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凶弾に倒れたジョー・コックス議員 〔photo〕gettyimages
イギリス「EU離脱」問題、一発の“凶弾”は歴史の針路を変えるか? 国民投票直前レポート 女性国会議員殺害事件のインパクト
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/48954
2016年06月21日(火) 笠原敏彦 現代ビジネス
■国民投票の雲行きが変わった?
EU(欧州連合)離脱の是非を問うイギリスの国民投票が23日に迫った。離脱派優勢が報じられる中で、残留派の女性国会議員、ジョー・コックスさん(41)が射殺され、国民投票の行方は混沌としている。
現場で逮捕されたトーマス・メア容疑者(52)は18日、ロンドンの治安裁判所での人定尋問で「私の名前は、『裏切り者に死を イギリスに自由を』です」と述べた。容疑者は過去に精神疾患での治療歴があり、南アフリカやアメリカの極右団体の機関誌、出版物を購入していた時期もあったという。
殺害の動機は不明だ。イギリスのメディアは国民投票に絡めた報道を抑制しているものの、事件は同情票を生み、残留派を有利にするとの見方も出ている。
19日付の日曜紙各紙の世論調査結果によると、押し並べて残留支持が勢いを取り戻し、両派は再び拮抗。保守系メール・オン・サンデーの世論調査では、残留支持(45%)が離脱支持(42%)を上回る結果となっている。
欧州統合の行方や、国際情勢にも多大な影響を与えるとして結果が注目される国民投票。「凶弾」が結果を左右し、歴史の流れを決めるのだろうか。
* * *
事件は16日の昼過ぎ、イギリス中部の主要都市リーズ郊外のバーストールで起きた。
メア容疑者はコックスさんを襲った際、“イギリス第一”を意味する“Britain first”または ”put Britain first” と叫んでいたという。今回の国民投票では、「Britain First」という聞き慣れない極右団体が離脱キャンペーンを展開しているというが、今のところ、両者をつなぐ接点は見つかっていないようだ。
不吉な予兆はあった。5月30日付の日曜紙サンデー・タイムズに掲載された保守党内の対立激化を伝える記事中に、離脱派の保守党議員の発言が匿名で載っていた。
“首相(キャメロン氏)を背後からではなく、正面から刺したい。顔の表情を見ることができるからな。そして、そのナイフをえぐって抜く。次に、オズボーン(財務相)に使うためだ”
発言は、残留派キャンペーンの顔であるキャメロン首相とオズボーン財務相をその座から引きずり下ろすことの比喩のようだが、それにしても、度を超している。
キャンペーンでは、残留派の「離脱に伴う経済的な損失」の主張と、離脱派の「残留がもたらす移民増大の悪影響」の主張が過激化し、双方が「でたらめを言うな」と非難合戦をエスカレートさせていた。
こうした不穏なムードの中での先の保守党議員の発言である。社会のムードとして、暴力沙汰を誘発してもおかしくない土壌が醸されていたように思える。
■イギリス国民が見せた感情の発露
警察官でさえ銃を携行しないイギリスで、政治家が銃撃されるという事件は極めて異例だ。
議会制民主主義、言論の自由を育んできたイギリスで起きた今回の事件や、アメリカ大統領選の「トランプ現象」周辺で起きている暴力的衝突は、急速なグローバル化が引き起こす諸問題に有効に対処できない「一国民主主義」の危機として深刻に受け止めるべきだろう。
国論を二分するような大きなテーマで、話し合いによる問題解決、事態打開への希望を失ったとき、そこに待ち受けているのは間違いなく暴力的な世界である。
犠牲になったコックス議員は名門ケンブリッジ大を卒業し、シリア難民問題など人道分野での活動に尽力。昨年の総選挙で労働党から下院議員に初当選し、政治指導者やメディアは「期待の新星」だったと振り返っている。
各地での哀悼の模様をテレビで見ていると、そのスケールは全く異なるものの、ダイアナ元皇太子妃が1997年にパリで交通事故死したときにイギリス国民が見せた感情の発露を思い起こす。
その劇的な死で偶像化された「国民のプリンセス」への哀悼のムーブメントは「ダイアナ現象」と呼ばれた。感情をあまり表に出さないはずのイギリス国民の多くが人前で号泣し、哀悼のバラの花束がロンドン中心部を埋め尽くした。
なぜ、こうした現象が起きたのか。イギリス人自身が驚き、長らく論議の的となったほどだ。その際、指摘された点の一つは、イギリス人は昔に比べて情緒的になっている、ということだった。
■もし殺害事件が起きなかったら…
国民投票に話を戻すと、残留への同情票が生まれるとして、その規模がどの程度のものかということだろう。
事件の影に隠れてあまり注目されなかったが、事件当日の16日付のフィナンシャル・タイムズ(FT)紙に目を疑うような世論調査のまとめが出ていた。
同紙は各社が行った直近7つの世論調査の結果の平均値を定期的に公表している。最新の結果は、離脱支持(48%)が残留支持(43%)−−合計が100%でないのは恐らく小数点以下の扱いの問題−−を5ポイントも上回っていたのだ。
個別の世論調査では離脱支持が残留支持を大きく上回るものも出ているが、イギリスの場合、個別の世論調査の信頼性はそれほど高くない。手軽なオンライン調査が普及していることなどがその要因だとされる。
その中でFTの平均値は参考となる。残留支持者よりも離脱支持者の方が実際に投票する率はかなり高いと予測されてもいる。
殺害事件が起きなかったら、結果はEU離脱となっていたのではないか。筆者は、保守的なイギリス人は実際の投票になれば現実主義的な判断を下し、残留の結果が出るだろうと考えていただけに、その流れは驚きだった。
テレビ討論でのキャメロン首相の主張に対する低い評価などを見ても、確かに、離脱派の方に勢いがあった。
残留派が主張する離脱した場合の経済的損失。「GDP(国内総生産)は2年間で3.6%減少する」「2年で50万人が職を失う」「生活水準は10%下がる」「所得税増税は避けられない」。こうした主張には、「脅し戦術」として反発する有権者が少なくなかった。
世界銀行や国際通貨基金(IMF)、経済協力開発機構(OECD)などが次々とマクロ経済的な試算から離脱に伴う経済的損失を公表しても、それに抗するかのように離脱派に勢いが生まれる現象をどう捉えたらいいのか。「仮想の危機」を訴えるのは、エスタブリシュメント側だ。
アメリカでのトランプ現象とも通底し、イギリスで起きていることは反エスタブリシュメントの「革命」と呼んでもいいほどのムーブメントなのではないか。
■キャメロン首相の「大誤算」
保守系テレグラフ紙に載った有権者の声が的を射ている。
“離脱がそれほど重大な結果を生むなら、キャメロン首相はそもそもなぜ国民投票なんかやるのか”
“有権者はバカではない。離脱に伴うリスクは理解している。しかし、我々は脅されて残留に投票したりはしない”
成文憲法のないイギリスには、国民投票の法的規程もない。今回の国民投票も、あくまでキャメロン首相が2013年に降した判断に基づき、個別の法律を作って実施するものである。
日本では安倍晋三首相が憲法改正のための国民投票を目指しているが、イギリスのこれまでの国民投票は質が異なる。
イギリスの国民投票は今回で3回目。1975年のEC(欧州共同体、EUの前身)離脱問題と2011年の選挙制度改革も含め、いずれも政権が「現状維持」のお墨付きを得るために実施に踏み切ったものである。
キャメロン首相は2013年当時、ユーロ危機を背景に与党内で発言力を増した欧州懐疑派や、有権者の支持を伸ばしていた右派政党「英国独立党(UKIP)」への対策で、「2015年総選挙で保守党が勝利した場合」という前提を付けて国民投票を約束した。ある意味で、総選挙戦略の一貫として国民投票を利用したのである。
国民投票に勝てるという確信があったのだろう。しかし、その皮算用は大きく狂う。
昨年シリアなどから100万人が欧州に押し寄せた難民危機や、過激派組織「イスラム国」に忠誠を誓うイスラム系移民2、3世の若者によるパリやブリュセルでの大規模テロの発生は、離脱派の移民問題にフォーカスしたキャンペーンへの支持を後押しした。
キャメロン首相の目論見に大きな誤算が生じ、残留支持と離脱支持が拮抗する展開になったというのが経緯である。
キャメロン首相は、実施する義務のない国民投票を自らの判断で行うことを決めた。国民の意見が大きく割れるEU加盟問題で国民投票を実施することを、「成熟した民主主義」の表象と見るか、「国益」「国際益」を守るためのリーダーシップを放棄した「安易な打算」と見るかは、立ち位置によって判断の分かれるところかもしれない。
* * *
いずれにせよ、キャメロン首相ら残留派の経済的損失に焦点を当てたキャンペーン戦術が破綻の色を濃くし、離脱派のキャンペーンが勢いを増す中で、殺害事件は起きた。
予想される残留派への同情票はいかなるインパクトを持ち得るのか。
歴史を振り返れば、第一次世界大戦勃発につながったサラエボ事件やケネディ米大統領暗殺事件など、凶弾が歴史の流れを変えた事例は少なくない。イギリスの国民投票は、歴史がいかに展開するかを目の前で目撃する場ともなりそうだ。
笠原敏彦 (かさはら・としひこ)
1959年福井市生まれ。東京外国語大学卒業。1985年毎日新聞社入社。京都支局、大阪本社特別報道部などを経て外信部へ。ロンドン特派員(1997〜2002年)として欧州情勢のほか、アフガニスタン戦争やユーゴ紛争などを長期取材。ワシントン特派員(2005〜2008年)としてホワイトハウス、国務省を担当し、ブッシュ大統領(当時)外遊に同行して20ヵ国を訪問。2009〜2012年欧州総局長。滞英8年。現在、編集委員・紙面審査委員。著書に『ふしぎなイギリス』がある。
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