【第138回】 2016年2月11日 高橋洋一 [嘉悦大学教授] ぬるま湯の銀行を締め上げるマイナス金利は正しい 株価や為替の乱高下で マイナス金利の政策効果は判断できない 現状、マイナス金利には否定的な論評が多いが…… 日銀は、1月29日、マイナス金利を導入した。その後、株式市場、為替市場は乱高下している。この動きだけを見て、短絡的に、マイナス金利の効果はなかったと断言する向きもある。
短期的な株価や為替の動きは、基本的には予測不可能なランダムウォークである。思惑の仕掛け売り買いもあるので、これで政策効果は判断できない。 株価の乱高下が気になる人は、ちょっと長めのデータを見てみよう。以下は、リーマンショック時を100としたほぼ10年分の日米英の株価の推移である。安倍政権以降の回復は顕著であり、英国(FTSE100)の低迷よりはましだろう。 マイナス金利が世界の株価を下げたように言う向きもあるが、そんな力はない。何より、各国ともに下がっているのは、中国経済の低迷、原油価格の下落など、海外要因による証左である。
にもかかわらず、マイナス金利には否定的な論評が多い。 筆者は、この状況を揶揄して、2月3日に次のようなツイートをしたところ、1300を超えるリツイートがあった。この種の堅い話題では珍しい。 多少言葉が不正確で乱暴なのはご容赦願いたいが、銀行を通して見ると、マイナス金利の意味がよくわかる。テレビなどでは、エコノミストたちが、マイナス金利には弊害もあるとか、もう効果が切れたとかいう批判的な意見ばかりが述べられている。その理由は、エコノミストたちが銀行の子会社にいて、親会社の銀行がマイナス金利を嫌っているからだ。
日銀から「小遣い」をもらっていた銀行 資金需要がないという言い分は説得力を欠く 一般人が銀行に預金すると金利が付くのは定期預金。現金代わりの当座預金には金利は付かない。ところが、銀行は日銀に当座預金すると、0.1%の金利が付いていた。銀行は一般人からの定期預金ではほぼゼロの金利、当座預金ではゼロ金利であったが、それを仕入れとして、日銀に当座預金すると、0.1%の金利が付くので、ほとんど濡れ手に粟の状態だった。 この制度が導入されたのが、前の白川日銀総裁時代の2008年である。白川総裁は、日本経済より銀行を優遇する政策を行ったが、この当座預金への0.1%付利はその典型だ。 銀行の日銀当座預金残高は250兆円。その大半に0.1%の金利が付いているので、これだけで銀行は年間2200億円の利益を得ている。 今回の黒田日銀のマイナス金利であるが、250兆円を超えて新たに日銀当座預金が積み増されると、それに対してマイナス金利になる。既存の250兆円の部分の既得権は維持されるので、2200億円はそのまま銀行の「小遣い」となる。 今後、さらなる金融緩和になれば、この2200億円の小遣いも召し上げられるかもしれない。それを銀行は極端に恐れているので、マイナス金利を批判的に扱うわけだ。 マイナス金利にしても、資金需要がないというのが、銀行の言い分である。銀行を擁護するエコノミストから決まって出てくる言い訳だ。 1月30日、日銀から公表された経済・物価情勢の展望の参考係数における図表39と図表40の予想物価上昇率を見ると、どのような指標をとっても1〜2%程度である。これは、実質金利(=名目金利−予想物価上昇率)がマイナス1〜2%程度であり、少しでも収益の得られる事業なら資金需要があることを示している。こうした状況で、資金需要がないという銀行の言い分はまったく説得力を欠いている。 銀行の異様な行動は、最新の日銀の資金循環勘定のポートフォリオからも確認できる。 金融機関は、預金取扱機関、保険・年金基金、その他に分けられるが、重要な役割を担う預金取扱機関と保険・年金基金のそれぞれについて、資産項目を現預金、貸出、国債、その他有価証券等、対外投資等、その他に分けてみよう。 預金取扱機関では、現預金403兆円、貸出718兆円、国債256兆円、その他有価証券等265兆円、対外投資等163兆円、その他21兆円の計1826兆円。保険・年金基金では、現預金23兆円、貸出54兆円、国債234兆円、その他有価証券等141兆円、対外投資等112兆円、その他30兆円の計594兆円となっている(下表)。 ここで、預金取扱機関で、現預金が403兆円と、全体の資産1826兆円のうち22%を占めているのは驚くほかない。このうち日銀当座預金は250兆円である。この数字の異常さは、保険・年金基金の現預金は23兆円で全体の資産594兆円のわずか4%であるのと比べると一目瞭然だ。銀行は、これほどに日銀当座預金の0.1%に引きずられているのだ。
銀行は、2200億円の「お小遣い」を守るために必死なので、貸出がおろそかになっているのだ。 このため、銀行は株価の乱高下もマイナス金利のせいにしている。この原因は海外要因であることは、冒頭述べたとおりだ。 長期金利がマイナスになったのは マイナス金利ではなく国債の品不足が原因 また、長期国債の流通利回りが一時マイナスになったことも、マイナス金利の批判に使おうとしている。 長期金利がマイナスになったのは、1月14日の本コラム(「声高に言われ続ける『国債暴落』があり得ない理由」)に書いたように、基本的には国債の品不足が原因である。少し前まで、金融緩和で国債が暴落するといっていたエコノミストまでもが、マイナス金利になったら、それが異常というのは見苦しい。 前出の日銀の資金循環勘定では、国債の情報も書かれている。2016年度の新規国債発行額は34兆円程度なので、全体の国債残高はせいぜい34兆円程度しか増えないが、日銀の国債買いオペは新規80兆円なので、日銀保有国債残高は80兆円程度増える。となると、少なくとも、日銀以外の金融機関の保有国債残高は46兆円程度減少するはずだ(80−34=46)。 つまり、預金取扱金融機関と保険・年金基金の保有国債490兆円の1割程度は減少せざるを得ないわけだ。それらの金融機関の保有する国債の償還分についてロールオーバーができないので、このカネは他に投資せざるを得ないことになる。これが、国債の品不足たるゆえんだ。こうした状況では、マイナス金利になっても不思議ではない。 日銀政策決定会合での 反対意見に理はない いずれにしても、銀行は、何が何でもマイナス金利を悪者にしたいようだ。そうしたエゴが色濃く出たのが、なんと、1月29日のマイナス金利導入を決めた日銀の政策決定会合だった。 賛成は、黒田委員、岩田委員、中曽委員、原田委員、布野委員。反対は、白井委員、石田委員、佐藤委員、木内委員。白井委員は学者出身であるが、石田委員、佐藤委員、木内委員は民間金融機関出身である。賛成には民間金融機関出身者はいない。賛成委員は安倍政権下で黒田体制になってからの任命、反対委員は民主党政権下で白川体制での任命である。 まず、賛成委員の意見として、「マイナス金利付き量的・質的金融緩和は、イールドカーブの起点を引き下げ、大規模な長期国債買入れと合わせて、予想実質金利を一層引き下げる効果を発揮する」がある。 これは、量的緩和を正確に理解している。本コラムで書いたように、量的緩和の本質はシニョレッジ(通貨発行益)であり、政府紙幣の発行と同じだ。現在の日銀当座預金への付利はシニョレッジを減少させている。これをマイナス金利にすれば、シニョレッジの増加になり、ひいては予想インフレ率の上昇、予想実質金利の低下になる。 また、「日銀当座預金全体ではなく、一定額以上にマイナス金利を適用するという階層構造方式によって、金融機関への過度の負担を避けつつ、金融緩和効果を強化できる」という意見もあった。これは、金融機関への配慮であり、マイナス金利に反対するなという意味だ。 反対委員の意見では、「量的・質的金融緩和を補完するための措置の導入直後のマイナス金利導入は、資産買入れの限界と受け止められるほか、複雑な仕組みは混乱・不安を招くリスクがあり、かえって、金融緩和効果を減衰させる惧れがある」があった。これは、日銀政策委員としては情けない意見だ。本人は理解しているが、一般には理解できないという上から目線であろうが、実のところ、本人の理解も怪しい。海外で導入されているので、きちんと勉強している金融関係者なら理解している。よくわからないから反対というなら、日銀政策委員の資質を欠いている。 「マネタリーベース増加目標維持とマイナス金利導入は論理的整合性に欠ける。マイナス金利は実体経済への効果の割に市場機能や金融システムへの副作用が大きく、効果と副作用のバランスを欠く」という反対委員もいた。 付利されたマネタリーベースではシニョレッジが少なくなる。この点、この委員は量的緩和を正確に理解していない。それに、意味不明な「副作用」である。これは金融機関の収益が減るということなのに、恥ずかしくて言えないのだろう。この委員は、単なる金融機関の利益代表にすぎず、金融政策の理解も不十分なので、日銀政策委員に不適格だ。いずれ改選されずに辞めていくはずだ。 個人の預金金利が マイナスになる可能性はない 2200億円の「お小遣い」に固執して、貸出を行わない銀行に社会的な意味はない。そうした銀行は、いずれ金融再編の中で淘汰されていっても仕方ないだろう。 なお、日銀のマイナス金利政策の導入を受けても、個人の預金金利がマイナスになる可能性はない。一般人の個人預金がマイナス金利になるということは、預金すると手数料が取られるということだ。それなら、預金せずに、家の金庫に置いておいた方がいい。もしみんなが預金しなくなると、銀行は仕入れがなくなるわけだから潰れてしまう。だから、どんなに低い金利でも銀行は仕入れをするために預金を受けざるを得ないわけだ。 銀行は、個人の預金金利もマイナスになるかもしれないという恫喝はしない方がいい。 http://diamond.jp/articles/-/86118 【第49回】 2016年2月11日 野口悠紀雄 [早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問] マイナス金利は長く続かず、金融を混乱させるだけ 2月9日には、長期金利(10年国債利回り)が初のマイナスを記録した(写真はイメージ) マイナス金利は、今後どのように推移するだろうか? イールドカーブ(金利の期間構造を表す曲線)を分析すると、市場の予想は、つぎのとおりだ。第1に、数年間は続く。しかし、マイナス幅が拡大するのではなく、むしろ縮小する。そして、数年後にはプラス金利に復帰する。 こうしたことを考慮すると、マイナス金利が経済の構造を大きく変えるようなことはないだろう。 10年国債まで利回りがマイナスになったが マイナス金利は10年間も続くわけではない 日本銀行のマイナス金利導入によって、金利は急激に下落した。1年国債の場合は、図表1のとおりである。2月1日から急激に下落したことが分かる(ただし、マイナス金利導入前の2015年10月下旬からマイナスになっていることにも注意が必要だ)。 また、2月9日には、10年国債までマイナスとなった。このように長期の金利までマイナスになったのは、衝撃的だった。 ◆図表1:1年国債利回りの推移 (資料)財務省、金利情報 以上は、広く報道されている。あまり注目されていないが重要なのは、イールドカーブの形状の変化だ。 イールドカーブとは、金利の期間構造(期間が長くなると金利がどのように変化するかという構造)を表す曲線である。この分析によって、さまざまな情報を得ることができる。 例えば、上述のように長期の金利もマイナスになったことから、マイナス金利は、今後10年間も継続すると考えた人がいるかもしれない。しかし、イールドカーブを分析すると、そうではないことが分かるのである。 財務省の国債金利情報のデータを用いて、最近のカーブと1年前のカーブを比較すると、図表2に示すとおりであり、ほぼ平行に動いている。 ◆図表2:イールドカーブ (注)横軸の数字はn年債であることを示す (資料)財務省、金利情報 図表1で見たように、金利の変化は不連続的な変化であり、かつ、低下幅も大きい。それに対して、イールドカーブの形状は、40年程度の期間を概観すれば、ほとんど変わっていない。 ただし、4年未満のところを詳細に見ると、図表3のようになっている。わずかではあるが、右下がりになっているのが注目される。これは、1年前には見られなかった現象だ。 ◆図表3:イールドカーブ(拡大図) (注)横軸の数字はn年債であることを示す (資料)財務省、金利情報 以下で詳しく説明するように、将来の金利がマイナスと予測されていると、実際の金利のマイナス幅が、長期債になるほど拡大してしまう(つまり、イールドカーブが右下がりになる)のである。そうした現象が、ごく軽微ではあるが、すでに生じていることになる。 しかし、この状態はどこまでも続いているわけではなく、4年債からは、カーブが右上がりに変わっている。このことは、予測金利がプラスに転じたことを意味するのである。 この詳しい内容を、以下に述べる。 マイナス金利はしばらくは 続くと予測されている イールドカーブの分析から得られる結論をあらかじめ示すと、つぎのとおりである。 (1)1年債のマイナス金利は、5年間程度は続くと予測されている。 (2)ただし、マイナス幅はかなり縮小し、1年後以降は、ほとんどゼロになると予測されている。 (3)1年債利回りは、6年後からはプラスになる。 (4)10年債利回りは、10年後以降は安定的になると予測されている。 以上のような結論が得られる理由を以下に説明しよう。 直感的にわかりやすくするために、貸借を想定することにする。貸出金利、借入金利、国債の利回りは、すべて等しいとする。現時点を0とする。 n年目の1年間貸借のフォワードレート(先物金利)をx(n)%、現在のn年貸借のレートをr(n)%とする。ここで、つぎのような2つの契約を考える。 契約Aでは、時点ゼロ(現在)において、r(n)%のレートでn年間の借り入れをし、さらに「n年目においてx(n)%のレートで1年間の借り入れをする」という先物契約を現時点で結ぶ。(n+1)年の最後での元利合計は、〔1+x(n)/100〕〔1+r(n)/100〕^n だ(ここで^の記号は、べき乗を表す)。 他方で、契約Bでは、時点ゼロにおいて、r(n+1)%のレートで(n+1)年間の借り入れをする。(n+1)年の最後での元利合計は、〔1+r(n+1)/100〕^(n+1) である。 先物契約は現時点で条件がすべて固定されるので、不確実性(リスク)がない。したがって、契約Aと契約Bは、まったく同じものである。したがって、つぎの関係が成立しなければならない。 〔1+r(n+1)/100〕^(n+1)=〔1+x(n)/100〕〔1+r(n)/100〕^n ……(1) この式から、r(n+1)とr(n)の大小関係と、x(n)とr(n)の大小関係とが同値であることが分かる。 イールドカーブが右下がりとは、r(n+1)<r(n)を意味する。したがって、x(n)<r(n)となる。出発点でr(1)<0なのであるから、x(n)も負の値となる。つまり、先物レートはマイナス金利となる。 他方、イールドカーブが右上がりになると、r(n+1)>r(n)となり、したがって、x(n)>r(n)となる。この状態がしばらく続けば、x(n)はプラスになるだろう。 1年債利回りは6年後からは プラスになると予測されている ここで、先物金利r(n)は、現実の金利と等しいものと仮定しよう。そうすれば、n=1,2,……,9について、実際のr(n)の値を入れてx(n)を計算することができる。このようにして計算された先物レートは、「インプライド・フォワードレート」(計算された先渡しレート)と呼ばれる。財務省の「金利情報」で2月4日の値を用いて計算した結果は、図表4に示すとおりだ。 ◆図表4:n年後の1年債のインプライド・フォワードレート (注)財務省、金利情報のデータを用いて筆者計算 1年債利回りx(n)は、5年後までマイナスだが、ほとんどゼロだ。そして、6年目からはプラスになる。 この結果の評価は、若干微妙だ。 まず、1年債のマイナス金利は、すぐに終わるのでなく、5年程度は続く。その意味では、マイナス金利はまったく一時的な現象とも言えない。 ただし、明らかにマイナスというわけでもなく、ほとんどゼロだ。だから、預金等には波及しないだろう。 そして、6年目からはプラスになって、正常な状態に戻ると予測されている。したがって、経済活動の基本に影響するようなことにはならないだろう。 9年債の利回りがマイナスであるということは、今から9年後までの金利がマイナスだということである。この9年間にわたって常に金利がマイナスになっているということではない。1年後からは金利はほぼゼロになり、6年後から後は金利がプラスになるのだが、最初の1年間で大きくマイナスになっているので、9年間を通してみればマイナスになってしまうということである。つまり今後1年間が異常な期間だと予測されているのだ。 つまり、マイナス金利という状態は、今後もずっと長引いて経済の構造を変えてしまうようなものではないということだ。 10年債のレートは将来0.18%で 安定的になると予測されている 同様にして、n年目の10年債の利回りを計算することができる。 r(n)の定義は前と同じであるとし、y(n)は時点nから10年間貸借をする先物金利とすると、つぎの関係がある。 〔1+r(n+10)/100〕^(n+10)=〔1+y(n)/100〕^10〔1+r(n)/100〕^n ……(2) この式を用い、財務省の国債金利情報のデータを実際に計算すると、図表5のとおりである(この図で、n=0には、現時点の10年債利回りを示してある)。 10年債のレートの現在の利回りは異常に低いが、10年後には0.18%程度で安定的になるものと予測されていることになる。 ◆図表5:n年後の10年債のインプライド・フォワードレート (注)財務省、金利情報のデータを用いて筆者計算 正確に言うと、上で計算したフォワードレートx(n)は、n年目の利回りr(n)の予測値とは違う。その理由を説明しよう。 借りる側から言うと、仮に先物の条件が悪くても、つまり高い金利であっても、借りる場合がある。なぜなら、いまは低い金利でも、将来高くなってしまうかもしれないからだ。 例えば、1年後の1年物金利は多分−0.1%だと予測されるが、ひょっとするとプラスで高い値になってしまうかもしれない。そうすると大変なことになるので、現在の先物金利が+0.1%でも約束しておいたほうがよいと考えるだろう。この差は、危険を回避するために支払ってもよいプレミアムであり、「リスクプレミアム」と呼ばれる。 逆に、貸す方から見ると、先物の金利がマイナスで大きくても、いま約束してしまったほうがよいと考えるかもしれない。 実際の先物金利は、この両者のどちらが強いかによって決まる。普通は、借り手のリスク回避需要のほうが強いので、リスクプレミアムは正になる。 つまり、図表5で計算したx(n)は将来のr(n)の予測ではなく、以上で述べたようなリスクプレミアムを含むものなのである。 強引で不自然な構造は長続きしない マイナス金利は金融を混乱させるだけ 金利がマイナスになるのは異常な事態である。今回のマイナス金利は、民間銀行の日銀当座預金に−0.1%の付利をするという、かなり強引で不自然な方法によって実現された。そうした構造が長続きしないと予測されているのは、ある意味では当然のことだ。 したがって、金融市場に攪乱効果をもたらすことはあっても、マイナス金利が経済のパフォーマンスを向上させるようなことはないだろう。 前回述べたように、マイナス金利政策の意味は、大量の国債購入を停止し、金融緩和からの出口を容易にすることである。その意味で、もともと暫定的な性質を持った政策だ。 仮に預金のマイナス金利が広がれば、人々はキャッシュを保有する。つまり金融の効率性は低下する。あるいは、海外資産で保有するようになるだろう。いずれも、日本経済にとって望ましいことではない。
http://diamond.jp/articles/-/86117
2016年2月11日 加藤 出 [東短リサーチ代表取締役社長] これから預金金利はどうなるか マイナス金利“先輩”欧州の実例 1月29日、金融政策決定会合でマイナス金利政策の導入を決め、会見で説明する日本銀行の黒田東彦総裁 Photo:REUTERS/アフロ 日本銀行は金融機関が日銀に預ける超過準備(法定基準を超えて日銀に預けている資金)の一部に、マ イナス金利を適用する政策を決定した。 ユーロ圏、スイス、デンマーク、スウェーデンでも中央銀行が超過準備にマイナス金利を課す政策を行 っている。先行事例である欧州では預金金利はどうなっているのだろうか。 「これはスキャンダルだ。恥知らずな行為だ」。昨年6月、スイスの年金基金協会会長はそう言って怒り をあらわにした。大手銀行が大口預金にマイナス3%を適用すると発表したからだ。その大手銀行の幹部 は、マイナス金利政策と金融規制強化のコストを顧客に転嫁せざるを得ないと釈明していた。 デンマークでは、保険会社・年金の口座は昨年1月ごろから、非金融企業の口座は昨年4月ごろから金利 がマイナス圏に入った。預金の目減りを嫌う企業の中には、法人税を早めに多めに納め、後で還付請求す る傾向が表れている。 一方、個人の預金は機関投資家や企業の預金と違って金額が小さく、マイナス金利になると現金の引き 出しが広がりやすい。このため、欧州でも個人預金がマイナス金利になっているケースは例外的だ。銀行 経営者は「個人から利息を徴収しようとしても、理解は得られない」(スウェーデンの大手銀行幹部)と ちゅうちょしている。 日本でも個人預金がマイナス金利になる確率は低い。ただし、日銀が金融機関に課すマイナス金利を引 き下げていく可能性があると、黒田東彦・日銀総裁が強調しているため、機関投資家や企業の大口預金が いずれマイナス金利になる可能性は否定できない。 とはいえ、日本では金融機関同士の競争が欧州よりも激しく、顧客へコストを転嫁しにくいため、マイ ナス金利になるペースは欧州よりも遅いと予想される。なお、欧州ではATMの手数料引き上げや、新た な手数料導入が見られる。そういった動きは日本でもいずれ出てくる可能性がある。 欧州の中銀も日銀も、マイナス金利政策の真の意図は為替市場での自国通貨への上昇圧力を和らげるこ とにある。しかし、いずれの中銀も、銀行が個人預金をマイナス金利にしなければならないほど超過準備 へのマイナス金利を引き下げてはいない。副作用の拡大を警戒しているからである。 しかし、経済学者からは、次のような対策で紙幣をマイナス金利にしてしまえば、個人預金もマイナス 金利にできるとの主張が聞かれる。 (1)国民に印紙を購入させ、それを貼らなければ紙幣は法定通貨にならないと宣言する、(2)中銀が紙 幣のシリアル番号の末尾1桁の数字を発表し、その紙幣は無効になると宣言する(その宣言を1回行えば、 今年の紙幣の利回りはマイナス10%)、(3)現金を全廃して電子マネーに移行する、(4)銀行が中銀に 預けた準備預金を現金として引き出す際、交換比率を1対1にはせず、一部を徴収する。 こうして見ると、現金引き出しを防ぐ上記の手段は、結局は国家による増税あるいは財産没収といった 強権発動となる。それを実行した政権は、次の選挙で苦戦する可能性が高いだろう。 また、本誌1月30日号の本欄でも触れたように、マイナス金利で国民に“ムチ”を打っても、多くの国 民は消費を増やすのではなく、かえって不安を感じて防衛的になると思われる。マイナス金利政策の効果 に過大な期待を持つべきではない。 (東短リサーチ代表取締役社長 加藤 出) http://diamond.jp/articles/-/85959
|