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EU離脱で生じる教育問題、ドイツとの格差拡大
EU枠が外れる一方で、いくら優秀でもドイツ留学に壁
2016.7.5(火) 伊東 乾
EU離脱に抗議のデモ行進、4万人以上が参加 英ロンドン
英ロンドンの国会議事堂前の広場「パーラメント・スクエア」に集結した、英国のEU離脱(ブレグジット)に抗議するデモ行進の参加者たち(2016年7月2日撮影)〔AFPBB News〕
英国のEU離脱問題、実は私自身がヨーロッパで個別の案件に関わっているため、必ずしもジャーナリストのような広い視野でモノを見ることができず、むしろ特化した問題に踏み込んでしまいがちなのかもしれません。
改めてその念頭で、いくつか個別具体的な問題について考えてみたいと思います。
私が「英国のEU離脱は愚かな短慮」と断じると「いや、歴史はそれが正解と答えを出すかもしれない」といった、よく言えば視野の大きな、別の表現を取るならやや現実と乖離したご意見をいただくことがあります。
そこで、私が直接目にする、少なくとも「愚行」としか言いようのない「EU離脱の被害」例についてお話ししてみましょう。
大学入学生の「EU枠」
しばらく前のことです。英国のオックスフォード大学で友人の教授から悲鳴にも似た苦情を聞かされました。
「大学のEU枠がさらに強化されるんだ。うちの研究室のクオリティを支えているのはインド人留学生なんだけど、もしそうなるとインド人が採れなくなってラボ全体が危機に陥ってしまう・・・」
英国最古の、いや、世界中の大学の中でも2番目程度に古い伝統を持つオックスフォードでも、学問の質を支えているのはもはや英国人、いや欧州人ですらなく、優秀かつやる気に満ちた新興国インドの若い才能たちになっている。
何ともはやな現実がここにあるわけですが、英国がEUを離脱してしまえば、この種の「EU枠」の問題は解決することになります。
つまり、インドであれパキスタンであれトルコであれ「nonEU」の学生をどれだけオックスフォードが採用しても、欧州連合から何の制約も課されることはない。
「いくらでも優秀なインド人を採用できるオックスフォード大学の未来は安泰」と言っていられる状況かというと、実はそうとばかりは言えません。
何より英国自体が「nonEU」になってしまうので、英国の優秀な才能がヨーロッパで活躍したいと思っても「外人」として排除されてしまう、つまり「枠」からはじかれてしまう役回りに、英国人全体が回ってしまったことになるわけです。
「学費」を巡る深刻な事情
日頃この連載に記すことがない話ですが、私は大学で外交業務の一端に関わっています。
文部科学省の推進する政策の1つにスーパーグローバル大学創成支援というものがあり、各国の大学と連携、とりわけ教育と学生の相互流動性の向上を図っているのですが、はっきり言って非常に大きな壁があります。
教育費、授業料などの問題です。
例えば仮に、ハーバードやMIT(マサチューセッツ工科大学)など米国の大学とケンブリッジ、オックスフォードなどの英国の大学、ベルリンやミュンヘンなどドイツの大学と京都や東京など日本の大学で、学生に「単位互換」を含む高度な行き来をさせたいと考えたとしましょう。
つまり、「第1学期はハーバードで学び、第2学期はオックスフォード、第3学期はベルリンで勉強して最終的に東大で卒業単位に認められるか?」というような問題です。
現実には様々な障壁があって、およそこういうことはまだできていませんが、仮に2つの大学だけで考えても、国が違うと単位互換に相当することは極めて難しくなる。
その端的な1つの差が「授業料」です。
平たく言って、米国の一流大学はほとんどすべて「私学」です。伝統的に共和党の強い北部、アイビーリーグの名門校はみな「小さな政府」なぞに依存せず、独立独歩の誇り高い学風を堅持するとともに、授業料も極めて「誇り高い」金額に上っている。
仮に優秀であっても、お金がなければ一流大学に進むのははっきりいって難しいケースもある。
英国は米国に比べると「ゆりかごから墓場まで」というくらいで奨学金の制度などが発達してはいます。とは言えやはり、英国の一流大学は軒並み高額の授業料、ついでに言えばオックスフォードやケンブリッジの教授職は報酬も高額なら社会的なステイタスも高く、一般社会からの信頼や尊敬も日本のような社会とは比べものにならないほど高い。
それに対して東大教授なんて言葉が悪いですが奴隷みたいなものです。実際、17年務めて50歳を過ぎて、大学からのサラリーはこれくらい、と私自身の本当の手取り額を欧米の友人に話すと冗談としか受け取ってもらえないことが少なくありません。
もっともこれには、為替レートで弱い日本円というもう1つの背景もあるのですが・・・。
また、もっとシリアスな現実を言うなら、世界で一流の研究者を東大に呼んでこようと思っても、数千万円という年俸なぞ普通は出せませんから、はっきり言って世界一流の人材は、何か特段の理由があるケース以外、トップレベルのアカデミシャンは日本に定着しにくい。
学術外交の実務担当者として、こういう現実はあまり表に出すことがありませんが、日本のお寒い大学事情は、こんなところにも症状が出ているわけです。
さて、話を本題に戻しましょう。英国で生まれ育った、非常に優秀な学生がいたとします。残念ながら彼・彼女の実家はそれほど裕福ではない。
学力だけで考えればオックス・ブリッジ(オックスフォード大学とケンブリッジ大学を総称してこのように言います。要するにトップ大学ということですね)に進学できる程度の力を持っていても、それをサポートするだけの財力がない。
こんな時、ドイツに留学すれば、すべての教育費がタダになる。夢のようですが、正真正銘そういう現実が欧州にはあります。
未来を見据えたドイツの教育制度
ドイツの公教育は基本的に無料です。これは、都市に定着した移民層の子供たちへの幼稚園や小学校から、各地の大学、大学院で高度な専門を学ぶ学生たちまで、基本はすべて共通しています。
これには様々な歴史的理由があります。例えば都市部にドイツ語ができないスラムなど貧民街が形成されてしまうと犯罪の温床になる。
またそうした外国人居留民への「ヘイト」の感情が醸成されて、1920年代から1933年にかけての「ユダヤ人排斥運動」が、ついにはナチス党の政権奪取を助け、ホロコーストと第2次世界大戦の惨禍にドイツ自身を追い込んで行った。
ドイツはあらゆる教育を「未来を担う人材の育成」として、まさにコミュニティが負担すべきもの、と考える精神が行き届いており、優秀な学生は経済状態に依らず高度な教育を受けることができます。
ただ、その分シビアな選抜もあり、小学校卒業程度の段階で高校〜大学に進学する層と実科学校を出て早々に就職する層と、社会階層の分化も明確、一億総横並びといった日本のメンタリティとは似ても似つきません。
また、仮に外国からやって来ても、ドイツで学び、ドイツ社会にプラスの貢献をする若者を必ずしも排除しない。これは陸続きの大陸ならではのメンタリティかもしれません。
さて、いまここに10人の、経済的には比較的恵まれない、でも非常に優秀な英国人の学生がいたとしましょう。彼らがドイツの大学に進学を希望したとします。
英国がEU内にとどまっていれば、ほぼ100% 10人全員が希望するドイツの大学に進学することができたはずです。
これは英国がEUを離脱すると・・・。確実にその中の数人、下手をすれば過半数の学生がドイツの大学には進学できない。いや、そもそも大学に行けない、といったことにもなりかねない。
そういう現実のリスクに道が開かれてしまった。
日本は1980年代、中曽根康弘政権時代に「教育の受益者負担」という恐るべき亡国政策が導入されて久しく、今日の日本語読者にはこんな話をしてもピンと来なくなってしまっているかもしれませんが、やはりこうしたことは本質的で、何度でも記さねばなりません。
優秀な人材は、経済状況のいかんにかかわらず、適切な教育を受け、その能力を生かして社会に価値還元する道が開かれるべきです。
逆に言えば、富裕層の子弟だというだけでそれらしい学歴が保証され、その実中身の全くない層などができてしまうと、弱い分だけ身を守ろうとしますから、とてもではないが酷い話になってしまう。
いまの永田町などどんなことになっているか。他人事でもなんでもない、今日の日本の病にほかなりません。
職掌上、具体的な事が記せませんが、こんな現実を1つとっても、今回のブレグジットがロクなものではないというのは、学術や教育の観点から明言しておくべきことであると思います。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/47254
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