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河合薫の新・リーダー術 上司と部下の力学
ブラック社長が意外と社員に支持される理由
「カネ」が取り持ついびつな相互依存関係
2016年10月11日(火)
河合 薫
「うちの会社、ブラックなんです」――。
“働く人”たちからこういった発言を聞くことは、往々にしてある。
「長時間労働、ハンパないし〜」
「『終了〜』って課長の合図でタイムカード押して、『残業〜』って合図で夜のお仕事…。ひどいよね」
「朝の朝礼で毎朝、一時間ずっと立ってろって。これパワハラだよね〜」
などなど、長時間労働、サービス残業に始まり、休日出勤、パワハラ、裏帳簿にいたるまで…、「うちの会社」のブラックぶりを、彼らは半ば諦め気味に嘆く。
だが、冒頭の言葉、実は、働く人ではなく“働かせる人”の口から出たのである。
経営者の方たちの交流会の場で、つまり、社長さんの口から、先の発言が飛び出した。笑顔で。飄飄と。開き直って。「ブラックなんですよ」と非常識なまでに堂々と言い放ったのである。
あまりに普通に言われてしまったので、憤りを通り越して金縛りにあってしまったのだが、話をうかがっていくと社長さんの言い分にも一理あるな、と。
モノゴトの表と裏というか、人の心の善と悪というか。「よくぞここまで言ってくださいました!」とお礼を言いたいなるくらい潔く語ってくれたので、今回は「本音と建前」について考えてみようと思う。
「とにかくブラックだからね。仕方がないんです」
まずは状況説明から。
この交流会は、私の知人が旗振り役になって開いたもので、彼の知り合いの社長さん6名が集まった。大企業から中小企業まで、職種もさまざま。年齢もさまざま。考え方もさまざまだった。
社長同士の面識はなく、取引関係もない。共通の知人を介した三角関係だったためか、最初から和やかな空気で始まり、食事をいただくうちにアレやコレやとかなりディープな「ここでしか言えない本音」がポロリと出た。
私のこのコラムもみなさんご存知で、ネタになることも重々承知だ。ただ本音はあくまでもオフレコ故の本音なので、これ以上の会社や個人の情報は書きませんので、どうかご容赦くださいませ。
「どこの会社もメンタルやられちゃってる社員が、多いんですねぇ。うちの会社でも、前日まで元気に働いていた社員が、突然来なくなったりして散々ですわ。チームで現場に乗り込んで、そこで仕事を仕上げていくので1人欠けると大変なんです。ストレスマネジメント能力っていうのも、個人差ありますよね?」
「そうですね。でも、ストレスの雨をしのぐ傘を増やしていくことで、誰でもある程度は高められます」(河合)
「うちの社員にも傘の増やし方を教えて欲しいなぁ。とにかくね、うちの会社はブラックなんです」
「……ぶ、ブラックって。どういうことですか?」(河合)
「長時間労働ですわ。人手が足りない。募集はしてるんですけど、なかなか集まらない。だけどおかげさまで仕事は順調に次々来るから、残業しないと終わらないんです。
あっ、心配しないでください。ちゃんと残業代は払ってます。ですから社員の給料は結構いいんです。問題は、長時間労働だけです。
ただね、今、世の中の流れは長時間労働の悪い側面ばかりにフォーカスしてますけど、残業手当が増えて喜んでる社員も多い。残業って、社員にとっても悪いことばかりじゃないと思いますよ。
会社だけ儲かって社員に分配しないなら、そりゃあ問題です。でも、みんな家のローンだの、子どもの学費だのカネがかかるから、カネもらって困るヤツはいません」
「あの、お言葉ですが、確かに賃金が上がるのはうれしいことかもしれません。でも、長時間労働はお金とセットで考えるものではなく、健康とセットで考えないと。
長時間労働で心身が壊れてしまっては、元も子もないです。事実、御社にはウツになったり、メンタルに問題をかかえる社員が、結構いらっしゃるんですよね?」(河合)
「ええ、いますね。なので、彼らのストレスマネジメント能力を高くさせてあげたいなぁと。みんな余裕がないんです。上司も部下たちに目を配る余裕がない。だから、ちょっと元気ないヤツを励ましたり、ケアしたり、話を聞いてあげたりができない。
とにかくブラックだからね。仕方がないんですけどね」
「仕事があることは嬉しいものなんです」
「残業削減には、全く取り組んでいないんですか?」(河合)
「無駄な仕事は極力なくしてますけど、もともとの仕事量が多いからどうにもなりません。仮に残業をなくすとしましょう。そうなると、必然的に社員の年収は減ります。そしたら増々、人手不足が加速します。賃金が低い会社に、人は集まりません。
社員の中には、『もっと働かせてくれ』っていうのもいるんです。やっぱり給料が増えるのは嬉しいんだと思いますよ」
「給料が増えて喜ばない人はいないと思いますけど……。それって、肉体を切り売りしてるようなものですよね。社長さんの中には、社員の健康を第一に考え、残業を絶対にさせないという強い意志で、業務量を減らした方もいらっしゃいます。
『一時的に会社の売り上げは下がったけど、3年経ったらV字回復した。社員が元気になり、前向きに取り組むようになり、生産性が上がった』と言っていた社長さんもいましたけど……」(河合)
「そうですか。まぁ、いろいろですわな。リーマンショックのときは、うちの業界は結構大変で、会社が傾きかけました。でも、今は仕事が山ほどある。一度、会社が傾きそうになった経験してると、仕事があることは嬉しいものなんです。
それにウツになる社員はいますが、全く同じように働いていても、元気にやってる社員のほうが多い。休みはちゃんと週休二日確保してあるし、祝日だって休めます。それを上手く利用して身体を休めるなり、ストレス発散するなりしてるんですね。私も若いときはよく、ため寝しました。
もちろん人それぞれ体力や気力の限界はあるでしょう。その限界を知ることも大切だって、河合さん言ってたでしょ。それも含めての、ストレスマネジメント能力なんですよね?
日本人がストレスに弱くなったとは思っていません。でも、ストレスをマネジメントするのがヘタクソになったんじゃないでしょうか。子どものときから至れりつくせりで育ってるから、自分で生活を工夫する機会が減っちゃったからね。
目の前に仕事が山ほどあるのに、わざわざそれを放棄するより、ストレスマネジメント能力を高めたほうがいいと思いませんか。そのほうが社員だって、賃金が上がって喜ぶんですから。まぁ、いろいろな考え方があるんでしょうけど、残業を減らされて困る社員も多いと思いますよ」
……以上です。
“潮干狩り理論”を、全否定できなかった
私は社長さんの話を聞きながら、学生時代に潮干狩りに行った時のことを思い出していた。
「目の前にアサリがたくさんあるんだから、がんばって獲れよ。今夜のご飯だぞ!」
先輩にこう言われたのだ。4月初旬の海岸は予想以上に寒い。「寒いよ〜。もう帰ろうよ〜」と半泣き状態だった私に、目の前に旨いもんがあるのに、今獲らなくてどうする? 今でしょ?! と言わんばかりに怒られた。
あのときの“潮干狩り理論”(下手なネーミングだ)と、全く同じだ。
この社長さんの発言を、
「社員はモノじゃないんだ!」だの
「そんなことやってるとつぶれるぞ!」だの
「人権というものを、どうお考えですか?」だの
「それで社員が過労死したら、どう責任を取るんですか?」だのと、
正論でぶった切ることはできる。
実際、残業を肯定する姿勢は全く共感できなかったし、ストレスマネジメントさえ上手くなればどうにかなる、という安易な考えには憤りさえ感じた。
でも、正論やきれいごとを振りかざし「うちの会社はブラックだって? いやいや、ブラックなのは、あなたでしょ?」と、喧嘩する気にはどうしてもなれなかった。
だって、
「残業手当が増えて喜ぶ社員は多い」
のは、実際にそうだから。たいていそういう人たちは“サイレント残業肯定派”で、長時間労働を見直す気などさらさらない。
どんなに「残業は賃金とセットじゃなく、健康とセットで」と苦言を呈しても、身体を壊してないからわからない。
どんなに「長時間労働で注意力は落ち、生産性は落ちる」と実証研究の結果を示しても、自分はちゃんとやってる“つもり”だからリアリティが持てない。
どんなに「残業が常態化して睡眠時間が減ると、脳の疲れの見張り番が疲弊して『疲れてる』って感覚がなくなって、気がついたときにはとんでもないことになる」と警告しても、「恐いな。気をつけよう〜」というだけで、ジ・エンドだ。
残業時間の上限設定に働く側からも不満の声
先日、政府の働き方改革の議論が始まり、「残業時間に一定の上限を設ける」方針が示されたときもそうだった。「一律の上限規制をされれば、必要なときに人手が足りなくなり、収益力の低下につながる」といった経済界側からの牽制球だけではなく、働く側からも不満の声が出たのである。
「残業を減らしてくれるのはおおいに結構。でも、それするんだったら給料を上げてくれないと生活できない」
「こんなことされたら、マジで生きていけない」
「基本給が低いのが問題。そこを改善しないで残業代がなくなったら、実質的には賃金削減じゃないか」
などなどネットだけではなく、私の周りでも不満を口にする人は多かった。
本当に「残業代がないと生活できない」かどうかは確かめようがない。だが、上限規制が俎上に載せられたのは今回が初めてではなく、その度に経済界は反発し労働組合側からも懸念する声があり、本格的な議論がされないまま今に至っているのが現実なのだ。
そもそも1947年に労働基準法が制定されたときに、36協定というザル規定を作り、経済成長の妨げになるからと、時間外労働(休日・深夜を除く)の賃金割増率を欧米の50%より低い25%にしたときから、残業は残業じゃなくなった。「みなし残業」なんて概念自体、けったいなお話である。
誰だって、お金は欲しい。あとになって「ああ、なんであんなことをしてしまったんだ」と取り返しのつかない事態になるとわかっていても、目先の幸せに人は魅了される。不安定な心理状態を嫌う人間にとって、誘惑に屈することが何よりも最良の方法なのだ。
残業代が支払われていれば、いい会社???
それに、「残業代をなくせば、残業をしなくなるのでは?」といった意見が長時間労働削減問題では必ず出るけど、これはあくまでも「する必要がないのに、ダラダラとやっている」場合の処方箋に過ぎない。
業務量過多になっている人たちの残業代をなくせば、サービス残業が増えるだけ。
たとえば、残業代のつかない管理職の、実に8割弱がサービス残業をしているとの報告もある(労働政策研究報告書「仕事特性・個人特性と労働時間」)。非管理職の「月間サービス残業時間」が「月間総労働時間」に占める比率 が7.1%であるの対し、管理職のそれは 15.6%となると試算されているのだ。
つまり、これまたけったいなことなのだが、同じ長時間労働でも、サイレント残業肯定派たちは、「きちんと払われていれば、いい会社」、「きちんと払われていなければ、ブラック企業」とジャッジする。
どちらも「過剰な業務を押し付けている」という点でも、「人権を守っていない」という点でも、なんら変わりがないはずなのに、カネが問題の本質を覆い隠す。業務量の適正化ができない経営者の無能の産物であるはずの残業を、「お金」が凌駕してしまっているのだ。
人間の心は常に矛盾に満ちているものだが、とかく長時間労働に関しては、本音と建前が入り乱れる。そして、そこに健康という係数が入ることで、さらに矛盾が複雑化する。
ちょっとがんばったり、ふんばったり、我慢したりする能力を持ち合わせた人間にとって、健康は失ってみて、初めてその大切さがわかるもの。その大切さがわからないから、「うちの会社、ブラックなんです」などと、あっけらかんと言えてしまうのだろう。
だからこそ、36協定を廃止し、労働時間の上限を超えている企業を徹底的に取り締まり、サービス残業をさせようものなら即逮捕、というくらい厳しい法律を作る必要があるのだが、「それは現実的ではない」という一言がそれを許さない。理想なき経営、理想なき国家が「現実的でない」という言葉に屈服する。
本当はそうなればなったで、必死で知恵を絞り、どうにかその中でやっていく力も人間は秘めているのに。その秘めた力「=知恵」に期待する人はごく少数。
理想なき社会は、人の力よりカネの力を妄信するのである。
そして、もうひとつ大切なことを付け加えねばならない。ストレスマネジメント能力を高めることは、長時間労働の解決策にはならない。どんなにストレスマネジメント能力に長けようとも、長時間労働によって減らされる睡眠時間をカバーする手だてなど存在しない。「KAROUSHI」という言葉は、ストレスマネジメント能力の脆弱性ではなく、悪しき残業文化と強く関連していることを絶対に忘れてはいけないのだ。
……とまぁ、こうやって考えていくと、長時間労働大国となっている日本の闇は深すぎるほど深い。だからこそ余計に、「働き方の理想」を訴えていくことは大切のように思う。と同時に、もっとパートタイム労働者を増やしてはどうだろうか。
日本ではフルタイムが基本になっているので、パートタイムだと補助的な仕事しか与えられない。その考えを改め、パートタイムでも能力のある人には責任ある仕事を任す。非正規、正社員という雇用形態で選別するのではなく、パートタイム、フルタイムとその会社で働く「時間」で分け、もっと能力あるパートタイマーを活用すれば、残業も減らせるし、人手不足にも対応できるし、時短勤務のワーキングマザーの居心地の悪さも解消する。
ん? これも現実的でない? なるほど……。その言葉に隠された本音は、なんなんでしょうかね。
このコラムについて
河合薫の新・リーダー術 上司と部下の力学
上司と部下が、職場でいい人間関係を築けるかどうか。それは、日常のコミュニケーションにかかっている。このコラムでは、上司の立場、部下の立場をふまえて、真のリーダーとは何かについて考えてみたい。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/200475/100700072
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