勝ちパターンに入ったジョージ・ソロス「人民元売り崩し」の勝算は?=東条雅彦 2016年7月10日 ニュース 今回は世界3大投資家の1人、ジョージ・ソロスの過去の投資行動を検証しながら、「なぜ今ソロスは中国の通貨・人民元に目をつけているのか?」について解説していきます。 イギリスのまさかのEU離脱で、市場は大混乱に陥りました。その後やや落ち着きを取り戻したものの、円高の流れはかなり強烈で1ドル100円付近で推移しています。そのような状況にも関わらずソロスはイギリスのEU離脱についてほとんどスルー状態。やはり本命は「中国経済」なのでしょう。(『ウォーレン・バフェットに学ぶ!1分でわかる株式投資〜雪ダルマ式に資産が増える52の教え〜』東条雅彦) 【関連】いつまで安全?「リスク回避の円買い」に走る外国人のナニワ金融道=東条雅彦 ジョージ・ソロスは、なぜ人民元を売り崩そうとしているのか 英EU離脱でポンドを売っていなかったソロス すでにご存知の方も多いかと思いますが、ジョージ・ソロスは、英国の国民投票でEU離脱が決まった6月23日に、ポンド売りを実施していませんでした。 米著名投資家のジョージ・ソロス氏は、英国の欧州連合(EU)離脱の是非を問う国民投票の直前に、ポンド安を見込んだ投機取引は行っていなかった。同氏のスポークスマンが明らかにした。 出典:ソロス氏、英国民投票前にポンド安見込んだ取引せず=広報担当者 ? ロイター ソロスは「イングランド銀行を潰した男」という異名を取っています。1992年にポンドを空売りして、15億ドルを儲けました。 この時の印象が強かったため、今回ポンド売りを見送ったことを、市場は意外だと受け取ったようです。 しかし、これは意外なことでも何でもありません。近年、慈善活動などに力を入れていたソロスがトレーディングの現場に戻ってきたのは、「中国の人民元を売るため」です。これはハッキリと断言しても良いと思います。 なぜなら、そもそもソロスは、「半固定相場」の通貨を売り崩して儲けるという手法で富を築いてきたからです。 今、英国のポンドは完全な「変動相場」です。そのため、今回は手を出さなかったのです。 「固定相場」はどういう方法で実現しているのか? 半固定相場制を説明する前に、まず前提となる「固定相場制」について説明します。 固定相場制とは、通貨の交換レートを一定に保っている相場のことを意味します。日本も1971年までは1ドル=360円の固定相場制を採用していました。このような交換レートを一定に保つ方法として、次の2通りがあります。 <方法その1>中央銀行が要求される為替取引をすべて受け入れる <方法その2>資金の移動を規制し、固定相場になるようにする <方法その1>の具体例 当時の日本は<方法その1>を採用していました。 将来的な円切り上げ(円高)を見込んだドルからの円買いに応えて、日銀が「円売りドル買い」介入をしていました。 円を買いたい人が増えると、円高になってしまいます。しかし円が買われる量と同じだけのドルを買えば、価格は動きません。 1ドル=360円という固定相場は、日銀の介入により人為的に作っていたのです。 <方法その2>の具体例 中国は2005年7月までドルに対する固定相場制を採用していました。その時、中国は資金の移動を規制していました。 「中国の元を買いたい!」という人が、「中国の元を売りたい!」という人よりも多くなってしまうと、元の価格が上がってしまいます。 そこで、中国政府は「元を買いたい!」という人が多くなった場合、単純に売らなかったのです。反対の場合でも同じです。売りたい人が多くなった場合も、売らせません。 <方法その1>では、中央銀行が反対売買を行い、売買量を均衡させます。 <方法その2>では、売買量を規制することで価格を固定化させます。 どちらの方法であっても、需要と供給を無理やり均衡状態に持っていくのがポイントです。参考までにコチラの需要供給曲線をご覧ください。 需要が増える/供給が減る → 価格が上がる 需要が減る/供給が増える → 価格が下がる 中央銀行や政府が無理やり需要と供給を調整すると、確かに価格は安定します。 しかし、これはアダム・スミスの「神の見えざる手」に反する行為のため、人為的な相場(=固定相場制)は永久には続きません。 Next: 天才・ソロスはいつも「半固定相場」を売り崩して儲けてきた 天才・ソロスはいつも「半固定相場」を売り崩して儲けてきた 半固定相場とは、固定相場制から変動相場制に移行する際に導入される一時的な仕組みです。 固定相場制の<方法その1>を採用して、通貨当局(政府や中央銀行)が市場に介入します。 ただし、価格が固定になるまで介入を行うのではなく、ある決められた範囲の変動は許すというスタンスです(例:1日2%までの変動を許す)。 1992年ポンド危機と「イングランド銀行を潰した男」の誕生 1992年、イギリスは欧州通貨制度(EMS)に加盟していました。EMSとは、加盟国間で通貨変動が年±2.25%以内に抑えることを原則として、ユーロ導入までの移行期間的システムのことです。 1992年時点ではイギリスも他の欧州諸国と足並みを揃えて、ユーロを導入する方向で進んでいました。そこでジョージ・ソロスは、EMSの「年±2.25%以内に抑える」というルールに着目したのです。 通貨の変動幅を2.25%以内に抑えるために、イギリスは為替介入を行わなければいけません。 ソロスは「相場は必ず間違っている」が持論です!この時も、ポンド相場が実勢に合わないほど高止まりしていると考えていました。 1992年9月には、ポンドへの売り浴びせは激しさを増しました。イングランド銀行はポンドの変動幅を2.25%以内に抑えようと、反対売買のために、ポンドを買い増しします。 9月15日(火)には、激しいポンド売りにより変動制限ライン(±2.25%)を超えてしまいました。 そして、翌日の9月16日(水)にソロスはポンド売りをさらに加速させました。 1992年9月16日(水)に何が起こったか? ・午前11時、イングランド銀行はポンド買いの市場介入に加えて、政策金利を10%から12%へ引き上げました。 →金利が上がれば、ポンドを売っている投資家は逆に金利を支払わなければならず、「ポンド売り」の意欲がなくす効果があります。 →金利が上がれば、単純にポンドを買う動機に繋がります。 →しかしながら、ポンド売りが止まりませんでした。 ・午後2時、もう一度、政策金利を引き上げて、15%にしました。 →それでもポンド売りの流れは止まりませんでした。 →ついに、イングランド銀行は自己資金を使い果たしてしまい、ポンドの買い支えができなくなってしまいました。 ・午後4時、イギリスはEMSからの脱退を発表しました。 →このような経緯でイギリスはユーロを導入できなくなり、ポンドが生き残りました(結果的にはこれで良かったという声も多い)。 後に、1992年9月16日(水)は「ブラック・ウェンズデー(暗黒の水曜日)」と呼ばれるようになりました。この日からイギリスポンドはドイツマルクに対して、たったの14営業日で約14%も下落してしまったのです。 Next: 1997年「アジア通貨危機」とジョージ・ソロスの関係は? 1997年「アジア通貨危機」とジョージ・ソロスの関係は? 1997年7月よりタイを中心に始まった、アジア各国の急激な通貨下落現象を「アジア通貨危機」と呼びます。 タイ、インドネシア、韓国はその経済に大きな打撃を受け、IMF管理に入りました。マレーシア、フィリピン、香港もある程度の打撃を被りました。 当時、日本、台湾、フィリピンを除くアジアのほとんどの国家は、米ドルと自国通貨の為替レートを固定する「ドルペッグ制」を採用していました。 1995年以降、アメリカ合衆国の長期景気回復による経常収支赤字下の経済政策として「強いドル政策」が採用さていました。アジア各国はこの高いドルとペッグしていたため、自国の通貨が上昇し、その結果アジア諸国の輸出は伸び悩む展開になりました。 ドルペッグ制は「固定相場制」で、中央銀行が無理やり買い支える仕組みです。 「人為的な相場」+「実体経済と通貨価値との乖離」 この2つがセットになった時、ヘッジファンドは当該通貨を売り崩す(ショートする)という投資行動を取って、利益を得ようとします。 マレーシア首相のマハティールは、ジョージ・ソロスをマレーシア通貨のリンギットを下落させたと名指しで非難しました。 ソロスはこの非難について、アジア通貨危機の最中もそれに先立つ数ヶ月間にも、自分はタイ・バーツやマレーシア・リンギットを売ったことがないと説明しました。 これらの通貨が下落しはじめたときはリンギットを買っており、この買いは早すぎたと述べています。 その後、マハティールとソロスは和解していますが、いずれにせよ、人為的な相場である固定相場制・半固定相場制はヘッジファンドに狙われやすいことは確かです。 Next: 今、ソロスが売り崩しを狙う人民元「半固定相場制」の弱点とは? 今、ソロスが売り崩しを狙う人民元「半固定相場制」の弱点とは? 中国の通貨「人民元」は2005年6月まで固定相場でした。1ドル=8.2765元前後に維持されていました。これが2005年7月から「管理フロート制・通貨バスケット制」に移行しています。いわゆる「半固定相場制」です。 前日の変動幅を2%まで許容するというルールで運用しており、それを超える変動があった場合、中国人民銀行が為替介入を実施します。 ジョージ・ソロスは人民元の「半固定相場制」を売り崩して、中国人民銀行が買い支えを実施できないレベルに追い詰めることを狙っています。 ソロスだけではなく、世界的に成功している投資家は全て、ファンダメンタルズ分析に基づいて行動しています。 ウォーレン・バフェットもジム・ロジャーズも、運否天賦(うんぷてんぷ)で判断しているわけではありません。 1992年に実施した「ポンド売り」では、イギリス経済はその3年前から停滞していました。 <イギリス 経済成長率の推移> 1986年 3.17% 1987年 5.56% 1988年 5.92% 1989年 2.25% ←ここから経済が失速していく 1990年 0.55% 1991年 -1.26% 1992年 0.45% ←ここでソロスはポンド売りを仕掛けた! そして今、中国経済のファンダメンタルズは悪化してきています。 <中国 経済成長率の推移> 2003年 10.00% 2004年 10.10% 2005年 11.30% 2006年 11.30% 2007年 14.20% 2008年 9.60% 2009年 9.20% 2010年 10.61% 2011年 9.46% 2012年 7.70% ←ここから成長に陰りが出てきた 2013年 7.70% 2014年 7.30% 2015年 6.90% ←ついに6%台に突入! 2016年 6.49% さらに次のような報道もなされるようになりました。中国の外貨準備の大幅減少が続いているのです。2016年6月7日のロイターのニュースを引用します。 中国人民銀行(中央銀行)が発表した5月末時点の外貨準備高は3兆1900億ドルで、2011年12月以来の低水準だった。ドル高や散発的な市場介入が影響した。 ロイター調査による予想は3兆2000億ドル、4月末時点は3兆2200億ドルだった。 5月の減少幅は279億ドルで、月間の減少としては2月以来の高水準。 ただアナリストは中国からの資本流出が再開したことを示しているとは限らないと指摘した。 出典:中国外貨準備5月末は3.19兆ドルに減少、11年12月以来の低水準 ? ロイター 中国からの資本流出が激しくなってきているというニュースです。日本経済新聞でも同様の報道が行われています(グラフ付きでわかりやすく解説されています)。 2014年時点には4兆ドル弱あった中国の外貨準備は、約2年で3.2兆ドルまで減っています。(2年で2割減) ソロスもおそらく中国の外貨準備の動向には注意を払っているはずです。なぜなら、半固定相場制では人民元を買い支えるのに「外貨準備」が必要だからです。 いわば外貨準備は人民元を買い支える体力とも言える指標です。 中国人民銀行が前日比2%に収まるように買い支えを実施できなくなった時、人民元はストーンと下落してしまいます。 ソロスがトレーディングの現場に復帰したのは、このタイミングを見極めるのに最も自分が適任だという自覚があるからでしょう。 Next: 足元の人民元下落は序章に過ぎず/今回のまとめ 足元の人民元下落は序章に過ぎず 現在、ドルと人民元の交換レートは1ドル=約6.67人民元です。2014年の1ドル=6.05人民元をピークにどんどん元の価値が落ちてきています。この2年で10%以上も下落しています。 半固定相場制の環境下にいるにもかかわらず、下落幅が大きいです。 しかし、もし中国人民銀行が買い支えを実施できなくなると、もっと大きく下落するはずです。 今回のまとめ ジョージ・ソロスは「半固定相場」の通貨を売り崩して、儲けるのが得意である。 固定相場制は次の方法で実現している。いずれの方法にしても、不自然な手法である! <方法その1>中央銀行が要求される為替をすべて受け入れる <方法その2>資金の移動を規制し固定相場になるようにする 全ての価格は需要と供給がクロスする点(=アダム・スミスの「神の見えざる手」)で決まる。 人為的に価格を調整する固定相場制、半固定相場制を採用すると、実体経済の価値と市場価格の乖離が発生しやすくなる。 ジョージ・ソロスはこの乖離を突く天才である! 中国の人民元も半固定相場制で運用されているため、ソロスは自分の得意な手法で売り崩しを狙っている。 【関連】ついに現役復帰。ジョージ・ソロス氏が確信する中国経済崩壊のシナリオ=東条雅彦 【関連】なぜポンドを売らなかった?ジョージ・ソロスのポジションを読む=岩崎日出俊 【関連】英国EU離脱でも中国でもない、ジョージ・ソロスが怯える「第3の危機」 【関連】EU解体「第2幕」の始まり〜ジョージ・ソロス&ストラトフォー最新分析=高島康司 http://www.mag2.com/p/money/17303 EU解体「第2幕」の始まり〜ジョージ・ソロス&ストラトフォー最新分析=高島康司
2016年7月3日 ニュース 今回は英国のEU離脱決定後に発表されたジョージ・ソロスの論文やCIA系シンクタンク『ストラトフォー』の分析を紹介する。プロセスはどうあれ、EUは解体に向かっているようだ。(未来を見る! 『ヤスの備忘録』連動メルマガ・高島康司) ※本記事は、未来を見る! 『ヤスの備忘録』連動メルマガ 2016年7月1日号の一部抜粋です。興味を持たれた方はぜひこの機会に今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。月初の購読は特にお得です! EU解体は避けられないのか? ソロス&ストラトフォーの見方 「歴史的な転換点」となる英EU離脱 今回のテーマはイギリスのEU離脱と今後の予想である。これは明らかに、歴史的な転換点になる出来事である。離脱は、政治や経済のみならず領土紛争まで、あらゆる危機の連鎖をさまざまな地域で多発させるスイッチの役割を果たす可能性がある。<中略> 影響が多方面に及ぶ出来事なので、当然1回の記事で書ききれるものではないが、数回に分けてあらゆる方面から解析してみよう。 国論を二分した国民投票後の政治空白 まずは基本的な事実の確認である。もはや改めて解説するまでもないだろうが、6月23日、EU離脱の是非を問う国民投票で、大方の予想に反して離脱派が僅差で上回り、イギリスのEU離脱が決定してしまった。投票の最終結果は、離脱が51.9%、残留が48.1%という国論を二分する結果だった。 これを受けてEU首脳部は、EU基本条約の「リスボン協定」が定めた第50条の離脱規定に基づいて、イギリスができるだけ早く離脱の意志を通知するように迫っている。 一方イギリス国内では、国民投票後の政治状況が混迷している。キャメロン首相が辞任の意志を表明する一方、野党労働党のコービー党首も残留に積極的ではなかったと党内から批判され、労働党の影の政府も辞任した。 さらに、保守党で離脱運動を率いた元ロンドン市長のボリス・ジョンソン下院議員も、もともとEU残留支持だったのが人気取りのため離脱運動を率いたのではないかと非難されている。 ジョンソン下院議員は次期首相の最有力候補と見られていたため、イギリスではまさに次の指導者がはっきりしない政治的な空白の状況になりつつある。このためイギリスは、EU本部に離脱の意志を通知することができない状況にある。 他方、ジョンソン下院議員は、リスボン協定第50条の適用ではなく、2020年の離脱を目標にEUとの新たな協定を再交渉する方針を打ち出している。だがEU本部は、これを拒否している。次のリーダーが決まらないいまのような状況では、第50条に基づいて離脱を通知するのか、それともイギリス主導で交渉するのか、明確に決定することができなくなっている。 ポンド安と世界同時株安 このようななか、ポンドは過去30年来の記録的な水準まで下落した。さらに、イギリスはEU諸国の最大の輸出先のひとつであるため、EU諸国を中心として世界同時株安が発生した。日本7.92%、ドイツ6.8%、フランスで8%、スペイン12.4%、イタリア12.5%、そしてアメリカで3.6%という大きな下落であった。 このように大幅に株価が下落した背景は、ポンド安による輸入価格の上昇からイギリス経済が失速する懸念があったからだ。輸入価格の高騰からインフレが発生し、イギリス国民の実質所得は下落する。すると、イギリス国内の個人消費は冷え込み、輸入は大幅に落ち込む。 ドイツの自動車産業やイタリアのワイン産業などをはじめとして、イギリス市場に依存する産業は非常に多い。そのためポンド安は、こうした産業の低迷の原因となると見られたのだ。 ロンドンのシティから逃げ出す金融機関 またEU離脱は、イギリスの主要産業である金融産業を決定的に低落させる原因になる。EUに加盟している現在、金融機関はロンドンで金融業のライセンスを取得すれば、ほかのすべてのEU加盟国で同時にビジネスができた。 しかし離脱によってこれが不可能となるため、多くの金融機関はEUで新たにライセンスを取得する必要に迫られる。このため、多くの金融機関が、拠点をロンドンのシティから、パリやフランクフルトへ移転する準備をしている。 「JPモルガン」「ゴールドマンサックス」「バンク・オブ・アメリカ」「シティグループ」「モルガンスタンレー」などが静かに準備を進めている。ちなみに英大手経済紙の『フィナンシャルタイムス』によると、「JPモルガン」は16000人のスタッフのうち4000人を、「モルガンスタンレー」は1000人の移転をすでに決定したとしている。 この動きは、海外だけではなくイギリス国内の金融機関も例外ではない。英最大手行のひとつである「HBSC」は、1000人の移転を決めた。また2600人の社員のいる野村・インターナショナルも人数は明らかにしていないが、移転を検討している。 イギリスの経済ではサービス業がGDPの72%を占めており、なかでも金融産業の割合は際立って高い。そのような状況でロンドンのシティからの金融機関の移転は、イギリス経済にとって大きな損失になることは間違いない。 Next: 解体に向かうイギリス連邦、各国に飛び火するEU離脱運動の脅威 解体に向かうイギリス連邦 EU離脱で、これからイギリス経済は長期間低迷することは間違いないと見られている。もちろん、ポンド安による輸出増大によるプラスの効果も予想できる。だがイギリス経済に占める製造業と農業や漁業などの割合は、サービス産業に比してかなり低い。このため、ポンド安によるプラス効果は比較的に限定的だと見る意見が多い。やはりポンドの急落によるマイナスの影響は予想以上に大きい。 一方、すでに主要メディアで報じられているように、今回のイギリスの離脱決定は大きな政治的な影響をもたらしている。イギリス連邦は、イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの4つの国からなるが、EUに残留する目的で連邦を離脱する動きが拡大しているのだ。 24日、スコットランド行政府のスタージョン首相は、スコットランドはEU残留を望むので、イギリス連邦からの独立を問う国民投票を実施すると発表した。ちなみにスコットランドは、2014年9月に国民投票を実施し、否決されている。29日にスタージョン首相は、EU議会の首脳と会談し、EU残留と国民投票実施の意志を正式に伝えた。 さらにウェールズでも、イギリス連邦からの独立に向けた動きがにわかに始まっている。スコットランドと異なりウェールズでは、独立を望む声は多くはない。10%前後である。しかし独立派の議員たちはこれからウェールズで議論を深め、国民投票の実施に向けて準備したいとしている。 さらに、これと呼応して北アイルランドも、まずはアイルランドと統合した後イギリス連邦から離脱し、EUに加盟したいとしている。 このような動きがこれから加速すると、2017年から2020年までに現在のイギリス連邦は解体する可能性がある。独立したそれぞれの国は改めて連邦を形成することになるのかもしれない。 各国に飛び火するEU離脱運動の脅威 このような動きの一方で、EU各国に離脱に向けた国民投票の実施を要求する運動が急拡大している。運動の主要な担い手になっているのは、フランスの「国民戦線」などの極右、ならびに急進左派の党派だ。 ちなみに、先進的な西ヨーロッパの国々を中心に、EUに残留を求める意見は少数派だ。多くの国民がEUを否定的に見ている。以下は米大手世論調査会社の『PEWリサーチセンター』が発表した最近の結果だ。 (EUを支持しない割合) ギリシャ:71% フランス:61% スペイン:49% ドイツ:48% スエーデン:44% イタリア:39% ハンガリー:37% ポーランド:22% これを見ると、ポーランドやハンガリーのように、最近EUに加盟し、ロシアに対する強い不信感のある旧ソビエトの衛星国ではEU支持が高いものの、その他の国では不支持はかなりの割合に上っていることが分かる。 もしこれらの国々でイギリスと同じような国民投票が実施されると、フランスやドイツのようなEUの中核国も含めて、EU離脱派が勝ってしまう公算が高い。 これからもこの動きは各地で拡大し、EUの存続を脅かす流れになることは間違いないだろう。 Next: 第二次フォークランド紛争勃発も?領土紛争の再燃リスク高まる なぜか日本では報道されていない領土紛争の再燃リスク イギリスのEU離脱の余波はこれだけではない。なぜか日本ではほとんど報道されていないようだが、過去の領土紛争が再燃する気配まである。 EU離脱が決定した翌日の24日、スペイン政府はイギリス領となっている「ジブラルタル」の共同統治を要求した。これは、スペインが「ジブラルタル」を領有するための第一歩ではないかと見られている。 ちなみに「ジブラルタル」は、イベリア半島南東の端に突き出た半島だ。もとはスペインの領土だったが、スペインがイギリスとのスペイン継承戦争に負けた1713年、イギリスに占領された地域だ。 その後スペイン政府は幾度も領土返還の交渉をイギリスに申し出たが、拒否され続けた。2002年、拡大EUの設立に伴い、欧州の諸国は将来的に超国家連合へと発展的に解消するとの雰囲気が強くなったため、スペイン政府も領土の返還請求を無意味と判断し、要求を停止していた。 ところが、イギリスのEU離脱で結果的にイギリス連邦は解体し、イングランドの国力は大幅に低下する可能性が高くなっている。スペインにしてみると、いまこそ「ジブラルタル」の領有権を主張するチャンスであるはずだ。 スペインだけではない。この状況は、イギリスと領土問題や領土紛争を抱える国々が領土を奪還する絶好の機会になる。 第二次フォークランド紛争勃発も? これは、1982年に領有権を巡ってアルゼンチンとの紛争にまで発展した「フォークランド諸島」も同様である。「フォークランド紛争」は突然と起こった激しい争いであった。一方的に領有権を主張して「フォークランド諸島」を軍事占領したアルゼンチンに対し、当時のイギリスのサッチャー政権はイギリス海軍を中心とした精鋭部隊を送り、戦闘となった。イギリスとアルゼンチンはそれぞれ256人と645人の死者を出し、イギリスの勝利で戦闘は終結した。 この勝利により、「フォークランド諸島」は現在もイギリス領だ。だが、先の「ジブラルタル」のように、イギリス連邦が解体に向かい、国力の低下がはっきりしてくると、アルゼンチンは再度「フォークランド諸島」の領有を主張することだろう。 現在、アルゼンチンと中国の軍事的な結び付きが強化されており、いまアルゼンチン軍が「フォークランド諸島」を占領するとイギリスは軍事的に対抗できないと見られている。このような軍事力を背景に、アルゼンチンは領有権を強く主張するとも思われる。将来紛争が再燃する可能性は十分にある。 Next: ジョージ・ソロスの最新論文〜これから欧州で何が起こるのか? ジョージ・ソロスの最新論文〜これから欧州で何が起こるのか? このように、イギリスのEU離脱決定の影響は予想を越えて大きかった。では、これからEUは解体に向かうのだろうか?EU解体の影響は大きいだけに不安になってくる。 そのようなとき、世界三大投資家の1人であるジョージ・ソロス氏が、これからの展望をまとめた論文を著名なシンクタンク『プロジェクト・シンジケート』に発表した。以下が内容の簡単な要約である。 今回のイギリスのEU離脱派の勝利は、大挙して流入する移民の恐怖を煽ったプロパガンダによるものだ。だが、そのような恐怖に根拠がないかと言えばそうではない。 移民の受け入れに慎重な世論が主流であったにもかかわらず、人道的な見地という理由で移民の際限の無い受け入れを実施してしまったのだ。この処置が移民への恐怖をかき立てたことは間違いない。 しかし、EUを離脱するという結果は予想を越えた反応を引き起こした。ポンドは30年来の安値を記録し、株価もイギリスのみならず世界各地の市場で暴落した。今回に匹敵する変動は2007年から2008年の金融危機であろう。 EU離脱によってイギリス経済は将来的に好転するかもしれないし、また低迷するかもしれない。それは分からない。だがはっきりしていることは、当面の間イギリス経済は厳しい状況におかれることになるということだ。 さらに、EUからの分離運動はヨーロッパ各地の国々で高まりつつある。イタリアではやはりEUからの離脱を主張する極右勢力、「五星運動」の人物がローマ市長になった。これと同じような運動はどのEU諸国でも盛んになっている。 こうした状況を見ると、EUの無秩序な解体過程が始まったことは明らかだ。このまま行くと、全面的な金融危機を伴いながらEUは解体するだろう。これは、EUが存在していなかった時期よりもさらに悪い状況となるはずだ。 このプロセスを阻止するためには、我々のような民主主義者が団結し、EUを支えなければならないのだ。 以上である。 ソロスは、「大きな金融危機を伴うEUの無秩序な解体プロセスが始まる」と予想し、この動きを止めるためには、EU派の市民の団結が必要だとしている。 Next: やはりEUは解体? CIA系シンクタンク『ストラトフォー』の見方 まず、ヤニス・バルファキス前ギリシャ財務相の見方 これとは少し異なるニュアンスの予想をしているのが、前ギリシャ財務相で経済学者のヤニス・バルファキスだ。オートバイにさっそうと乗り、EU首脳部との交渉に望んだバルファキスの姿を覚えている読者も多いことだろう。 バルファキスは25日、英大手紙の『ガーディアン』に今後を予測する記事を発表した。以下が要約だ。 私は英国のEU離脱には断固反対した。しかし、キャメロン首相のように現在のEUを容認するのは間違いだと考える。いまのEUは国民投票によって選ばれたわけではないEU官僚が各国の経済と政治を支配している。この構造こそ全面的に改革しなければならないのだ。その改革のためにこそイギリスはEUに残留すべきだったのだ。 いまEUは、離脱の計り知れない影響におののいている。市場は暴落し、不安定になっている。だが、時間が経つと不安定な市場は回復し、元の状態に戻ることだろう。激烈な危機の時期は長くは続かない。 しかしながら、EU解体に向けた本格的な危機はその後にやってくる。現在のドイツのメルケル政権が主導するEUは、徹底した緊縮財政を強制するだけではなく、各国から独自の経済政策を立案する権限を奪って主権を剥奪し、超国家的な共同体への参加をひたすら押し付ける。 この方針が原因で、多くの国々でEU離脱の世論を高めたにもかかわらず、EU首脳部がこれまでの方針を変更する兆しはまったく見られない。厳しい緊縮財政と主権の制限を強制するだけである。 だとするなら、これからEU離脱への勢いは一層激しくなることは間違いない。EUは確実に解体に向かっている。 以上である。 やはりEUは解体なのか? このように、ソロスはこれから深刻な金融危機の発生を予測している一方、バルファキスは市場の変動は短期的で、金融危機はないと見ている。 6月29日から世界各地で株価は上げているので、一頃心配された金融危機の発生はひとまず回避されたと見ることができる。その意味では、バルファキスの予想の方が当たっているといえるかもしれない。 だが、ソロスもバルファキスもEUが解体過程に突入したとする認識では共通している。ソロスは金融危機と分離運動の高まりから一気に解体するというが、バルファキスは、解体の危機にあっても緊縮財政政策の強制を一向に改めないEU首脳部に各国が嫌気を差し、静かにEUを去って行くと見ている。 ソロスとバルファキスの分析を見たが、これらはいまEUで出回っている2つの中心的な見方を象徴している。プロセスはどうあれ、EUは解体に向かっているという認識だ。 CIA系シンクタンク『ストラトフォー』の見方 他方、イギリスの離脱後、EUはドイツとフランスの強い指導力で仕切り直され、価値観を共有した国々の連合として強化されるのではないかとする意見も見られる。欧米の記事にはそのような内容のものも多い。 しかし、CIA系シンクタンクの『ストラトフォー』はそのようには見ていない。6月25日、『ストラトフォー』は世界各地域におけるイギリスのEU離脱の影響を分析した「ブレグジットが世界に意味するもの」という長文のレポートを発表し、ドイツとフランスが主導するEUの強化という方向性は実質的に不可能であるとした。 『ストラトフォー』の分析は、CIAや米政権内部の見方も反映しているので極めて重要だ。次ページである。 Next: ストラトフォーが警鐘を鳴らす「EU解体に向けての第2幕」とは ストラトフォーが警鐘を鳴らす「EU解体に向けての第2幕」 イギリスのEU離脱でEUという連合体は白紙に戻る可能性がある。離脱後、EUの命運はドイツとフランスの2つの大国が握ることは間違いないが、これがうまく行くとは到底考えられない。 実はEUにおけるイギリスの存在は、非常に大きな意味があった。イギリスはドイツとフランスの意見の相違を仲介するバランサーの役割を果たしていた。 それというのも、EUがどうあるべきかのビジョンは両国で本質的に異なっており、容易に妥協できるものではないからだ。イギリスの仲介で両国は妥協できた。ドイツともフランスとも異なる第3のビジョンを提示していたのが、実はイギリスだったのだ。 イギリスの離脱決定後、イギリスは政治的にも経済的にも混乱することは必至だ。また、ほかのEU諸国も経済的な低迷は免れない。 まず最初に大きな困難が出てくるのは、イタリア、スペイン、ギリシャ、ポルトガルなどのPIIGS諸国だ。回復途中の経済は再度不況に落ち込み、国債の危機が再発する懸念がある。 こうした諸国の救済策を巡って、ドイツとフランス、さらにその他のEU諸国との間の深刻な対立が表面化するだろう。これがEU解体に向けての第2幕になるはずだ。 以上である。このように『ストラトフォー』は、EUの解体を加速させる次のきっかけになるのは、PIIGS諸国の経済危機を巡るEU各国の対立だと見ている。やはりEUの解体は避けられないのだろうか? 『ストラトフォー』のレポートでは、日本への影響も細かく分析されている。それは次回に詳しく書くことにする。 ※本記事は、未来を見る! 『ヤスの備忘録』連動メルマガ 2016年7月1日号の一部抜粋です。興味を持たれた方はぜひこの機会に今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。月初の購読は特にお得です! 【関連】ソウルは火の海?米韓日と北朝鮮もし戦わば〜ストラトフォー最新予測 【関連】日本はハメられたのか? 不自然すぎる東京オリンピック裏金疑惑の出所 【関連】「パナマ文書」をリークした米国の狙い〜資金源に共和党、ソロスも http://www.mag2.com/p/money/16656
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