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経済分析の哲人が斬る!市場トピックの深層
【第209回】 2016年6月1日 熊野英生 [第一生命経済研究所経済調査部首席エコノミスト]
消費増税延期で始まるマイナス金利の逆作用
消費増税の延期が本当に決まれば、様々な政策プランが組み直されることは必至だ。とりわけマイナス金利政策は、その意義を考え直す必要がある
マイナス金利は短期決戦
消費増税延期なら撤収を
いよいよ安倍首相が、消費税を2017年4月に10%に引き上げる予定を先送りする構えである。もしも、増税延期の判断が下されたならば、様々な政策プランが組み直されることは必至である。とりわけ、日銀が2016年1月29日の決定会合で導入を決めたマイナス金利政策は、その意義を考え直す必要があるだろう。
思考実験として、マイナス金利政策が2019年10月まで続くことを考えたい。今後3年半もマイナス金利が継続するとなれば、銀行収益などに与えるダメージが広がる。これは経済への悪影響を意識させる。長期で考えると、金融システムを必要以上に弱体化させて、信用収縮の圧力が経済成長にのしかかることが警戒される。
筆者の理解では、マイナス金利政策とは副作用が大きく、ごく限られた期間にだけ有効性を発揮するショック療法のようなものだと考えている。一時的に貸出金利を押し下げることはできても、継続的に貸出残高を増やせるわけではない。サプライズを引き起こせても、インフレ予想を持ち上げるまではできない。
黒田総裁は、きっと2017年4月の消費税率の引き上げが念頭にあって、それまでの1年強の期間に短期決戦のつもりでその効果を最大限に演出しようとしてきたのだろう。もしも消費税のスケジュールが延期されるのであれば、君子豹変してマイナス金利政策から撤収し、刀を元の鞘に納めたほうが賢明である。本来、金融政策とは、そうした機動性をうまく使えるところに利点があると言える。メンツにこだわってうまくいかなかった政策をそのままにして、放棄してはいけない。
消費者物価2%上昇の目途も
修正せざるを得なくなる
日銀は2%の物価目標の達成を、2017年度下期に置いている。このタイミングは、2017年4月の消費税率の引き上げを織り込んだ上で、その回復期が2017年秋以降に訪れるだろうとういう見通しに立脚していると考えられる。自ずと消費税のタイミングが変われば、見通しの修正に動かざるを得ないはずだ。
筆者は、日銀がマイナス金利政策を導入したことには、消費増税前の駆け込み需要との相乗効果で、経済を底上げしようという意図があったと見ている。だから、駆け込み需要がなくなれば、現在のマイナス金利政策の効果も、ごくわずかな作用に止まる。2%の物価上昇が達成される目途が遠のくのであれば、マイナス金利政策を2019年秋まで継続する必然性は乏しいと解釈できる。
安倍政権は、伊勢志摩サミットで景気情勢の不安定さに対して、財政出動で応じようと呼びかけた。そのことへの協力は、すでに国債買入れを中心とした量的緩和で十分であるという捉え方もできる。
増税延期でマイナス金利依存に?
財政との関係を再検討せよ
今後、消費税増税が2019年10月となり、そこまでマイナス金利が継続されるという前提で考えると、公的年金の運用収入が減ってしまうリスクがある。収支悪化幅が拡大することになれば、穴埋めをしなくてはいけない。この組み合わせは不都合なことが多い。
また、マイナス金利政策には、財政面では国債などの利払費を軽減させる効果がある。この効果によって、政府が財政出動を行うときの原資として、利払費の軽減分を充てることができる。しかし、政府がそうした財源を能動的に当てにするようになれば、事実上財政ファイナンスと同じ効果になってしまう。2017年4月の消費税の増加分が見込めたので、利払費の軽減分が当てにされることは相対的に小さいという解釈ができていた。今、その前提が変わろうとしている。
今後、消費税の増税が先送りされると、政府は否応なく自然増収や利払費の軽減効果への関心を高めることになる。誤解を恐れずに言えば、消費税増税が先送りされれば、マイナス金利政策が政府にとって必要不可欠になりかねない。この点には、くれぐれも注意を払っておいたほうがよい。
なお、政府が追加的な財政出動や消費税の見通しについて語るとき、長期金利の上昇リスクに神経を鋭く尖らせなくてよかったのは、日銀のバックアップが強力であったからだろう。筆者は、今まではこの支援を積極的に評価してきた。しかし、今になってみると、それは危い線の上を歩いていたのかもしれないと思える。
黒田氏の後任総裁に
先送りされる大きなリスク
2017年4月の増税が仮に2年半も延長されると、黒田総裁の任期である2018年4月よりも後に、増税の影響が先送りされることになる。その場合、今のままではマイナス金利政策が2019年以降まで続く蓋然性が高くなり、黒田総裁の後任の総裁に大きな宿題が先送りされることになる。それはあまりに酷なことだ。ならば、黒田総裁は自らが始めた異例の措置に責任をもって区切りをつけたほうがよい。
次の総裁の任期は2023年4月まであり、必ず消費税問題と向き合うことになるだろう。仮に、消費税率の引き上げが2019年10月になったとすれば、2020年夏の東京五輪が終了した後は、五輪需要の反動減と消費税負担という2種の押し下げ圧力に見舞われかねない。次期総裁が背負わないといけないリスクは、測り知れない大きさである。
http://diamond.jp/articles/-/92224
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