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米大統領選が映すもの
(下) 民主・ヒラリー氏、左傾化顕著
自由貿易路線に距離
渡辺将人 北海道大学准教授
米大統領選挙では、民主党予備選挙でバーニー・サンダース氏が格差是正、環太平洋経済連携協定(TPP)反対を訴える、社会運動的な戦いを繰り広げている。「民主社会主義者」を自称する同氏の指名獲得は非現実的とされながらも、民主党の左傾化を促すという出馬の狙いは部分的に達成しつつある。
民主党内には3〜4割のリベラル層が存在し、彼らの不満を代弁する挑戦者の「市場」が常にある。今回の特徴は政党と距離を置いてきた独立系候補が党内に侵食していることだ。2008年の時のイラク戦争のような決定的争点の不在も、外交に無関心なサンダース氏に有利な「格差選挙」の展開を助長した。クリントン政権のライシュ元労働長官のサンダース氏支持は党内に衝撃を与え、経済ポピュリズムが選挙戦で共通語化した。
影響は外交にも及んでいる。1年前にオバマ政権が共和党議会指導部と超党派で、TPP合意に不可欠な大統領貿易促進権限(TPA)成立を目指した際、一括審議された貿易調整援助(TAA)法案が下院で否決された。妨害した下院民主党の狙いは時間稼ぎにあった。米議会はTPA法案通過に2カ月を浪費、TPP法案批准前に大統領選挙が到来してしまった。選挙が本格化すれば、候補者も法案反対を表明せざるを得ず、政権の批准能力は低下する。
案の定、国務長官としてはTPPを推進したヒラリー・クリントン氏も協定の大筋合意直後、否定的見解を示した。
組織票を持つ労働組合、環境団体、消費者団体がTPP反対運動をけん引する中で、サンダース氏への票の流出抑制、党内リベラル派の特別代議員囲い込みの要請上、やむを得ない面があった。ヒラリー氏は、アジアでの影響力を発揮するには、まずは中間層の雇用安定と国内経済の再構築が先決と述べ、アジア重視の撤回ではないことを示唆している。だが民主党内には方向性を不安視する声もある。
今回の選挙では、両党で一定の政党再編の兆候がみられる。共和党側では、ドナルド・トランプ氏の支持者が共和党の多数派となれば、党の性格を巡る再定義は不可避だろう。一方、民主党で問われるのは、ヒラリー氏が夫のクリントン政権の路線を受け継ぐのか、新たな中道的リベラル路線を開拓するのかだ。
1980年代末以降、民主党内では穏健派とリベラル派が激しい主導権争いを繰り返した。伝統的に民主党は保護貿易主義に傾斜しがちだったが、経済成長と国際的競争力を重視する穏健派「ニューデモクラット」は超党派で自由貿易を築こうとした。その立役者がビル・クリントン氏だ。
同氏の政権は緊縮財政、規制緩和による経済の安定成長で税収増を実現し、98年には財政収支の黒字転換を成し遂げた。94年に発効した北米自由貿易協定(NAFTA)では米国、カナダ、メキシコの加盟3カ国間で関税を10〜15年で撤廃することも決めた。
だが00年代半ば以降「ニューデモクラット」は、同派幹部がイラク戦争を支持したことで党内発言力が低下する。ペロシ下院議長就任、オバマ政権誕生、金融規制に厳しいエリザベス・ウォーレン氏の上院当選など、リベラル派が勢力を拡大させた。サンダース旋風もリベラル派の巻き返しの延長線上にある。NAFTAの成果に関しても米国内では否定論がくすぶり、TPP反対運動の温床となった。
皮肉であるが、ヒラリー氏は夫の政権とその主要成果を堂々と擁護できない空気の中で選挙戦を強いられている。
ただ、興味深いことに自由貿易自体には肯定的な民主党支持者が増えている。民主党予備選挙に投票予定の有権者を対象にしたピューリサーチセンターの調査では、貿易協定を拡大する候補者を45%が「支持する見通し」と答え、「支持しない見通し」は19%にとどまる(表参照)。2年前の同センター調査でも、民主党支持者で「貿易は望ましい」との回答が71%、「TPPは望ましい」も59%だった。
理念としては民主党支持者の多くも貿易協定に肯定的認識を示しており、保護貿易の政党という印象とは異なる実像も垣間見える。自動車産業救済という政治遺産があるオバマ政権は、この潮流をうまくとらえて、米韓自由貿易協定(FTA)を発効させた。
しかし同調査の個別の質問をみると「貿易は雇用を生む」への同意は19%、「貿易は賃金を上昇させる」への同意も14%だけだ。貿易の効果、とりわけ雇用や賃金に及ぼす影響には相当な不信感がある。同項目は共和党支持者でも24%(雇用)、21%(賃金)と低い。保護主義的なトランプ氏の台頭とも、ある程度の因果関係があるかもしれない。
「15年間も賃金と所得が停滞したままで、広範囲の貿易自由化を売り込むのは困難。NAFTAや対中最恵国待遇延長の実現当時は、自由貿易は賃金を上げると言えば国民は信じた」と民主党穏健派の関係者は回顧し、90年代との環境変化を強調する。左旋回を加速するヒラリー氏は今やTPPのみならず、カナダからテキサス州に原油を運ぶキーストーン・パイプラインの建設にも反対姿勢を示している。銃規制や安全保障以外ではサンダース氏と政策上の違いが一層小さくなっている。
そもそも一枚岩として理解されがちだった「クリントン」派は、実は内政ではヒラリー派とビル派に分化しているとの見方もある。元クリントン大統領補佐官のM・ラックス氏は、ビル派すなわち「ニューデモクラット」を、人工妊娠中絶にも同性愛にも寛容で社会争点ではリベラルだが、ウォール街やワシントンのロビイストには親和的と分類する。一方、環境団体や労働組合と接近するリベラル寄りのヒラリー派を「リベラル派エスタブリッシュメント(既存体制)」として区別する。
ワシントンの穏健派有力者の中には、ヒラリー氏の政策シンクタンクとされる「アメリカ進歩センター」の政策は、自由貿易路線の「ニューデモクラット」と温度差があるとの解釈も皆無ではない。「左傾化」が一過性でなく、新型のリベラル路線の芽生えならば党内勢力図の転換につながる。ヒラリー氏はリベラル派と穏健派双方の理解を得るべく、二正面の党内説得という未曽有の努力を求められる。
ヒラリー陣営にとって、トランプ氏を相手にする場合の不透明さも課題だ。労組系の米民間団体「ワーキング・アメリカ」の1月調査では、民主党支持層の4分の1がトランプ氏支持を表明するとの衝撃的な結果が報告された。
ヒラリー陣営は経済ポピュリズム路線を継続するようだが、「雇用に資する貿易協定」の論理を売り込めなければ、白人労働者票の民主党外への流出を食い止める決定打にはなりにくいだろう。国民皆保険、反TPPを唱えるトランプ氏とは差異化しにくい面もある。移民政策は対立軸になるが、労働者層の失業不安をあおるリスクと表裏一体だ。
本選挙では無党派票獲得に向け、中道回帰するのが常だ。だがトランプ氏のように政策的に民主党と重複する候補の場合、過去の法則が妥当との保証はない。史上まれにみる経験の厚みを誇る大統領候補のヒラリー氏だが、夫の政権をどこまで継承し、どこを否定的に修正するのか。典型的保守派ではないトランプ氏とどう差異化するか。党内外で二重の難問を背負っている。
ポイント
○ヒラリー氏もTPPに否定的見解へ転換
○サンダース氏と政策上の違い一層小さく
○クリントン派は内政では分化との見方も
わたなべ・まさひと 75年生まれ。シカゴ大修士。早大博士。専門は米国政治・外交
[日経新聞4月1日朝刊P.27]
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