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※日経新聞連載
[迫真]シャープの選択
(1)テリーの腹が読めない
写真撮影で台湾・鴻海(ホンハイ)精密工業の董事長、郭台銘(65、テリー・ゴウ)に肩を組まれると、シャープ社長の高橋興三(61)の硬かった表情はようやくほころんだ。2日午後、両者は共同運営する堺市の液晶パネル工場で記者会見を開き、握手を交わした。長く経営危機が続くシャープの支援企業探しに区切りがついた瞬間だった。
鴻海は3888億円を出資して66%の議決権を握り、シャープを傘下に収める。液晶パネルなど滞っていた戦略事業への投資が再開する。記者会見で郭は「シャープの技術を迅速に最高の品質で製品化できるように支援する」と宣言し、社員の雇用維持まで口にした。
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年明けから大詰めを迎えたスポンサー選びは二転三転してシャープを翻弄した。1月下旬には官民ファンドの産業革新機構を軸に協議が進み最終調整に入っていた。しかし、鴻海が支援額を6600億円に積み増したことで事態は急転する。
機構案は主取引銀行のみずほ銀行と三菱東京UFJ銀行に最大3500億円の金融支援を求める。負担の大きさに両行が戸惑う間隙を郭は突いた。このときの鴻海案は銀行に追加負担を求めない。郭は1月30日にシャープ本社に乗り込んで支援案を説明した。
2月4日には鴻海からシャープに1000億円を保証金として前払いするとのメールも届いた。シャープは同日、鴻海との本格交渉入りを発表。機構案は鴻海との交渉が不調となった場合の代替案と位置付けられた。
2月25日。シャープは将来を託すスポンサーを選ぶ取締役会に臨んだ。鴻海の出資受け入れを決めたが、なぜか採決が2回行われている。1回目はシャープの優先株を引き受けた銀行系ファンドの社外取締役2人を外して11人で、2回目は13人全員で採決した。
鴻海案は優先株の消却を求めない。機構側は鴻海と利害関係があるとして2人を採決から外すべきだと主張していた。高橋の記者団への発表は「2回とも全会一致」だがシャープが金融機関などに説明した内容は少し異なる。「取締役の意向は7対6の僅差だった」。全会一致で決議したものの、2人を除いた11人が本音で賛否を示せば機構案が上回ることになる。
資金額では鴻海案が有利だが過去にもシャープへの出資契約を撤回したことがある郭との交渉が一筋縄でいかないことは明白だった。鴻海と破談になる場合のことも考えないといけない。「7対6」の説明は鴻海をけん制しながら、機構に配慮せざるを得ないシャープの事情をうかがわせた。
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機構案支持が本音とされる高橋は、郭との交渉の難しさを肌で知る。海外担当の副社長だった2012年夏には、鴻海の中国工場にシャープが液晶技術を500億円で供与することで合意した翌日にひっくり返された。郭とは親交を深めていただけに落胆も大きかった。「家族ぐるみで付き合ったし、酒も飲み明かした。笑顔を見せていてもテリーの腹の中は読めんな」とこぼした。
郭は今回も高橋を揺さぶった。シャープが鴻海案を採択した前日の2月24日にシャープが提示した「偶発債務」をにわかに問題視。内容精査を理由に取締役会の決議を延期し、出口の見えない値引き交渉を始めた。水面下では2000億円の出資減額を突きつけた。
シャープは3月末に5100億円もの債務の返済期限が迫る。交渉を続ける間も台湾から「合意は4月以降」という情報が流れた。巧みに揺さぶりをかけた交渉は郭のペース。シャープと銀行は「前払いの1000億円は運転資金に使わない」「破談となった場合、液晶事業を鴻海が買い取れる」という条件ものまざるを得なくなった。
2月25日に鴻海案を選んだ際、高橋は「テリー・ゴウさんは見習うべきところが本当に多い、熱意あふれる立派な方」と社内放送で呼びかけている。技術や製品の開発に経営資源を割けず、債務の返済期限も迫る高橋に鴻海への迷いはあっても選択の余地はなかった。
「つぶれそうな会社の社長の気持ちなんて誰にも分からんやろ」。最近の高橋は周囲に漏らす。鴻海主導の新体制では経営陣から外れる見通し。郭の言う「早期黒字化」「世界企業としての再建」が実現されるほかに高橋の苦渋の選択が報われるすべはない。
(敬称略)
◇
シャープが日本の電機大手として初めて外資傘下に入る。鴻海や主取引銀行、経済産業省がせめぎ合った買収劇を追う。
[日経新聞4月5日朝刊P.2]
(2)鴻海も焦っている
シャープが台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業による買収受け入れを決めた2月25日。鴻海董事長、郭台銘(65)は中国にいた。行き先は南部の広西チワン族自治区の南寧市。中国子会社の富士康科技集団(フォックスコン)と地元政府が結ぶ契約の調印式に出席した。
南寧市では巨大なIT(情報技術)産業パークを2020年までに順次稼働させる計画。「7万人の雇用を創出してみせる。前途は極めて明るい」。郭は地元政府幹部の前で大見えを切った。
台湾での郭は「中国大陸で最も成功した経営者」。そう呼ばれるのは出自に理由がある。郭は戦後、国民党とともに中国から台湾に逃れてきた人々とその子孫である「外省人」グループだ。両親が1948年に台湾に渡り、50年に郭が生まれた。親中感情はもともと強い。74年に鴻海を設立し、ためらうことなく中国に工場を移した。
中国共産党とのパイプも太い。13年2月、北京の人民大会堂。「我々は同じ中華民族だ」。共産党総書記の習近平(62)の呼びかけに、台湾訪中団の一人として参加していた郭はうなずいた。
台湾統一を狙う習は中華民族の偉大な復興という「中国の夢」を掲げる。郭は13年11月、南京市での講演で「『中国の夢』を聞くと台湾で生まれた中国人としての血が沸き立つ」と習を持ち上げてみせた。親中派であることを隠さない言動はインターネット上でたびたび「炎上」するが、郭は意に介さない。
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中国は近年「5年で2倍」とされる人件費上昇が続く。現地で100万人前後の従業員を抱える鴻海には大きな負担だ。最大顧客である米アップルの成長鈍化も郭を悩ませる。主力事業である電子機器の受託製造サービス(EMS)に頼る成長は限界が近づく。
「君たちはこんな業績で恥ずかしくないのか!」。今年2月の旧正月直前に開いた15年度の業績報告会で、郭は居並ぶ幹部たちを怒鳴りつけた。多くの事業部門が数値目標を達成できていなかった。
15年12月期の連結売上高は前の期比6%増。13年以降は郭が掲げる「10%成長」という目標に届いていない。「どんな状況でもゴキブリのように生き抜いてみせる」と豪語してきた郭だが、成長の鈍化に焦りがにじむ。
鴻海は細かい意思決定まで郭の決裁を必要とする。ただ売上高が15兆円の巨大企業になり、強烈なトップダウン経営がなじまなくなってきた面も否めない。世代交代をにらんで外部から獲得した幹部候補も「嫌気が差して1年で半数が辞めていく」(鴻海の元幹部)。
シャープの経営危機が伝わったのは成長に向けた一手が見えなくなっていた昨年初めだ。「絶対に買収する」。郭は色めき立った。交渉が大詰めを迎えた年明けからはビジネスジェットで繰り返し来日。1月30日、シャープ本社でのプレゼンテーションでは「私の妻と子には日本人の血も流れています」と切り出した。妻の祖母が日本人であることから親日ぶりをアピールし、シャープ経営陣の心をくすぐった。
大胆さばかりが際立つ郭は慎重さも併せ持つ。2月下旬、シャープの偶発債務問題が発覚すると、「隠れ債務」の苦い記憶がよみがえった。10年に台湾液晶パネル大手の奇美電子(現・群創光電)を買収したが、その年末に欧州連合でカルテルの制裁金3億ユーロ(約370億円)の支払いを命じられている。強硬な態度でシャープ支援額の引き下げを求めた郭には「同じ轍(てつ)は踏まない」という思いもあった。
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今月2日、買収契約後の記者会見では「早川徳次の勤勉、高潔の精神がシャープ社員に息づく」「100年の歴史を学ぶ」と力を込めた。鴻海関係者は「日本の大企業を買収できたことに異様に興奮している」と明かす。
鴻海は設立当初から日本の金型や射出成型の技術を学んで成長してきた。中国の工場に大量に並ぶ工作機械の多くはファナックなど日本メーカー製だ。シャープを「先生」と呼び続けてきた郭を包む高揚感は、「学んで師を超えた」との思いなのかもしれない。
12年に宣言したEMS依存からの脱却は進んでいない。自動車関連やデータセンター運営、通信などの事業に参入したが、収益の柱にするには時間がかかる。それだけにシャープの技術や事業の獲得がもたらす果実への期待は大きい。
「シャープ買収は鴻海にとってビジネスモデル転換の最後のチャンス。郭はそう考えている」。郭の側近は言う。シャープだけではない。鴻海もまた追い詰められている。
(敬称略)
[日経新聞4月6日朝刊P.2]
(3)このままでは持たない
「テリーさん、5月まで最終契約を延ばしたら、シャープは持ちませんよ」。3月16日、みずほ銀行専務執行役員の渡辺毅(56)と三菱東京UFJ銀行常務執行役員の二重孝好(55)は台北で、鴻海(ホンハイ)精密工業董事長の郭台銘(65、テリー・ゴウ)に訴えた。
この時、郭がシャープに突きつけていたのは、4890億円としていた支援総額を約2000億円圧縮、決算が固まる5月まで最終契約しないという見直し案だ。3月末に5100億円の融資の返済期限を迎えるシャープには死活問題。メーンバンク両行も見過ごせなかった。
鴻海とシャープの最終合意の記者会見の約2週間前のことだ。この頃、郭のシャープ不信は最高潮に達していた。2月24日に出てきた3000億円超の偶発債務を巡っては鴻海側の公認会計士が「認識せざるを得ないリスク分は約2900億円」とはじき出したが「400億円弱」とするシャープ側との溝が埋まらない。火に油を注いだのがシャープの急速な業績悪化だ。「16年3月期の営業利益は100億円と言っていたのに、1000億円も下振れするとは何だ」。郭は激怒した。
「このままではまずい」。鴻海案を後押ししてきたみずほフィナンシャルグループ社長の佐藤康博(63)もさすがに慌てた。
「あと1週間ください」。渡辺と二重は必死に郭を説得。何とか時間を稼ぎ、シャープに業績の精査を急がせた。あらゆるリスクを洗い出し、下振れ額は1800億円に膨らんだが、銀行保有の優先株を買い取る条項も延期、譲れるところは全て譲った。鴻海側も、資金繰り破綻を招きかねない現実を前に出資額の減額幅を1000億円にとどめ、最終契約すると決めた。
「鴻海は過去にもシャープへの出資計画を撤回した。ゲタを履くまでは何があるかわからない」。慎重姿勢を貫いていた三菱UFJフィナンシャル・グループ社長の平野信行(64)の表情がやわらぎ始めたのは3月下旬。28日に三菱東京UFJ銀行は支援条件の見直しを経営会議で決め、30日にはみずほ銀行も受け入れ最終交渉は決着した。
偶発債務、業績悪化という失態を繰り返したシャープ。交渉で高めの球を放り続けた鴻海。メーン2行は想定外の動きを繰り返す両社に翻弄されつつ、何とか契約にこぎ着けた。交渉に関わったある幹部は「これでは主力銀行ではなくて非力銀行ですね」と自嘲気味に振り返った。
[日経新聞4月7日朝刊P.2]
(4)はしごを外された機構
2月19日朝、みずほ銀行応接室。産業革新機構の最高経営責任者(CEO)、志賀俊之(62)はみずほフィナンシャルグループ社長の佐藤康博(63)を見据え「銀行はちゃんと支援してくれますよね」と念を押した。「シャープの決定を尊重します。事業計画を見ないと支援するともしないとも言えませんが」。佐藤も目をそらさなかった。
機構の意思決定機関でナンバー2を務める日商会頭の三村明夫(75)が同席した。直談判を発案したのは三村だ。同4日にシャープが鴻海(ホンハイ)精密工業と優先的に交渉すると発表。劣勢が伝わる中、相手の本丸に乗り込んでの最後の一手だったが、佐藤から言質を取り切ることはできなかった。
この頃には、機構と二人三脚でシャープを軸にした電機再編を目指していたはずの経済産業省は及び腰になっていた。鴻海案でも十分成長資金がシャープに行き渡るとの見通しが立ったためというが、実は首相官邸への配慮もあったようだ。
首相の安倍晋三(61)の政務秘書官を務める経産省出身の今井尚哉(57)は当時、「鴻海からの出資受け入れは政権が掲げる対内直接投資の活性化に大事だ」と周囲に漏らしていた。
「機構の手綱をしっかり握っておけ」。経産省の上層部からは担当部局にこんな指示が飛んでいた。シャープへの出資は機構の根拠法が禁じる企業救済とみなされかねない。鴻海につられ機構が金額を引き上げでもしたら……。次官の菅原郁郎(59)ら経産省首脳陣は「とりあえず様子を見よう」との意見で一致、動かなかった。
シャープは2月25日、取締役会で鴻海からの出資受け入れを決めた。ある機構幹部は「経産省は助けてくれなかった」と無念さを隠そうとせず、別の担当幹部はその夜の“残念会”で涙を流した。志賀は同26日に記者団に「この案件はクローズする」と話し、撤退を表明した。
「シャープと経産省の要請を受けてやったことなのに」。はしごを外された機構幹部たちは今も釈然としない。経産省幹部は「国内では『なぜ手を引いた』と批判されるが機構にこだわれば海外から『閉鎖的』と言われていたはず」と弁明する。
経産省と機構が夢見た国内再編はシャープが鴻海、東芝の家電部門が中国の美的集団の傘下に入るというグローバル化の荒波にのまれ、頓挫した。夢やぶれた先に見えたのは「官主導」の限界だった。
(敬称略)
[日経新聞4月8日朝刊P.2]
(5)俺たちは外資系
3月23日。日本一の高さを誇るあべのハルカス(大阪市)の33階で、シャープが学生向け採用説明会を開いた。予約制で40席用意した会場に集まったのは30人足らず。登壇した若手社員は働きがいをアピールしたが、「なぜシャープ製品が売れなくなっているのか」と問われ、返答に窮する場面もあった。
「バカかと言われるのを承知で新卒採用ページをオープンしました」。3月1日、シャープは公式アカウントのツイッターでつぶやいた。経営難にスポンサー探しのごたごたが重なり、かつての関西の人気企業も自嘲してコメントせざるを得ない。
将来を支える人材の採用に加え、優秀な社員をどう維持するかという問題も浮上している。台湾・鴻海(ホンハイ)精密工業の董事長、郭台銘(65、テリー・ゴウ)は「シャープの若い人はすばらしい。我々も見習わなくてはならない」と期待を寄せる。ただ、希望退職により既に6千人以上が職場を去った。放置すれば技術の空洞化は避けられなくなる。
退職者の行き先で目立つのは日本電産だ。関西を基盤とし、シャープ元社長の片山幹雄(58)が副会長を務める。会長兼社長の永守重信(71)は「応募があれば100人くらい採用してもいい」と意欲を隠さない。
液晶パネル事業でも競合するジャパンディスプレイ(JDI)に移る技術者が出始めた。工場を新設するJDIは「優秀な人はいくらでも欲しい」(幹部)。シャープから他企業への移籍者が元の職場の同僚に声をかけるケースも頻発している。鴻海の傘下に入れば人材流出が止まるのかは読めない。
「一体どっちのテリーさんを信じればいいのか」。郭はシャープと共同運営する堺市の液晶パネル工場に600メートルの雨よけ屋根「テリー・ロード」をつくり、豪華景品が出る忘年会を開いて社員と距離を縮めてきた。その半面、偶発債務問題が明るみに出ると、支援額を引き下げるよう強く迫り、剛腕経営者という一面を見せた。
硬軟両様の郭の態度には期待と不安が入り交じる。奈良県の事業所に勤務する40代の男性社員は言う。「『俺たちは外資系なんだぜ』と開き直るしかない」。国境をまたいだM&A(合併・買収)の奔流。歴史的な再編劇は、いや応なく社員をも巻き込んでいる。
(敬称略)
山下和成、玉木淳、飯山順、高見浩輔、世瀬周一郎、八十島綾平、細川幸太郎が担当しました。
[日経新聞4月9日朝刊P.2]
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