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[FINANCIAL TIMES]きしむ民主主義と世界秩序
チーフ・エコノミクス・コメンテーター マーティン・ウルフ
どんな複雑な問題にも、その解決策として出されるものには必ず、明快で単純だが、間違ったものがある。この言葉を残した米ジャーナリストのヘンリー・ルイス・メンケン(1880〜1956)が、現在の政治情勢を目にすれば、やはりこう語ったかもしれない。西側世界は今、間違いなく複雑な問題に直面している。中でも顕著なのが、多くの市民が不満を抱いているという現実だ。
米大統領選の共和党指名候補を勝ち取ったトランプ氏やフランスの極右政党「国民戦線」のルペン党首など権力の座に就くことを熱望している人たちも、同じように明快で単純だが、間違った解決策を提示している。彼らの掲げる政策で特に間違っているのが、国粋主義と排外主義と保護主義だ。
これらの政策はまがい物だ。だが、多くの人が問題を抱えているのは事実だ。国を統治するエリートたちが市民が納得するような問題解決策を今後も打ち出すことができなければ、彼らは早晩、その座から一掃されるだろう。そして、市民が築いてきた民主的な政府と、互いが協調し合う開かれた世界秩序とを結びつけようと重ねてきた努力も、彼らと一緒に吹き飛ばされてしまうかもしれない。
なぜ大衆によるこのような反発が生じてしまったのか。最大の要因は経済にある。繁栄すること自体は有益だ。繁栄するということは「ポジティブサム」の政治を生み出すことにもつながる。つまり、誰かが潤えばその分誰かが損を被るゼロサムではなく、総和がプラスになるような政治だ。こうした考え方が民主主義を支えているといっていい。
この考え方では、全員が同時に豊かになることが可能だからだ。経済成長を遂げていれば、経済的な問題や社会的不満を和らげることができる。だが経済成長がないと、怒りが増幅されていく。
先進国の世帯所得「停滞・低下」7割
米マッキンゼー・グローバル・インスティチュート(MGI)は「両親より貧しくなるのか」というまさにタイトル通りの内容の報告書を発表し、どれだけ多くの世帯が実質所得の停滞や低下に直面しているかを明らかにした。報告書によると、2005〜14年に、高所得国25カ国で平均65〜70%の世帯が収入の停滞もしくは低下を経験したという。
だが、1993〜2005年では、実質所得の停滞ないし低下に苦しんだ世帯は全体の2%だけだった。税負担と社会給付などを相殺した後の実質可処分所得で見ても、2005〜14年は20〜25%の世帯が所得の低迷に苦しんだことが明らかになった。
MGIはフランス、英国、米国の国民6000人の調査を通して個人的な満足度も調べた。その結果、人々は自分たちよりも裕福な人たちと比べて暮らし向きが向上しているかどうかより、自分たちと境遇が近い何年か前の人と比べ向上しているかどうかで満足度が大きく変わることがわかった。つまり、たとえ自分より豊かな同世代の人間に追いつかなくても、自分の暮らし向きが上向いていればいいことが判明した。そして格差の拡大よりも自分の収入の停滞を気にすることがわかった。
実質所得が長期間停滞している最大の原因は、08年の金融危機の発生に加え、その後の景気回復力が弱いことだ。収入の停滞を経験した一般市民は、産業界や行政、政治を担うエリートたちの能力と誠実さを信じなくなった。他にもマイナスに働いた要因がある。その一つが高齢化だ(イタリアで特にそうだ)。また国民所得に占める賃金の割合が低下しているという要因もある(これは米国、英国、オランダで特に重要だ)。
株主だけではなく社員の利益重視を
第2次世界大戦以降のどの時期よりもはるかに長い期間、実質賃金の伸びが停滞しているのは、政治にかかわる根本的な問題である。だが、これだけが不満を生む唯一の原因なわけではない。所得分布の中間に位置する多くの人は、文化的な変化にも脅威を感じている。移民やグローバル化の進展も不満の一因だ。自国の市民権は、豊かな国で大半の人が持っている最も貴重な資産だ。彼らはこれを外部の人間と分かち合うのを嫌う。英国が6月の国民投票で欧州連合(EU)からの離脱を決めたのは一つの警告だ。
では、何をすべきか。
まず初めに、我々は繁栄するために互いに依存していることを理解することだ。従って、主権の行使と国際協調との折り合いをつけることが問われる。国際的な統治体制は重要で、特に各国が自国だけではなし得ないことを実現する際、必要になる。欠かせない地球公共財の提供が一例だ。今や気候変動の方が国際貿易や資本移動のさらなる自由化より優先度が高いといえる。
次に、資本主義を改革する。金融の存在が大き過ぎる。金融システムの安定性は以前より高まったが、安定には逆効果となるようなインセンティブがまだ残っている。企業では株主の利益が、社員や取引先、地元住民といった他の利害関係者の利益に比べ重視され過ぎている。
第3に、各国政府は国内の意味のある政策目標を実現するのに役立つような国際協調を進めるべきだ。最も重要なのは課税制度だ。西側諸国の富裕層は、民主主義の法の下で財産が守られているのだから、課税逃れをしてはいけない。
最低賃金を上げ、投資と革新促せ
第4に、経済成長を加速させ、機会の平等を改善することだ。そのためには、特にユーロ圏では総需要を下支えすることが必要だ。投資と技術革新を促すことも肝要だ。経済見通しを大きく変えるのは不可能かもしれない。だが、最低賃金を引き上げ労働者の税控除を厚くすれば、低所得層の生活水準を高められる。
第5に、各国で目立ってきた扇動政治家と戦うことだ。未熟練労働者が自国へ流入するのを抑えろという圧力に抵抗することは難しい。だが、流入を制限できても国内労働者の賃金低下に歯止めをかけられるわけではない。
同様に、安価な輸入品から国産品を保護しても結局は高くつくうえ、全雇用者に占める製造業従事者の割合を大幅に増やすことはできない。確かに製造業従事者の比率はドイツでは米英よりかなり高い。だが、ドイツは巨額の貿易黒字を計上しており、製造業の競争力は高く、これをそのまま他国に当てはめることはできない。
何にも増して、こうした難題を認識する必要がある。経済停滞の長期化や異文化の衝突、政策の失敗とが相まって、国家としての民主主義の追求と、国内事情を時にある程度犠牲にしなければならない国際協調の推進とのバランスを取ることが難しくなっている。
トランプ氏が米大統領候補になったことがその一つの表れだ。熱狂的な国粋主義の台頭を抑えるには、創意に富む野心的なアイデアを生かし、民主主義と国際協調のバランスを保たなければならない。これは容易ではない。しかし、失敗は許されない。我々の文明そのものが危険にさらされているからだ。
(20日付)
[日経新聞7月24日朝刊P.13]
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