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マイナス金利政策の功罪
(下)成長率引き上げこそ本筋
銀行経営に重い負担
翁邦雄 京都大学教授
金融危機後、先進国の中央銀行が実施した量的緩和は資産価格押し上げに寄与した。しかし物価目標は達成できず実体経済の改善も限定的で、資産価格動向とのかい離が拡大した。このため実体経済に揺らぎがみえると市場はすぐ不安定化し、追加緩和期待が高まる構図となっている。
日銀は1月29日、欧州の一部中央銀行に続き、中央銀行当座預金への課金(「マイナス金利」)政策を導入した。以下では、この金利政策が先進国経済の大きな構図とどう関連するのか考えてみる。
先進国経済の停滞と金利を結び付ける概念として、いま大きな関心を呼んでいるのは「完全雇用をもたらす実質利子率(自然利子率)」で、自然利子率が下がると潜在成長率も下がる。昨年末、英イングランド銀行(BOE)のルーカス・レイチェル氏とトーマス・スミス氏は興味深い論文を発表した。
そこで推計されている先進国の長期実質金利は、1990年代から長期的に低下し、最近ではマイナスで、累計低下幅は4.5%に達する(図参照)。実質金利が自然利子率より低ければインフレ傾向になるはずだが、インフレ率は下がり続けているから、自然利子率はこれ以上に大きく低下してきた可能性が高い。
自然利子率は人口、所得分配、貯蓄率、技術進歩など多くの要因に影響され、国・地域により異なる。景気変動に対応した循環的変動もある。ゼロ金利を解除した米国は、先進国では例外的に労働力人口増加が展望できるうえ、景気上昇局面にある。これに対し日欧では労働力人口が低下を続ける。日本ではここ2年間、経済成長がみられない。
いわゆる長期停滞論は、今後も自然利子率の停滞が長期的に続くという仮説である。前述の諸要因を点検したレイチェル氏らも、先進国の自然利子率が近い将来、反転・上昇することに否定的だ。
自然利子率にあわせて実質金利を下げるには名目金利を下げるかインフレ率を上げる必要がある。90年代末、ポール・クルーグマン米プリンストン大教授(当時)が強調したのは「期待への働きかけ」によるデフレ脱却だった。このクルーグマン氏の議論を自然利子率の話として整理してみる。
いま、バランスシート調整などの逆風で自然利子率が一時的にマイナスになり、他方で中央銀行は名目金利をマイナスにできず、デフレが続きそうだとする。それでも「逆風がやんで自然利子率がプラスになった時にはインフレにする」と中央銀行が約束してインフレ期待をつくれば、実質金利は低下させられるし、インフレにもなる。
この議論は政策論争に大きな影響を与えてきた。しかし、人口減少のように反転の兆しがみられない要因で極めて長期的な自然利子率の低下トレンドが生じているとすると、逆風がやんだ時のインフレを先取りする、という論理は破綻する。クルーグマン氏も昨年10月に「日本再考」と題する論文で、日本の労働力人口減少トレンドに照らすと中央銀行の期待への働きかけだけでは、インフレ率を高められないだろうと主張を変えた。
この間、日銀は巨額の国債購入を通じてインフレ期待を高めることを企図したが、国債大量購入の持続可能性への疑問が高まる一方、期待インフレ率は低下に転じつつある。期待への働きかけは、壁に突き当たっている。
インフレに十分頼れないならば、名目金利を何とかゼロ以下に下げる工夫はないか。名目金利の下限は文字通りのゼロではなく、若干のマイナスは実現できることも分かってきた。自然利子率を巡る議論や欧州の経験に照らすと、日銀がマイナス金利に向かうこと自体は不自然ではない。
むろん金利全般のマイナスへの誘導には、金利ゼロの安全資産である銀行券の存在という大きな壁がある。今回の日銀の決定には、金融機関が日銀の口座から銀行券を引き出すことへのペナルティーが組み込まれた。だが、預金金利を含めた金利体系全般を本格的にマイナスに誘導するには、銀行券を国民が使用することに対し、マイナス金利に見合うペナルティーを課すことが必要になる。預金金利低下を伴わないマイナス金利の拡大は必然的に金融機関の経営を困難な状態に追い込む。
本格的なマイナス金利誘導には大きな困難が伴う。だが、物価目標の達成が長期戦となり、短期決戦型の量的・質的金融緩和から、持続性と柔軟性のある金融政策の枠組みへの移行が喫緊の課題であるはずの日銀にとって、少なくとも金利概念を復権させることは有益だろう。
もっとも今回、日銀は量的・質的緩和の継続を決め、記者会見での黒田東彦総裁の説明も、量的・質的緩和にマイナス金利を付け加えたという形になっている。量的・質的緩和は金融機関の当座預金保有残高を増やす政策であり、これに課金するマイナス金利政策とは相性が悪い。「マクロ加算」などの工夫がされているが、それでも長期戦に耐える枠組みとは考えにくい。
今回の政策発動があくまで「年初来の金融市場のかなり大きな変動、不安定さ」への対応であることに照らすと、整合的な枠組み構築より、自国通貨預金のコストを高めることによる円安誘導、それを通じた株価安定に期待したいのが本音だろう。市場もそう判断しているようだ。それゆえ当面の評価は為替相場や株価動向に左右されるだろう。
黒田総裁は直前までマイナス金利導入を否定し続けた。サプライズの演出は「ショック療法」としての当座のインパクトを強めるが、この手法は必然的に「より強いサプライズ」への期待につながる。市場の量的緩和への既視感は強く、それが市場対策としてのマイナス金利導入につながった。同様に市場のサプライズへの渇望がマイナス金利操作に既視感を与え、次のサプライズに関心が移っていくのに時間はかからないだろう。
ちなみに、自然利子率の持続的低下のもとでは、インフレが起きないというわけではない。クルーグマン氏は財政インフレの可能性に言及するが、団塊世代の引退で労働市場が急速に逼迫化している日本では、賃金上昇に火がつけば物価とのスパイラル的上昇が起きる可能性が存在する。
70年代には、賃金と物価のスパイラル的上昇からスタグフレーション(インフレと景気後退の併存)が起きた。これを断ち切るため、英国などは賃金上昇を抑える所得政策を導入した。現在の政府の賃金引き上げへの強い働きかけは、この時は必ずしも成功しなかった所得政策を逆方向に働かせ、物価上昇スパイラルをつくり出す試みといえる。
しかし自然利子率が低下し続ける限り、デフレから脱却しても成長率は下がり続ける。従って長期停滞を抜け出すカギは自然利子率を反転・上昇させることだ。
それには何が必要か。昨年9月、自民党総裁に再選された安倍晋三首相は、経済政策アベノミクスの第2ステージとして「新3本の矢」を掲げた。名目国内総生産(GDP)の増大とともに、出生率向上、介護離職ゼロがうたわれている。成長率の低下を食い止めるには、その大きな背景である人口動態の変化に正面から向き合い、骨太の対策を打ち出す必要がある。第2ステージの矢印は、金融政策に偏った第1ステージよりも的確な方向を向いている。
ポイント
○潜在成長率に近い自然利子率は低下続く
○日銀による期待への働きかけは効果減退
○市場はより強いサプライズに期待強める
おきな・くにお 51年生まれ。東大経卒、シカゴ大博士。専門は金融政策、国際金融論
[日経新聞2月10日朝刊P.30]
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