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正しくは「速報と変わらず因果関係なし」
名古屋市子宮頸がんワクチン副反応疫学調査「事実上撤回」の真相
2016年06月27日(月)村中璃子 (医師・ジャーナリスト)
「子宮頸がん予防接種調査の結果を報告します」
このようなタイトルで、名古屋市が6月18日(土)の午前零時にウェブサイトを更新した(http://www.city.nagoya.jp/kenkofukushi/page/0000073419.html)。
記者会見どころか、プレスリリースもなく、記者クラブへの投げ込み(通知)もない。あまりにひっそりとした「報告」にメディアも気づかず、週明け20日(月)に市に確認を入れたのは、Wedge以外はたった1社だったという。
消された「速報」
2015年12月14日から2016年6月17日までの状態
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同じURLには、前日までは「調査結果(速報)を公表します」というページがあった。名古屋市は、2015年12月14日に「調査結果(速報)」を発表しており、この時は河村たかし市長が記者会見を行った。その「結論」の項には、「今回調査した24項目の症状について、ワクチン接種者に有意に症状のある人が多い項目は無かった」と記してあったのだが、6月18日に発表された「集計結果」という資料にはそのような記述が一切ない。
「オッズ比」(接種した人がしていない人に対してどの程度症状が起こりやすいかを比較した尺度)も消されており、「集計結果」に示された「何人中何人が症状ありと答えた」という生の数字をもとに、資料を見た人が一つ一つ計算しなければ、結果を解釈できない状態になっている。
調査結果(速報)の内容
拡大画像表示:1ページ、2ページ、3ページ、4ページ
名古屋市は、昨年、市内に住む若い女性約7万人を対象に、日本初の子宮頸がんワクチン接種後症状に関する大規模調査を行った。回答率は4割超。こういった調査では高い数字である。
「調査結果(速報)」で示された結果は、月経不順、関節や体の痛み、光過敏、簡単な計算ができない、身体が自分の意志に反して動くなど、子宮頸がんワクチンとの因果関係が疑われている24の症状について、年齢で補正するとむしろ15症状でワクチン接種群に少ないという衝撃的なものだった(参考記事はこちら)。この調査で解析を行ったのは名古屋市立大学大学院医学研究科公衆衛生学分野、鈴木貞夫教授の研究室である。
一方、薬害問題に取り組むNGO「薬害オンブズパースン会議」は、速報発表当日に名古屋市役所で会見を開き、「明らかに不自然な結果で、被害実態をとらえる解析もなされていない」(朝日新聞の記述)と批判。2日後の12月16日には市長宛てに「速報の解析結果の『結論』の信頼性は乏しい」とする意見書を送付した。
意見書では、「分析疫学の解析手法を適用して接種群と非接種群の統計学的有意性の検定を行うには適さない」「年齢調整の誤り」などの問題点を指摘し、「さらなる分析」「徹底した分析」「生データの公表」を求めている。
しかし、多くの疫学者はこの指摘に首をかしげる。
愛知県がんセンター研究所疫学・予防部の田中英夫部長は
「名古屋市が発表したHPVワクチンと自覚的な諸症状との関連を調べた調査は、非接種群を比較対照に置いた良くデザインされた大規模な疫学調査で、結果の信頼性は高いと考えます」
「一部の団体からは、年齢を補正してオッズ比を算出したことが不適切であるとの意見があるようですが、この調査のように、2つの集団間で有病率を比較する場合、年齢の影響を補正して因果関係の有無を推定する値を算出することは、疫学の基本中の基本です」
「この調査にも、いくつかのバイアスが入り込んでいる可能性はありますが、接種群の方がワクチンと有症状を関連付けて回答しやすくなると考えるのが自然で、このためこの調査方法は、因果関係を過大評価する方向に働いていると思われます。にもかかわらず、症状との関連性が認められなかったのですから、その結果は、ゆるぎないものと考えるのが妥当です」
と語った。
遅れに遅れた最終報告
最終報告の発表時期も不自然だった。
12月14日に速報を発表した際、「1月中目途」としていた最終報告は、遅れに遅れた。問い合わせる報道各社に、市の担当者は「3月までには……」と答え、最終報告に市長は同席しないという話にもなっていた。
しかし、最終報告は、年度末を過ぎても一向に発表されない。しびれを切らして6月2日、名古屋市役所を訪問したWedge編集部に対し、4月の人事異動で一新されていた担当者たちは、「まだ出せない。時期は言えないが、そんなにかからないと思っている。調査時期(15年9月)から1年かかってしまうようなことはさすがに避けたい」と答えた。
なぜ出せないのか。市の回答は要領を得ないばかりか、変化もした。5月23日の電話取材では「関係する様々な団体と調整中」だったが、6月2日の対面取材では「自由記述欄のタイピング(入力作業)に時間がかかっているから」という理由が追加された。3月末のリミットを超えた理由は「数字を精査しているとときどき間違いが見つかったためそのつど潰していたから。報告書として出すために体裁的なことなど文面の細かい調整も行い、それらをそのつど市大や上層部に回して確認を取っていると時間がかかった」というもの。
年度単位にこだわる役人が、その程度の事務処理の遅れを理由に、最終報告の発表を年度越えさせるのも不可解だ。
調整している「様々な団体」とは誰なのか。具体的には、いくら聞いても、被害者団体からの抗議の話しか出てこない。
「一つ一つ丁寧な対応が必要ですから。それも『調整』です」と答える。
6月2日、Wedge編集部は河村市長を直撃し、なぜ最終報告が遅れているのか尋ねた。
河村市長「あれは出しとるじゃろ」
編「いや、出たのは速報だけです」
市長「そうじゃったか?出しとるじゃろ」
河村市長は、何かを隠しているという風ではなく、関心を失っているようだった。
河村市長の"関心"
河村市長は、調査実施発表の昨年8月24日と、速報発表段階の12月14日に記者会見を行っている。
8月24日の発言はこうだ。
「こういういろんな皆さんからの声が届いたときですね。予防接種の副反応に。届いたときに、やっぱり責任を持って。今までだと、何かこういうことになると、すぐ逃げ腰になるんですけれど、そうじゃなくて、全件調査をするということにきちっと踏み出しまして、日本一のワクチン予防接種先進都市にふさわしいことをやっていきますので」
「これもね、この間お見えになって。色んな症状を訴えられておる方がね。そういう皆さんの声に応えるということですから、なかなかええんじゃないですかね。いつも全然褒めてもらえんけれど、たまには、名古屋もええことをやるわなと言ってもらいたいわな」
市長の発言にあるように、この調査は、もともと被害者らの訴えを受けて始めることにしたものだった。中日新聞の報道によれば、2015年1月9日、被害者連絡会愛知支部の会のメンバー10人が河村市長のもとを訪れ、市内のワクチン接種者全員を対象とした健康調査を実施することなどを要望している。市長の発言にも見え隠れするが、関係者からは、市長自身が薬害の可能性を心配して始めた調査だと聞く。そして市の担当者によれば、調査票にも被害者の会の意見を反映したという。
「有意差がない」という速報を見た河村市長は、「驚いた」と語っている。以下が、12月14日の会見での発言だ。
「私も国会におりまして、薬害の問題というのは、本当に日本の歴史上、大変な課題を抱えておりまして。私の認識では、一番最初はサリドマイドでしたかね。それから、僕らが国会におったころは、何といってもエイズの非加熱製剤の問題があって、ああいうのもみんな対応が遅れていって、それをどこかの自治体がこれだけの大量に調査をして、そこから一定の結論というか、因果関係の大きな重要な要素を引き出していくというのは、初めてではないですか。初めてだと思いますよ」
「私の素直な感覚を言いますと、役人が言ったやつじゃないですよ。びっくりしましたよ。本当に。まず驚きましたね。この結果はね。こういう格好で、いわゆる子宮頸がんワクチンを打ったか打たないかで、今の数字で言うと、影響が無いという風に見られる数字が出たというのは。何でかというと、エイズやサリドマイドで、そちら側の話を今までずっと国会の中でやってきましたので。薬害という方でね。だから、非常に驚きました」
この調査は、国会議員時代に薬害問題で「そちら側の話」をやってきたという河村市長が、被害者団体の要望を受けて開始したものなのだ。結果に驚いたのも無理はない。
市長も例に挙げているサリドマイド問題では、ドイツのレンツ博士が活躍し、薬害疫学発展の礎となったが、レンツ博士が最終的にまとめたケース・コントロール・スタディーにおけるオッズ比は380である。
「典型的な薬害のサリドマイドでは、こういう大きさのオッズ比が出ている。今回、名古屋市で調査した症状を、子宮頸がんワクチンの薬害によるとするのは無理がある」(前出の田中英夫氏)
薬害オンブズパーソン会議の事務局長を務める水口真寿美弁護士は、12月14日の会見で、「副反応の症状は複合的で一人が複数の症状を持っている。個々の症状ごとに接種者と非接種者との有意差を比べても意味がない」(朝日新聞の記述)と述べている。
この「重なり」理論はかねてから同会議が主張しているが、これも「本当に薬害なら、重なりがなくてもそれぞれ単独の症状でも有意差が出ると考えるのが一般的」(田中氏)だ。
詳細解析しても変わらなかった結論
それでは、薬害オンブズパーソン会議が求めた「さらなる分析」「徹底した分析」で結果は変わったのか。
解析を請け負った名古屋市立大学の鈴木貞夫教授は、Wedge編集部の取材に対し、「名古屋市からの許可がないので取材には対応できない」とする。
仕方がないので市に「最終報告書で速報から何か大きく結論は変わるんですか?」と問うと、担当者は「変わらないです。変わったら困っちゃいますよね」と答えた。
ではなぜ、市は、6月18日のウェブサイト公開で、速報と結論の変わらなかった最終報告書を公表せずに、集計結果だけにとどめたのか。そして、オッズ比の開示や、「有意差がない」という結論部分の開示を避けたのか。
6月20日のWedge編集部の電話取材に対し、担当者の回答は次のようにまごついた。
市「疫学の解析について、専門家がいない市では評価できない。解析部分についての公表は差し控えたい」
編「名古屋市立大学の解析結果、つまり有意差がないという速報の結論を市は最終的に否定するということか」
市「名古屋市立大学の解析結果は否定しない」
編「なぜオッズ比を表から消してしまったのか」
市「オッズ比は解析の結果だから、市としての発表になじまない」
編「市立大学の解析結果を否定していないのに?」
市「いち解析結果ということ」
編「最終報告書にあるはずの、市立大学の最終的な解析結果を見たい。が、鈴木教授は市の許可がなければ取材に応じられないといっている。市が最終報告書を出さないのなら、鈴木教授に依頼するので、市はその許可を出してほしい」
市「その許可は出せません」
編「なぜか」
市「市からの委託契約で市立大学は解析しているからです」
編「生データが市の財産であることは理解できなくはないが、解析は鈴木教授が研究者としてやっているのだから、その研究成果を市が闇に葬るのはおかしいのではないか。これから先も最終報告書、市立大学の最終解析結果を開示する考えはないのか」
市「報告は今回で終わりです」
速報から変わることのなかった「有意差がない」という最終解析結果、つまりワクチン接種と症状の間に因果関係はなかったという結論を否定はしないが、公開はできないという名古屋市。一体、なぜなのか。
年度末までの発表に向け担当者が作業を急いでいたであろう時期、ある大きな出来事があった。それは、3月30日に開かれた、 6月以降に国と製薬会社2社を相手に集団提訴を行うとする被害者団体の記者会見である。各紙の報道によると、会見の時点で原告に加わる意向を示しているのは12人。その後、原告を募る説明会が続けられていた。
この件について、6月2日の取材で編集部が市の担当者と次のようなやりとりをしている。
「因果関係がない」ままなのに、
そうとは言えなくなった名古屋市
編「年度末にちょうど、3月30日に国賠提訴の会見がありました。影響はありましたか?よりセンシティブになったとか」
市「ええ、そのあとは、ですね」
編「どういう風にセンシティブになるんでしょうか? 提訴に関わる捉えられ方をする、とか」
市「そういうのはありますね。速報出してからでもそうですけれども、これを元に色んなことをお話し伺っている部分も色んなところでありまして」
編「有意差がない、という部分が色んな引用や話につながるわけですね」
市「はい。私どもとしてはどちらにも与していないし、中立的な立場が保てるのも非常に大事だな、と」
編「提訴の話があってセンシティブ度が上がっているなかで、解析結果を出しづらくなった?」
市「どうするんだどうするんだという話は当然出てきまして」
編「提訴の話が出て、役所の中では議論になりましたか?」
市「どうするんだと議論はあった。上層部も頭の隅にはあると思います」
もう一つ、市の「苦しい事情」がよく理解できるエピソードがある。
子宮頸がんワクチンの製造販売企業の1つであるMSDに対し、名古屋市は、抗議文を送っている。
MSDは、集団提訴の記者会見のあった3月30日に声明を発表し、名古屋市の調査についてこう触れている。
「2015年12月には名古屋市が疫学調査を行い、約30,000人の女性から回答がありましたが、この調査では、接種者と非接種者の間で調査対象となった 24 項目の症状について発症頻度に差はなかったという結果が報告されています」
つまり、被害者の会が訴えるという製薬企業の声明文に、ワクチンの安全性を裏付ける、製薬会社にとって有利な情報として、名古屋市の速報結果が引用されたのだ。この引用に対して市は抗議しているのだが、公表資料の一部を引用することは著作権法上も認められており、市の言い分は不可解だ。
編集部「抗議は文書で行ったんですか」
市「はい」
編「どのような内容ですか」
市「あくまで速報値ですし、それをもってあたかも科学的な根拠が取れたかのような結論なさっているんですが、私どもはそういうことは言っていないんですよと」
編「引用は削除してくれと?」
市「はい。そうお願いしています。最終報告じゃない、速報ですよということ。結果が変わるとは思ってないとは言っているんですけれども、最終報告として出したもんじゃない」
編「最終のあとならよかった?」
市「ま、そこで使われるぶんにはあれかもしれない、ただ、あともうひとつは、引用の仕方ですね。あからさまなエビデンスのひとつとして、『ない』ですよ、という言い方で書かれているので。うちとしては結論の下にきちんと書かせていただいていますけれども、慎重に判断していく部分もあるので、名古屋市として『ない』と言ってるわけじゃないと」
名古屋市の調査結果(速報)の結論の項「今回調査した24項目の症状について、ワクチン接種者に有意に症状のある人が多い項目は無かった」のあとには、確かに次のような文章がある。「※この結果は統計的な分析であり、個々の事例の因果関係については慎重に判断する必要がある」。
編「この※印以下、『個々の事例の因果関係は慎重に判断がいる』まであればよかった?」
市「書いてくれれば、だからといって書いていいというわけではないです……」
編「最終報告まで待って、※があればよい、ということ?」
市「最終報告じゃないし、エビデンスの1つとして結論付けるのは、やめていただきたい、と。私どもとしては、やっぱり、思いはここの思いなんですね。個別には慎重な判断が必要、という」
編「MSDの引用は、統計として差がなかったという調査もある、と正確に引用している。何がいけないのかわからない。最終報告の後なら引用していいというわけでもない、と……」
市(苦笑)
編「こんな苦しい抗議書、出したい人はいない。出せって誰かに言われてるんですか?」
市(無言)
編「折角、いい調査されたのに、何でそんな苦しい思いをされてるんですか? そういうことには普通ならないですよね。何かよほどの事情でもあるのでしょうか」
市(沈黙)
ちなみに、市の速報の解析結果について、クレームを文書でいれたのは、薬害オンブズパーソン会議だけとのことである。
また、子宮頸がんワクチン接種後症状を検討する厚労科学研究班の成果発表では、遺伝子型の解析の誤りとマウス実験の捏造問題が浮上する結果となっているが(参考記事はこちら)、一般的にはクローズドで行われる班研究の発表が公開となったのも被害者サイドの要望だそうだ。
以上が、市は市立大学に「疫学的解析」を依頼しながらも、「集計結果」だけを開示するに至った流れである。これを、NHKは6月26日の夜6時のニュースで「事実上撤回」と報じた。
名古屋市は、名古屋市立大学が示した「因果関係なし」という解析結果を否定したわけではない。再解析の結果、「因果関係あり」という結果に変わったわけでも、「因果関係あり」とする別の解析があるわけでもない。「撤回」という言葉からは、名古屋市が「因果関係なし」という結論を翻したかのようなイメージを与えるが、全くそうではない。市が主体的に「因果関係なし」と主張していると受け止められると何かと困るから、解析結果に蓋をしてしまったというだけだ。クレームが来れば科学を封印する、そんな行政でよいのだろうか。
【修正履歴】
・5ページ目、"市「提訴の話が出て…」編「どうするんだと議論はあった。上層部も頭の隅にはあると思います」"と、"市"と"編"が入れ換わっておりましたので修正いたしました。(2016/6/27 13:45)
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/7148
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