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電力自由化がもたらす天国と地獄 破綻する電力と儲かる電力の違いは何か?
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/8456
2016年12月16日 山本隆三 (常葉大学経営学部教授)WEDGE Infinity
英国の独立系と呼ばれる電力・ガス小売専業のGBエナジーが、11月26日に供給を停止した。いま供給を受けている16万の顧客への供給を継続するため事業者が電力ガス市場規制局により選定されたので供給は確保されているが、顧客は新事業者からの供給の切り替え時点に合わせ自宅のメータを読む作業を強いられるなど、結構面倒なことがあるようだ。
1990年に電力業界の自由化を開始した英国では、1999年に小売の完全自由化が行われたが、その結果起こったことは供給の寡占化だった。大手6社と呼ばれる発電から小売まで行う事業者のシェアが上昇し、2000年代半ば以降家庭向け小売市場のほぼ100%を占めるようになる。
自由化により寡占化が進んだ皮肉な結果を受け、エネルギー市場の管理当局は独立系と呼ばれる新ガス・電力会社に小売市場への参入を促し、競争環境を作り出すことに努めた。その結果2012年以降13社が新規にエネルギー市場に参入した。破綻したGBエナジーもこのうちの一社だった。
市場に参入した新規参入者は、市場シェアを獲得するために既存のガス・電力会社よりも安い料金を提供したが、これが首を締める原因になった。日本でも360社を超える新電力が登録されているが、やがて英国と同様のことが起こる可能性がある。なぜ、新規参入者は供給停止に追い込まれたのか、その理由を見ると、日本の自由化市場の将来像が見えてくる。
■エネルギー価格上昇により活性化した電力小売市場
1990年の市場自由化により、英国では天然ガス火力設備の導入が活発になった。北海から産出される自国産の天然ガスが競争力のある価格で提供されたことも大きかった。しかし、一時は輸出を行うほどの生産量であった北海からの天然ガス生産は21世紀の初頭にピークを打ち、急速に生産量を減らした。いまは需要量の半分程度を賄うだけだ。
北海からの天然ガス供給の減少に合わせ、英国内の天然ガス価格と電気料金は2000年代後半から上昇を始める。図-1に電気料金の推移を示した。2013年冬にはエネルギー価格の上昇が社会問題にもなり、野党労働党党首がエネルギー価格の凍結を総選挙の公約として持ち出すほどになった。(プーチンに脅され、市場に裏切られ凍える英国 )
エネルギー価格の上昇を懸念した英国政府は、天然ガスと電力市場に新規参入者を増やし、消費者に大手6社から価格競争力のある新規参入者の料金への切り替えを促すことにより、エネルギー価格の引き下げを図った。2014年後半からのエネルギーコストの下落もあり、新規参入者は競争力のある料金の提供に成功する。
破綻したGBエナジーは、その中でも最も価格競争力のある一社だった。2015年10月には「ガーディアン紙」が、「2012年以降初めて年間800ポンド(約116000円)を切る料金が登場した」としてGBエナジーの新プランを紹介している。同社の料金プランと大手6社の標準的な料金との比較も紙面で行なっているが、最も高いNpower(独RWE系)の料金との比較では年間310ポンド(45000円)も安くなるとしている。新規参入者は順調にシェアを獲得し、2016年第2四半期には、大手6社の家庭向けシェアは86%まで低下した。
■発電設備の減少が続く自由化市場
自由化された電力市場では、総括原価主義と異なり収入、電気料金の保証はなくなる。大規模に貯めることが難しい電気は必要な時に必要な量を発電する設備を保有する必要があるが、夏場あるいは冬場の最需要期にしか稼働しない設備は、価格保証がない自由化市場では収益を生むことはないので、誰も設備を作らなくなる。
自由化後20年以上が経過した英国では、石炭火力、石油火力発電所の設備の老朽化が進み閉鎖される発電所も増えてきたが、新設されるのは差額保証契約などの支援制度の下、買い取り価格が保証されている風力、太陽光などの再生可能エネルギーの発電設備が大半になってきた。図-2に示されている風力、太陽光発電設備の新設を含めても、英国の総発電設備は減少が続いている。図-3の通りだ。
将来の供給力不足を懸念する英国政府は、設備の稼働率に関係なく一定額を支払う容量市場を2014年に創設するなど設備の新設支援策を導入したが、まだ功を奏していない。英国の発電設備の減少を補ってきたのは、英国とフランス、オランダの間に敷設されている送電線を通しての電力輸入だった。電力純輸入量(輸入量から輸出量を引いたもの)は図-4の通り推移している。このうち約3分の2がフランスからの輸入量だ。総供給量に占める純輸入の比率は約6%になっている。
英国の電力卸市場は、2014年後半からの原油をはじめとするエネルギー価格の下落、フランスからの電力輸入量もあり、比較的落ち着いて推移していた。しかし、フランスの原子力発電所が臨時点検を実施したことから価格の上昇に直面することになった。発電設備を保有せず、市場からの調達を行っていた小売専業のGBエナジーは卸価格の上昇に持ちこたえることができなかった。
■フランスの電力供給が与える影響の大きさ
フランスでは、原子力発電所の蒸気発生器などの一部機器に炭素濃度が高い材料が使用されているため強度不足の懸念があるとして、原子力規制委員会が点検を命じた。2016年の第3四半期より臨時の点検作業が開始されている。いま、定期点検を含め合計58基(総出力6313万kW)中17基の原発が停止中だ。
2015年のフランスの発電量は5460億kWh。ドイツの5804億kWhに次ぐ欧州第2位の発電大国だ。原発の発電量が76%を占める原発依存度が高い国でもある。電力の純輸出量は欧州一の年間630億kWhだ。周辺国は英国を含め、ドイツ、イタリア、ベルギー、スペイン全てフランスからの電力を輸入している。表-1の通りだ。
原発の停止により、フランスの発電量は大きく減少した。9月の発電量は1998年以来最低の266億kWhまで落ち込み、輸出大国フランスが、電力輸出を行う状況から輸入を行わなければならない状況に追い込まれた。冬の気候次第ではフランスの電力供給は非常に厳しい局面になると予想されている。
フランスの発電量減少は、フランスのみならずドイツ、英国の卸市場にも影響を与えることになったが、さらに英国市場には泣き面に蜂の事件が発生する。ストーム・アンガスと名付けられた嵐が11月下旬英国を襲い、英国とフランスを結ぶ英仏海峡の海底ケーブル8本の内4本が破損したのだ。200万kWの送電能力は100万kWに半減し、復旧は2017年2月になるとされている。破損の原因は嵐を避けた船舶が下ろした碇によるものと推測されている。
■高騰する英国の卸電力価格と逼迫する供給
フランスからの電力輸入に依存していた英国の電力市場もフランスからの電力供給量減少の影響を受け、卸電力価格は大きく上昇することになった。英国の卸電力価格は、ここ数年1MWh当たり概ね30から40ポンドで推移していた。1kWh当たり4.4円から5.8円だ。今年9月には卸市場価格は最高170ポンドまで高騰した。1kWh当たり24.7円になる。
その後も卸市場価格は40ポンド以上で高止まりしており、10月下旬にはまた100ポンド(1kWh当たり14.5円)を超えることもあった。独立系のガス・電力小売事業者は、発電設備を保有していないため高騰する卸価格の影響を大きく受けることになる。小規模事業者ゆえに先物による電力の手当も限度があったGBエナジーは供給停止に追い込まれたが、他にも供給停止に追い込まれる小規模事業者が出てくると報道されている。
英国では老朽化した発電所の閉鎖により2014年から2015年の冬にかけ、供給予備率が4%に落ち込むと予想された。一般的には最大電力需要に対し8%程度の設備能力の予備率が必要とされているので、かなり危機的な水準だった。
このため、電力ガス市場規制局は、既に供給を停止している発電所を緊急用予備電源として確保し、万が一の時には供給できる体制を整えた。今年の冬の予備率は1.1%まで落ちると予想されているが、この予備電源を含めると6.6%になり停電の事態は避けられる見込みと報道されている。
■自由化市場が生み出すのは大規模電力会社なのか
日本でも電力小売事業者の登録数は増えているが、発電設備を保有している事業者はガス会社などを除けば殆どいない。多くは余剰電力をかき集めることで供給力を確保している。英国のように卸市場価格あるいは仕入れ価格が高騰すれば、小売専業の事業者は供給を続けることが困難になる。
結局、発電部門と小売部門の両方を持っていなければ、市場の変化に対応が難しいということだ。小売部門の仕入れ価格が上昇する事態になれば、発電部門が利益を挙げ、小売の収益減を補うことができる。発電部門も複数の発電源を保有していなければ対処が難しいこともある。例えば、一つの燃料だけの発電設備しかなければ、その燃料価格だけが上昇した時にはコストアップ分の吸収ができなくなる。
多くの新電力が登場しているが、複数の発電部門と小売部門を持っている大規模事業者が生き残っていくことになるだろう。多様な発電部門を持つ会社が有利なので、英国で起こっているように、寡占化が進み電力会社は大規模化していくことになる可能性もある。大規模化すれば海外での電力事業に取り組む体力もつくことになり成長の機会も広がる。大規模電力はますます大きくなっていく。競争環境を作り出すことが目的の市場自由化がもたらすものは、大規模電力会社なのだろうか。
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