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「日本は借金が巨額でも資産があるから大丈夫」という虚構
http://diamond.jp/articles/-/106378
2016年11月1日 田中秀明 [明治大学公共政策大学院教授] ダイヤモンド・オンライン
日本は借金が巨額でも資産があるから大丈夫、という人がいるがそれは本当か?民間企業に照らし合わせると、日本は完全な債務超過だ
国の借金(公債金・借入金・政府短期証券の合計)は、2015年度末時点で約1050兆円となっている(この他に地方政府の借金が約200兆円)。家計にたとえると、年収600万円で350万円借金し、住宅ローンなどの借入残高が1億円になっている計算である。住宅ローンの借入の目安は年収の5倍程度と言われているので、通常であれば銀行はお金を貸してくれないだろう。
こうした数字は、しばしば財政再建や増税を急ぐ必要があるという根拠として使われる。財政当局の説明が典型的だ。
これに対して「借金の金額は巨額でも、政府には十分な資産があるので問題はない。1000兆円は国民を驚かす過大な数字である」といった反論がある。さらには、「発行済みの日本国債の多くは、日本郵政や日銀などの公的機関が資産として保有しており、それは国の借金(負債)と相殺できるので、国全体で見た実質的な借金はもっと小さい」という主張もある。
もし、そうであれば、我々国民は借金など気にする必要はなく、まだまだ借金を続けられる。地元の公共事業などを増やしたい政治家にとっては、それは嬉しいが、果たしてそのようなうまい話はあるのだろうか。
財務の健全性、すなわち資産・負債を測るのがバランスシート(貸借対照表:以下BS)である。民間では、負債が資産を上回り債務超過になれば、通常は破産である。
それでは国はどうか。民間のBSの例に倣って、多くの国で政府部門のBSが作られており、日本については、2003年度分から財務省が作成している。本稿では、BSを使って、借金など本当に心配する必要はないのかについて論じたい。
■民間の常識で考えれば日本は債務超過
多くの国民は国のBSと言っても馴染みがないので、まずそれを見てみよう。
中央政府の財務書類には2種類がある。国の一般会計と特別会計を合わせた「国の財務書類」とそれに独立行政法人や特殊法人なども合わせた「連結財務書類」である。連結からは、日銀や東京メトロなどごく一部の機関が除かれているが、地方公共団体を除くほぼすべての政府機関(一般・特別会計、独立行政法人、日本政策投資銀行などの政府出資会社)が含まれており、広義の中央政府と言える。この連結書類を兆円単位で簡単に整理したものが表1である。
最初に負債を概観する。長・短期の借金(公債金・借入金・政府短期証券)は合計約850兆円である。1,000兆円より少ないのは、国債の一部は郵便貯金などが資産として保有しており、これを連結すると、国の負債である国債と相殺するからである。ただし、郵便貯金は、国民から預金を集めて、それを国債などに投資しており、当該国債は相殺されても、預金は連結財務書類に負債として残る。それが180兆円弱である。
同様に、簡易生命保険も加入者が支払った保険料を国債などに投資しているが、国債は相殺されても、生命保険の支払に充てる負債が残る。これが責任準備金であり、約100兆円である。国債の残高は減っても、これらの合計約280兆円は国民の資産であり、政府が勝手に棒引きにはできないのだ。それから、借金をしているのは一般会計だけではなく、独立行政法人や政府出資会社などもあり、その合計が約50兆円である。
公的年金預り金とは、説明すると長くなるが、厚生年金などの給付に充てるためのお金(負債)である。この金額は公的年金の積立金の総額にほぼ等しいが、これは単なる余裕資金ではなく、将来の年金給付に充てるものである。公的年金の積立金は100兆円を超えるが、実はその額では政府が約束した将来の給付には不足しており、もしその金額をBSに加えるのであれば、政府の債務はもっと増えることになる。
退職給付引当金とは公務員の退職金に関係する。たとえば、公務員が1年働くと、雇い主である国には1年分の退職金を支払う義務が発生し、それは国の債務となる。公務員が過去に働いた年数にかかる必要な退職金の合計が約13兆円である。ただし、公務員全員が一度に退職するわけではないので、この債務は現金で直ちに支払うべきものではない。
■73兆円もある現金・預金の内訳は日本郵政保有分と国庫滞留の一時金
次に資産を概観する。現金・預金が73兆円もあることに驚くが、このうち34兆円は日本郵政が保有するもので、残りの大半は年度末の3月31日に国庫に一次的に滞留しているお金である。政府会計では、新年度になっても、前年度の収入支出にかかる取引を行うことが認められており(正確には5月31日まで)、滞留したお金は基本的には支出(いわば契約の後払い)に使われる。
有価証券で主なものは、外貨証券(為替介入時に政府短期証券を発行して米国債などを取得したもの)128兆円、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が保有するもの133兆円、日本郵政が保有するもの67兆円である。貸付金(国が地方公共団体に貸し付けているもの)52兆円の他は、主に日本政策金融公庫などの政府機関が国民や企業に貸し付けているものである。
未収金等は、租税や保険料の未収分である。国有財産とは、国や独立行政法人の土地・建物などであり、公共用財産とは、河川や道路などである。出資金とは、国際機関への出資金や日本たばこ産業(以下、JT)などの特殊会社への出資金である。
資産の合計から負債の合計を差し引くと、約440兆円の債務超過となる。政府は、民間企業のようにすぐに倒産することにはならないが、この超過分は、会計的には将来世代に転嫁されるものである。
道路などのインフラの財源として建設公債を発行する場合は、当該負債はインフラ資産に見合うものとなるが(インフラの経年劣化を無視すれば、資産として残る)、公務員給与といった経常支出を借金(赤字公債)で賄うと、資産は形成されないので、資産負債差額はその分だけ増えて、その返済を将来世代に付け回すことになる。インフラ資産であれば、将来世代はそれを利用できるので負担を求めることに合理性があるが(ただし、利用価値が低ければ、赤字公債と同じ)、赤字公債で賄った経常支出による便益は、将来世代が享受できず負担だけを負うことになる。
■民間企業とは勝手が違う?国は資産をどこまで売却できるか
民間企業が倒産する場合には、保有している資産を可能な限り売却して、債権者に返済する必要があるが、国の場合は、資産をどれだけ売れるだろうか。資産を売れば、消費増税などは必要ないのであろうか。ただし、国の場合は、倒産したからといって医療等の公的サービスの提供を止めることはできないし、仮に買い手がいたとしても、道路や橋などを売れば国民が困るので、売却できる資産は限られている。
それでは、売却した場合、資産はどれぐらいになるのか試算してみよう。
日本郵政の預金は巨額であるが、これは国民から貯金として預かったお金であり、これを使えば、郵政事業は継続できない(政府は、復興財源を確保するために日本郵政株式を売却することになっている)。有価証券のうちの外国為替資金証券(外国為替資金の買い入れに必要な円資金調達のため、外国為替資金特別会計が発行している政府短期証券)は、外国為替資金特別会計が保有する米国債などであり、アメリカとの対外関係を無視すれば市場で売れるが、米国債の購入原資は政府短期証券、すなわち借金なので、売却収入で借金を返済すべきであろう。
地方公共団体や政府出資会社の貸付金の大部分は、財投債(財政融資資金の運用財源に充てるために国が発行する債券)や財投機関債(財投機関が民間の金融市場において個別に発行する債券のうち、政府が元本や利子の支払いを保証していない公募債券)などの借金を財源としているので、貸付金を売ることができたとしても、その代金で借金を返済すべきである。
国有財産には、空港や防衛施設、国会、刑務所、裁判所、庁舎・宿舎といった公用の土地などがあるが、仮に、これらの半分を売却できたとしても、せいぜい5兆円程度であろう。ただし、実際に売ることは難しいし、これらを売ると、民間のビルや施設を借りる賃貸料や住宅手当などが新たな支出として増える。
今は借金で経常支出を賄っているので、庁舎などを売却して一定の収入を得たとしても、新たな借金が増えることになる。NTTやJTなどの政府出資会社は、完全な民営化を目指すのであれば、政府保有株式を売って出資金を回収することは可能である(ただし、一度に大量の株式を売れば株価は下がり、売却収入も減り、毎年の配当金も失う)。国際機関への出資金を除いて、ほぼ全ての出資金を回収できるとすれば、約10兆円のお金が入る。
以上、実現可能性や新たに発生する支出などを無視し、おおまかに見積もったとしても、資産の売却で得られる収入は、15兆円程度である。特別会計の積立金などの資産はしばしば「埋蔵金」と呼ばれているが、仮にこれを財源に充てたとしても、すぐになくなってしまう。毎年度の新規国債の発行額(40兆円程度、この他に借換債が100兆円超)と比べてわずかだ。
2009年秋に誕生した民主党政権は、役所を信用していなかったこともあり、徹底的に埋蔵金を発掘し、子ども手当などの財源に充てた。それでも、2010〜12年度の3ヵ年で、合計約14兆円であった。その後は埋蔵金が枯渇しつつあり、毎年度2兆円弱に過ぎない。要するに、埋蔵金は恒久財源にはならないのだ。
埋蔵金というと、役所が地中に隠し持った財宝のように聞こえるが、もしそれをBS上の資産から取り崩し、一般会計の支出に充てるならば、財政は悪化することに留意しなければならない。一般会計だけを見れば、歳入が増えて、その分、公債の発行を減らせるので財政が健全化するように見えるが、BSで見れば、特別会計の積立金はBSに取り込まれており簿外の資産ではないことから、積立金の取り崩しは資産の減少となり、それは、会計的には、赤字公債の追加発行に等しいからである。
どちらも、資産負債差額を同額分だけ減少させるからだ。つまり、増税の代わりに、埋蔵金を発掘してそれを財源に充てると、財政はさらに悪化するのだ。不要な資産は売却するべきであるが、その収入は支出に充てるのではなく、借金の返済に充てるべきである。
■日銀は切り札となるか?連結財務書類と合わせて考える
連結財務書類は、ほぼ全ての政府機関を含んでいるが、日銀が除外されているので、これを含めないと真の中央政府全体を議論したとは言えないとの指摘もある。日銀のBSを簡単にしたのが表2である。頭の体操として、表1と表2を連結して、いわゆる「統合政府ベース」のBSを考えて見よう。
日銀が資産として保有している国債約270兆円は、連結の負債である国債と相殺されるので、その額だけ負債を減らすことができる。もし日銀が、金銀財宝といった自己財源で国債を買っているのであれば、統合政府ベースで借金は減るが、実際にはそうではない。日銀が民間銀行から国債を購入するためには代金を払う必要があり、それは銀行が日銀に預けた預金(準備金)として日銀のBSの負債の部に計上される。そもそも民間銀行が国債を買う財源は、我々国民が銀行に預けた預金である。
順を追って考えると、(1)国民の余裕資金が民間銀行に預金として預けられる→(2)民間銀行はその預金で国債を買う(投資)→(3)日銀が民間銀行保有の国債を買う(国債と準備金を等価交換する)という流れになっている。
統合政府ベースで、日銀が保有する国債を相殺することができても、日銀に預けた民間の預金は負債として残り、統合ベースで見た場合に負債が減ることはない。もし、政府が強制的に負債の部から預金を落とし政府の負債を減らすというのであれば、それは国民から貯蓄を奪うことであり、言い換えれば、預金に対して100%の税率で課税することになる。先ほど連結のBSで説明した、日本郵政が保有している国債と同じことだ。
要するに、日銀が銀行保有の全ての国債を購入し、国債残高が名目的に減少しても、統合政府ベースのネットの負債は減少しないので、何ら財政再建にはつながらないのだ。日銀が国債を買えば財政再建が完了するなどということは錬金術であり、常識的に考えればあり得ない。
技術的な話になるが、国債の利回りよりも日銀に預けられた預金への付利金利が低いと、統合政府ベースで国債の利払いを減らすことができるが、それは国債を日銀に売った銀行にとっては、損することを意味する。
銀行が黙って損を許容すれば株主から訴えられるので、銀行は国民が預けた金の金利を引き下げるなどの対抗措置をとるだろう。結局のところ、それは国民の負担だ。つまり、タダで政府の利払費を減らすマジックなど存在しないのである。
また、今年に入りマイナス金利が導入され、10年国債などの市場利回りはマイナス金利となったので、「政府はもっと国債を発行すべきだ」といった声も聞く。金利がマイナスでも、国債を高い値段で銀行などに売れるので、政府は国債発行で儲けることができるからである。価格は高くても銀行は国債を買う。それをより高い値段で日銀が買ってくれるからだ。日銀は、高い値段で国債を買っても、償還時には額面のお金しか戻って来ないので、損失が発生する。
つまり、政府が国債発行で儲けても、これは見かけ上の話であり、日銀を連結した統合政府ベースのBSを見れば、損失が発生するのだ。国債発行で儲かるなどというのはありえない話だ。
■財政状況を正しく把握できるか?財務書類に隠された大きな課題
今まで述べたように、BSは政府全体の財政状況を分析するために役に立つが、課題も残されている。
第1に、財務書類をつくるための会計基準である。現在、国については、財務省が財務書類の作成基準を作成している。地方公共団体については、総務省が従来「地方公会計モデル」という基準を作成していたが、それに強制力はないため、東京都などは独自の基準を作成していた。しかし、2015年1月に、「統一的な基準による地方公会計マニュアル」が総務省によって取りまとめられ、今後3年間を目途に地方公共団体は、この統一的な基準に基づいて財務書類を作成することになっている。
いずれにせよ、我が国では、国が有識者の意見を聞きつつ、基準を設定している。他方、政府から一定の独立性と高度の専門性を有する委員会が公会計基準を設定している国もある。たとえば、オーストラリアでは、オーストラリア会計基準審議会が設置され、企業会計・公会計に共通適用される単一の会計基準を設定しており、連邦政府と州政府も共通である。日本では、国と地方は別の基準であり、しかも政府からの独立性が弱い。会計基準が恣意的になれば、財政の正しい実態を把握できないので、会計基準設定主体についての改革が必要である。
第2に、財務書類の活用である。現在、国および多くの地方公共団体が財務書類を作成しているが、それを実際の財政運営に活用しているわけではない。国民や市民に対して財政状況を説明するようになり、従来と比べて透明性は向上している。しかし、それは事実上形骸化しており、書類を作って終わりなのである。
他方、一部のOECD(経済協力開発機構)諸国では、BS上の計数を財政運営の目標や指針に使っている。たとえば、ニュージーランドでは、資産負債差額をGDP比でプラス20%以上とするといった財政目標が導入されている。政府の資産は、国民に公共サービスを提供するためのものであり、埋蔵金といって単純に売ればよいというものではない。資産負債差額に目標を設定していれば、埋蔵金を使うことにより財政が悪化することも一目瞭然である。
新年度予算の関係書類には、将来、数年間に及ぶ予測BSが記載され、資産負債差額が将来目標通りに推移するのか、さらに決算報告では、目標と実績が乖離しているのかどうかをそれぞれ説明する。もし、目標から乖離する場合には、是正措置をとらなければならない。
日本でも、中長期の経済財政見通しが政府から出されているが、目標の達成度についての事後検証はなく、目標から乖離した場合の必要な措置も講じられているわけではない。日本ほど財政再建が求められている国はないので、財務書類も活用して目標の達成度について事後検証をすべきである。
■国の借金に目をつぶることは将来世代への負担のつけ回し
BSを活用するに当たり留意すべき点を述べておこう。国の借金の総額は1000兆円を超えるが、財政再建といっても、それを全て返済する必要はない。重要なことは、GDP比で債務残高が減少することである。しかし、日本の債務残高の対GDP比は、1990年代初めより、ほぼ一貫して上昇している(1990年:65%→2015年:230%)。今後も、毎年新たに巨額の借金をしなければならない状況であり、この比率は増大することが見込まれている。
他のOECD諸国も、リーマンショック以降、同比率は上昇したが、足元ではギリシャなどの国でもそれは徐々に減少している。OECD諸国の中で、同比率が増加の一途を辿っているのは日本だけだ。「政府には徴税権があるので、借金など気にする必要はない」といった議論もある。それならば、50年後、100年後に、一括して増税すればよいのか。現役世代が今享受したサービスの負担を、そのように将来世代に押し付けることが公平であるとは到底考えられない。
当面は、国内貯蓄で政府の債務を賄うことはできるとしても(財政の持続可能性は維持できる)、世代間負担の不公平感はますます拡大していくだろう。なぜならBS上の資産負債差額のマイナスが増大していくからである。
ハーバード大学の歴史学者であるニーアル・ファーガソンは、著書『劣化国家』(2013年)において、「ここ数十年で債務が雪だるま式に膨れ上がり、現世代の有権者が投票権を持たない子どもたちのお金を使っている。世代間の社会契約をいかに回復するかが民主主義社会の最大の課題だ」と述べている。その最たる国が日本だ。
ファーガソンは「改革の提唱者がリーダーシップを発揮して、若者やその親・祖父母の世代を説得して、分別ある財政政策に投票させること。そのためには政府の正確なBSが必要である」と述べている。
我々にとっては耳の痛い話であるが、子どもたちに請求書を送ることはいい加減にやめるべきである。
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