『from 911/USAレポート』第713回 「日本経済低迷の主因は外部要因?それとも内部要因?冷泉彰彦:作家(米国ニュージャージー州在住) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ (冷泉彰彦さんからのお知らせ) もう一つのメルマガ、「冷泉彰彦のプリンストン通信」(まぐまぐ発行) http://www.mag2.com/m/0001628903.html (「プリンストン通信」で検索)のご紹介。 JMMと併せて、この『冷泉彰彦のプリンストン通信』(毎週火曜日朝発行)も定期 的にお読みいただければ幸いです。購読料は税込み月額864円で、初月無料。登録 いただいた時点で、月初からのバックナンバーが自動配信されます。 直近2回の内容を簡単にご紹介しておきます。 第108号(2016/03/22)「ここがヘンだよ、識者の天皇論」「日本のオーケストラ、 何が問題なのか?」「NHKファンタジー大河『精霊の守り人』シーズン1、第1回」 「『弱さの権力化』論(つづき)」「フラッシュバック71(第90回)」 第109号(2016/03/29)「トランプ現象、日本の視点」「売春はどうして必要『悪』 なのか?」「ファンタジー大河『精霊の守り人』第二回」「北海道新幹線試乗記」 「フラッシュバック71(第91回)」「Q&Aコーナー『音楽論をめぐって』」 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■ 『from 911/USAレポート』 第713回 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
短い間ですが、日本に一時帰国していました。東京には雑踏があり、卒業式のシー ズンとあって羽織袴姿の女子大生が行き来していたり、その一方で多くの外国人観光 客を目にしたり平和な光景には、特に何の問題もないように見えました。 ですが、その一方で、安倍政権は「消費税率アップの先送り」を真剣に検討してい るようですし、多くの経済指標は依然として「マイナス成長」が続き、もはや恒常化 しているということを示していました。そんな中、鴻海によるシャープの買収がよう やくクロージングを迎えるなど、日本経済に取ってネガティブなニュースも、特に痛 みの感覚もなく報道されていたのに驚かされました。 私は、そんな中で違和感を感じざるを得ませんでした。このまま「マイナス成長の 恒常化」ということは、要するに年率換算で1.4%なら1.4%で経済が縮小し続 けるということになります。要するに今年は、昨年のGDPの98.6%、つまり0. 986倍にしかならないということであり、仮に同じようなマイナス成長が来年も続 くのであれば、今年をはさんだ2年間で0.986×0.986≒0.972になり ます。仮に10年このようなマイナス成長が続けば、その10乗となり、約0.86 8倍、つまり14%マイナスになるわけです。 問題は、その原因です。 日本がマイナス成長に陥っている原因としては、大きく2つに分けて考えることが できると思います。外部要因か内部要因か、日本の外部に原因があって、日本にはコ ントロールできない、つまり世界経済全体に共通のファクターか、あるいは日本一国 の問題かということです。まずは、外部要因、あるいは世界経済一般に共通の問題で すが、これはカテゴリの(1)として(1−1)から(1−10)ぐらいに細分が可 能です。 (1−1)グローバルな流通・決済システムが完成したために、国際分業が進展し、 大量生産品は人件費の安い地域へ生産地がシフトし、全体としてはコスト安が実現さ れた。 (1−2)主としてオバマ政権の密かな努力によって、エネルギー源の多様化が進み、 世界的なエネルギー価格が安値安定の時代を迎えた。 (1−3)世界的にIT化が更に新しい段階へと進む中で、事務コストの劇的な削減 が進んでいる。 (1−4)機械製品など、多くの製品ジャンルで生産技術の進展と共にコストが下落 している。食料の価格も、生産技術の進歩により安定している。 (1−5)生活必需品に関わるライフスタイルにおける世界での標準化が進み、低価 格の大量生産品が市場を席巻し、高付加価値の奢侈品のニーズが縮小した。 (1−6)電子機器は端末の多機能化と標準化が進む中で、ハードの市場と価格は全 体で縮小の方向が著しい。 (1−7)輸送用機器や運輸サービスも、LCC航空、自動運転車などの普及という トレンドの中で付加価値が削ぎ落とされる傾向にある。 ここまでは、構造的な変化ですが、その結果として出てきている現象としては、 (1−8)中国経済がスローダウンを迎えている。 (1−9)ブラジルやロシア、トルコなどの新興国経済も急速なスローダウンを迎え ている。 (1−10)北米や欧州では、2008年から09年の大きな「底」からの景気回復 が続いてきたが、波動を繰り返してきた欧州だけでなく、北米にもスローダウンの兆 しがある。 といった問題があるわけです。アメリカの大統領選で、バーニー・サンダースに引 きずられる格好でヒラリー・クリントンが「バラマキの大風呂敷」を広げたり、真偽 は不明ですが、ポール・クルーグマンに対して安倍首相が「財政余力のあるドイツに 財政出動を期待」と言ったとか、言わないという話はこの(1−8から10)に該当 します。 ですが、因果関係としては、7番までの構造的な問題があって、その結果として8 から10のスローダウンがあるわけです。勿論、日本から見れば、8から10という 問題も日本経済への影響が大きいわけですが、重要なのは、あくまで1から7の変化 です。こうした変化のトレンドがある限り、例えばヒラリーやメルケルといった政治 家が「積極的な財政出動」を行ったとしても、効果は限定的であると思われるからで す。 このことは、それこそ、2009年にオバマが実施した「景気刺激策」の効果が限 定的であり、また90年代から日本が何度も投入した「積極策」もまた決して成功し なかったということが証明しているように思います。 一方で、日本独自の要因ですが、こちらはかなり特殊な事情があります。 (2−1)人口減による国内市場縮小の恐怖が、企業の国内向け設備投資も、個人の 消費意欲も減退させている。 (2−2)少子高齢化の進行は、全人口における就労人口比の更なる低下をもたらす だけでなく、将来不安により実際に負担が拡大する以前に、投資や消費を減退させて いる。 (2−3)新興国と比較すれば、まだまだ高人件費である日本は、改めて中付加価値 大量生産の拠点という地位を奪い返すほどの競争力はない。 (2−4)国家の累積債務は、国内の消費意欲を減退させるには十分だが、債務を円 建てで消化してしまっているために、何もしなければ「比較優位で」円高に振れてし まうという苦しさがある。 (2−5)最初は国内の高人件費や為替変動を嫌ったり、貿易摩擦の結果の譲歩とし てスタートした「現地生産化」が、現在では「国内からは世界の消費市場が見えな く」なった結果、必然的な問題として加速、その結果として巨大な生産量と雇用が流 出し、しかもそのトレンドが止まらない。 (2−6)エレクトロニクス産業においては、世界の最終消費者市場を獲得する継続 的な努力が途切れてしまったために、重電による法人・公共需要という分野か、また はハイテクのコモディティ化を受けた部品産業への逃避が起きた。結果として、産業 全体の収益が収縮し、特に利幅とキャッシュフローが大きく毀損した。 (2−7)エレクトロニクス産業にしても、例えば航空機産業にしても、長期的でリ スクを選好する資金が国内に決定的に不足している一方で、長期的な自国通貨への信 頼が欠ける中で国際的な資金調達にも躊躇がされる中で、技術や人材に比べて「慢性 的な資金不足」のために産業が拡大できない。 (2−8)リスク選好資金の不足ということは、産業としての金融業の発展も阻害し ている。英国が長期の「英国病」から蘇ったような金融業の貢献は、日本の場合は現 時点では期待できない。 (2−9)IT産業における主導権がハードからソフトに完全にシフトしている一方 で、日本ではプログラムやコーディングを担う人材の社会的・経済的地位が低く、従 って高付加価値を生み出すような人材育成ができていない。その一方で、「ハード製 造の夢よもう一度」といった懐古的で後ろ向きなセンチメントが根強い。 (2−10)小規模農業や、オフィスの間接事務部門、サービス業の多くなど、全産 業の中に局所的に「生産性が先進国で最低水準」の部分を抱えている。 (2−11)コスト負担を嫌って「上場を回避」する企業の増加、東芝やオリンパス の問題には無力であった形式だけのコンプライアンス、哲学を理解せぬまま半身の構 えで導入が進むIFRSなど、資本主義の根幹にある制度インフラに実効性が伴わな い。 (2−12)世界だけでなくアジアの公用語も英語となる中で、依然として実用的な 英語教育が実践できていない。これに加えて、ヒエラルキーの文化が捨てられない中 で、英語圏への劣等意識から、一種の植民地のような英語への態度が残っており、 「英語を導入してもコミュニケーションの生産性が上がらない」という独特の病を抱 えている。 (2−13)非就労人口の世論形成への関与が増大しており、以上のような問題の解 決への世論の後押しが期待できない。 というような問題が指摘できるわけです。シャープが鴻海に買われ、東芝が粉飾決 算の結果として事業の多くを切り売りすることとなり、その一方で、自動運転車の登 場が「自動車の運転」という行為とそのための自動車の購入ということの「付加価値 を破壊」する危険がある、それでも危機感が社会全体に広がらない背景には、こうし た根深い問題を指摘することができます。 今回の消費税率先送り論議については、「先送り」が不可避という結論に関しては、 ことここに及んでは否定するのは難しいのかもしれません。 ですが、昨今の「先送り論議」に関しては、やはり強い違和感を感じます。という のは、主として(1)の、つまり外部環境が厳しいから、世界経済の需要後退がある から日本がマイナス成長に陥っているという議論が主流だからです。 そうではない、問題は(2)の日本独自の要素であり、そこを改革していかなくて は「プラス成長」への復帰は難しいのです。プラス成長に復帰できなければ、当然の ことですが「プラス2%」の消費増税を吸収はできません。 勿論、増税をしなければいいというわけには行きません。国家財政の赤字体質は何 とか改善してゆかねばならないし、仮に更に悪化するようであれば、最後には自国通 貨の価値は大きく毀損され、エネルギーや食糧の自給のできない日本としては、国民 の生活水準の大幅な切り下げを余儀なくされるからです。 また、今後もマイナス成長が続くようでは、やがて日本は先進国から脱落していく 危険があります。近代の歴史の中には、過去にも英国が「英国病」という長期の停滞 を余儀なくされたことや、一旦は先進国並みの経済力を誇ったアルゼンチンが畜産業 の競争力喪失により、経済的地位を大きく低下させたという先例はあります。 ですが、これだけの規模の経済を誇り、これだけの成功を誇りながら、先進国の地 位から転落するという例はありません。具体的には一人あたりGDP3万ドルの水準 を大きく超えていたのが、改めてこのラインを割っていくようなストーリーを描いた 国というのは、ないと思います。そして、あってはならないことです。 確かに(1)にあるように、グローバルな経済縮小の要因ということは大きいと思 います。そして、この問題への処方箋は描きにくいのも事実です。この(1)が世界 共通のスローダウン要因、あるいはグローバルなデフレ構造の要因として否定できな いとして、日本経済の場合は、更にその上に(2)にあるような日本独自の要因が重 しのように乗っかってしまっているのが現実です。 その克服のためには改革が必要です。改革というのは、多くの産業で、その資金配 分や個々人の行動様式を変えていくということです。ですから、当然に「痛み」を伴 います。ですから、改革か、衰退かという選択肢について、国を挙げての議論を起こ す必要があるように思います。その議論が十分でない、いやそのような議論の気配も ないということでは、本当に日本は先進国から脱落してしまいます。 新しい年度のスタート、そして参院選などの政局の季節の本格化を前にして、改め てこの問題の議論を深めていかねばならないと思います。 ------------------------------------------------------------------ 冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ) 作家(米国ニュージャージー州在住) 1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大学大学院(修士)卒。 著書に『911 セプテンバーイレブンス』『メジャーリーグの愛され方』『「関係の空 気」「場の空気」』『アメリカは本当に「貧困大国」なのか』『チェンジはどこへ 消えたか〜オーラをなくしたオバマの試練』。訳書に『チャター』がある。 最新作 は『場違いな人〜「空気」と「目線」に悩まないコミュニケーション』(大和書房)。 またNHKBS『クールジャパン』の準レギュラーを務める。 ◆"from 911/USAレポート"『10周年メモリアル特別編集版』◆ 「FROM911、USAレポート 10年の記録」 App Storeにて配信中 詳しくはこちら ≫ http://itunes.apple.com/jp/app/id460233679mt=8
だらだらと残業する社員には「マイナス残業代」だ 効率が悪い社員ほど出世していくのが日本の会社 2016.4.11(月) 安田 修
日本の会社の生産性は先進諸国と比べて低いと言われています。その諸悪の根源は、「長時間働いたら評価される」という仕組みにあり、残業代に象徴されると私は考えています。 そこで、金利がマイナスになったことをヒントに、いっそ残業代もマイナスにしてしまえばどうでしょうか。 勤勉だからこそ生産性の低い日本の会社 よく「日本人は勤勉なのに生産性が低い」と言われますがこれは全く逆で、「勤勉だからこそ」生産性が低いのだと私は考えています。 農業国家・村社会だったからでしょうか、我が国には勤勉、すなわち真面目でコツコツ長時間働くことを良しとする文化が根強いのです。これは、生産性とは相容れない考え方です。 自分のやるべきことを素早くこなして早く帰ってしまうような人は、残念ながら評価されにくい。そういう人は「チームワークが大切だ」「要領は良いがより一段高い仕事のレベルを追究する姿勢に欠ける」などと上司から難癖を付けられ、評価を落とされてしまいます。 マンガみたいな話なのですが、上司よりも先に会社に行き、上司が帰るまで帰らないというのは今でもサラリーマンの処世術の基本です。 間にタバコを吸っていたり、だらだらとお喋りをしていても、目に余らない限りは評価にはあまり関係がありません。仕事をこなすのが早い人は、早く片付けると別の仕事を依頼されるだけなので、わざとペースを落として忙しいフリをしたりします。 仕事ができる人には“ペナルティ”になる残業代 実際にはそんなモラルの低い人はいないと思いますか?それは、もしかしたらあなたがそのことに気付いていないだけなのかもしれません。 ここだけの話、少なくとも私は、そうしていましたから。もちろんあまり露骨にやりすぎると周囲にばれますから、それなりに成果も挙げますし、やる気があるように見せたり、時にはさらなる仕事を進んでもらったりする「演技」がセットですよ。あくまで巧妙に、生産性を落とすんです。 早く帰ると残業代ももらえなくて損ですし、下手すると周囲からねたまれたり、評価が下がります。これで生産性が上がるわけはないと当時から思っていました。 もちろん、私がサラリーマンだったらこんなことは口が裂けても言いません。会社を辞めてから1年経った今でも、「こんなことを書いたら、かつての上司はどう思うだろう」などと思わず気を使ってしまうくらい、この習慣は深く身に付いているわけです。 残業代を支払うということは、だらだらと長く職場に残っている人への報酬ですから、逆に言うと、仕事の早い人、生産性の高い人に会社がペナルティを課しているとも言えます。 揚げ句の果てには「彼は頑張っている」なんて言って、効率が悪いために労働時間が長い人の方が評価されて、出世したりしますからね。そういう人が今度は上司になるので、悲劇は繰り返されるわけです。 頭脳労働は残業代では買えない もちろん、完全な単純作業は別です。ここで対象にしているのは主に、頭脳労働の話です。 また、仕事が「効率×時間」であることを否定するつもりもありません。同じ効率なら長く働く人の方が成果は出ますから、そういう人が評価されるのは間違っていません。 ただ、頭脳労働ではそもそも、高い効率を保ったまま長時間働くこと自体が不可能だと思うのです。 まれに超人みたいな人もいますがそれは例外として、普通の人間ならば本当に集中してものを考えることができるのは、連続で1時間程度、1日のうちにせいぜい34時間でしょう。あとはいわばアイドリング状態、厳しい言い方をすれば「仕事をしているフリ」ですよ。このことは自分で事業をするようになった今、確信を持って言うことができます。 12時間労働と言っても、8時間は流しているんです。半分以上は無意識でしょうけれども、本当に価値を生む仕事に集中してはいません。そもそも無駄な作業が多いのですが、どの作業がそもそもの価値を生んでいるかとか、そういうことを誰も真剣に考えないんです。 本来は、価値を生む作業に絞り込むことを徹底し、そういう工夫をして仕事を早く片付けた「優秀な人材」が早く帰宅して学んだり、外で人と交わることによって知的な刺激をどんどん受けるべきです。 フレッシュな発想は、残業代では買えないのです。むしろ、残業をしたらペナルティを取るというくらい、生産性を高めることを促すべきです。マイナス金利ならぬマイナス残業代、というわけですね。 時代に追いついていないのは「評価の仕方」 そして、人工知能やロボットの発達により、人間がしなくてはいけない仕事は今後急速に減っていき、残るのは頭脳労働だけになっていくことでしょう。 既にそれは起こりつつあります。人間に残された作業は減っていき、自分の頭で考えることのできる人材だけが評価される時代は遠からずきっと来ます。追いついていないのは人の評価の仕方の方なのです。 私はそういう考え方をしていますから、これから人に事業を手伝ってもらうときには当たり前の雇用契約を結ぶのではなく、ちょっと変わった形にしたいと考えていたりします。 少なくとも長い時間、オフィスにいることを評価するようなことだけはしないでしょう。世の中が変わらないことをむしろ幸いに、そのことで自社が優位になるように工夫をしたいと思います。 4月から社会人になり、サラリーマン社会の洗礼を受けている若い方々は、これから残業代と評価のシステムやその他もろもろについて「おかしいな」と感じることでしょう。でも、きっとその感覚の方が正しいのです。 そして、サラリーマンとして長くやっていこうと思ったら、そのことは面と向かって上司の方には言わない方が良いですよ。きっと、「そういう仕組みなんだから、黙って仕事しろ」って怒られますから。 それでは、また。人生計画で夢を目標に変えて実現する、シナジーブレインの安田修でした。 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/46523
【第11回】 2016年4月11日 稲盛和夫 高収益企業に至る「たった1つの道」 1999年8月19日、高収益経営のための社内講話 稲盛和夫が語った起業の「原点」とは――。京セラとKDDIという2つの世界的大企業を創業し、JAL再建の陣頭指揮を執った「経営の父」稲盛和夫氏。その経営哲学やマネジメント手法は世界中に信奉者を持つ。 『稲盛和夫経営講演選集』(第1〜3巻)『稲盛和夫経営講演選集』(第4〜6巻)発刊を記念し、「企業が高収益でなければならない理由」を語った貴重な講演録を掲載する。 なぜ企業は、 「高収益」でなければならないのか? まず「企業経営はなぜ高収益でなければならないのか」ということを考えてみようと思います。この原点は、京セラという会社をつくったときにあります。 稲盛和夫(いなもり・かずお)1932年、鹿児島県生まれ。鹿児島大学工学部卒業。59年、京都セラミック株式会社(現京セラ)を設立。社長、会長を経て、97年より名誉会長。84年に第二電電(現KDDI)を設立、会長に就任。2001年より最高顧問。10年に日本航空会長に就任し、代表取締役会長、名誉会長を経て、15年より名誉顧問。1984年に稲盛財団を設立し、「京都賞」を創設。毎年、人類社会の進歩発展に功績のあった人々を顕彰している。また、若手経営者が集まる経営塾「盛和塾」の塾長として、後進の育成に心血を注ぐ。主な著書に『生き方』(サンマーク出版)、『アメーバ経営』(日本経済新聞出版社)、『働き方』(三笠書房)、『燃える闘魂』(毎日新聞社)などがある。 『稲盛和夫オフィシャルサイト』 会社をつくった最初の年の売上は約二六〇〇万円でした。税引前利益はおよそ一割、三〇〇万円ほど出ました。それ以来、創立四〇周年を迎える今日まで赤字経営をしたことは一回もありません。企業史上、稀な記録をつくっている会社だろうと思います。 創業当時、私は経理をはじめ、経営について何もわかっていませんでしたから、三〇〇万円の利益が出たと言われても実感がありませんでした。 当時は、青山政次(まさじ)元社長が専務でした。経理屋さんがいなかったものですから、青山さんが、一生懸命に銭勘定をしておられました。青山さんはもともと電気の技術屋で、経理がわかっていませんから、細かいことについては宮木電機の経理の人に手伝ってもらっていました。そうして初めて決算を締めたところ、三〇〇万円の利益が出たということを青山さんから聞いたわけです。たいへんうれしかったことを記憶しています。 なぜうれしかったのかと言いますと、会社をつくるとき、宮木電機の専務であった西枝一江(いちえ)さんが個人的に家屋敷を担保に入れ、京都銀行から一〇〇〇万円を借りてくださり、それを京セラに貸してくださっていたからです。できたばかりの京セラという会社には信用がありませんでしたから、京セラという名前では、誰もお金を貸してくれませんでした。 西枝さんはたいへん聡明な方で、そのような方に創業を支援いただいたことは今にして思えばわれわれにとって幸せなことでした。西枝さんは京セラをつくるとき、宮木電機の子会社として京セラを位置づけるのはやめておこうと言われたのです。 青山さんは松風工業にいたときの私の上司で、前役員でもあり、技術担当部長でした。私は技術部の一番下の係長で、伊藤謙介会長は私の部下でした。一緒に辞めることになってしまったのですが、そのときに青山さんが、旧制京都帝国大学の電気工学科で同級生であった西枝さんに、「稲盛という男がいる。すばらしい人間だから、ぜひ会社をつくって新しいスタートを切らせてやりたいので支援をしてくれないか」と頼んでくださいました。 創業支援者からの言葉、 「京セラは潰れてもかまわない」 そのとき、青山さんは西枝さんと同級生の交川有(まじかわたもつ)さんという人にも頼んでくださいました。交川さんは戦時中に特許局に勤めておられて、その当時は、宮木電機の常務をしておられました。西枝さんが専務で、交川さんが常務だったわけです。西枝さんと交川さんの間柄はツーカーの仲でした。
西枝さんは交川さんと相談をして、「稲盛君というすばらしい人間がいるなら支援しよう」と決められました。そのときに西枝さんは、「宮木電機に出資してもらうと京セラは宮木電機の子会社になってしまう。それは彼らにとって決して良いことではない。京セラという会社はみんなが個人で支援をしよう」と言われ、当時の宮木電機の社長さんに、「専務である私も出資します。交川も出資します。あなたも資本金を出してください」と頼んでくださいました。 さらに、宮木電機の他の役員の方々にも個人でお金を出すよう頼んでくださって、三〇〇万円の資本金をつくっていただいたのでした。そのために、京セラは最初から宮木電機の子会社にならなかったわけです。 西枝さんは「京セラは宮木電機の子会社にしてはいけない。これは将来、たいへん発展するかもしれないし、つぶれるかもしれない。発展した場合に宮木電機が足かせになっては迷惑だろう。また、むしろつぶれる確率のほうが高い。宮木電機の子会社にしておいてつぶれたら、宮木電機の名誉にかかわる。だから、なるべく離しておいたほうがよろしい」という考え方をおもちでした。 西枝さんは以前私に次のように言われたことがあります。 「私は宮木電機の専務です。宮木男也(おとや)という社長がつくられた宮木電機の番頭として、専務を務めています。宮木電機は私の命がある限り絶対につぶさないし、この会社を守っていくつもりです。しかし京セラはつぶれても構わないのです」 会社ができた頃、宮木電機の役員もおられるところで言われたわけです。なんとまあ冷たいことを言われるなと思いました。「京セラはつぶれても構わない」と言われたのです。 たぶん、同級生の青山さんから頼まれたので、支援をして会社をつくってあげるけれども、そのせいで番頭として勤めている宮木電機の足手まといになったり、宮木電機に迷惑をかけるようなことがあったのでは、宮木男也という社長に対して申し訳ない。そういう非常に古いけれどもすばらしい考え方をもっておられたのだと思います。「宮木電機に迷惑をかけてはならん」という考えからされたことが、京セラをどこの系列でもなく、まったく独自の会社として発展させていく基にもなったわけです。 「借金」に対する恐怖体験 そういう形で設立したものですから、宮木電機の保証でお金は借りられない。ですが、資本金の三〇〇万円では設備をそろえられないものですから、西枝さんが自分の家屋敷を担保にして一〇〇〇万円、借りてくれることになったわけです。 そのときに西枝さんが私に「稲盛君ががんばってくれるとは思うけれども、成功する会社というのは万に一つというところだからな。そう簡単に会社がうまくいくとは限らん。たくさんの会社ができてはつぶれていく。万に一つ成功するかしないかというのが会社なので、ダメかもしれない。そのときには銀行の担保に入れてある私の家屋敷も失うことになる。しかし家内に『それでもええか』と言ったら、家内も『はい』と言ったので、そういうことにした」とおっしゃってくださったのです。それが私の頭に強烈に残っていました。 縁もゆかりもない、青山さんの紹介で知り合っただけの私にそこまでしていただいて、西枝さんに万が一にも迷惑をかけてはいけない。そういう気持ちが私を責め続けました。 もう一つ、私の父親はくそ真面目で、人様から借金することが大嫌いでした。父親は戦前、私の小さい頃、鹿児島で印刷屋を営んでいました。大きな印刷機械があって、従業員もいましたから、田舎では成功者の部類に入ったと思います。しかし、それが空襲で灰塵に帰した後は、しばらく放心状態となり、戦後は一切、印刷屋を再開しようともしませんでした。私が「お父さん、またもう一回やろう」と言っても、「とんでもない、こんな厳しいインフレの時代に借金でもして七人もいる子どもを飢えさせてはたいへんだ」と少しも動こうとしませんでした。 ことほど左様に借金が恐くて、慎重居士だった父親の血を引いているところへ、西枝さんから「つぶれれば家屋敷もとられてしまうかもしれない」と聞いたのですから、もう何が何でも借金を早く返さなければ、万一会社がつぶれたらたいへんなことになってしまうと思ったわけです。 300万の利益があっても…。 税金の存在に絶望する このような背景から初年度、青山さんから三〇〇万円の利益が出たと聞いたときに、「よかった」と喜びました。「三〇〇万円なら、一〇〇〇万円は三年で返せる。よかった。三年間なんとしてもがんばって、早く返そう」と思いました。 当然、私はお金そのものは見ていません。現金なんかあるわけがない。皆さんもご存じのように、それは在庫になったり売掛金になったりしています。 そのときに、青山さんと西枝さんと次のような話をしました。 「借りている一〇〇〇万円、早く返さなければならないと思っていたら、三年で返せそうなので、よかった」 「あんた、何を言うとるんや。三〇〇万円の利益が出たのは税引前であって、税金を納めなあかん」 「税金って、なんぼ払うんですか」 「半分の一五〇万円が税金や」 「そんな。一〇〇〇万円も借り入れがあって、今から三年かけてやっと返せるか、返せんかというのに、何で税金をとられるんですか」 「そらあんた、もうかったからや」 「もうかっても借金があるじゃありませんか」 借金と損益の区別もつかない、それが当時の私でした。 「借金を全部返し終わってから、おまえはもうかったから税金をとると言われるのならわかるけれども、借金があるのに税金をとられるなんて、そんなばかな。国というのは何の手伝いもしないで金だけ巻き上げる。それも即金で巻き上げる」 当時、ものを売っても、売掛残になったものは手形でもらっていました。 「売上は手形でもらうのに、税金は現金で召し上げる。とんでもない話だ」 「そんなことを言うのは、あんたが何もわかっておらんからや」 結局は一五〇万円しか残りません。さらにその一五〇万円から、非常勤を含めた役員の人たちに、少しボーナスを出してあげましょう、そして三〇〇万円の資本金を出してくれた人たちにも一割配当ぐらいは、お礼として当然すべきです、となったわけです。資本金三〇〇万円の一割の配当ですから三〇万円です。さらにボーナスを出すと、都合五〇万円ぐらいが消えてなくなり、後は一〇〇万円しか残りません。一〇〇万円だったら、一〇〇〇万円返すのに一〇年もかかってしまいます。 当時はセラミックスのプレスに自動機なんてありませんから、毎日、朝から晩までハンドプレスをまわさなければならず、伊藤会長は、ポパイみたいに腕がふくれ上がって筋骨隆々になったほどでした。そんな古い設備を使っているため、新たに設備投資をしなければならないのに、借金の返済にすら一〇年間かかります。二回目の投資をするまでにまだ一〇年かかると思ったのです。私の頭は、そういう悩みでいっぱいでした。 「借金を返すために、 利益率を上げる」という発想 そこで、西枝さんに相談しました。 「こんなことをしていたら、会社が大きくなるわけなんてないじゃありませんか。一〇〇万円しか残らなかったからと、一〇〇万円を銀行に返していったって一〇年もかかります。やっと一〇年かけて返し終わった頃には、今の設備なんか、一〇年ももちはしないと思いますが、もったとしても、完全に陳腐化しています。そしたら一〇年後、また借金をしてそれをとり替えなければなりません。この調子でいくと会社が将来どうなっていくかわからないじゃないですか」と言いました。 すると、西枝さんはカラカラと笑って言われました。 「あんた、何を言うとるのや。あんたが今一生懸命にがんばって、税引前で一割の利益が出たんだから、この事業は有望だということなんですよ。一〇〇〇万円を借りてあげたけれども、一〇〇〇万円の金利も払った上に一割の利益が出たんだから、それだけの力があることになる。もっと設備投資をして売上が増えるのだったら、銀行からさらに金を借りてきて投資をすればいいんですよ」 「それじゃ、返すより借りる金が増えて、どんどん借金が増えていくじゃありませんか」 「そう、それが事業というものです」 「そんなことは恐くてできません。最初の一〇〇〇万円でも、ご迷惑をかけたらたいへんなことだと思っているのに、そんなことできやしません」 「あなたは、良い技術屋であっても、良い経営者にはなれんな。一〇〇〇万円借りたから返さなければいかん、とばかり言っていては、会社が大きくなるはずがありません」 「私はどうすればよいのでしょうか。どうしてソニーや、本田技研は、あんなに大きくなったんでしょう。何か良い方法があるはずです。私の今の考え方では絶対に伸びるはずがないので、何か良い方法があるはずです」 「事業家というのはみんな、他人のお金を借りて設備投資し、大きくなっていくのです。金利を返し、償却ができさえすれば、金を借りることは決して恥でもなければ悪いことでもないんですよ」 西枝さんはそう言われるのですが、私は経営の常識も何ももっていませんから、とにかく借金をすることだけは困ると思っていたわけです。今だったら、その説明を受けたら、「よくわかりました」と納得すると思うのですが、当時は常識をもっていませんから納得できない。それはどうも危険な気がして、私はやっぱり返そうと思ったわけです。 そのときに、はっと気がつきました。 「そうか、税引前利益で一割の三〇〇万円の利益が出た。その半分の一五〇万円は税金にとられる。あとの五〇万円は賞与やら配当やらで消えて、一〇〇万円しか残らなかった。私は最初、三〇〇万円の利益が出たと聞いたから三年で返せるなと思ったのだが、それは税引前利益なので半分は税金でとられる。ならば、税引後で三〇〇万円残れば、三年で返せるんだ」 高収益企業への道筋が見えた瞬間(写真はイメージです) そう気づいたことが、京セラの高収益経営の発想の原点なのです。会社が始まったときに、二〇%ぐらいの税引前利益率を出そうと思った。二〇%が可能とか、不可能とかという問題ではありません。必要だから、そう思ったわけです。 目指すのではなく、 自然に「高収益」へと舵をとった 一割で三〇〇万円の税引前利益が出て、そこから半分税金がとられる。私もそれが惜しいと思い、「国というのは、時代劇に出てくる悪代官みたいなものだ。みんなが怒るのも無理はない。われわれ庶民を痛めつけて税金をむしりとる。けしからん」と憤ったぐらいです。ですから、税金をとられるのはもったいないので、ごまかして脱税しようと考える人も出てきます。 あるいは、「汗水たらしてがんばったのに、何の手伝いもしてくれなかった国に一五〇万円もとられるぐらいなら自分で使ってしまおう。三〇〇万円も利益が出たから半分とられる。だったら、利益を減らせばよい。それだけの余裕があるのだから使ってしまおう。交際費で使うとか、従業員に臨時ボーナスでも出して、自分も経営者として少しもらう。山分けをして利益を減らそう」と考えるわけです。 この場合、最初の魂胆は、とられる税金が惜しいので、それを減らそうという発想だったのですが、それは期せずして低収益を望んでいることになるわけです。本当は、税金がけしからんから、税金から逃げようとしているだけで、決して低収益を望んでいるわけではありません。しかし結果として、そのメンタリティが、自分から望んで「低収益のほうが結構だ」という考えに結びついているわけです。 私は借金を返そうと思ったものですから、脱税しようともしなかったし、山分けをしようとも思わなかったのです。さらに収益性をあげて、一〇%の売上利益率だったものを、二〇%にしよう。そうして税引後に三〇〇万円残るようにしよう。そうすれば三年間で借金が返せるではないかと、素朴にそう考えたのです。 そのときは「高収益を目指そう」とは思っていませんでしたが、とにかく、税金も全部払った残りが三〇〇万円必要だと思ったからこそ、自然に「高収益」企業へと舵をとったわけです。つまり、「借金を返すためには、高収益でなければならない」と自分なりに考えたことが高収益企業への始まりだったのです。 ※『稲盛和夫経営講演選集 第3巻 成長発展の経営戦略』、「なぜ高収益でなければならないのか」より抜粋 http://diamond.jp/articles/-/88973 【第10回】 2016年4月11日 児玉 哲彦2030年、人工知能と共に生きるすべての人へシンギュラリティへ向かう世界でどう生きるのか? 人工知能はどこから来て、この先何を変えるのか?新刊『人工知能は私たちを滅ぼすのか――計算機が神になる100年の物語』では、2030年に暮らす女子大生のマリと、アシスタント知能デバイス(A.I.D.)のピートが、コンピューター100年の進化論から、人工知能の行く末を探ります。長年、ITと人間の関係を研究する専門家が新たに書き下ろす、2030年に生きるすべての人たちへの最終メッセージ。 拝啓、2030年のマリたちへ 僕は今、2016年の日本にいます。君はまだ8歳とかだから、この文章をすぐ目にすることはないでしょう。この文章がタイムカプセルにでも入れられて、君が大人になった頃に目にしてくれたらいいなと思っています。その頃にまだ紙に書かれた文章を読むような習慣が残っていれば、だけど。あるいは、このサイトがどこかのクラウドにアーカイブされて、ネットの片隅に残ってる可能性の方が高いかもしれません。 君たちはきっと、ピートのような賢い機械に囲まれて育つでしょう。君たちはそれが当たり前だと思い、お父さんやお母さんがそういうもののない時代に青春を過ごしたということは想像もできないでしょう。僕らは未だに自分でクルマを運転したり、確定申告で領収書の束に埋もれたり、図書館に籠もって文献を漁って本を書いたりしています。 2030年を生きる君たちには、さぞかし原始的に見えることと思います。それでも僕たちは、それまでの歴史の中でもっとも発展してもっとも豊かな生活を送っていました。それは僕らのさらにお父さんやお母さんや、そのまたお父さんやお母さんが頑張って働いたり、次の世代を一生懸命に育ててくれたりしたおかげでした。 数年前に、僕がこの本(『人工知能は私たちを滅ぼすのか』)を書くきっかけをくれた友人に、初めての子どもが生まれました。その時、彼がこの時代にもっとも広く使われていたSNSのFacebookに、こんな投稿をしていました。 「僕らは、君たちにどんな世界を残してあげられるんだろう」 彼自身は知らなかったかもしれないけど、彼から本を書かないか、それも歴史の本を、と言われたときに僕の頭に真っ先に浮かんだのは、彼のこの言葉だったのです。 ネイティブアメリカンのホピ族は、重要な意思決定をするときには七代先への影響まで考えるそうです。 君の住んでいるのは、今よりも豊かな世界ですか。今よりも平和な世界ですか。今よりも希望のある世界ですか。僕たちには、先達が積み上げてきたこの世界を、君たちによりよいものにしてバトンタッチするために、なんとか頑張っています。 シリコンバレーは月へ行くようなリスクをとって世界を制した 僕の本では十分に書ききれなかったけど、君たちの時代には社会の中で一層重要になっているだろうITというものの発展に、日本人や日本の企業は大きな貢献をしてきました。 例えば、インテルが最初のマイクロプロセッサを作るきっかけを作ったのは、日本のビジコンという会社でした。パーソナルコンピューターの初期にはNECや富士通や東芝のような日本企業が大きな成功を収めました(君たちの時代にまだ彼らは存在していますか?)。スマートフォンにつながった携帯電話を世界で最初に実用化したのも、インターネットにつながるようにしたのも、日本でした。日本には多くの人工知能の研究者がいて、ニューラルネットワークなどの研究に地道に取り組んできました。 だけど、僕たちの時代には、パーソナルコンピューターもスマートフォンも、日本製のものはあまり使われていません。海外ではほとんど見なくなってしまいました。世界中で使われているIT製品の多くは、アメリカのIT企業のものです。どうしてこんなことになってしまったのでしょう。 企業を取り巻く環境の違いは、間違いなく大きくあります。 僕の本に書いたように、アメリカの政府は大きな軍事予算を持っていて、その多くを、軍事的優位を保つために新しい技術の開発に投じています。チューリングやノイマンが最初のコンピューターを作っていた頃から、ITの基礎開発は軍事目的で、今の国防高等計画局(DARPA)の資金によるものでした。日本は、戦後に憲法で戦争を放棄しました。だから、アメリカやイスラエルや中国のようにおおっぴらに大きな軍事予算は使えません。 そうした予算が、スタンフォードやMITといったトップレベルの大学や研究機関に流れ込んで、世界中から優秀な若い人たちを惹きつけてきました。でも、日本にだっていい大学はあるし、経済的には豊かだし、優秀な若者はいるし、君たちくらいの歳までには、そんなに大きな差があるわけじゃないんです。 違うのは、その後。日本では、そうした若い人たちが社会に出るときに、伝統ある大企業に入ったり、お医者さんや弁護士のような社会的地位の高い仕事に就くのがいいこととされます。でも、スタンフォードでコンピューターサイエンスをやっているような学生さんにそういう人はいません。まずはGoogleなどのような、大企業でも歴史が浅くて勢いのある企業に入るか、最初から自分で起業してしまうような人もたくさんいます。周囲の大人も、社会も、そのようにリスクをとってチャレンジをする人を応援します。 こんな例え話をした人がいます。たくさんの人を乗せた船が難破して、無人島にたどり着いた。まずは食料を得ないと、みんな飢え死にしてしまう。例えば、木の実や貝を拾うのは子どもやお年寄りでもできるけど、わずかな食料しか得られない。一方、大きな動物を狩れば、自分がやられるリスクもある代わりに一気にたくさんの食料を得られるから、元気のある若者がそうした仕事をしにいくでしょう。 ところが今の日本の社会というのは、若くて優秀な人が木の実を拾いにいくような仕事をしているようなものです。だから社会全体として得られるリターンが小さくなってしまって、みんな一斉に貧しくなっていく。いや社会なんていう大きな単位で考えなくても、木の実を拾うのは、安全かもしれないけど単純につまらない。つまらないことをやっていると、人間の精神はよどんでいきます。 シリコンバレーやサンフランシスコのITベンチャーのコミュニティに行くと、本気で民間で宇宙開発をやろうとか、ほとんど妄想としか思えないような壮大な夢を語る人がいます。でも、そうした人たちに共通しているのは、みんな本当に楽しそうで生き生きとしていること。人間の精神というのは、安全や安心ではなくて、夢を描いて、リスクをとってチャレンジするときに一番輝くものです。 この本の中に書いたITの先駆者たちには、ある共通した点があります。それは、若い頃にはほぼ全員が、気が狂っていると思われていたことです。世界を変えるような、大きな産業をつくり出すような仕事をした人たちは、例外なくそうです。それは彼らの描いた夢やビジョンが時代に先駆け過ぎていて、同時代の人たちには理解できなかったからです。 シリコンバレーにはそういう人たちが集まって、あらゆる産業を塗り替える現代のルネサンスを起こしています。その秘密は、お金じゃなく、能力じゃなく、ただリスクをとって自分の信じたものに自分を丸ごと賭けられるか、という違いなのです。 シンギュラリティへ向かう世界で生きていくために 君たちの時代には、人工知能に代表されるITの進化は今よりもはるかに加速していることでしょう。人工知能が多くの仕事で人間を上回り、人間の存在意義や生き方がかつてなく問われているでしょう。 僕の予想が正しければ、今ホワイトカラー職と言われている、数字や文章のような記号情報を扱う仕事の大部分、そして画像や音声のようなパターン情報を扱う仕事の少なくない割合を人工知能がするようになっていると思います。 おそらく、今よりも機械に置き換えにくい肉体労働などをしている人の割合が増えているでしょう。今の世の中で付加価値の高い仕事から先に機械に置き換わっていくので、賃金が減ってしまう人もたくさんいるでしょう。僕は、社会が経験するこうした痛みができるだけ少なければいいと願っています。 そんな時代に、君は今からどんな風に備えていたか、思い出してみてください。君のいる時代の人工知能は、行き先を与えられればそこへうまくたどり着くことは人間より上手いと思います。だけど、どこへ行けばいいかは、まだ教えてはくれないはずです。 君は、小さい頃にたくさん遊んだことと思います。好奇心を持って、知らない場所に出かけたり、会ったことのない人に会ったりしていたことと思います。そして自分の身体で世界の豊かさや美しさを感じたり、自分の手を動かして物をつくる喜びを体験していたことでしょう。 今大人になって、君の目の前には真っ白なキャンバスが広がっています。目を閉じてみてください。そこにどんな絵を描くのか、どんな音楽を奏でるのか、どんな世界をつくるのか、無限のイメージを広げてください。 その時、人工知能は、君のそのイメージを形にしてくれる、最高のパートナーになることでしょう。 ________________________________________ 新刊書籍のご案内 『人工知能は私たちを滅ぼすのか 計算機が神になる100年の物語』 児玉哲彦・著 定価:1600円+税 発売:ダイヤモンド社 福岡伸一氏推薦!! (『生物と無生物のあいだ』著者) 「2045年、人工知能の発達は人間の手を離れ、独自の進化段階に入る。 以降、人間はあらゆる問題から解放される。あなたは本書の最終章を受け入れられるだろうか? コンピュータをめぐる過去・現在・未来を一気に疾走する好著!」 ITと人間の関係を研究する専門家が、100年にわたるコンピューターの進化の物語を読み解きながら、2030年に実現する世界と、その先に訪れる未来を描く。2030年に暮らす女子大生のマリと、人工知能アシスタント・デバイス(A.I.D.)のピートと一緒に、人工知能の誕生を探る旅に出ましょう! ご購入はこちらから!→[Amazon.co.jp][紀伊國屋書店BookWeb][楽天ブックス 著者について 児玉哲彦(こだま・あきひこ) 1980年、東京に生まれる。父親のMIT留学に伴い、幼少時代をボストンで過ごす。10代からデジタルメディアの開発に取り組む。慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスにてモバイル/IoTの研究に従事、2010年に博士号(政策・メディア)取得。頓智ドット株式会社にて80万ダウンロード超のモバイル地域情報サービス「tab」の設計、フリービット株式会社にてモバイルキャリア「フリービットモバイル」(現トーンモバイル)のブランディングと製品設計に従事。2014年には株式会社アトモスデザインを立ち上げ、ロボット/AIを含むIT製品の設計と開発を支援。電通グループ/ソフトバンクグループのような大手からスタートアップまでを対象に幅広い事業に関わる。現在は外資系IT大手にて製品マネージャーを務める。最近の悩みは、自分の人間としてのハードウェアの性能の限界に直面していること。 • 本日のトップ記事 » • 「人工知能は私たちを滅ぼすのか」の最新記事 » スペシャル・インフォメーションPR • 中小企業も成功!経営効率UPの4つの方法〜商談機会を逃さないためには?〜 • 【美人投資家が実践】膨大な情報の中から価値ある情報を選別するテクニック • 家族に財産管理や介護方針を託して、老後と相続に備える確実な方法 • これぞ会員制リゾート。国立公園内でクオリティの高い“クラブ”文化を楽しむ • 【転職後の年収ランキング】年収2000万円は実現できるか? 人工知能は私たちを滅ぼすのか バックナンバー 一覧 • 第10回 2030年、人工知能と共に生きるすべての人へシンギュラリティへ向かう世界でどう生きるのか? (2016.04.11) • 第9回 人工知能は私たちを救うのか、滅ぼすのかAI実現後に待ち受けている世界 (2016.04.07) • 第8回 2030年、この7つの封印が解かれついに人工知能の世界がやってくる (2016.04.05) http://diamond.jp/articles/-/89361
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