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「日本国債保有リスク」が三菱UFJ銀の資格返上で顕在化した
http://diamond.jp/articles/-/93118
2016年6月16日 野口悠紀雄 [早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問] ダイヤモンド・オンライン
photo by Takahisa Suzuki
三菱東京UFJ銀行が国債の入札における「プライマリー・ディーラー」(国債市場特別参加者)の資格返上を検討中と報じられた。
これは、日本の金融政策の行き詰まりを象徴するものであり、今後の金融情勢に対して大きな影響を与える可能性がある。
以下では、まずこの決定が、マイナス金利がもたらす必然の結果であることを述べる。そして、それが金利高騰の引き金となる危険について述べる。
■企業の資金需要伸び悩みが背景
国債業務は銀行の主要業務に
国債業務は、これまで日本の銀行の中心的な業務になっていた。
その背景には、企業の資金需要の伸び悩みがある。
預金が増加する一方で、企業の資金需要が増加せず、むしろ借入金の返済が続く。こうした状況の中で、国債は資金の主要な運用先になってきたのである。
銀行の国債保有額は、図表1に示す通りだ。2007、08年度末には70〜80兆円程度であったが、12年度末には約122兆円まで増加した。
◆図表1:国内銀行の国債・財投債保有残高
(資料)日本銀行、資金循環
他方で、国債の利回りは、低下してきた。図表2に示す10年国債の利回りは、2000年代の中頃には1.5〜2.0%程度であったが、リーマンショック後あたりから傾向的に低下し、14年秋からは0.5%未満になった。そして現在ではマイナスになっている。
これは、国債の市場価格が上昇してきたことを意味する。
したがって、銀行としては、国が発行する国債を購入し、これを売却することを通じて利ザヤが稼げたわけである。
◆図表2:国債利回りの推移(10年国債)
(資料)財務省、国債情報
■なぜ三菱UFJ銀行は
主要業務“撤退”を決定したのか
銀行の本来の中心的な業務は、預金で資金を集め、これを企業に融資することだ。そして利ザヤを稼ぐことである。ところが、資金需要がない経済において、この業務は伸び悩む。
そこで、国債を買ってそれをより高い価格で売却し、差額分の利益を得るということが銀行の中心業務になってきたわけだ。
新規国債の入札における「プライマリー・ディーラー」は、市場情報などを財務省と意見交換できる特典が与えられる。そのかわり、国債発行予定額の4%以上を応札する義務も課される(かつては、国債の安定消化のために、金融機関が入札を経ずに国債を引き受ける「シンジケート団」方式が取られていた。「プライマリー・ディーラー」制度は、これに代わるものとして、04年に導入された)。
銀行がこの地位を返上すれば、国債入札には参加できるものの、一部の国債を購入しにくくなるという問題も発生する。それにもかかわらず撤退するのは、国債業務を主要な業務とする路線からの撤退を意味する。
では、三菱UFJ銀行は、なぜこのような決定をしようとしているのであろうか?
■異次元金融緩和で加速
日銀による国債購入
以上で述べた銀行の国債業務の中で、日本銀行は重要な地位を占めている。
なぜなら、日銀が国債を銀行から高値で購入することが、以上の状況を支えているからだ。
上で、「銀行が国債をより高い価格で売却することによって、売却益を得る」と述べた。銀行が保有している国債を買い上げるのは、日銀なのである。
この状況は、2013年3月に導入された日銀の異次元金融緩和措置によって加速された。
この措置によって、年間約50兆円のペースで日銀が国債を購入することとされた。14年秋に導入された追加緩和措置によって、これが年間80兆円の水準にまで引き上げられた。
その結果が、図表3に示されている。この図で見られるように日銀が保有する国債が急増してきた。
13年3月末に94兆円であった日銀の国債・財投債保有残高は、14年3月末に157兆円となり、15年3月末には225兆円となった。15年12月では288兆円である。
◆図表3:日銀の国債・財投債保有残高と当座預金残高
(資料)日本銀行、資金循環
他方で、金融機関が保有する国債は、図表1に見られるように減少してきた。
国内銀行では、13年3月末の122兆円から15年12月末の92兆円へと29兆円(24.1%)減った。
図表には示していないが、民間銀行全体では、13年3月末の314兆円から15年12月末の230兆円へと、84兆円(26.9%)減った。これは、同時点での日銀保有残高より少ない。
なお、銀行が国債を日銀に売却して得た資金は、日銀の当座預金となっている。図表3に示すように、当座預金残高は、異次元金融緩和導入後、急増してきた。
すなわち、13年3月末に58兆円であったものが、14年3月末に129兆円となり、15年3月末には202兆円となった。15年12月では253兆円である。
なお、当座預金のうち法定準備を超える部分に対しては、0.1%の付利がなされてきた。この措置も、銀行の国債売却を促したと考えられる。
■状況を大きく変えた
マイナス金利政策の導入
ところが、今年の1月末に日銀がマイナス金利政策を導入したことによって、この状態に大きな変化が生じた。
これによって、従来なされてきた当座預金付利はなくなった。その代わりに、一定の条件の下で当座預金に対してマイナス0.1%の付利がなされることとなった。つまり、当座預金を持っているとコストがかかる状態になったのである。
この措置は、国債に関する状況を大きく変化させ、銀行の国債業務に対して大きな影響を与える。
まず、市場金利が低下する。そのメカニズムは次の通りだ。
当座預金にマイナスの金利がかかるようになると、銀行としては、たとえ短期金融市場での利回りがマイナスになっても、日銀当座預金を持つよりはましと考えて、短期金融市場に資金を供給する。したがって短期金融市場での需給が緩和し、利回りが低下してマイナスになる。
そして、期間が異なる国債との裁定関係を通じて、償還期限が長い国債の金利も低下し、マイナスになる。
この結果、イールドカーブが下方にシフトしてきた。これについては、本連載の第49回(2016年2月11日)「マイナス金利は長く続かず、金融を混乱させるだけ」、第62回(16年5月19日)「マイナス金利の効果『徐々に浸透』は本当か」において、詳しく分析した。
■大きなリスクとなった国債の保有
他のメガバンクも追随の可能性
国債利回りがマイナスというのは、国債を購入し保有していれば、償還時には必ず損失が発生するということである。
それにもかかわらず銀行が国債を購入し保有しているのは、償還前に日銀がより高い価格で購入してくれると期待するからである。
国債業務が利益を生むためには、将来の国債価格が現在よりも高くならなければならない。つまり国債の将来の金利は、現在の金利より低下しなければならない。現在すでに10年国債の金利はマイナスになっているが、マイナス幅がどんどん拡大していかなければならないのだ。
ところが、マイナス金利はもともと異常な状況であるから、それがどんどん拡大していくことは考えにくい。
実際、本連載の第49回、第62回のイールドカーブの分析によれば、将来の金利はいずれプラスに転換すると予想されている。つまり、国債価格はいずれかの時点で値下がりするということなのである。
したがって、国債を購入し保有することは、潜在的に大きなリスクを抱えることを意味する。
ところがプライマリー・ディーラーの地位を持っていると、先に述べたように、国債発行額の4%を購入する義務を課される。
以上のような状況の下では、これは重荷になる。したがって三菱UFJ銀行がこの地位の返上を検討しているのは、ごく自然な成り行きだ。
他のメガバンクも追随する可能性が強い。
■銀行が撤退していけば
新規国債の発行に支障
銀行にとって国債を購入することが大きなリスクになるので、国債応札義務がなくなれば、応札しない危険がある。
もし銀行が国債業務から撤退していけば、新規国債の発行に支障が生ずる。
もちろん、国債の購入者は銀行だけではない。海外からの購入もある。したがって、直ちに国債の発行がストップしてしまうわけではない。しかし、従来とは状況が大きく変わる危険がある。
考えられる1つの事態は、新規国債の発行が難しくなることによって、発行価格が下落することである。つまり金利が高騰することである。
このことを上で述べたことと合わせれば、つぎのようになる
国債の購入と保有が利益を生むためには、国債の価格が上昇し続けなければならない。しかし、すでに長期国債にまでマイナス金利が及んでいる現在、そうしたことが将来どこまでも続くとは考えられない。
この予想が銀行を国債業務から撤退させ、それが現実に金利高騰の引き金を引いてしまう。このようにして、期待(懸念)が現実化するわけである。
現在の日本の状況は、低い金利によって維持されている部分が大きい。したがって金利が上昇すれば、金融市場は大混乱に陥る。
■金利が高騰すれば
国債利払い費は急増
とくに問題となるのは、財政である。現在は低金利であるために国債の利払い費が抑えられている。しかし、金利が高騰すれば、利払い費は急増する。
もちろん、市中金利が上昇したからといって、すべての国債の利払い費が直ちに増加するわけではない。既発行国債については、表面金利が固定されているからだ。
金利高騰によって利払い費が増えるのは、新規に発行される国債と、借り換えられる国債である。
これに関する定量的分析は、『金融政策の死』(日本経済新聞出版社)第6章の4で行なった。それによれば、現在と同じような発行と借り換えのペースが続けば、約5年間で、すべての残高が新しい金利になってしまう。
ところで、2014年度の国の一般会計の利払い費は、約10兆円である。13年度末の国債残高856兆円で割れば、平均利回りは1.18%だ。仮にこれが2%に上昇すれば、19年度における利払い費は22.3兆円と、現在の2倍以上に増加する。これは極めて深刻な事態だ。
■どこかで破綻するマイナス金利
国債ビジネス撤退は自然の成り行き
以上で述べたことをまとめれば、つぎのようになる。
マイナス金利は極めて異常な事態である。国債を保有していれば損失が発生するのだ。
そうした中で国債を消化させるためには、日銀が国債購入価格をどんどん引き上げていく必要がある。しかし、そうしたことがどこまでも続くことはないだろう。
したがって、現在のマイナス金利状態は、どこかで破綻し、金利が高騰してしまう。
だから、そうした事態に備えて、国債ビジネスからは撤退する必要がある。
このように考えれば、今回の三菱UFJ銀行の決定は、極めて自然なものだということになる。そしてこれは、異次元金融緩和政策の「終わりの始まり」を意味するものである。
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