ャープ「巨額買収」狙う鴻海の裏事情 大槻智洋 TMR台北科技 2016/2/23 6:30日本経済新聞 総額7000億円ともいわれる巨費を準備し、経営再建中のシャープと買収交渉を進めている台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業(Foxconn:フォックスコン)。2015年の売り上げが15兆円を超える巨大EMS(電子機器の受託製造サービス)を一代で築いた郭台銘(Terry Gou)董事長は、なぜシャープの買収にこだわるのか、そして真の狙いは何なのか…。記者時代から鴻海の動向を10年近く追い、郭氏への取材経験も豊富なTMR台北科技の大槻智洋氏に解説してもらう。 「99.9%の報道は実態と異なる」 2016年2月18日、シャープへの出資協議について問われた郭氏は、台湾・新北市でこう述べた。シャープと鴻海の交渉の詳細は、まだ明らかになっておらず、郭氏がメディアに対応する機会も限られているので、臆測情報が出回っているのが実情だ。 筆者は日経エレクトロニクス誌の記者時代を含めて鴻海の動向を10年前から追っている。メディアの個別取材をめったに受けない郭氏に合計で20時間ほどインタビューし、2010年には台湾に移住して情報収集を続けている。 本稿では、筆者が持つ情報をベースに、シャープ買収における鴻海の狙いなどを推測した。読者にストレートに伝わるよう、Q&A形式で記述する。 【Q1】 何がシャープを経営危機に追いやったのか? 【A1】 液晶パネル事業の「世界基準」に対する認識不足 「液晶のシャープ」。かつて同社をグローバル企業に押し上げた基幹技術が“お荷物”に転じたきっかけは、2009年に稼働し始めた大型液晶パネルを製造する堺工場である。総投資額が約4000億円に上ったこの工場は、ソニーとシャープのテレビ部門を主要顧客とした。 しかし、両社のテレビ事業は世界市場で苦境に陥り、頼みの国内市場も2011年7月の地上デジタル放送への完全移行後は、特需の反動で出荷台数が激減した。 ここでシャープは“過ち”を犯してしまった。具体的には、工場の稼働率を落とさず、積み上げた在庫を流通後段の会社に売ったことにして益出ししたり、在庫を隠し持たせたりした。詳細は言及しないが、筆者はそれについての裏づけ情報を得ている。そして同社は、不足した資金を間接金融を中心にして補った。 しかし、このとき液晶パネルは、もはやシャープが単独でキャッチアップできる事業ではなくなっていた。最大の失敗は、シャープ経営陣も、2012年以降に金融支援した銀行も、グローバル競争の「世界基準」を理解していなかったことだ。 シャープは中小型液晶パネル事業(主用途はスマートフォン、パソコン、タブレット、携帯ゲーム機)に注力するとしたが、一般にこの事業では年間1000億円ほどの投資余力がないと、大口顧客を獲得できない。大口顧客が安定的かつ機動的なパネル供給を求めるからだ。しかも、シャープの主要顧客の1社である、任天堂も不振に陥っていたのでなおさらだ。 シャープが本来やるべきは、直接金融による資本増強、そして何よりも顧客基盤とサプライチェーン(仕入れ先)の刷新だった。潜在顧客の大半は海外にいるのにシャープは海外営業が得意でなく、サプライヤーも日本企業に偏っていた。 実は米Apple(アップル)がシャープの中小型液晶パネルを大量に採用しているとの観測もあるが、事実誤認である。タブレットの「iPad mini」「iPad Pro」に向けたサプライヤーの1社になっているだけだ。 シャープは特性値を高めた液晶パネル「IGZO(イグゾー)」「MEMS-IGZO」で競合他社より優位な立場にいるとの観測もあるが、大口顧客はこうしたパネルの採用に非常に慎重だ。代替が効かないからである。 現在、Appleが大量に採用しているのは、韓国LG Display(LGD)の製品である。LGDは“ギャンブラー”だ。例えば2015年11月にはAppleが採用を決めていないのに、有機ELパネル(AMOLED)の需要を当て込んで10兆ウォン(約1兆円)の投資に踏み切ると発表した。 LGDは“やり手”でもある。米国のテレビ市場でサムスン電子や韓国LG電子と競い合う米VIZIO(ビジオ)を、液晶パネルの“特殊”な値引きによって支援したこともある。 【Q2】 鴻海の買収でシャープの先端ディスプレー技術は流出するか? 【A2】 技術トレンドはシャープの先を行っている 技術流出を懸念すべきかどうかは、シャープが保有する技術と業界のトレンドがどのような関係にあるかによる。結論を先に言えば、技術流出の懸念は「見当違い」である。 現在、中小型液晶パネル業界の最先端では「一大変化」が起きている。一大変化とは、液晶パネルからAMOLEDへの移行である。AMOLEDでは韓国Samsung Displayが圧倒的に他をリードしており、それをLGDが猛追している。設備投資はもちろん、開発投資も抑えたシャープは、完全に出遅れている。 確かにシャープは、「LTPS(低温ポリシリコン、シャープはCGシリコンと呼ぶ)」という駆動素子構造を持つパネルの量産実績において、台湾や中国メーカーに対して大きな差を付けている。そして、AMOLEDでもLTPSは使える。AMOLEDではトランジスタ層の上モノが液晶層から有機発光材層に代わり、下モノ(バックライト)がなくなる。 ところが、もう一つの技術トレンドが台頭している。AMOLED内のLTPSに「酸化物半導体」と呼ばれる材料を用いた「LTPO(Low Temperature Polycrystalline Oxide)」である。実はAppleはこの技術の特許を取得・推進しており、こちらが主流になる公算が高い。 米Bloombergは2015年12月、「Appleが台湾で新型ディスプレーを開発中」と報じた。その記事には書かれていなかったが、それこそがLTPO AMOLEDである。筆者は、輸出入企業向け法人登記内容と特許情報でその裏付けを得た。 Taiwan Apple(蘋果電子)の代表者は、台湾出身のChang, Shih-Chang(張世昌)氏である。特許データベースを見ると、Chang氏はFoxconn傘下の台湾Innolux(群創光電)および前身企業[台湾Chi Mei Optoelectronics(奇美電子)および台湾Toppoly Optoelectronics(統寶光電)]でAMOLEDを開発していた。そして最近ではAppleでAMOLED向け酸化物半導体技術を発明した。 【Q3】 なぜ鴻海はシャープの中小型液晶事業を欲しいのか? 【A3】 Appleのパネル供給サプライチェーンに割り込むチャンスがある 鴻海にとって液晶パネルからAMOLEDへの移行は、またとないチャンスである。これまではLGDとジャパンディスプレイ(JDI)に阻まれ、鴻海傘下のInnoluxはAppleに対してわずかな納入実績しか上げられなかった。その勢力図を塗り替えられるかもしれないのだ。 つまり、「iPhone」など完成品の組み立てで高成長を遂げてきた鴻海にとって、ディスプレーパネルというスマートフォン、タブレットの“基幹部品”をAppleに大量に供給できるチャンスが到来している。 現状、鴻海が手掛けるLTPS液晶パネル事業は、シャープより出遅れている。鴻海は台湾の高雄市に巨費を投じて工場を建設しているが、量産出荷をなかなか開始できていない。2016年4月末の開始予定は、2016年下半期にずれ込んでいる。だからこそ、鴻海はベストでないことを承知の上で、シャープの中小型液晶パネル事業が欲しい。 Taiwan Appleは桃園市の4.5世代ラインを使ってLTPO AMOLEDの設計技術を確立し、それをパネルメーカーに提供して量産させることを画策している。鴻海はこれを引き受けることで、Appleのサプライチェーンに食い込みたいのだ。 Appleの部品メーカーに対するこうした設計情報の提供例は、独自に開発したタッチパネル構造「GF2」など数多い。サプライヤーをコントロールし、Apple自身が望む機能や品質、価格を実現するためである。 http://www.nikkei.com/article/DGXMZO97470820Z10C16A2000000/
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