2016年3月28日 週刊ダイヤモンド編集部 マイナス金利の歪み、金融だけでなく企業会計・財務にも 3月18日に10年国債利回りが一時マイナス0.135%をつけ、史上最低を更新するなど、マイナス金利は深化するばかり。マイナス金利は金融商品の世界だけでなく、企業会計や財務にも大きなゆがみをもたらしている。(「週刊ダイヤモンド」編集部 竹田孝洋) Photo:REUTERS/アフロ、EPA=時事 2月1日から、ある銀行の営業所は6カ月定期と1年定期共に0.45%という高金利で預金を募集していた。この金利を決定したのは、日本銀行がマイナス金利導入を発表する前日の1月28日。「29日に決定がずれ込んでいればこの金利はなかった。決めた以上利用して預金を集めなければと思った」と営業マンは苦笑いする。実際、早期に上限に達したため2月いっぱいで募集を打ち切った。
MRF(マネー・リザーブ・ファンド)を日銀当座預金のマイナス金利の対象外とするという、3月の日銀政策決定会合での決定は証券会社にとって朗報だった。MRFは、投資信託や株式、債券といった商品の償還資金や配当金を取りあえず置いておく待機資金の受け皿だ。 短期国債など主力の運用先の利回りがマイナスになり、運用難に陥っている。MRFの資金は信託銀行を通じて日銀当座預金に回るが、ここでもマイナス金利が適用されれば、元本割れの危機にひんするところだった。 3月中旬の時点で、償還までの期間が10年以下の国債利回りがマイナスに沈んでいる。マイナス金利は、実は企業会計や財務にも大きな影響をもたらしている。 拡大する その筆頭が将来の退職金や年金の支払いに備えて、現時点での必要額を算出する退職給付債務。これは将来時点で必要な支払額を金利で割り引いて計算する。
その金利がプラスなら、1にその金利を加えた数値で将来の必要額を割るので、退職給付債務は将来の支払額より小さくなる。しかし、金利がマイナスとなると、1より小さな数値で割ることになり、将来の支払額より退職給付債務が大きくなる。この場合、実際には将来の支払額と同じ金額の現金をそのまま保有しておけば支払いに困らないはずだ。にもかかわらず、計算上はそれ以上の金額を債務に計上するゆがんだ状態になる。 計算に使う金利には、決算期末の国債利回りか高格付けの社債利回りを適用するのだが、国債利回りを選択している企業は少なくない。どの期間の利回りを使うかは、その企業の従業員の勤務期間の平均などによって決まる。その期間が短い企業であれば、マイナス金利を適用する可能性が高くなる。 企業会計基準委員会は、今3月期については、適用する予定の金利がマイナスであってもゼロ金利を適用してもいいという意見を表明したが、退職給付債務の計算代行をしているIICパートナーズは、「マイナス金利を前提とした計算結果を提示した企業もあった」という。マイナス金利適用会社が実際に出てくる可能性がある。 将来における工場などの設備の除却費用を負債計上する資産除去債務も、「除却予定までの期間のリスクフリーレート(国債利回り)で将来の費用を割り引いて算出する」(秋葉賢一・早稲田大学教授)。現在の必要額が将来の支払額を上回る公算は大きい。 悪化する実態とは 裏腹に向上する 生保の健全性指標 マイナス金利が企業の資金調達方法に影響を及ぼすケースも出そうだ。企業財務の現場では、コストを抑えるために金融機関から変動金利で借り、その後変動金利の受け取りと固定金利の支払いを交換する契約(金利スワップ)を結び、実質的に固定金利で借りた形にすることが多い。金融機関から直接固定金利で借りるよりコストが安くなるからだ。こうしたケースの場合、「金利スワップの時価評価をせず、当初から実質的な固定金利の水準で借り入れをしたという会計処理をしてもよい」(園生裕之・有限監査法人トーマツパートナー)という特例もある。 金融機関から借りる金利はマイナスにはならない。一方、金利スワップでの変動金利は、短期の市場金利に企業の信用リスクが加味されて決まる。短期の市場金利はすでに一部はマイナス。皮肉にも信用リスクの小さい優良企業であればあるほどマイナスになり、金利スワップを組んでも変動金利を二重払いする公算が大きくなる。それなら、最初から固定金利で借りようということになるだろう。 生命保険会社の財務の健全性を測る指標であるソルベンシーマージン比率もマイナス金利でゆがむ。マイナス金利導入による金利低下で保有する固定利付きの債券の時価評価が膨らむと、この比率は大きくなり、指標上は、健全性が向上する。しかし、現実には、金利低下で運用利回りが低下し、経営の健全性は損なわれる。「指標と実態が乖離してしまう」(植村信保・キャピタスコンサルティングマネージングディレクター)のだ。 日銀が掲げる2%の物価目標達成はいまだ見通せない。マイナス金利は長期化、深化するだろう。会計・財務などに生じたゆがみは当面解消されることはない。 http://diamond.jp/articles/-/88590
2016年3月28日 丸山 俊(BNPパリバ証券日本株チーフストラテジスト) 欧州でくすぶる信用不安 消えない日本株の売り圧力 3月以降、中国の人民元相場安定化や欧州中央銀行(ECB)の追加緩和、米連邦準備制度理事会(FRB)の追加利上げ見送りなど、市場混乱回避への努力から世界的に株価の持ち直し基調がはっきりとしつつある。
確かに中国当局は人民元を高めに誘導することで、金融市場の安定化に成功しているように見える。しかし、中国景気悪化の要因は割高な人民元だ。意図的に通貨高に誘導したところで景気刺激策を打っても、持続的な景気回復が覚束ないことは日本経済が実証済みだ。 拡大する また、FRBのハト派色が強まると円高圧力が強まりやすいため、日本株は他市場に比して回復に手間取ってしまう。日本株が他市場を凌駕するには、やはりFRBが利上げスタンスを崩さないことが必要だ。しかし、反対にFRBが追加利上げを急ぐと、新興国や国際商品市場から資金が再び流出する恐れがある。現在の世界的なリスクオンは「砂上の楼閣」のようなものであろう。
そうした中、投資家は欧州金融機関の信用不安の火種というテールリスクを忘れてはいないだろうか。3月10日、ECBは月間の資産購入額の増額や中銀預金金利の引き下げに加え、リファイナンス金利や限界貸出金利も引き下げた。さらにユーロ圏内の金融機関以外の企業が発行する投資適格級ユーロ建て債券を買い入れ対象に追加し、新たな資金供給手段としても導入するなど、百点満点の追加緩和パッケージを打ち出した。 しかし、欧州金融機関のバランスシートは既に縮小に転じつつあり、ECBの緩和パッケージがこれら金融機関の行動を変える可能性は低い。欧州金融機関の負債を見てみると、2012年ごろから株式・出資金が急増している。債務危機に見舞われた欧州では、優先株や証券化債券を発行して自己資本を増強してきた。これ自体は問題ないとしても、同時に資産サイドでも株式・出資金が急増している。結局、資本増強が貸出に向かわず、ファンドへの出資を介して主に金融機関が発行した優先株や証券化債券などに向かっている可能性がある。これでは親戚同士で借金し合っているようなものだ。 ECBがマイナス金利を導入した15年以降、利回りニーズの高まりもあってこうした動きが顕著になっている。新興国(特に中国)や欧州域内の景気が回復せずに、収益が改善しない場合、規制強化や業績悪化に伴う信用不安が、金融機関による資産圧縮に拍車を掛ける可能性が否定できない。13年以降、海外投資家の日本株買い越し金額20兆円超のうち、その大半は欧州経由であった。欧州金融機関の資産圧縮の影響を最も受けるのは日本株である。 (BNPパリバ証券日本株チーフストラテジスト 丸山 俊) http://diamond.jp/articles/-/88589
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