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米大統領選が映すもの
(上)共和党、原理・価値観の危機
国際秩序、揺らぐ恐れ
久保文明 東京大学教授
現在、米国中のエリートや知識人が頭を抱えていると言って過言ではない。ドナルド・トランプ氏は共和党の大統領候補指名争いで明らかに優位に立っている。全く政治経験のない人物が、いきなり大統領の座をうかがおうとしている。昨夏に同氏の支持率が上昇して以来、米国で高名な政治評論家のほとんどがトランプ氏の失速を予想してきたが、ことごとく外れてきた。
同氏は共和党内でどんな有権者からどんな理由で支持されているのか。3月15日のフロリダ州での共和党予備選挙の出口調査を例にとる。トランプ氏は46%を獲得し、同州出身のマルコ・ルビオ氏(27%)、テッド・クルーズ氏(17%)、ジョン・ケーシック氏(7%)に大差を付けた。ルビオ氏は直後に撤退した。
トランプ氏は高卒以下の有権者で46%、若干の大学教育を受けた層で54%を獲得。大卒者の46%、大学院修了者の35%の支持も得ており、もはや低学歴層の候補とは言えない。所得やイデオロギーの違いでみても結果に大きな差はなく、党内すべての有権者集団で強みを発揮している。
世俗派のトランプ氏は、宗教保守層を基盤とするクルーズ氏も圧倒した。有権者が重視する争点では、移民と答えた層(全体の12%)でトランプ氏は60%という高い支持を獲得。経済・雇用、テロ、政府支出などを重視する有権者でも40%以上の支持を得た。
特にトランプ氏支持の特徴が浮かび上がるのが、候補者の特色についての回答だ(表参照)。「率直に発言する」(23%の有権者が重視)ではトランプ氏が80%を獲得。「変化を実現できる」(同28%)では52%、「当選可能性」(同10%)では51%を得ており、「自分と価値観を共有」(同34%)でルビオ氏に首位を譲ったにすぎない。
次の大統領は「経験ある政治家」(40%が同意)か「エスタブリッシュメント(支配階級)の外から」(同52%)かという二者択一では、後者でトランプ氏が74%の支持を得る一方、前者でルビオ氏が51%を獲得。また、イスラム教徒の一時的入国禁止措置については64%の回答者が賛成し、26%が反対しているが、賛成者の中でトランプ氏は59%の支持を受け、反対者ではルビオ氏が42%を得た。
米国政治では大富豪のイメージが日本と異なっている。社会的成功者とみられるだけでなく、トランプ氏が政治献金に頼らず、自己資金で選挙戦を展開していることが評価されている。彼には、利益団体から政治献金をもらわずに済む、だから大きな変革も実現できると多くの人は期待する。ちなみに無数の小口献金に頼る民主党のバーニー・サンダース氏の選挙戦も、似た評価を獲得している。
歯にきぬ着せぬ物言いも、支持者にとってトランプ氏の大きな魅力である。メキシコからの不法移民には麻薬中毒者や犯罪者が含まれていると語り、その公約の柱はメキシコとの国境に壁を築きその費用をメキシコ政府に支払わせるというもので、極めて単純明快である。差別や偏見に反対する「政治的な適切さ(political correctness)」には意図的に挑戦している。
3月22日のブリュッセルの連続テロの際にも、「オバマ米大統領その他全員が政治的適切さにこだわりすぎるためにテロリスト集団は育ってきた」とツイートしている。
トランプ旋風の土壌として経済の停滞が一つの原因なのは間違いない。1999年から米国の家計の実質所得の中位値は上がっていない。ただし、これらに加えて共和党に特有の理由も存在する。
より直接的な理由は不法移民問題である。現在米国には1100万人以上の不法移民が存在すると推測される。彼らへの反発は、中低所得者層に限らず、より広く共和党支持者に拡散している。
2005年末、共和党多数の連邦議会下院はほとんど共和党のみの賛成票で、すでに国内に居住する不法移民とその家族に対する罰則の強化、メキシコとの国境に新たに障壁を追加・新設することなどを主な内容とする法案を可決した。これは廃案となったが、この一件はすでに10年前からトランプ氏に近い案が共和党下院議員団により強く支持されていたことを示している。
そのような中で、09年に保守派草の根運動「茶会(Tea Party)」が台頭した。税金を使っての金融機関救済および皆保険化を目指すオバマケアへの反発を中心に訴え、翌年多数の新人議員を共和党から当選させた。茶会は党内予備選挙を通じて、多数の有能なベテラン現職議員に挑戦し落選させた。代わって当選した新人議員には、政治経験を持たず、品位を欠き、現実離れした極端な政策を語るものが多数含まれていた。
共和党の既成政治に対する茶会の反乱は、トランプ現象の前触れであった。ただし、茶会はより徹底した限定政府を求める方向に導かれていたが、そこに滞留した怒りは現在トランプ氏により、不法移民、共和党指導部、連邦政府に向けられている。これまでの共和党指導者は選挙で聞こえのよい公約をしてきたが、当選後には不法移民取り締まりも含めて、約束をほとんど実現していないと多くの共和党員は感じ、怒っている。
トランプ氏の台頭は共和党にとって危機である。限定的政府、信仰重視、積極的な外交といった党が立脚する原理と価値観を覆しかねない。同時に、共和国アメリカにとっても危機であろう。民族的多様性の尊重など、米国が立脚する価値観を脅かしている。
さらに言えば、トランプ氏は国際秩序にとっても脅威だろう。国際社会での米国の権威が失墜することは確実だ。日米安全保障条約についても事実誤認と思い込みから不公平性を語り、米軍撤退の脅しをかけている。中国についてもレトリック(修辞)は強硬だが、中国を人権問題あるいは安全保障上の脅威として語ることはほとんどない。
そもそも、日中両国について同盟国と非同盟国の区別をしない国際情勢認識は奇異である。トランプ氏は外交についての原則を、通商問題を除くと持たず、基本的にお金で妥協可能だと考えている。
トランプ氏の共和党候補者指名獲得の行方はどうか。獲得代議員が過半数に及ばない可能性はあるが、今や党指導部や候補者の代議員統率力は大きくなく、指名阻止は容易でない。本選の仮想レースについての世論調査では民主党候補が優位に立っているが、トランプ氏は共和党地盤州を固めたうえ、無党派・民主党の白人労働者層に浸透することにより、ペンシルベニア、オハイオ、ミシガンなどの州で善戦する可能性もある。
民主党側にも不安要素がある。例えばCBSニュースの調査では「好感がもてない」という非好感度で、トランプ氏は57%だがヒラリー・クリントン氏も52%だ。トランプ氏の敗北は確実ではない。
トランプ現象はヒスパニック系に対する偏見に訴えて成長してきた。それはエリート層や既成政治家、「政治的な適切さ」に対する、怒れる非エリート層による大規模な反乱だった。現在共和党エリート層の一部もトランプ氏支持になびいている。08年の大統領選挙では米国はオバマ氏を当選させて寛容な顔をみせたが、今年は異なる側面をみせつつある。われわれは、どちらも米国の素顔の一部であることを認識せねばならない。
ポイント
○トランプ氏はあえて政治的適切さに挑戦
○経済停滞や不法移民問題が支持の背景に
○同盟国と非同盟国を区別せぬ認識は奇異
くぼ・ふみあき 56年生まれ。東京大法卒、同大法学博士。専門は米国政治
[日経新聞3月31日朝刊P.37]
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