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英国のギリシャ悲劇
二大政党制の終わりの始まりか
2016.7.5(火) Financial Times
(英フィナンシャル・タイムズ紙 2016年7月1日付)
EU離脱に抗議のデモ行進、4万人以上が参加 英ロンドン
英ロンドンの国会議事堂前の広場「パーラメント・スクエア」で、ウィンストン・チャーチル元首相の像にくくりつけられたEUの風船(2016年7月2日撮影)(c)AFP/Niklas HALLE'N〔AFPBB News〕
英国の政治がギリシャと同じ道をたどっている。ブレグジット(英国の欧州連合=EU=離脱)の経済的なリスクは繰り返し語られていた。政治が直面する危機は無視された。投票で示された離脱という決断は議会の過半数の意思に逆らう結果だ。この結果が残すレガシーは、指導者不在の保守党政権と内紛に陥った野党・労働党、そして次に何をすればいいのか分からない、途方に暮れた政治家だ。これは、世界で最も安定した民主主義国の1つだという看板を下ろしつつある国だ。
アイルランドの詩人W・B・イェーツはかつて、中心が持ちこたえられないと心配した。英国では、中道は置き去りにされた。下院議員の約3分の2は、跳ね橋を上げることに反対した。彼らはこの先、英国を栄光なき孤立に引きずり込まなければならない。
デビッド・キャメロン氏が首相辞任を表明してから、割れた保守党はイングランドのナショナリズムにとらわれている。スコットランドは独立について再び考えをめぐらせている。そして労働党の党首ジェレミー・コービン氏は、ウゴ・チャベス氏のベネズエラは社会主義者の成功物語だという本人の確信によって完璧に描写される指導者だ。英国の二大政党制はしばらく前からきしんでいた。今や、ついに裂け目が入ってしまった。
ボリス・ジョンソン前ロンドン市長は、キャメロン氏の後任の最有力候補と見なされてきた。しかし、同じ離脱派のマイケル・ゴーブ氏と袂を分かち、積極的ではなかったものの残留派についていたテレサ・メイ内相に流れが傾いたことから、撤退を決めた。
昔ながらの政治的誠実さというものにあまり通じていないことがジョンソン氏の強み(と呼べるのであればの話だが)だったようだ。5人の候補者で争われる党首選では、選挙の行方を最終的に決定づける党内の活動家らに最も手堅い候補としてアピールしそうなメイ氏が、本命に浮上している。
左派の状況も保守党とどっこいどっこいだ。労働党ではコービン党首の不信任動議が出され、同党所属の下院議員の4分の3がこれを支持したが、極左の活動家と労働組合のボスを後ろ盾に持つ同氏は辞任を拒んでいる。この結果、これらの下院議員と党全体との間に取り返しのつかない亀裂が入る恐れがある。
さらに悪いことには、スコットランドがEUから引きはがされて「リトル・イングランド」に束縛される危険性に直面していることから、連合王国も危うい状況に陥っている。
経済にも心強い材料はない。それどころか、金融市場の短期的な乱高下を除いて考えても、英国は急激な景気減速に向かっており、恐らく景気後退に陥ることになる。政治のリスクを考えれば、ブリグジット後に何がどうなるかはっきりするまでは誰も投資などしないだろう。
ロンドンを本拠地とするルウェリン・コンサルティングが指摘しているように、金融サービス業界の見通しは「真っ暗」で、予算の規模が大きく経常収支も赤字の英国は資本逃避に弱い。中期的には、痛みを伴う歳出削減と増税が実施されることになりそうだ。そう、ジョージ・オズボーン財務相はキャンペーン中にウソをついていなかったのだ。
こうしたことから、総選挙を実施してからでなければ、EU本部との真剣な交渉など始められないことは明らかだ。有権者は国民投票でEUから離脱したいという意志を表明したが、離脱してからどうすべきかについては何も語っていない。とはいえ、総選挙を経ずに次の首相になる人物は、メイ氏も含め、ほかのEU加盟国27カ国と交渉する政治的正統性を持たないことになってしまう。
ドイツのアンゲラ・メルケルが語ったように、英国は単一市場への全面的なアクセスか、移民に関する自主性かのどちらかを選ばなければならない。どちらか一方しか手に入れることができない。
前者の選択肢、つまり欧州経済地域(EEA)加盟国であることから想定されるいわゆるノルウェー・オプションの選択肢を取る場合、離脱派はほかのEU諸国出身の労働者を締め出すという公約をあきらめなければならない。後者の選択肢を取る場合には、雇用の減少と生活水準の低下についてオズボーン氏が語ったことは正しかったと離脱派は認めざるを得なくなる。
それでも、英国がかなりの幸運に恵まれ、かつそれ以上にほかのEU諸国が親切に対応してくれたら、英国はがれきの中から何かを拾い上げられるかもしれない。
国民投票の結果を取り消すわけにはいかないが、英国が戦略的な目標に据えるべきなのは、単一市場にとどまることができる連合協定を、そして安全保障や防衛、犯罪対策において重要な協力を続けることによって英国が欧州の国であり続けることを認めてくれる連合協定を結ぶことだ。これを「ノルウェー・プラス」の選択肢と呼んでもいいだろう。
ただ、そのような協定を結ぶのであれば、その是非を総選挙で問わなければならない。新首相には、最低でも新たな負託を国民が授ける必要がある。
もちろん、選挙では何も解決しない可能性もある。政治勢力の分裂により、二大政党は最も調子が良いときでも単独で過半数を得るのに苦労している。今は調子が最も悪いときだ。総選挙前の政治の停滞の後には、そう、総選挙後の停滞が続くかもしれない。
普段は慎重な政治家も、こんなときには過激に考えるべきだろう。今回の国民投票は、議会の多数派である中道・国際主義の議員をないがしろにした。離脱派の言葉を借りるなら、こうした穏健派は「支配権を取り戻す」計画を練るべきだ。
多くの中道の保守党員にとって共通点が多いのは、イングランドのナショナリストの離脱派ではなく中道の労働党員の方だ。同様に、中道の労働党員にとって共通点が多いのは、コービン氏が掲げる1970年代的な国家社会主義の支持者ではなく、親欧州の保守党員の方だ。
英国では、政界再編があまり起こらない。1つの選挙区で最も得票数の多い者しか議員になれない小選挙区制が、二大政党以外の政党の前に残酷なほど大きく立ちはだかっていることがその主な理由だ。
しかし、ナショナリズムや極左の社会主義とは違う、経済面では自由を尊び社会面では思いやりを大事にする親欧州の新勢力が台頭する余地も出てくるかもしれない。もちろん、それを待つ時間は、英国のこれまでのパートナーたちにとって極めて腹立たしいことだ。欧州には、不確実な時間を過ごす余裕は1年たりともない。しかし少なくとも、ドイツやフランス、そしてそのほかの国々はギリシャと渡り合った経験がある。
By Philip Stephens
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/47256
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