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役所は教えてくれない 60以後の「得する働き方/損する働き方」 エッ、働いたら年金が減っちゃうの?
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49059
2016年07月10日(日) 週刊現代 :現代ビジネス
100歳の長寿を目指すのも夢ではないいま、老後の安心のため、60をすぎても働きたいという人は多い。ところが実は、働くことで年金が減ってしまうケースがあるという。知らないと損をする。
■何でこんなに減ったんだ?
「まさか、こんなことでずっと掛け金を払ってきた年金を減らされるなんて、思ってもみなかった」
いま、そんな驚きの声が全国に広がっている。思いがけないことで、年金が減額されたというのだ。いったい、何が起こっているのか。
ファイナンシャルプランナー(FP)の横川由理氏は、「制度を知らずに驚かれる方が多いのですが、実は、この理由は60歳をすぎてからも働いて収入を得たことにあるんです」と話す。
たとえば、埼玉県在住の宮城敏夫さん(64歳・仮名)の例を見てみよう。
中堅化学メーカーのプラント技術者として働いてきた宮城さん。60歳で定年退職し、一度は会社を離れた。だが「若手を指導してほしい」と声をかけられ、62歳で再雇用された。給料は月々、15万円。充実した第二の会社人生が始まった……はずだった。
ところが宮城さんは年金の支給日になって驚いた。定年退職後に受け取っていた月約16万円の老齢厚生年金(以下、厚生年金)が、再雇用されてからは月14万5000円ほどになっていたのだ。
せっかく意欲を持って働きだしたのに、なぜ年金が減額されるのか。社会保険労務士の岩田健一氏は、こう話す。
「これは『在職老齢年金』の制度によるものです。60歳をすぎてから働いて収入を得ると厚生年金が減額されることがあり、場合によっては、全額カットということもあるので注意が必要です」
在職老齢年金とは、60歳以上の年金受給世代の人が、厚生年金保険に加入した状態で働いているときに適用される制度だ。
端的に言えば、「厚生年金を受け取っている人が、再び厚生年金の掛け金を払いながら働いた場合」に問題となってくる。岩田氏は、こう解説する。
「非常にややこしい制度ですが、まず覚えておいていただきたいのは、原則として『月あたりの厚生年金と賃金の合計金額が一定額を超えると、年金のカットがはじまる』ということ。この一定額とは、現在60~64歳の方では28万円。65歳以上の方では47万円になります」
先に紹介した宮城さんの例で具体的に見てみよう。宮城さんが再雇用されたのは、62歳のとき。つまり運命の分かれ道は28万円のラインだった。
月々の厚生年金が16万円。ここに賃金15万円をもらうようになったので、「厚生年金+賃金」は月31万円。このため、年金カットの憂き目にあうことになってしまった。前出の岩田氏が続ける。
「60~64歳の方の場合、減額分(支給停止額)の計算方法は、厚生年金と賃金の金額に応じて、いくつかのパターンに分けられます。厚生年金が月28万円以下で、月あたりの賃金が47万円以下であれば、支給停止額=(賃金+厚生年金-28万円)×2分の1で計算されます。つまり賃金と厚生年金の合計額が28万円を超えた部分の半分、ということです」
宮城さんの場合は、この計算方式に該当する。支給停止額を計算してみると、(賃金15万円+厚生年金16万円-28万円)=3万円なので、減額分は2分の1にあたる1万5000円だ。その他の場合の計算方法は下の図で解説している。
岩田氏は、こう話す。
「こうしてカットされた分の年金は、後から何らかの形で補填されるわけでもなく、カットされたままになってしまいます。
もちろん、リタイア世代になっても働き続けられれば、収入があるという意味ではよいのですが、長年、掛け金を払ってきたことを思うと、釈然としないかもしれません」
年金は老後の生活を保障する保険。リタイア後も働けるなら、生活の面倒は自分で見てください——。そう言わんばかりの制度設計だ。老後に働くかに関係なく保険料を払い続けてきた身としては、定年後もせっかく働いたのに「損」をした気分になってしまう。
また、中にはこんな例もある。東京都在住で現在65歳の勝山弘忠さん(仮名)は、食品大手の部長経験者。60歳の定年まで勤め上げ、関連会社に再就職した。給料は月22万円。厚生年金は本来、月々16万円ほどもらえるはずだった。
ところが、定年後の年金の通知を見て、勝山さんは驚愕した。何と、厚生年金の支給額がゼロになっていたのだ。
先の計算式に従えば、(賃金22万円+厚生年金16万円-28万円)×2分の1=5万円の減額で済むはずだが、なぜ厚生年金はゼロになったのか。
実はここが、定年退職直後に再就職した人が直面する「制度の罠」だ。
厚生年金の減額で計算される「月あたりの賃金」は、厳密には「総報酬月額相当額」と呼ばれる。この総報酬月額相当額は、再就職後の月給+(過去1年間に受け取った賞与÷12)で計算される。つまり、再就職先でもらう月々の賃金に、前年に受け取ったボーナスを月々にならした金額が加算されるのだ。
定年直前に300万円を超えるボーナスを受け取った勝山さんの場合、「月あたりの賃金」は47万円以上とされ、厚生年金は最後にボーナスを受け取った月から1年後までゼロとなってしまった。
厚生年金の受給年齢は現在、段階的に引き上げられており、今年60歳で定年退職を迎える人は、62歳まで厚生年金を受け取ることはない。そのため、現役最後のボーナスに影響を受けて減額されるケースは、現時点では少ないと考えられる。
だが'15年には自動車大手のホンダが定年延長制度の導入を宣言するなど、今後は65歳まで正社員として雇用する企業が増えてくる。そうした企業で働く人は、66歳で定年した際に、この問題に直面することになるのだ。
さまざまな理由で削られていく、私たちの年金。働くことで細かく削られるのは、実は年金だけではない。社会保険労務士でFPの佐藤敦規氏は、こう注意する。
「高齢になって高額になりがちな医療費にも、所得に応じて変化があります。一例は、長期の入院時などに心強い高額療養費制度。収入に応じて一定額以上の医療費は払わなくてよいという制度です。
この制度では、たとえば70歳未満の場合、年金と働いた分の収入を合わせて、年間の収入が370万円を超えると区分が変わってしまいます」
■医療費でも「損」をする
どういうことか。高額療養費制度では、70歳未満で年収約370万円までの人は、ひと月あたりの自己負担額の上限が5万7600円までと定められている。どんなに医療費がかかっても、この金額を超える自己負担額は還付される。年齢を重ねて体調を崩し、何度も病院に通うことの多い60すぎの身としては、ありがたい制度だ。
だが、自己負担限度額は、年金を含む年収が約370万円~約770万円の区分になると変わり、8万100円+(医療費-26万7000円)×100分の1で計算されるようになる。
もし、100万円かかる治療を受け、3割にあたる30万円が自己負担となったとしよう。年収370万円以下の人なら、自己負担額は5万7600円だから、24万円2400円が支給される。
ところが年収が380万円なら、自己負担額は8万100円+(100万円-26万7000円)×100分の1で、8万7430円。戻ってくるのは21万2570円になる。年収で10万円の違いと言えば、月給ではわずか数千円の差。それだけで、公からもらえるカネを3万円も損してしまうのだ。前出の佐藤氏は言う。
「年金を受け取る世代の人が働く際には、こうしたさまざまな制度との兼ね合いを考える必要があるのです」
再雇用で働いて稼ぐ賃金は、家計という大きな目で見ればプラスの収入になっていることは確かだ。だが、せっかく働いたにもかかわらず、それが原因でもらえるはずだった年金や給付金が、いつの間にやら減額されるのだからたまらない。
いったいどうすれば、減額措置の影響を最小限に抑えることができるのだろうか。
社会保険労務士でFPの井戸美枝氏は、いくつかの方法があると話す。
「ひとつは、定年退職後に再び働くときには、厚生年金に入らない働き方を選ぶ、というやり方です。たとえば、従業員数が500名以下の小さな会社で働く。それまで勤めていた会社以外の企業で働く場合、60歳以降での再就職先としては、こうした会社になる例は多いと思います。
また、従業員数が501名以上の会社で働く場合でも、労働時間が週に30時間未満であれば、やはり現在では厚生年金に入る必要がないので、在職老齢年金の制度による減額は発生しません」
再就職しても厚生年金に加入しなければ、年金は減額されない。だが、これから再就職を考える人の場合、この方法を使うための条件は厳しくなってくる。今年10月から制度が変わるのだ。前出の岩田氏は、こう注意する。
「10月からは、従業員数501人以上の企業でも『週20時間の労働』、『1年以上の雇用継続見込』、『月々の賃金8・8万円以上』という条件に該当すると、厚生年金に強制的に加入させられることになりました」
パート従業員などの社会保障を手厚くする施策だが、年金を減額されずに働きたいと考えれば、面倒な制度改正だ。
では、他に年金を減額されない働き方としては、どんな方法があるのだろうか。前出のFP横川氏は、こう話す。
「自営業になって独立・開業すれば、厚生年金に加入することがないので、年金を減額されることはありません。
実際、資格の学校に行ってみると、シニア世代の方が結構、多いんです。社会保険労務士だとか、FPだとか。雇用保険に加入していて、3年以上勤めた会社を退職したあと1年以内であれば、教育訓練給付金といって資格試験のための勉強にかかる費用の20%が給付されますから、定年退職後もそれを活用される方は多いと思います」
教育訓練給付金の対象となる資格は、社労士やFP、行政書士や不動産鑑定士など幅広い。これまでの自分の仕事と関連する、敷居の低い分野を狙って資格を取る方法もあるだろう。『保険と年金の怖い話』などの著書があるFPの長尾義弘氏はこう付け加える。
「資格をとって独立する際は、多くの自治体がシニア層のための支援制度を用意しています。たとえば東京都では『女性・若者・シニア創業サポート事業』があって起業資金が無担保、低利で融資されます。
ただ雇用保険に関連して注意してほしいのは、厚生年金を受給している65歳未満の人が失業手当を受け取ってしまうと、年金が停止されてしまうことです。65歳以上では、この停止措置は適用されません」
■シミュレーションが大切
いずれにしても年金の減額を避けるためには、「働く時間を抑えて収入を減らす」か、「独立するリスクを取る」ほかない。せっかく定年後も働こうという意欲と機会があっても、何らかのデメリットを背負わなければならないのが、残念ながら現在の日本の制度だ。
だが前出の横川氏は、減額された年金は取り戻せないが、再雇用後も厚生年金に加入して働くことに利点はあると話す。
「厚生年金に加入して働き続けると、70歳までは保険料(掛け金)を取られます。これは逆に言えば、定年退職後も働く70歳未満の人ならば、将来もらえる厚生年金の金額を積み増せるということになるのです。
厚生年金の支給額は加入期間が延びるのに応じて増え、しかもあとはずっと変わらない。再就職の可能性がある、という場合には、将来の年金がいくらになるのか、地域の年金事務所に相談してシミュレーションしてもらうのがよいと思います」
前出の井戸氏も、こう付け加える。
「60歳をすぎた方が、国民年金と厚生年金の両方に加入していて、交通事故などで大けがをしたり、がんや鬱病になると、二つの年金それぞれから障害年金を受け取ることができます。会社を辞めていて、国民年金だけだとおよそ月6万円ですが、厚生年金にも加入していれば、その2倍程度になると思っていいでしょう」
60歳以降に再雇用されると、それ以前より賃金がかなり低くなることも多い。だが、そこにも救済策がある。
もし60歳時点よりも賃金が75%未満に下がれば、「高齢者雇用継続給付金」という補助金が出る。最高で再雇用後の賃金の15%が支払われるのだ。この補助金を受け取ると、再雇用後に受け取っている賃金の6%が厚生年金から減額されてしまうが、そこは行政がお得な補助金とのバランスを取ったというところだろう。
また、今後働くことを考えている60すぎの人々に影響を与えるのが安倍政権の掲げる「1億総活躍プラン」だ。高齢者も働きやすい社会づくりを謳い、さまざまな制度変更が決定された。前出の横川氏は、こう話す。
「注目したいのは、'17年1月から、これまで雇用保険の適用外になっていた65歳以上で働く方々が、雇用保険に加入できるようになることです。
定年退職後に別の会社で働いて、新たに雇用保険に加入し、退職後は失業手当をもらって教育訓練を受け、また別の会社で働く……ということもできるようになります。
また、雇用保険に入っていれば、さまざまなセーフティーネットを享受できます。たとえば家族の介護で休業する場合。介護が必要な家族一人あたり93日分までは介護休業給付金が出て、賃金の67%が支給されます。これはうれしいですね」
雇用保険の保険料は現在、年齢にかかわらず賃金の0.4%。10万円の賃金なら月々400円だ。掛け金を払っても損のない制度と言えるだろう。
バラ色にも見える1億総活躍プランだが、背後にはこんな事情があると前出の井戸氏は言う。
「これまで、60歳の定年以降は、国が年金で国民の面倒を見ると決めていました。ところが少子高齢化が進み、それを支え切れなくなったので、今後は65歳以上の人も働いて、企業と掛け金を折半して自分たちの生活の面倒を見てください、ということなのです」
公的な社会保障の存続が危ぶまれる中、私たちにできることは、なるべく損をしない形で制度のメリットを活かし、充実した老後を過ごす方策を自分自身で見つけることだ。国や役所に任せておいてもその方法を教えてはくれないので、注意しておきたい。
「週刊現代」2016年7月9日号より
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