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米国の分裂映す大統領選
岡部直明「主役なき世界」を読む
キーワードは「反グローバル主義」
2016年7月29日(金)
岡部 直明
米国の大統領選挙は、民主党のヒラリー・クリントン候補と共和党のドナルド・トランプ候補の対決になることが正式に決まった。「米国第一主義」を掲げるトランプ氏の予想外の台頭は、米国内に潜む排外主義を反映している。クリントン氏と最後まで争った「民主社会主義者」バーニー・サンダース上院議員の存在は、米国内の格差問題の根深さを示している。両極にあるトランプ氏とサンダース氏だが、共通しているのは反グローバル主義である。長丁場の大統領選で広がった「米国の分裂」は深刻である。
民主党全国大会は26日、ヒラリー・クリントン前国務長官を党の大統領候補として正式に指名した。11月の大統領選はクリントン氏と、共和党の大統領候補、ドナルド・トランプ氏の対決となる。だが、クリントン氏にとっては民主党内で指名を争ったバーニー・サンダース上院議員の支持者からの反発が依然として強く、本選へ向けて民主党内の結束が課題だ。(写真:ロイター/アフロ)
トランプ氏に勝ち目はないが
大統領選は11月の投票に向けてようやく終盤に入ったが、共和党のトランプ候補に勝ち目はないだろう。移民の国・米国で移民排斥の壁をつくり、人種のるつぼである米国で差別発言を繰り返してきた。大きな票田であるヒスパニック、黒人、アジア系の大半、それに白人の富裕層から反発され、白人の中低所得層だけを選挙地盤にして勝てるわけはない。
米大リーグをみても、ヒスパニック、黒人、アジア系抜きで戦えるチームはどこにもいない。初の黒人選手、ジャッキー・ロビンソンの登場以前までさかのぼらなければならないだろう。
激戦州とされる地域の動向をみても、よほどの非常事態が発生しないかぎり、クリントン氏優勢は揺るがないだろう。
それにしても、米国社会はなぜ、この不動産王の政治的台頭を許してしまったのか。米国の識者のなかには「米国の恥」と嘆く人もいれば、共和党のアーミテージ元国務副長官のように、クリントン氏に投票すると公言する人もいる。ブッシュ元大統領ら共和党の主流が大会に参加しなかったのをみても、共和党内の亀裂がいかに大きいかがわかる。
1980年代、筆者がニューヨークに駐在していたころである。友人に誘われてマンハッタンの五番街にできたばかりのトランプ・タワーを訪れた。その友人はゴージャスさが気に入っていたようだが、筆者には悪趣味の金ぴかにしかみえなかった。以来、1度も足を踏み入れなかった。テレビに出てくるトランプは、品の悪さを売っていた。
そのトランプ氏が大統領選に出ると聞いて、どうせ泡沫候補だろうとたかをくくっていた。それがついに共和党の大統領候補になるとは、前述の識者でなくとも、米国社会の衰退ぶりを嘆きたくなる。
米国ほど懐の深い社会はないと信じてきた。閉鎖的な欧州から米国に移り住んで、その開放性には感銘を受けた。尊敬すべき米国社会が、偏狭さを売りにするトランプ氏の台頭をなぜ許したか不思議である。
反グローバル主義の連鎖
米大統領選で特筆すべきは、トランプ氏の台頭と合わせるかのように、サンダース氏が存在感を示したことだろう。いまは、反トランプでクリントン氏を支えるが、反グローバル主義では共通している。両極の2人はともに、環太平洋経済連携協定(TPP)に反対している。
背景にあるのは、広がる所得格差である。それがグローバル化によってもたらされたと信じる。だから、グローバル化への新たな枠組みに反対するのである。
トランプ、サンダースの両氏だけではない。反グローバル主義は世界的風潮になってきている。英国の欧州連合(EU)離脱をめぐる国民投票で英国独立党のファラージュ党首が訴えたのは「英国第一」だった。フランスの大統領選に臨む極右、国民戦線のルペン党首も反EUを掲げる。EU内に広がる反EUは、排外的な反グローバル主義である。
共通するのは、それがポピュリズム(大衆迎合主義)と反エリート主義によっていることだ。
どう分裂を防ぐか
大統領選で優勢なクリントン氏は米国の分裂をどう防ごうとするだろうか。トランプ氏の勢力とサンダース氏の勢力を合わせると、現状に不満を抱く層はかなりな数にのぼるだろう。
最悪のシナリオは、米国の分裂を防ぐために、クリントン氏が反グローバル主義の風潮に歩み寄ってしまうことだ。もともとTPPを推進する立場だったクリントン氏が一定の勢力をもつサンダース氏の反TPP論に配慮し、綱領ではTPPの扱いをあいまいにしている。
このままでは、第1次大戦後の国際連盟と同様、提唱国が批准できないという異常事態になりかねない。TPPを再交渉するという考え方もあるが、それでは「ガラス細工」の合意が破綻しかねない。
TPPはメガFTA(自由貿易協定)時代の先導役の役割を担っている。東アジア地域包括的経済連携(RCEP)や米EU間のFTA交渉にも響きかねない。メガFTAが挫折すれば、保護主義の時代に向かう恐れも出てくる。
クリントン候補に求められるのは、反グローバル勢力への安易な妥協ではなく、グローバリズムの経済効果とその意義を丁寧に説くことだ。それこそが米国の分裂を防ぎつつ、世界のリーダーとしての役割を果たす戦略だろう。
クリントン氏はなぜ嫌われるか
クリントン氏は大統領夫人、上院議員、国務長官と20年以上も米国政治の最前線を歩んできたにもかかわらず、米国民に親しまれているわけではない。この大統領選が嫌われ者同士の対決になっているのは事実だろう。
むしろワシントンのエスタブリッシュメントの顔として、トランプ氏から攻撃対象にされた。ウォール街からの近さもマイナス材料にされた。
国務長官時代の私的メールなど、不用意な行動には問題があった。なにより、その言動が情勢しだいで変わることで信用が問われた。しかし、嫌われる大きな要因は、多分にやっかみからきている面がある。実行力を発揮していくことで、信頼を獲得していくしかない。
オバマ大統領の「正の遺産」
オバマ大統領が共和党のブッシュ前大統領から引き継いだのは、イラク戦争とリーマン・ショック後の世界経済危機という2つの「負の遺産」だった。これはオバマ大統領にとっては、政治的には恵まれた環境だったといえる。マイナスからの出発は、得点になりやすいからだ。イラクから米軍を撤退させ、世界経済危機を克服し、米国経済を再生した。
「核兵器なき世界」の実現はなお遠いが、イランの核合意を導き、キューバとの国交回復を実現した。歴代の「強い大統領」とは一味違う「賢い大統領」だったのである。
次期大統領が引き継ぐのは「正の遺産」である。そこから、追加得点をあげるのは簡単ではないはずだ。
長すぎる大統領選の混迷
米大統領選は、これからがやっと終盤だが、選挙の期間はあまりに長い。予備選前から事実上の選挙戦が始まっているから、ほほ2年間の長丁場である。合衆国の建国の歴史を踏まえ、草の根民主主義を積み上げる伝統はわかるが、通信、輸送手段が大幅に進んだ現代でもこんなに時間をかける必要があるのか。電報と幌馬車・駅馬車時代の伝統なのではないか。
米国人が民主主義の歴史や伝統を大事するのは理解できる。しかし、国際情勢がめまぐるしく変化している現代には、あまりに悠長な選挙制度ではないのか。長すぎる大統領選の弊害は多い。
まず現職大統領が事実上のレームダックになる期間が長くなる。リーマン・ショックはブッシュ大統領の末期に起きた。事実上のレームダック期間で、ブッシュ大統領は危機打開に欠かせない公的資金の注入をためらい、世界経済危機に波及した。
次に、選挙はカネしだいであることが鮮明になる。米国では集金能力がパワーの源泉とされるが、トランプ氏のような億万長者が有利になるだけだ。
そして何より、長い選挙期間のうちに、議論がどんどん内向きになることだ。トランプ氏は「内向き競争」で勝ち上がってきたといえる。米国の大統領選が内向きになるのは、米国のみならず、世界にとって大きなマイナスである。
大統領選は大きなビジネスかもしれないが、民主主義の先進国として、長丁場の大統領選が現代にも必要なのか、米国民が冷静に考え直す機会かもしれない。
このコラムについて
岡部直明「主役なき世界」を読む
世界は、米国一極集中から主役なき多極化の時代へと動き出している。複雑化する世界を読み解き、さらには日本の針路について考察する。
筆者は日本経済新聞社で、ブリュッセル特派員、ニューヨーク支局長、取締役論説主幹、専務執行役員主幹などを歴任した。
現在はジャーナリスト/明治大学 研究・知財戦略機構 国際総合研究所 フェロー。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/071400054/072800004/
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