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大麻取締法違反(所持)の疑いで現行犯逮捕された元女優の高樹沙耶容疑者(本名・益戸育江・53歳)が昨夏の参院選で医療用大麻(薬)の必要性を訴えて出馬したことは記憶に新しい Photo:AFLO
安倍昭恵首相夫人も支持「医療用大麻」は解禁すべきか
http://diamond.jp/articles/-/114387
2017年1月17日 木原洋美 [医療ジャーナリスト] ダイヤモンド・オンライン
昨秋、元芸能人の逮捕でも話題になった「医療用大麻」解禁の是非の議論が続いている。医療用大麻の解禁については安倍昭恵首相夫人が前向きなことでも知られている。実際に、現在の治療では治らない慢性疼痛の患者にとっては「藁(ワラ)にもすがる」存在である。果たして、医療用大麻は有効なのか。専門医である東京慈恵会医科大学附属病院ペインクリニックの北原雅樹医師に取材した。(医療ジャーナリスト 木原洋美)
■医療用大麻解禁を訴えた
安倍昭恵首相夫人
「あのぅ、慢性痛には医療用大麻を使用したらいいんじゃないでしょうか?」
か細い声で質問を発したのは、安倍昭恵首相夫人だった。
2016年9月29日、衆議院第一議員会館国際会議室で開かれた『慢性の痛み対策議員連盟総会』でのことだ。
その日は、米国や北欧、中国など、世界各国から慢性痛診療に取り組む医師や研究者が集まり、最新の研究成果や、かなり後れをとっている日本の現状等について報告がなされ、主催者側からの「最後に、ご意見やご質問はありませんか」との呼びかけに対して、安倍氏が手を挙げたのだった。
ただ、この質問はいささか唐突だった。なぜなら会議では、「慢性痛の原因は非常に複雑である。その治療は、学際的治療(多くの専門職が連携して行う)でなければならない」という結論が出ていたからだ。
つまり、「○○さえあればいい的な、単純な治療でなんとかなるほど慢性痛は甘くない」と、居合わせた誰もが考えていた。安倍氏はかねてより、"医療用大麻解禁論者"で知られている。この総会に参加したのも、"持論"を広めるためだったのかもしれない。
とはいえ、首相夫人の質問をないがしろにするわけにはいかない。司会者は、米国から参加した研究者と医療従事者に発言を求めた。
以下、主催者より入手した、医療用大麻に関する簡単なまとめの一部を紹介する。
「大麻の使用については、2001年にカナダで、2003年にオランダで、植物としての大麻に関する法律が標準化され、慢性疾患を抱える患者さんのために整備されました。アメリカの州政府の中にも医療用大麻の使用を合法化しているところはありますが、アメリカ連邦政府はまだ許可していません。
大麻にはカンナビノイドと呼ばれる二つの有効成分があります。テトラハイドロカンナビノル(THC)と、カンナビジオール(CBD)です。この二つの成分は、大麻からの抽出成分(ハシシとかハシシオイルとか呼ばれます)の中に、様々な濃度と割合で含まれているため、一定の濃度にしたり混合物からの用量-効果を調べたりすることが、難しかったのです。人間の身体には、この二つの物質に対する受容器が中枢神経や身体のほかの部位にあることはわかっています。
大麻や大麻の合成剤の臨床的効果は、これまでも研究されてきましたが、研究が小規模で研究期間が短い(訳注:薬剤の中には短期の使用では有効でも、長期に使用すると無効であったり有害であったりするものもあります)ために、もっと研究が必要だと考えられています。効果と副作用の検証がこの研究規模では難しいからです。使用対象となる症状については、以下のようなものです:
・多発性硬化症や脳卒中の後の筋肉の痙攣(カナダでは常用されています)
・様々な神経障害性疼痛(エイズ、癌、抗がん剤の副作用、糖尿病、手術を含む外傷、多発性硬化症や脳卒中、などに伴うもの)
・エイズやがん患者における吐き気
・小児のてんかん
・エイズやがん患者の食欲不振
・鎮静剤や睡眠薬として
などです。
研究では、プラセボ(偽薬)より効果があることはわかっていますが、既存のほかの薬より有効性が高いことは証明されませんでした。臨床試験ではよくあることですが、非常に効果がある人が少数いますが、まったく何の効果もなかった人もたくさんいて、誰に効果が出るのかを知ることは困難です。たくさんの患者さんは、他の薬の場合と同様に、副作用によって摂取をやめてしまっています」
その回答を聞いた安倍氏は、「ありがとうございます」と謝辞を述べた以外、何も語らなかった。
■解禁論者が期待するほど
医療用大麻は効くのだろうか?
それから約1ヵ月後の10月25日、元女優の高樹沙耶容疑者(本名・益戸育江・53歳)が、大麻取締法違反(所持)の疑いで現行犯逮捕された。彼女が昨夏の参院選で医療用大麻(薬)の必要性を訴えて出馬したことは記憶に新しい(選挙結果は落選)。その主張は確か、「大麻には、認知症予防やリウマチなど約250の疾患に効くというエビデンス(科学的根拠)があり、医療用として販売されている国もある。日本でも合法化して研究を進めるべき」というものだった。
また安倍氏は「医療用大麻を必要としている人たちがいるのなら、日本でも認可されていいのではないか」と述べている。
あながち、“反社会的な主張”ではないと思う。
そこでなぜ、医療用大麻は解禁されないのか、なぜ解禁を求める声は止まないのか、冒頭の『慢性の痛み対策議員連盟総会』の主催者の1人であり、昨年開催された『第9回日本運動器疼痛学会』で会長を務めた東京慈恵会医科大学附属病院ペインクリニックの北原雅樹医師に話を聞いた。
――医療用大麻の解禁を求める人たちはなぜ、あんなに懸命に訴えるのだと思いますか?
北原 解禁を求めているのは、慢性の痛みを抱えている方々や、その周囲の人たちが多いと思うのですが、結局、これさえあれば簡単に治る的な「奇跡の治療」を求めているのではないでしょうか。「まだ使われていない薬だから上手くいくんじゃないか」という期待が一番だと思うのです。
かつて、モルヒネ(「医療用麻薬」に分類されている鎮痛薬の一種。日本では1989年にがん疼痛治療薬として認可された)が自由に使えなかった時代には、「モルヒネさえ解禁されれば、みんな痛みから解放されるに違いない」と期待されていました。でも実際は、一部の疾患には明らかに効くものの、全部を解決するには至りませんでした。大麻もその繰り返しだと思います。残念ながら、慢性痛に「奇跡の治療法」はないんです。
――複数の疾患に対してエビデンスがある、効果が実証されているというのは本当でしょうか?
北原 そこも問題があります。漢方薬と同じで、。例えば、みなさんご存じの「葛根湯」という薬があります。初期の風邪に効く薬ですね。効くことは分かっていても、なぜ効くのかというエビデンスは証明されていません。
というのも一つひとつの成分を分析しても分からないのです。漢方薬は有効成分の集まりではなく、それぞれの成分が絶妙のバランスで配合されており、相乗作用で効果を発揮します。単独では効果がなくても、ある割合で一緒になると効果を発揮する成分が多々あります。これは西洋医学では太刀打ちしがたい。
それと同じで大麻も、一部の成分を取り出しただけではエビデンスは測れません。それに一口に大麻と言っても、種類も産地もたくさんあるので、対応しきれません。いわゆる自然物というのは、実は何がどう効いているのか、わからないものなんです。
ましてや、大麻は効く人もいれば、効かない人もたくさんいる。エビデンスがあるとは言い難い。
――医療用大麻の解禁には、ほかにどのような問題があると思いますか?
北原 流用、横流しは大きな問題です。実は国際疼痛学会でも、テーマになりました。
イスラエルのデータでは、医療用として大麻を処方されている人の3割が、娯楽用として快楽目的で友人や家族に大麻を分け与えたりしていました。驚きましたよ。
あともう1つは、本来医療用大麻には、吸ってから何時間かは車を運転してはいけない、といったような禁止事項があるのですが、ハイになって運転してしまう人が少なくない。しかも、アルコールや覚せい剤とは異なり、大麻は分解が早いので、血液検査をしても検出されません。へらへらしていて明らかにおかしいからと捕まえても、何も出ないのです。そういう面で、特にアメリカで社会問題になっています。ある意味、規制のしようがないのです。
――大麻の毒性は、ニコチンよりも低いから安全だという人もいますね。
北原 とんでもないですよ。煙草はもともと非常に有害な代物です。百害あって一利なし。それと比較したら、なんでも安全になりますね。
■日本の慢性痛患者は
見捨てられている
――医療用大麻解禁の声があるのは、そんな大麻にさえ、期待せずにはいられないほど、日本の慢性痛医療が不十分だからなのでは?
北原 まさにそうでしょね。統計では、慢性痛で病院を受診した患者さんの7割は、治療に不満を持っています。
実は日本では、痛みに対して一般の医療者はまったく教育を受けていません。だから慢性の痛みをどう扱ったらいいのか分からない。肩が痛い、腰が痛い、首が痛いと整形外科へ行っても、レントゲンを撮られて問題ありませんよと診断され、鎮痛剤や湿布薬を出されておしまい、というのが実情です。
本来であれば、それぞれの痛みに対して、身体のどこで何が起きているのかを適切に説明するべきですし、どう治療し、付き合っていくかといったインフォームドコンセントもなされるべきなのです。急性痛と違って慢性痛は生活習慣病ですからね。
でも、一般の医師には教えられません。知らないからです。
――大学では、痛みについて教えていないのですか?
北原 今、まさに作っているところです。文部科学省から助成金をもらい、現在、いくつかの大学で共通の、イーラーニングを中心とした教育システムが実施されようとしています。
あとは、全国81大学ある医学部の中で8つの大学が、教え始めています。
――それは、諸外国と比べて遅れているのでしょうか?
北原 そうですね、一部の先進国の医学部では、慢性痛について学ぶことは必須になっています。また、そうでない国でも、選択科目には必ず慢性痛がありますし、科を特定して必須にしている国もあります。例えば、スウェーデンでは麻酔科医とリウマチ内科、救急の学生は全員、痛みについてひととおり勉強しています。
教育以上に差があるのは、行政の対応です。
ドイツ、スウェーデン、デンマークといった国々では、日本でいう県のレベルが医療を担当しています。オーストラリアは州ですね。責任の所在がしっかりしている中で、痛みの医療に取り組んでいるわけです。
すると州や県の財政に大きく響くため、改善に対して真剣かつスピーディに取り組みが進みます。
例えば、オーストラリアのある州では、州政府とNPOが一緒になって医療者に教育を行っているのですが、なんと慢性痛に関するプログラムの、GPE(かかりつけ医)の受講率が90%を超えているそうです。別に、お金がもらえるわけでもないし、ペナルティもないのにですよ。
オーストラリアでは、国民の慢性痛医療に対しる意識が高いので、知識が乏しいGPEは、患者がいなくなってしまうらしいです。
GPE制度がしっかりした国は、人口に対する頭数が決まっており、患者数が少ないとGPEとしての権利を失ってしまいます。だから医師も必死になるんですね。
それも極端ですが、日本の場合は、できるだけ患者さんをこじらせて、いろんな薬を使って、いろんな手術をする医師の方が、お金をもらえる制度になっています。短期間で、手術等をせず、上手に治す医師が評価されるような制度を作らないと、慢性痛医療は進歩しないでしょう。
――慢性痛で病院に行っても治っている人は少ないですよね。
北原 日本できちんと治せる医者は100人いるかいないかでしょう。最近、「慢性痛には心理社会的な要素が大きい」という研究結果が明らかにされていますが、慢性痛がわかっている精神科医は10人いません。
さらに困ったことには、「心理的」というと、「イコール気のせい」だという発想がある。本当は痛くないのに痛いと感じるんだ、と。
そうではない。精神には身体を痛むように変えてしまう力があるんです。それが心理的という意味なんですが、分かっていない。
――結論として、医療用大麻は解禁されるべきでしょうか?
北原 アメリカでは家中に麻薬性の鎮痛薬があるので、高校生の10%が「娯楽目的で薬を使ったことがある」というデータがあります。日本がそうなってもいいんですか。ご自分の子どもや孫が、大麻を吸っているところを想像してみてください。
医療用大麻解禁を渇望している人がいるし、実際に効く人がいるのは認めます。でも、中途半端な覚悟で解禁すると社会のためには悪いことになるのではないか、と心配しています。
◇
今現在、慢性痛に苦しんでいる人たちにとって、医療用大麻の解禁は「藁にもすがる想い」の「藁」のような希望だ。効果が望めないわけではないが、大して期待もできない。
もし、行政がもっと慢性痛に対して本腰を入れて取り組み、治療に精通する医師が増えたなら、「こんな藁はいらない」と主張を翻す人は多いのではないだろうか。
きたはら・まさき
東京慈恵会医科大学附属病院、ペインクリニック診療部長および麻酔科准教授。1987年東京大学医学部卒業。専門は難治性慢性疼痛。帝京大学医学部附属市原病院麻酔科、帝京大学医学部附属溝口病院麻酔科勤務後、米国ワシントン州立ワシントン大学集学的痛み治療センターに臨床留学。帰国後、筋肉内刺激療法(IMS)を日本に紹介する。2005年より現職。
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