焚きつけているのは誰?上海で住宅バブル再燃の怪 もはや“ぼったくり”、日ごとに吊り上げられるマンション価格 2016.3.22(火) 姫田 小夏 1億円を超える値段で売り出されている上海のマンション(筆者撮影、以下同) ?上海で終わったはずの住宅バブルが再燃している。2015年春以降、住宅市場が息を吹き返し、今年に入ってどんどん価格を上げているのだ。「いまだかつてないバブルだ」(地元紙)との声も聞こえてくる。 「中国ではもう住宅バブルはないだろうと思っていました。また、こんなことになるなんて信じられない」?こう語るのは上海在住の会社員だ。 ?上海では誰もが「住宅価格は天井に達した」と思っていた。しかし昨年(2015年)、住宅価格が再び上昇局面に入る。上海で販売された住宅面積(新築・中古含む)は前年比55%増の1500万平米。1平米当たりの平均価格も3万元(1元=17.5円として約52万5000円)を超えてしまった(「捜房網」による統計)。 慌てて値段を書き直す不動産仲介業者 ?上海市の西、虹橋空港に近い古北新区では、築20年近いマンション群が急騰した。1990年代に外国人向けに開発された区画である。 上海の不動産バブルが再燃している ?ある老朽マンションでは、この2月、2LDKの物件に630万元の値がついた。日本円にしたら1億円超だ。2000年代前半の住宅バブル前夜には140万元だったから、実に4.5倍の値上がりである。 ?このマンションは、2015年春から強気の価格をつけるようになった。注目すべきは昨年後半から今年にかけての値動きだ。4月に400万元だったのが、9月には480万元にまで上がり、さらに春節明けの2月には630万元にまで上昇した。過去最高の価格といっていい。 ?古北新区の中古マンションの価格は日々更新される。歩道にせり出す黒板広告(写真)には、不動産仲介業者が慌てて「2」を「3」に書き直した跡が見受けられる。欲を出した売主が「まだまだ行ける」と価格を吊り上げているのだろう。 一夜にして変わる価格。「2」を「3」に書き直した跡が・・・ 拡大画像表示 ?驚くのは、こんな“ぼったくり価格”でも購入者がいることだ。同エリアの不動産仲介会社のセールスマンは「1日で2戸も売れた」と顔をほころばせる。 マンションの購入者はほとんどが投資目的 ?住宅バブル再燃の背景にあるのは、政府の景気刺激策だ。中国政府は景気の冷え込みを防ぐため、2009年の「4兆元の財政出動」に代わる景気刺激策を打ち続けている。不動産業界でも住宅在庫の削減に向けて、規制を緩和させる方向にある。上海では税金面での優遇策、住宅ローンの融資条件緩和、住宅積立金の預金利率を引き上げなどが導入された。 ?また昨年の夏以来、株式市場に見切りをつけた投機資金が不動産に向かうようになったことも一因だ。特に最近は海外への資金移転が困難になったことから、資金が不動産市場に集中する傾向が見られる。 ?一級都市では、不動産購入を抑制するために導入された「限購令」が完全に解除されたわけではない。政府は投機行為を抑制するスタンスを崩していない。それにもかかわらず、目の前で起きているのは「投機行為」だ。上海の中心街ではごく普通のマンションに600万元、700万元、800万元という“豪邸”級の値段がつけられるようになった(冒頭の写真)。「購入時の10倍になった」と明かす住民もいる。 ?前述した古北新区の老朽マンションについて言えば、「購入者はほとんどが投資目的」(前出の営業マン)である。自分が住むための買い替えはほとんどない。不動産神話はまだまだ健在で、多くの人が「いずれまた売却益を出せる」(同)と信じている。 ?地元紙「東方早報」は「市場は理性を失った」と報じ、空前のバブルの到来を懸念する。地元の主婦は「狂気じみている」と肩をすくめる。 ?上海だけではない。上海以外の北京、広州、深センの一級都市と一部の二級都市でも、不動産は異常に値上がりしている。今年1月、深センでは新築住宅の1平米当たりの販売価格が4万6500元を超えた。前年比で74%の増加である。またしても不動産投機と価格の暴騰が始まったのだ。 三級、四級都市では住宅在庫が山積み ?再燃した住宅バブル。だが、それは習近平政権が掲げる経済の「新常態」(ニューノーマル)とは明らかに相容れない。中国政府は緩やかで着実な経済成長を目指す政策に転換した。だが、中国人は再び一攫千金の夢を追い求めようとしている。 ?前出の会社員も投機熱の高まりを懸念し、こう語る。 「昨年の株式投資ブームと同じ現象が起きている。あのとき、800万元、1000万元という大金を株で儲ける者が続出した。株式市場が暴落したら、投資家が不動産市場になだれ込んできた。政府の政策で金回りがよくなっていることは間違いないが、民衆心理につけ込むやり方には賛成できない」 ?地方都市の惨状を指摘する学者もいる。「大量の住宅在庫を抱える地方都市の財政は“火の車”だ。政府はせめて一級都市でバブルを再燃させて、財政を潤わせようというのだろう。最近の住宅バブルには、そんな政府の思惑が見え隠れする」 ?確かに不動産市場が活況なのは一級都市と一部の二級都市のみだ。それ以外の三級、四級都市は、積み上がる住宅在庫の消化に四苦八苦している。 ?中国の専門家の間では「すでに2013年に不動産の黄金期は終わった」という認識が定着している。都市部における20〜45歳の人口は2013年をピークに減少に転じ、今後は住宅の販売面積も比例して減少するとみられる。2013年に新たに着工した不動産は20億平米だったが、2020年には10億平米を下回るといわれている。 ?おそらく、上海の住宅バブルも長くは続かないだろう。すでに下半期には、政府が引き締めに乗り出すという観測もある。株式市場と同様、一過性の政策がもたらす暴騰は中国の先行きをますます不透明なものにしている。 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/46388 日本株式会社:よみがえった国家介入主義 M&Aブームの陰に経産省あり、1970年代を彷彿させる産業政策に舵 2016.3.22(火) Financial Times (英フィナンシャル・タイムズ紙?2016年3月16日) ?日本の通商産業省は権勢の絶頂期にあった1970年代、スプーンをゴルフクラブに変えることができた。
?通産省は新潟県燕市の洋食器メーカーを説得して、スポーツ用品の製造に商売替えさせたのだ。それだけではない。同省の職員たちは同じ魔法をほかの業界に対しても使っていた。業界地図を描き変えたり、経済の一部門を屈服させて自分たちの思うままに動かしたりしていた。 ?国内外の人にとって、これは世界一の高成長国で権力がどのように働いているかを示す例証であると同時に、不安な気持ちになる国家介入の表れでもあった。 ?今、その通産省が、安倍晋三首相の庇護を得て帰ってきた。首相の景気刺激策「アベノミクス」の設計者たちが同省の復活を後押ししている。彼らによれば、同省のかつての魔法があちこちでもっと使われれば日本はもっと豊かになり、中国ともっと競えるようになるという。同省が権力を欲していることは間違いない。 ?問題は、彼らが40年前のモデルをどこまで忠実に再現できるかだ。 「官僚機構の中で、今日、権力を手にして行使することにあれほど飢えている組織はほかにない」。与党・自民党に所属し、同省と強いつながりを持つある政治家はこう語る。「この国では1980年代以降見られなくなっていた自信と使命感を持って(あの省は)行動している。もちろん、それは真の権力と同じではない」 ?国内企業同士の合併が最近急増し、日本企業による外国企業の買収が2015年に10兆円の大台に乗った様子を見て、今日の経済産業省は旧通産省時代の魔法をいくつか取り戻したと確信している人もいる。 ?彼らの目には、富士通と東芝がパソコン事業を統合する話や、ライバルである東京鋼鉄の株式を大阪製鉄が公開買い付けすることなどが、経産省が「日本株式会社」を再び牛耳っている証拠に見えるのだ。 ?これには外部の力が作用している。2011年の東日本大震災とその後の福島第一原子力発電所における原子炉のメルトダウン(炉心溶融)により、経産省が実行したがっていた類いの干渉が必要になったからだ。 ?上記以外の合併案件はエネルギーや自動車部品、素材などの業界合理化を目指したもので、中には経産省介入の痕跡がしっかり残っているものもある。当事者は否定しているが、昨年12月に同時に近いタイミングで行われた2件の経営統合の決断は、そうした介入の一例だ。 ?日本最大の石油精製会社JXホールディングスが東燃ゼネラル石油との経営統合計画を発表したのは、第2位の精製会社である出光興産と昭和シェル石油が同様な経営統合を決めた直後だった。 ?経産省の内部では、次の企業優生学プログラムの対象候補としてガラス、原子力発電、化学業界の名前が挙がっている。また自動車業界アナリストたちの間には、経産省は最終的に、独フォルクスワーゲン(VW)が昨年手放したスズキの株式を購入するようトヨタ自動車を説得するのではないかとの見方がある。 ?経産省の野心がうかがえるのはM&A(合併・買収)の分野だけではない。アベノミクス・プロジェクトの主任執行者であるかのように振る舞う同省は、日本の武器輸出計画の中心に陣取り、新エネルギー、人工知能(AI)、ロボット工学などのプロジェクトも主導している。 ?そのためアナリストからは、国家主義的な解決策よりも本当に最善の解決策を優先させることについて経産省はどの程度熱心なのか、という問いが発せられている。 「ある企業が投資を模索していて、日本と外国の両方の選択肢があった場合に、我々としてはどちらを選んでくれても構わないと言ったら、それは不正直だろう」。同省のある職員はこう語る。「事業のシナジー(相乗効果)があって、オールジャパン・チームを作れるのであれば、我々はとしてはそちらの方を好む」 司令塔の老い ?真の権力を握るとは、そしてそれを手放すとはどういうことなのか。経産省はそれを知っているがゆえに苦しい思いをしている。 ?第2次世界大戦後の復興期に、同省は大変な影響力を誇っていた。奇跡的な高成長を遂げた1970年代は特にそうだった。『The Enigma of Japanese Power(邦訳:日本/権力構造の謎)』や『Japan: Who Governs?(日本:統治者は誰なのか)』といった国際的なベストセラーは同省の活動に着眼した作品だった。 ?同省は計画経済の主要な操縦者の役目を担い、世界と対決する使命を与えられていた。現職の首相に話を聞いてもらえるだけでなく、首相の座に登りつめる政治指導者は必ず通るとされた関門でもあった。 ?2016年の今、経産省の影響力はどれほどのものなのか。これを推し量ろうとすると、アベノミクスにはまだ何を達成できる望みがあるのか、安倍政権では政治力はどのように利用されているのか、そして経産省の活動は本当に日本のためになるのかといったもっと深い問題に突き当たる。 ?東京証券取引所のトップを務め、現在はコールバーグ・クラビス・ロバーツ(KKR)の日本法人会長である斉藤惇氏によれば、経産省がアベノミクスの機会をとらえることになぜあれほど積極的だったかは簡単に理解できるという。 「中国の台頭について重要なのは、真の市場ベースの資本主義が中国という国家に太刀打ちできないときもあるのだと、ほとんどの先進国が理解したことだ。ほとんどの先進国の政府高官は、自分たちの決断で自国の企業を支援すれば、企業がもっと効果的に中国と競う助けになり得ると考えている」と斉藤氏は述べている。 ?全盛期を過ぎた後の経産省は面白くない日々を送った。2014年から2015年にかけては、スキャンダルのために大臣が2度も交代した。デフレの進行と企業の節約のせいで同省の威信も低下した。 ?首相になるなら経産相を一度経験しなければならないということもなくなった。重要な統制手段――とりわけ重要なのは、企業への外貨の割り当てだった――は、ほかの省に譲ったりそっくり消えてなくなったりした。 ?経産省が支配した経済は、それを営む国民とともに、老いが出始めた。影響力を最も強く行使できた重工業も、経済のサービス化に伴って重要性が低下した。経産省は力を失い、自信を失った。2001年に同省の英語名から「international」という単語が外されたことは、日本が内向きになったことを図らずも物語っていた。 指導者の影響力 ?2012年に政権を握った安倍晋三氏は、自分の経済再生プログラムの柱に経産省を据えた。政治の専門家やエコノミストたちの話によれば、同省が舞台の中央に戻ってきた要因はいくつかあるという。 ?第1の要因は、投資家がアベノミクスを強く信頼している理由と同じだ。つまり、安倍氏は本当の政治力を持っている指導者だ、というものだ。確かに同氏は、2006年から2012年にかけて首相が6人もいた国で持久力を発揮している。おかげで経産省の威光も増した、と企業経営者らは述べている。 「経産省は常に、提案されたM&Aは首相官邸が望んでいることだとほのめかそうとするが、今から1年後に同じ人が首相を務めていると考えたら、その言葉の重みが増す」。昨年、ある合併にかかわった会社の上級幹部はこう言う。 ?安倍氏はまた、アベノミクスの物語のブレーン――最も顕著なのが、安倍氏の経済顧問を務める今井尚哉氏――が元経産官僚だという事実を隠しもしない。 ?安倍氏の指揮下で、経産省は新たな法律に恵まれた。「産業の刷新」における政府の役割を正式なものにし、経産省に長年なかった類いのインセンティブを与える2013年産業競争力強化法がそれだ。 ?しかし、これがいかに展開しているかを示す証拠は、矛盾している。家電分野における日本の有名ブランド、シャープをフォックスコン(富士康科技集団)の親会社である台湾の鴻海精密工業に60億ドルで売却する計画は、企業再編に対する経産省の新たな情熱の度合いと、それを実行する能力の限界の試金石となっている。調印は1度延期されたが、鴻海はまだシャープと協議を続け、条件を交渉している。 ?そして、日本の競争力が薄れ、アベノミクスのパラドックスがもっと際立つようになるにつれ、さらに試練が訪れると経産省関係者らは言う。経産省は当初、シャープの経営危機に対してオールジャパンの解決策を推し進めた。政府の支援を受けた産業革新機構による買収が絡む策だ。 ?鴻海がもっと高い買収提案を行い、シャープの取引先銀行がオールジャパンのゲームをするのを拒んだことは、経産省としては、鴻海への売却を甘受できる程度にはグローバル志向であるふりをしなければならないことを意味する。 「経産省内には、完全に相矛盾する2つの組織が存在し、双方は完全に異なる2つの方向性を持っている」。日本の有力ディールメーカーの元官僚はこう打ち明ける。 「一方は欧米の経済学、市場論理に傾倒しており、コーポレートガバナンス(企業統治)やさらなるM&A、国際投資、より開かれた貿易の推進を望んでいる。だが、もっと古く、より保守的な部分も存在する。どちらが強いかという問題は、完全にタイミング次第だ。そして、この問題には一貫性がない」 構造的な制約 ?市場志向の強い側が力を誇示すればするほど、アベノミクスの支持者たちからは気に入られるが、影響力を失う。この問題は、原子力産業に対する支配を維持しようとした経産省の試みによって浮き彫りになった。経産省は不可欠な技術を保護したいと思っているが、日本の原子力企業がすべて欧米企業と合弁事業を手掛けていることから、同省の支配力は制限されている。 「方向性を定めるのは経産省の責任であり、積極的にそうするべきだ。だが、我々は顧客や株主、従業員に対する責任があり、会社としては、政府に指示されたことをやることで責任を果たすことはできない」。三菱重工業の執行役員、名山理介氏はこう語る。 ?そして、経産省の動きに議論がないわけではない。安倍氏が政権を握ってから、経産省は定期的な産業「サーベイ(基礎調査)」を強化した。こうした調査は、金属やガラスといった産業を当該企業が必ずしも望んでいない経営統合に追い込む。 ?2015年の金属業界サーベイの後、新日鉄住金は先月、規模の小さいライバル企業、日新製鋼を買収すると発表した。両社は、健全な商業的理由から買収の結論に達したと主張している。 ?日本第2位の大手鉄鋼メーカー、JFEホールディングスの林田英治社長は、さらなるプレーヤーの統合を見込んでいるが、自分の会社が何をやろうと、それが政府によって操作されているとの非難に先手を打ちたいと思っている。「究極的に、再編の決断は会社の経営トップと株主によって下される。政府の関与はない」と林田氏は言う。 ?究極的には、政策に対する経産省の支配力は、現在、林幹雄氏が率いる同省が示唆したがっているほど強固ではないのかもしれない。 ?プライベートエクイティファンド、ペルミラの日本代表を務める藤井良太郎氏は、経産省はもはや、スプーンをゴルフクラブに変えるマジシャンではないと言う。 「政府と戦うことは不可能だ」と藤井氏。「だが、経産省の限界も明白だ。経産省は重工業に集中する部門をたくさん抱えているが、ソフトウエアを見ている部門は1つしかない。そして、ソフトウエアはハードウエア業界と同じくらい大きい。違うのは、同省はソフトウエア業界と戦う武器を一切持っておらず、そのため業界がやることを統制するうえで同じ手段を持っていないことだ」 By Leo Lewis and Kana Inagaki http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/46396
国債投資はもうできない
マイナス金利で運用狭まる機関投資家 2016年3月22日(火)田村 賢司 日銀のマイナス金利政策がスタートして1カ月余り。市場でも、新発10年物国債がマイナスに突入し、機関投資家の運用は難しくなってきた。主力の国債投資がしにくくなるなか、中核プレイヤー達はどう運用を変えていくのか。損保ジャパン日本興亜ホールディングスの黒田泰則・運用統括部長にマイナス金利時代の運用戦略を聞いた。 (聞き手は田村 賢司) 日本国債は、機関投資家の運用の中心になってきたが、日銀のマイナス金利政策で、新発10年物の利回りまでマイナスになってきました。今後の国債投資はどうしていくのですか。 黒田泰則(くろだ・やすのり)氏/1987年4月、安田火災海上保険株式会社入社。2008年4月、運用計画課長、2013年4月、運用企画部長などを経て、2015年4月から損保ジャパン日本興亜ホールディングス運用統括部長兼損保ジャパン日本興亜運用企画部長。 黒田:損保ジャパン日本興亜単体では、日本国債を約1兆5000億円保有している。通常満期を迎えれば、国債に再投資するが、マイナス金利が確定している状況では、それはできません。ざっと言って数百億から1000億円程度、毎年満期を迎えますが、その分は他の投資先を探さざるを得ない状況です。
具体的には何ですか。外債投資などはこれまでも拡大してきたはずですが。 黒田:確かに大きな代替先はありませんが、米国債への投資は考えざるを得ません。利回りの高い米国企業の社債などを集めたファンドなども対象です。米国債は、流動性(市場規模が大きく売買しやすい事)があるので、いったん投資をして、他により有利な運用先が見つかれば、そちらに移すことになるでしょう。ただ、外債は為替リスクがあるので、コストはかかりますが、それを避けるヘッジを一部にはかけることになります。今、為替は円高側に動いていますが、これが続くようなら当然、ヘッジを増やさざるを得なくなりますね。 成長分野投資を500億円積み増す 昨年秋、インフラファンドにも投資を決めました。新しい投資先はどうですか。 黒田:昨年カナダのオンタリオ州公務員年金基金と三菱商事が設けたインフラファンドへ約1億ドル(約111億円)の投資を決めました。しかし、こういうものはそれほど数があるわけではありません。 国内でも今年2月、三菱UFJフィナンシャル・グループや三井住友フィナンシャルグループなどメガバンクが、TLAC債と呼ばれる新たなハイブリッド債を発行しました。新たな資本規制に対応するためのもので、利回りも高いのですが、この環境ですから人気は非常に高く、なかなか投資はできません。 一方で生命保険会社も我々損保も、ここ数年、成長分野投資と言われる新しい投資を行ってきました。物流や水処理施設などのインフラに資金を投じるファンドに投資したり、融資をするといったものです。当社はこれまで約900億円投資してきましたが、今年度はさらに500億円を追加するつもりです。 運用難は続きそうですね。やや落ち着きは取り戻しましたが、日本株の先行きはどう見ていますか。 黒田:円高もあり、日本企業の業績の伸びは見込みにくい。日経平均株価で2万円に戻すことは考えにくく、現状の1万6000〜1万7000円を中心にした横ばい相場がせいぜいではないかと見ています。日銀も、国債などを大量に買い取る量的質的緩和をさらに拡大し、継続するのは難しいからマイナス金利の第二、第三弾に走らざるを得なくなるだろうが、効果は限られるでしょう。 中国経済の腰折れは想定していない 世界経済の最大の懸念となっている中国経済の先行きはどのように見ていますか。 黒田:国有企業の過剰設備、過剰債務の問題はまだ大きく残っていますが、先日の全人代(全国人民代表大会)では、緩やかではあるものの調整をしていく事は決めました。また、個人消費はしっかりしているし、約2兆元をかけて交通網整備をする方針を打ち出しました。景気刺激策もとるわけですから腰折れということはないのでは。 懸念とされる人民元安は、さらに続くと見ています。中国当局は先日も金融緩和を実施しましたが、一方で米国は利上げですから、人民元安が続く環境ではあります。ただ、あまり人民元安が続くと、他の新興国も対ドルで自国通貨安が進む可能性があり、新興国景気への打撃になるかもしれません。新興国経済の成長鈍化が長引けば、世界へのマイナス影響も出てきます。そこは心配して見ています。 昨年秋から世界経済のもう1つの不安要因となってきた原油安をどう見ていますか。 黒田:これから2年程度を考えると需給バランスは改善していくのではないでしょうか。サウジアラビアやロシアなどが原油増産の凍結を決め、米国のシェールオイルも、価格下落で業者の淘汰が進んできました。生産量はしばらくは増えないはずです。唯一、不安なのは核開発疑惑に対する欧米の経済制裁が解除されたイラン。でも、これまで、増産を止めていたため、すぐには増やせず、しばらくは需給を乱すほどにはならないと聞いています。 原油価格が持ち直して来れば、資源国や資源採掘業者の信用不安が深刻になる恐れは薄れるはずです。 このコラムについて キーパーソンに聞く 日経ビジネスのデスクが、話題の人、旬の人にインタビューします。このコラムを開けば毎日1人、新しいキーパーソンに出会えます。 http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/interview/15/238739/031600148/?ST=print
日銀は今こそ田中角栄を見習え 至言「できないことはやらない」から学ぶべき 2016年3月22日(火)上野 泰也 (写真=Fujifotos/アフロ) マスコミ各社が実施した世論調査を見ると、日銀が1月29日に導入したマイナス金利についての国民の評価は、以下の通り、かなり低い。
◆読売新聞(1月30〜31日実施) 「日本銀行は、初めて『マイナス金利』を導入する追加の金融緩和策を決めました。あなたは、この緩和策が景気の回復につながると思いますか、思いませんか」 → 「思う」(24%)、「思わない」(47%)、「答えない」(28%) ◆朝日新聞(2月13〜14日実施) 「日本銀行は、金融機関の企業への貸し出しを増やすために、『マイナス金利政策』を初めて打ち出しました。この政策で、景気の回復が期待できると思いますか。期待できないと思いますか」 → 「期待できる」(13%)、「期待できない」(61%) ◆共同通信(2月20〜21日実施) 「日銀は、金融機関から企業への貸し出しを増やす目的でマイナス金利を導入しました。あなたは、これで景気がよくなると期待できますか」 → 「期待できる」(10.0%)、「期待できない」(82.2%) ◆産経新聞・FNN(2月20〜21日実施) 「日銀が初めて導入した『マイナス金利政策』で、景気の好循環を期待できるか」 → 「期待できる」(17.3%)、「期待できない」(66.3%)、「その他」(16.4%) ◆日経新聞・テレビ東京(2月26〜28日実施) 「日銀によるマイナス金利の導入」 → 「評価する」(23%)、「評価しない」(53%) 国民から総スカンのマイナス金利 マイナス金利が景気回復につながるとは思わない、評価しない、期待できないとするネガティブな回答が、上記のうちマイナス金利導入の直後に行われた読売新聞調査以外のすべてで、過半数となっている。 一般の小口預金者が対象になっている普通預金や定期預金の金利がマイナスになることは、黒田東彦日銀総裁が国会で何度も述べている通り、おそらくないだろう。その一方で黒田総裁は、金融機関の各種手数料(たとえばATM時間外手数料や振込手数料)は経営判断によって決まるものであって預金金利とは「別物」だという見解を表明した。 確かにそれはその通りなのだが、かえって預金者の警戒姿勢を強めることにつながった面もあるだろう。突然のマイナス金利導入が、消費者のマインドを慎重化させる構図になっている。 黒田総裁が主導して実施された大胆な金融緩和措置は、「バズーカ」と呼ばれることがある。今回のサプライズ的なマイナス金利も「バズーカがまた撃たれた」と、しばしば形容されている。 だが、バズーカという兵器は、発射の際に、十分注意が必要である。筒の真後ろに立っていると、ロケット弾を発射した時の爆風に直撃されて、死傷するリスクが高いのである。後ろに壁があるような場合も、爆風が跳ね返ってくるので大変危険である(当コラム2月2日配信「本物の『バズーカ』はそれほど強力なのか?」ご参照)。 「バズーカ」の扱いを誤った黒田総裁 先日、あるベテランの金融ジャーナリストと話していた際に自分でもようやく気付いたのだが、黒田総裁は今回、バズーカの取り扱いを誤った形である。筒の真後ろに、システム対応などの準備ができておらず、その上に、マイナス金利が導入されると収益基盤が大きく損なわれて貸し出しを含むリスクをとる能力が低下してしまう数多くの金融機関や、虎の子である金融資産を守るために警戒的な姿勢をとりがちな一般庶民がたくさん立っていた。それにもかかわらず、何の前触れも警告もせずに突然、日銀はバズーカを撃ってしまったのだ。 日銀がその後でいくら説明を繰り返しても、筒の真後ろに立っていた経済主体が受けた心身両面にわたるダメージの修復は、決して容易なことではないだろう。 そうした中で、ECB(欧州中央銀行)が3月10日、事前の予告通り追加緩和を決定した。マイナス金利幅の0.1%拡大や、月間資産買い入れ額の200億ユーロ上積み、買い入れ対象への高格付け社債追加などが柱である。 だが、ドラギ総裁が記者会見で「一段の金利引き下げが必要になるとは思わない」と述べつつマイナス金利政策の限界を率直に説明すると、「利下げはこれで打ち止め」と市場は判断し、ECBが追加緩和をした狙いとは逆に、ユーロ圏の国債利回りが上昇。為替相場はユーロ高になった。 先進国の中央銀行による「金融緩和競争」および市場との心理戦がまだ続いていることが今回の一幕であらためて確認されたわけだが、この機会に原点に戻って考えたいのは、金融政策では達成できない(あるいは達成できない可能性が高い)目標を、中央銀行が「達成できる」と言い張りながら、「手段は無限にある」とばかりに無理な政策を行うのは、本当に肯定されるべきことなのかということである。 中央銀行には物価安定を実現する責務が課せられているのだから、たとえそれが実験や賭けに近い政策手段であっても、やれることがあるのならば最大限やるべきだという考え方がある。黒田日銀総裁は就任時から現在に至るまで、この立場をとっている。 中央銀行が「できない」と言った瞬間にその中央銀行に対する信認が失われてしまう恐れが大きいので、政策手段に限界はないということを前面に出しつつも、大きな弊害や副作用が生じないとみられる手段を選別した上で行使するという、上記よりマイルドなスタンスの中央銀行もある。ドラギ総裁が率いるECBは、この範ちゅうに属するとみられる。 だが、名目金利の「ゼロ制約」を乗り越えて金融緩和を深掘りすること、言い換えると金融政策に過度の負荷をかけることに、筆者は明確に反対の立場である(当コラム3月8日配信「『金融緩和・通貨安競争』は、やめよう!」ご参照)。 臨床試験がほとんど行われないまま、あるいは実現可能性が高い「出口」の戦略をしっかりと用意しないまま、いわば「見切り発車」的に追加緩和を積み重ねていくことは、財政拡張による次の世代へのツケ回しと似通った面がある。 金融政策は決して万能薬ではなく、さまざまな副作用が新薬には伴いがちだということを、いま一度認識する必要があるだろう。 金融緩和による景気・物価の刺激効果はもはや限界に達しており「カラ雑巾を絞っているようなものだ」と揶揄されたのは、15年ほど前だったと記憶している。それでもなお、半ばお試し的に金融緩和を無理に展開することにより、経済にさまざまな弊害・副作用・ひずみをもたらすことは、長い目で見ればその中央銀行の信認をかえって損なうことになりはしないか。 できないのであれば、「なぜできないのか」(原因が金融政策の範ちゅうの外にあるのか、政策手段の面で限界があるからなのかなど)をしっかり説明した上で、政府など他の政策主体がどのように動けば事態は改善するのかについてメッセージを発信する方が、その中央銀行とその国の人々の双方にとって、結果的にはハッピーなのではないだろうか。 「しかし、すべての責任はワシが負う」 先日読んだ田中角栄ブームを取り上げたコラムの中に、故田中角栄氏が蔵相(現在の財務相)就任時に大蔵官僚を前に行った伝説のスピーチとして、「田中角栄100の言葉」(宝島社)から、次の言葉が引用されていた。 「できることはやる。できないことはやらない。しかし、すべての責任はワシが負う。以上」 田中角栄という政治家の評価は毀誉褒貶相半ばするが、日銀を含む先進国の中央銀行の多くに必要とされるのは、こうした一種の割り切りではないか。 「できないことはやらない」とずばり言い切った上で、自らの責任において政府に対し、必要な政策(日本では特に戦略的な人口対策の展開)の早期実行を求める。日銀を含む先進国中央銀行のトップに今求められているのは、そうした胆力である。 このコラムについて 上野泰也のエコノミック・ソナー 景気の流れが今後、どう変わっていくのか?先行きを占うのはなかなか難しい。だが、予兆はどこかに必ず現れてくるもの。その小さな変化を見逃さず、確かな情報をキャッチし、いかに分析して将来に備えるか?著名エコノミストの上野泰也氏が独自の視点と勘所を披露しながら、経済の行く末を読み解いていく。 http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/248790/031800037/?ST=print
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