたり、自国通貨が割高だったり、NIRPを導入した国が経常赤字を出していたりといった多くの要因が働いている時だ。 だが、ECBと日銀については、NIRPを効果的なものにするこれらの条件がそろう兆しがほとんどない。ユーロ圏も日本も多額の経常黒字を計上しているうえに、新興国は小幅な経済成長しか遂げないと見られており、自国・地域の通貨は、ドル安に一役買っている、次第にハト派色を強める米連邦準備理事会(FRB)の発言に苦しめられている。 「FRBに対する予想の見直しが非常に大きいために、金利差がドルに有利に働く度合いがかなり小さくなった。おかげで、マイナス金利であっても上昇する通貨が出てきている」。野村の外国為替ストラテジスト、シャルル・サンタルノー氏はこう語る。 もしNIRPを導入したECBの狙いが通貨の競争力向上だったとしたら、少なくとも最初だけは「目的を達成した」ことになる、とBNYメロンのサイモン・デリック氏は指摘する。 2014年6月にECBがNIRPを導入した時のレートは1ユーロ=約1.37ドルだった。NIRPはユーロ安に貢献し、2015年3月には1ユーロ=1.05ドルに達する場面もあった。だが、ユーロはその後7%上昇している。昨年12月に預金ファシリティ金利がさらに引き下げられたにもかかわらず、だ。 ギリシャ危機や、昨年8月および今年1月の中国の為替ショックといったリスクイベントが持ち上がるたびに、市場の資金はユーロや日本円といった安全な避難先に向かう。 ひどいスタートを切った日銀のNIRP マイナス金利はまた、さえない市場心理をさらに悪化させるだけだ。日銀によるNIRPがひどいスタートを切ったのはそのためだ。円はNIRPの発表後に短期間安くなっただけだった。日銀の政策が対抗できないほどの円高をもたらす要因がもっとあるということが、すぐに市場で理解され始めたからだ。 この望まれない円高は先週、1ドル=110〜112円の範囲にまで進んだ。大和証券の株式ストラテジストらによれば、1ドル=110円の水準が長期化すると、東証株価指数(TOPIX)採用銘柄の増益分は事実上吹き飛んでしまうという。 日銀への信頼が試されている。コメルツ銀行の為替リサーチ部門のトップ、ウルリッヒ・ロイヒトマン氏は、日銀の拡張政策に対する日本の顧客の期待が低いことに当惑しており、「拡張的な金融政策は中長期的にインフレ効果をもたらすと誰も信じていないのであれば、そうした政策手段が為替レートに及ぼす影響は弱くなる」と話している。 円は年内に1ドル=120円の水準に戻り得るとの見方を変えていない為替ストラテジストはまだ多いものの、今後数週間で市場のボラティリティー(変動性)が小さくなると予想している向きはほとんどいない。 中央銀行は当面、それぞれのNIRP戦略を修正しながら維持していくだろう。JPモルガンによれば、ユーロ圏ではマイナス4.5%、米国でもマイナス1.3%まで金利が低くなる可能性があるという。 しかし、マイナス金利の幅を広げれば広げるほど、武器としてのマイナス金利の威力は弱くなる。「市場心理がさらに悪化するにつれて、そしてほかの中央銀行もマイナス金利の採用に向かうにつれて、その効き目は明らかに薄れていく」とデリック氏は言う。 先週の日本の金融株の急落は、NIRPのせいで銀行と証券会社が収益を生むのが難しくなるとの懸念からいっそう激しくなった。 さらに悪いことに、みずほ証券のチーフ為替ストラテジスト、山本雅文氏いわく、こうした株価急落は「日銀がさらに利下げを進めるのが難しくなるほど」円相場に上昇圧力をかける恐れがあるという。 試される中央銀行 効き目を失いつつあるのはNIRPだけではない。この政策の提唱者である中央銀行自身もそうだ。 サンタルノー氏によれば、金利が下がり続ける「悪循環」を受けてFRBが金利正常化の動きを止めたり、反転させたりすれば、中央銀行は金融政策がインフレを生み出すのに失敗していることを自覚するはずだという。 「もしかしたら、政策立案者が、ただ問題の症状を治療するだけでなく、問題の根っこに対処すべき時なのかもしれない」と同氏は話している。 By Roger Blitz in London and Leo Lewis in Tokyo http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/46092 |