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「値上げ−値下げ」指数が示す、日銀の作戦失敗
上野泰也のエコノミック・ソナー
新たな枠組みも、物価+2%実現の力はなさそう
2016年10月11日(火)
上野 泰也
日銀が9月21日に「長短金利操作付き量的・質的金融緩和(英語ではQuantitative and Qualitative Monetary Easing with Yield Curve Control)」という長い名称の新しい金融政策の枠組みを導入してから、3週間ほどが経過した。「短期決戦」でカタをつけるという黒田東彦総裁らの当初の目論見が失敗に終わったため「長期戦・持久戦」対応に枠組みを修正したこと、そのために「量」(マネタリーベース)の位置付けを落として「金利」の操作へと軸足を事実上シフトしたのが、今回の修正の根幹である(当コラム9月27日配信「日銀『長期戦』で、ますます続く『カネあまり』」ご参照)。
物価上昇率2%を目指す「黒田日銀」は、大規模緩和の導入から約3年半がたっても物価が思うように上昇しない現状をふまえ、「長期戦・持久戦」対応に枠組みを修正した。(写真:都築雅人)
日銀の「高望み」に、為替相場はむしろ円高ドル安へ動いた
だが、マイナス金利の深掘りといった明確な追加緩和が伴わなかったことや、そもそも金融緩和の維持・強化・調整だけで2%の「物価安定の目標」という日銀の「高望み」が実現するとは考えられないという多くの市場参加者が下した素直な結論ゆえに、為替相場はむしろ円高ドル安に動いた。同じ21日に米連邦公開市場委員会(FOMC)が終わった後で明らかになった「ドットチャート」(FOMC参加者による向こう数年の政策金利推移見通し)がさらに下方シフトしたこと、すなわち日米金利差がこの先拡大する余地が縮小したことも、円高ドル安に寄与した。
ここでは、日銀の決定内容に関して、Q&A方式で追加のコメントを行いたい。
Q1:──新しい枠組みの下での円金利のイールドカーブ形成について、どのように考えるべきか。
10年超の金利は、上下双方向に一定の許容範囲
A1: 翌日物金利は▲0.1%(日銀当座預金のうち政策金利残高部分に課されているマイナス金利の水準)、10年物国債利回りは「ゼロ%程度」と、円金利のイールドカーブは2か所でペッグされる(いわば「虫ピンでとめられた」)形になったわけだが、10年超のエリアについては9月21日に日銀金融市場局が出したペーパー「2016年9月中の長期国債買入れ等の運営について」の記述「イールドカーブが概ね現状程度の水準から大きく変動することを防止する」などから考えて、9月の金融政策決定会合直前の金利水準を基本線としながら、上下双方向に一定の許容範囲が設けられることになったと見込まれる。
言い方を変えると、翌日物から10年までは、イールドカーブがある程度自動的に決まってくる。むろん、円資金を深いマイナス金利で調達できる海外投資家の買いや将来のマイナス金利深掘り観測によって、国庫短期証券(TDB)や2年債のマイナス幅が▲0.1%よりもかなり大きくなっている、つまりこのエリアのイールドカーブが直線状ではなく下方に膨らんでいる状態は、従来通り許容される可能性が高い。
許容変動幅は金利低下方向の方が大きい「非対称」
また、10年超(超長期ゾーン)の金利については、上記の通り、一定範囲内の変動が許容されることになるが、「実質金利の低下」を緩和効果の中心に日銀が据えていることから考えて、許容変動幅は金利上昇方向よりも低下方向の方が大きい「非対称」だとみるのが順当だろう。
さらに、この「非対称性」は、10年債利回りの変動範囲についてもあてはまりそうである。今回の決定直後に10年債は0.005%というプラス金利エリアでの出合いをつけたが、その後は▲0.090%までマイナス幅が拡大する方向に動いた。プラス金利の債券しか買えない投資家の潜在的な買い需要が非常に大きいとみられため、10年債利回りのプラス幅は、なかなか拡大しにくい。
そうした中、日銀が残存期間「5年超10年以下」「10年超25年以下」「25年超」の国債の買い入れ額を9月30日に減額したため、10年債について日銀が許容するレンジの下限は当面▲0.100%だと市場は受け止めて、低下余地模索の動きはいったん止まった。
金利低下余地を探る動きが断続的に見られそうだ
だが今後も、日銀の顔色をうかがいながらではあるが、金利低下余地を探る動きが断続的に見られそうである。円金利の上昇(および日銀による金利上昇放置)は、為替市場で「緩和の縮小」とみなされて円買いの材料に使われかねない。そのことを念頭に置いて、円高が大きく進む場面では、10年債や超長期ゾーンで金利低下余地を試す動きが出てくるだろう。
Q2:──米国のルー財務長官の発言内容や、民主・共和両党大統領候補の保護主義への傾斜から考えて、円売りドル買い介入を日本の通貨当局が実施するのは、この先もきわめて困難だろう。
そうした中、円高阻止のためのカードとして重みが増した感があるマイナス金利深掘りの関連で、「1月の失敗」すなわちマイナス金利政策を導入しても円高ドル安が進んだことを教訓にしたとみられる日銀の動きはあるのか。
A2: 2つあると考えている。
第1に、市場の「空気」を読み、マイナス金利を9月の会合で安易に深掘りしなかったこと。
1月のケースでは市場全般が「リスクオフ」に強く傾斜しており、日銀がカードを切っても濁流に押し流されるように「無駄撃ち」に終わる可能性が高いと筆者を含む市場の側がみていたにもかかわらずカードを切るという、下手なカードプレーヤーのような動き方を日銀はしていた。
「マイナス金利の深掘りカード」を温存
だが今回は、米FOMCがきわめて高い確度で利上げ見送りという決定を下す直前というタイミングでの日銀による決定内容アナウンスであり、先にカードを出すのは明らかに不利だった(「無駄撃ち」に終わるリスクが高かった)。しかも、銀行など金融機関の側からはマイナス金利の深掘りをすることのないよう強い「けん制球」が投げられており、株式市場では銀行株が深掘り観測の浮沈に沿って不安定な値動きをしていた。そうした諸事情を勘案して、日銀はこのカードの温存を選択したとみられる。
7月、株価を需給面から支える「パワー」を増強
第2に、90〜95円といったゾーンまで円高ドル安が進んでしまい、円高阻止策としてマイナス金利の深掘りに日銀がやむなく踏み切る場合でも、1月のときのように銀行株が収益悪化懸念から下落して「株安 → 円高」に陥る度合いがあまり大きくならないよう、いわば「力」と「技」の両面で工夫をしたことである。
まず、7月の会合でETF(上場投資信託)の買い入れ額を6兆円にほぼ倍増することで、必要に応じて株価を需給面から支える「パワー」を増強した。
9月には、ETF買い入れに技術的な調整を加えた
そして、9月の会合で日銀は、ETF買い入れに技術的な調整を加えた。9月21日に公表された日銀金融市場局のペーパー「ETFの銘柄別の買入限度について」は、10月からTOPIX(東証株価指数)連動型の買い入れ比率を大幅に引き上げることを明らかにした(「@年間買入額5.7兆円のうち、3兆円については、従来どおり、3指数に連動するETFを対象に、銘柄毎の時価総額に概ね比例するように買入れる。A 残りの2.7兆円については、TOPIXに連動するETFを対象に、銘柄毎の時価総額に概ね比例するように買入れる」)。
上記のテクニカルな修正は、日経平均採用銘柄を中心とする株価形成のゆがみの是正や、日銀が実質的な大株主になる銘柄があまり増えないようにするための措置だという見方が一般的である。だが、それだけではあるまい。時価総額に基づく指数であるTOPIXに連動するETFの比率上昇(=日経225、JPX日経400に連動するETFの比率低下)は、日銀による銀行株買い支えの「パワー」が、従来よりも増したことを意味している。すなわち、マイナス金利を円高対策で深掘りした際に、メガバンクなど時価総額が大きい銀行株が主導して株価全体が下がってしまい「リスクオフ」で為替が円高に動くという流れが1月と同じマグニチュードで起こることのないよう、ETF買い入れにテクニカルな工夫を施したと考えられる。
だが、円高や株安を阻止すれば物価が上がるわけではない。そもそも、ドル/円相場の形成においては米国の金融政策動向の影響力が日銀のそれよりもはるかに大きいため、米国の利上げ路線が(筆者が予想しているように)いずれ頓挫してしまい、利下げや量的緩和第4弾(QE4)の観測が市場で浮上するようだと、円高ドル安が一段と進行し、日本の物価は一層強く下押しされることになる。
「値上げ」、「値下げ」を含む記事の数を数えてみた
最後に、足元の物価状況をうかがい知るためのツールとして、筆者が独自に作成している「値上げ−値下げDI」を見ておきたい。
これは、全国紙5紙に掲載された「値上げ」および「値下げ」という単語を含む記事の数を新聞記事検索ツールを用いてカウントして、引き算をした数字である。
9月は29日時点で「値上げ」が154、「値下げ」が163、「値上げ−値下げDI」は▲9だった。だが、月間(30日時点)では「値上げ」が167、「値下げ」が166、同DIは+1と、かろうじてプラス圏に踏みとどまった。もっとも、今年1月に記録した直近ボトム(+9)を下回り、筆者が集計を始めた2013年以降で最も低い水準である<図1〜3>。月間ベースでのマイナス圏転落は時間の問題だろう。
■図1:全国紙5紙(日経・朝日・読売・毎日・産経)に掲載された「値上げ」という言葉を含む記事数
(出所)新聞記事検索ツールから筆者作成
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/248790/100600063/zu02.jpg
■図2:全国紙5紙(日経・朝日・読売・毎日・産経)に掲載された「値下げ」という言葉を含む記事数
(出所)新聞記事検索ツールから筆者作成
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/248790/100600063/zu02.jpg
■図3:全国紙5紙掲載の記事数から作成した「値上げ−値下げDI」
(出所)新聞記事検索ツールから筆者作成
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/248790/100600063/zu03.jpg
相次ぐ値下げ、低価格サービス
9月に入ってからの物価関連の主な出来事を見ておくと、7日に農林水産省が輸入小麦の7.9%値下げを発表した(10月1日から実施)。立ち食いステーキ店による10月1日からの主力商品値下げも報じられた。いずれも為替の円高ドル安が背景にある動きである。
また、「値下げ」という単語が記事の中にないため上記のDIには影響していないが、ティッシュペーパーの安売り販売競争が再燃しているという報道があった(9月10日 日経夕刊)。大手ハンバーガーチェーンが9月12日、平日の昼限定で400円という低価格のセットメニューを発売したことも、かなり話題になった。格安スマホの回線利用料を引き下げようとする動きも、政府の側で出ている。
「作戦」失敗を端的に示す出来事
実質賃金の水準が切り下がったままであり、家計が節約志向を維持する中、販売サイドでは低価格によって顧客へのアピールを行う動きが少なからず出てきている。それは、レジームチェンジ後の日銀がとった「作戦」が失敗したことを端的に示す出来事だと言えるだろう。
より複雑化した日銀の新たな枠組みにも、こうした状況を根本から反転させて、現実の物価(および人々の予想物価上昇率)を2%という日本経済の実力対比で明らかに高過ぎる数字まで持ち上げる力はないとみるのが、筆者を含む市場関係者の多数説である。
このコラムについて
上野泰也のエコノミック・ソナー
景気の流れが今後、どう変わっていくのか?先行きを占うのはなかなか難しい。だが、予兆はどこかに必ず現れてくるもの。その小さな変化を見逃さず、確かな情報をキャッチし、いかに分析して将来に備えるか?著名エコノミストの上野泰也氏が独自の視点と勘所を披露しながら、経済の行く末を読み解いていく。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/248790/100600063
イタリアで実感、やはりEUは持続不能?
Money Globe ― from London
英国に続くか、12月の国民投票は波乱含みに
2016年10月11日(火)
菅野 泰夫
欧州では今後9カ月の間に、政権の命運を握る国民投票や総選挙が目白押しだ。政治リスクが高い不透明な時期が続くとみられる。特に注目されているのは憲法改正を問う国民投票が12月4日に実施されるイタリアであろう 。
最近、筆者もそのイタリアを訪れる機会があった。訪れたローマやナポリは、街の活気が乏しく、この国の深刻な景気低迷を示している様にも見えた。英国がEU(欧州連合離脱)=Brexitを選択したことでポンド安が進み、外国人観光客が急増して爆買いが目立つロンドンとは対照的である。
道中、ナポリ近郊を訪れた際に知り合った、東イタリア出身の女性から面白い話を聞くことができた。
彼女いわく「イタリアは気候も良く、食事も美味しい。けれど、とにかく仕事がないの」。事実、欧州全域で低下基調にある失業率を見ると、イタリアだけは今も高止まりしている。ただしこの女性は他のイタリア人と違ったのは、「仕事が無いなら、自分で作ろう」と考えたことだった。米国で生活していた姉を母国に呼び戻し、一緒に東イタリアでビジネス・コンサルタントとして起業した。
遅々として進まない市場改革や、それに伴う参入障壁の高さなどを逆手にとり(というか利用して)、誰もが知る米国の大企業から、イタリア進出に向けたコンサルティング契約を獲得したとのことだ。
左派政権が長いイタリアは、旧ソ連時代からロシアとも親交が深い。イタリアのサンレモ音楽祭は、旧ソ連時代に唯一西側のテレビの音楽番組として放送を許されていた。このため、ロシア人の 「懐メロ洋楽」といえば、マイケル・ジャクソンやマドンナではなく、イタリアソングが定番である。
ベルルスコーニ元首相とプーチン大統領は今でも大親友だ。ベルルスコーニ元首相といえば、最近ではACミランのオーナー(現在売却検討)のイメージぐらいしかないが、政界進出前から汚職やマフィアとの結びつきなどが取り沙汰されてきた人物である。イタリア通で知られる元エコノミスト誌編集長のビル・エモット氏が手掛けたドキュメンタリー映画、『Girlfriend in a Coma(昏睡状態の彼女)』では、ベルルスコーニ首相時代のイタリアの犯罪・汚職への痛烈な批判などが様々な角度で描かれている。
この映画によると、イタリアGDPの内訳は、機械が14%、その次が「マフィアなどの 組織犯罪」が10%で続く。この映画には当時フィレンツェ市長だった、レンツィ首相のインタビューも収められているのも興味深い。
イタリアの国会議員の給料は、英国議員の2倍であり、国会の維持費用は、ドイツ、フランス、スペイン、英国を全て足したものに匹敵するとのことだ。イタリアでは中道左派勢力とベルルスコーニ氏率いる中道右派勢力とが癒着し、課題とされた国会改革に着手しなかったことが最大の問題であることも指摘していた。
国民投票の結果次第でBrexitに続く可能性
レンツィ氏は2014年にイタリア史上最年少(当時39歳)の若さで首相となり、改革の旗手として期待されていたことは確かだ。
ただし、満を持していたはずの12月の国民投票は、今のところ明らかに劣勢だ。国民投票は、上院の定数削減と下院の権限強化による両院制からの脱却を目指す上院改革案の賛否を問う。政治家自らが身を削る改革にもかかわらず、投票実施が公表された2016年1月から、レンツィ首相率いる民主党の支持率はじりじりと低下、憲法改正支持も低下している。
レンツィ首相は国民投票を自身の信任投票と位置付け、改正反対が過半数となった場合は、即辞任することを明言していた 。2016年9月現在の投票意志を問う世論調査では、分からない(44.7%)が最も多いものの、反対(28.4%)が支持(26.9%)を既に逆転している。レンツィ首相にとって予断を許さない状況が続いている。
世論調査の劣勢を受けて、最近ではレンツィ首相の弱気な発言が目立つようになった。あるテレビ番組では、「国民投票を自身の進退をかける個人的な性格のものにすることは誤りであった」と発言し、物議を醸した。この発言を受けて、与野党ともにレンツィ首相への反発を強めており、与党民主党議員からも、国民投票が否決された場合には、6月の国民投票で敗北し、引責辞任した英キャメロン首相を見習うべき、との声も高まっている。
結果は蓋を開けてみなければ分からないが、ここではレンツィ首相が辞任した場合のシナリオを考えてみよう。大きく(1)暫定内閣を樹立、(2)解散総選挙のいずれかに発展すると見られている 。
(1)のケースでは、マッタレラ大統領が暫定首相を任命することとなり、後任はグラッソ元大統領、パドアン財務相、フランチェスキーニ民主党元党首などが候補として挙げられている。大荒れとなることが予想される金融市場を抑え込むためにも、迅速な(大統領による)暫定首相の任命が求められると同時に、2018年春に予定されている総選挙まで持ちこたえられる内閣を樹立する必要がある。
より警戒すべきは(2)のシナリオだ。イタリアでは解散権は首相になく、大統領にある。大統領は現行首相の辞任を承認後、暫定首相を任命するが、第1党から選ぶ必要はなく政権運営能力で選ばれる(2011年にベルルスコーニ首相が辞任後、下院議員ではなかったモンティ首相が組閣した例などもある)。暫定首相に指名されても信任決議を受けられず組閣できなければ、大統領が解散総選挙を宣言する。有力な後継候補がいないこともあり、既に与党民主党の支持率は反EUを掲げる政党「五つ星運動」の支持率と拮抗する水準にまで低下している。2016年7月から9月までの世論調査では僅かながらではあるが逆転を許している。
6月の統一地方首長選でローマやトリノなど主要都市を含む20都市中19都市で5つ星運動が圧勝しており、解散総選挙になれば五つ星運動が第1党になる可能性もあり、英国に続くEU離脱シナリオが現実味を帯びてくる。
ただ、新興政党である五つ星運動は、政治手腕も未熟であり、地方議会の運営に手間取っていることも確かだ。初の女性ローマ市長として鳴り物入りで就任したビルジニア・ラッジ氏の苦境が連日報道されており、夏季休暇前の反レンツィの勢いが失われ、急速に五つ星運動を見限る動きが加速する可能性も否定できない。
イタリアの国民投票の世論調査と政党支持率
(出所)イタリア政府ウェブサイトより大和総研作成
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/16/185821/100600005/p1.png
実は好転していたイタリアの不良債権問題
イタリアの銀行の多くは、リーマンショック時に(デリバティブなど)大きな打撃が避けられたがゆえに、痛みを伴う銀行改革が遅れているといわれている。
マイナス金利が収益を圧迫するなか、長年の課題である業界再編の必要性が改めて高まっている。レンツィ首相が実施した銀行改革は、着手の時期が遅すぎ、効果も少ないとの批判にさらされていた。イタリア全国で銀行支店は3万を超えており、支店の半減と15万人に上る従業員削減が急務だ。欧州債務危機も重なり、実質所得や生産性が低下し失業率が高止まりするなど、イタリアでは(保守的な定義によりもともと比率の高かった)不良債権の増加に歯止めがかからなかった。
ただし、ストレステストで資本不足を指摘された大手銀行モンテ・デイ・パスキ・ディ・シエナ銀行(モンテ・パスキ)を除けば、イタリア銀行の不良債権比率は低下傾向にあり、セクター全体の安定性は今回のストレステストでも証明されている。2016年4月のイタリア中銀の発表によれば、2015年12月末では与信の内、新規(フローを年率換算)の不良債権比率は3.3%まで低下し(2014年12月末は5.4%)、破綻債権比率 も2.6%(同2.7%)に留まるなど低下基調にあった。
不良債権残高も2015年9月でピーク(3,630億ユーロ)となり、徐々に減少していたことは重要な事実として認識すべきであろう。銀行の貸出基準は未だ慎重であるものの、債務不履行となる与信は継続して減少している。さらに、不良債権に対する保全率 (カバー率)は2015年12月時点で45.4%と主要欧州銀行の平均(同43.8%)にほぼ沿った数値となっていたことも留意すべき事項である。
無論、バランスシート調整(不良債権問題)の遅れなどを理由にイタリア経済は依然として後退リスクにさらされていることは確かである。Brexit以降の欧州景気の下振れ懸念と、一段の金利低下からイタリア銀行セクターの脆弱性が注目され、イタリアへの投資を回避する傾向があったことは否めない。ただ、イタリアの銀行の新規不良債権比率は低下しており、本来であればモンテ・パスキ問題により市場がここまで疑心暗鬼になることはなかったのではないだろうか。
イタリア銀行の新規(フローを年率換算)の不良債権比率と破綻債権比率
(出所)イタリア中銀より大和総研作成
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/16/185821/100600005/p2.png
それでもイタリアはイタリア?
奇しくもイタリアの国民投票が実施される12月4日は、オーストリアのやり直し大統領選挙も実施される予定となっている。オーストリアでは自由党のホーファー下院第3議長が勝利すれば、第二次世界大戦後初めて、欧州にて極右の国家元首が誕生する。
仮にイタリアの国民投票で憲法改正が否決されれば、実質上現政権の敗北ひいては反体制の5つ星運動の勝利となり、かつてのファシズム同盟国(旧ドイツ・オーストリア共和国、イタリア共和国)が復活するかのような皮肉な運命が待っている。
そうなれば、レンツィ首相が目指していた、莫大な人員整理コストが掛かる銀行セクター改革は頓挫するだろう。硬直した労使関係が再編の足かせとなり、銀行と労組の協議への介入も期待できず、銀行危機の再燃が頭をよぎる。
ただし、イタリア人にいわせれば、イタリアという国が持つ豊かさを理解せずにバランスシートだけで銀行を評価してはいけないとのことだ。
確かにイタリアは欧州の中でも訪問後の満足感がこの上無く高い。ミラノやローマといった主要都市だけでなく、夏の地中海のビーチや冬のアルプスのゲレンデなど、余暇を満喫しオシャレや美食を楽しむことを忘れない国民性は、訪れる人を皆ハッピーにする国である。その一方で、不正や汚職といったニュースは枚挙にいとまがないなど、日本人はおろかアングロサクソン的な尺度でもなかなか評価できない国である。昨今メディアを騒がせた銀行危機についても「だって昔から何も変わっていないし、これからも同じだよ。何か問題でも?」と、イタリア人にいわれてしまうと、妙に納得してしまう。
最近、ロシア出身の妻のせいなのか、娘の同級生のイタリア人パパ友が増えてきた(ロシア人とイタリア人は、とにかく仲良くなるのが早い気がする)。彼らと付き合う中で強く感じるのは、彼らの“人生を楽しみ、家族を大切にする姿勢”のすばらしさである。少しは見習いたいものである。
そのようなイタリアの国民性を誰よりも理解しているのは、イタリア人である欧州中央銀行(ECB)のドラギ総裁にほかならない。昨今のドラギ総裁の金融政策におけるタカ派的な姿勢が、イタリアの銀行情勢にどのように影響するのか今後改めて注目される。
もちろんその前に、イタリアの銀行が収益性を改善する抜本的な構造改革が必要となることは疑いもない事実だ。
このコラムについて
Money Globe ― from London
環境、会計など様々な分野で影響力を誇示する欧州の経済情勢を、現地の専門家がマクロ、為替、金融政策、M&A(合併・買収)など様々な観点から分析する。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/16/185821/100600005/
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