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アインシュタインの「一般相対性理論」が、物理学者たちにもたらした「大混乱」を振り返る/現代ビジネス
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「宇宙検閲官仮説」
なんとも不可思議で魅惑的な響きです。この文字の並びを見ているだけで、つぎつぎと疑問が湧いてきます。宇宙を検閲する? 誰が? 何を? いったいどうやって?
ここでは、この仮説の前提となる「一般相対性理論」が「光と影」の両面を持つこと、そして、それゆえ様々な混乱を物理学者たちの間に巻き起こしたことについて、大阪工業大学教授の真貝寿明さんがわかりやすくご説明します。
(この記事は、真貝寿明『宇宙検閲官仮説』を抜粋・編集したものです)
無限に潰れていく星は現実に存在するのか
一般相対性理論は、ブラックホールや膨張する宇宙、そして重力波の伝播という新しい物理現象を次々に導きましたが、いずれのトピックに対してもアインシュタイン自身は、一度は拒絶反応を示しています。彼自身をもってしても、どれも受け入れがたい結論であったのでしょう。ましてや、他の物理学者・天文学者にとってはなおさらでした。
イギリス人の天文学者エディントンは、第一次世界大戦の敵国ドイツ人の業績である一般相対性理論の価値をただちに理解した一人です。前章の最後で紹介したように彼は、皆既日食を利用してこの理論の検証を行う観測隊をみずから組織し、一般相対性理論の予言する空間の歪みを初めて観測しました。
この観測結果を発表したとき、新聞記者がエディントンに「アインシュタインの理論は難しくて世界で3人しか理解していないそうですが、先生はその一人ですよね」とたずねると、エディントンはしばらく考えこんだそうです。記者が「そう謙遜なさらずに」と言うと、エディントンは「3人目は誰かと考えていた」とおどけたというエピソードが伝わっています。エディントンが誰よりも相対性理論を理解していたのは事実です。
しかし、そのエディントンでさえ、燃え尽きた恒星の最期の姿について、重力で永久に潰れていく天体の解を受け入れることはできませんでした。燃え尽きた星は、外向きの放射の力を失うので、みずからの質量で中心方向に潰れていきます。
しかし、物質には大きさがあるために、どこかのところで重力崩壊は止まるだろうとも考えられます。若きインド人の物理学者チャンドラセカール(1910〜1995)が、量子力学で説明される電子の縮退圧*1というものを利用して星(白色矮星)を支える構造を計算したとき、その星の質量には上限値(太陽質量の1・4倍)が存在することを見出しました。
つまり、質量がある程度大きい星の場合、電子の縮退圧では星は支えきれず、「大きさゼロ」に向かって重力崩壊が進むことになります。しかしエディントンはこの説を嫌い、学会の場で発表者のチャンドラセカールを執拗に攻撃したと伝えられています。
*1 星の大きさを決めるのは内向きの重力と、外向きの放射による圧力勾配の2つです。両者が釣り合った半径が星の大きさになります。チャンドラセカールが考えたのは、電子による反発力が重力と釣り合って星を支える構造でした。電子はマイナスの電荷をもつので、電子どうしは反発する力をもちます。ここでの縮退圧とは、電子による反発力です。
電子の縮退圧で支えられなくなった星は、さらに小さく潰れていきます。隣り合う原子どうしが押し込められると、原子核のまわりを動く電子が原子核に押し込められることになり、マイナスの電荷をもつ電子と、プラスの電荷をもつ陽子が合体して、中性子になると考えられます。こうして、白色矮星の10万分の1の大きさになった中性子の塊になると、星の崩壊はいったん止まることになると考えられます。
これが中性子の塊としての星、中性子星ですが、その中性子星にも質量の上限値があることが示されています(原子核物質の状態方程式によって質量の上限値は異なりますが、およそ太陽質量の2倍前後と考えられています)。太陽の10倍以上の質量の恒星は、その最期の重力崩壊では中性子星とはならず、支えるものがないために無限に潰れていかざるをえません。このような研究が進展するのは、1930年代後半から1950年代にかけてでした。
1939年、オッペンハイマー(1904〜1967:のちに原子爆弾製造を率いる物理学者)とスナイダー(1913〜1962)は、重力崩壊していく星からの情報を遠方で観測すると、次第に情報の間隔が延びていくことを指摘します。
これは、光などが強い重力場に捕らえられて、外側に脱出するまでに時間がかかるようになることが原因です。このことを彼らは、「爆縮によって重力で切り離された領域ができる」と表現しました(現在の用語では「重力崩壊によるブラックホール形成」です)。
のちに、ブラックホールの定義の1つとして、「光が無限遠方に到達しえない領域(事象の地平面の内側)」という定義がされますが、この定義を採用すると、遠方にいる観測者は永久にブラックホールを観測できないことになります。
ブラックホール候補天体の発見
1950年代の終わり頃まで、一般相対性理論は現実とかけはなれた数学とみなされ、ごく少数の研究者だけが細々と研究を続けてきました。その流れが一気に変わるのが、1960年代でした。理論的な進展とともに観測技術も進み、正体不明の天体が次々と見つかってきた時代です。
1962年にX線による天体観測が始まると、宇宙のあちこちから強いX線が放射されていることがわかってきました。とくに「はくちょう座X‐1」と呼ばれる天体(1964年発見)が発するX線は、1秒足らずで強弱の変化を見せました。1963年にはクェーサー(準星)と呼ばれる強い電波を発する天体が非常に遠方にあることが報告されます。
銀河の100万分の1のスケールから、銀河全体の100倍のエネルギーを放出している天体です。1967年には電波観測によって、秒スケールで定期的に信号を出すパルサーが発見されました。発見当初は宇宙人からの信号と考えられ、「LGM‐1」(Little Green Man、緑の小人)と命名されました。
このように短時間で電波やX線の強弱を変化させる天体は、それだけ小さな領域に存在していなくてはなりません。強い重力が、小さな領域に存在し、かつ光らない――このような状況証拠が蓄積されてくると、ブラックホールが現実に存在するのではないか、と考える研究者が増えてきました。
現在では、クェーサーは活動銀河核と呼ばれ、若い銀河の中心にある巨大ブラックホールが、吞み込み損なったガスを回転軸方向にジェットとして放射している現象だと考えられています。私たちの銀河の中心にも、太陽質量の400万倍の超巨大ブラックホールが存在しています。しかし、銀河中心にはすでにガスはほとんどなくなっているので、ジェットは吹き出していません。
はくちょう座のX線は、ブラックホールが隣の星を吞み込みつつあり、吞み込まれていく星のガスなどが激しく動いてぶつかり合うことによって放射されているものと考えられています。私たちは洗面台や風呂で溜めた水を流し出すとき、水が渦を巻くのを目にしますが、ガスが1点に向かって落ち込むと、同じように渦を巻いて、降着円盤と呼ばれる構造をつくります。
ガスは回転する運動量(角運動量)を保存するので、中心にいくほど速く運動するようになります。内側ではガスの分子どうしが激しくぶつかり合って温度が1000万度以上になり、X線を放出すると考えられます。
パルサーの正体は、高速で回転する中性子星であることがわかっています。中性子星は半径10km足らずで太陽質量ほどの質量をもちます。強い重力・強い磁場をもち、その磁力線に沿って電波を放出するのです。灯台のサーチライトのように、電波が地球に向けて定期的に送信されているような状態になります。回転数は、速いものは1秒間に1000回ほどになり、1000Hzの信号を発します。宇宙人からの謎の信号と誤解されたのも無理からぬ話です。
「ブラックホール」という呼び名
ところで「ブラックホール」という呼び名は、この頃に生まれました。第二次世界大戦後、水素爆弾の開発の仕事を終えた原子核物理学者のホイーラー(1911〜2008)は、相対性理論・量子論の研究に転向し、ファインマン(1918〜1988)やソーン(1940〜)など、次の世代の中心となる物理学者を多く育てました。ソーンの著書によると、1967年冬の学会で、ホイーラーはまるで以前から使われていた言葉のように、「ブラックホール」という言葉を使ってパルサーの正体を説明しはじめたそうです(パルサーの正体はその後、中性子星であることがわかりましたが)*2。
ホイーラーは命名の達人で、この他にも、「ワームホール」、(量子効果を考えなければいけないスケールとしての)「プランク時間」「プランク長さ」、(量子力学における散乱演算子である)「S行列」など、いまでは研究者が普通に使っている言葉も多く発明しました。
このように強い重力場の効果が天文観測されるようになったことでようやく、ブラックホールの存在を含めて、一般相対性理論が現実の物理学として認識されるようになりました。ちなみに、天文学者にとってブラックホールは「何でも吞み込むコンパクトな天体」でありながら「巨大なエネルギーを放出させる天体」です。何か正体不明の「明るい天体」があると、明るさの原因はブラックホールではないか、と考えます。
活動銀河核が回転軸方向にジェットを放射するのは、中心付近に吸い込まれて大きな角運動量を持ったガスが、巻きつく磁場に沿って逃げ道を回転軸方向に見つけ、角運動量を線形運動量に変えて飛び出してくるから(ブランドフォード・ズナエック効果)、と考えられています。
*2 「ブラックホール」を初めて命名した人物については諸説あり、1964年にアン・ユーイングという女性記者が、『The Science News Letter』誌(1964年1月18日号)に「“Black Holes” in Space」というタイトルの記事を書いています。彼女は国際会議でこの言葉を聞いたそうですが、誰の言葉かは記載していません。活字化された「ブラックホール」は、このときが初出のようです。
回転するブラックホール解の発見
1960年代のはじめ、微分幾何学の手法を用いてアインシュタイン方程式の解を導くという新しい方法が提案され、研究者たちは活気づいていました。天文学的な発見も相次ぎ、一般相対性理論研究が花開く前夜でした。「相対性理論研究のルネッサンス」とも呼ばれています。
テキサス大学相対性理論研究センターの研究員の身分だったカー(1934〜)は、数学的な興味から、アインシュタイン方程式の解のうち、光が進んでも光の断面に歪み(シア)が生じないような時空を探していました。
言い換えると、光が広がっていったときに、その進路に、垂直な断面が単に拡大縮小するだけの時空があるかどうかを研究していたのです。同じ頃、ニューマン(1929〜2021)が、重力が存在すればそのような時空は存在しない、という論文を書いていたのを同僚から知らされたカーは、すぐにニューマンの計算ミスを発見しました。
そして、歪みがない一般的な時空を数ヵ月間探したところ見つけられなかったので、しかたなく、回転軸をもつような時空に絞り込み、さらに時間に依存しないような仮定をしたところ、方程式の解が1つ得られました。
翌日、新しい解が見つかったことをカーが研究センター長のシルドに報告します。すると、本当にこれが回転している物体なのかどうかが議論になりました。
カーの得た解は、特異点を持っていました。特異点の回転速度は計算することができません。しかし、回転している時空では、同じ箇所に留まることができずに無理やり回転させられてしまう(「引きずり効果」が生じる)座標点があることが知られています。座標系の引きずりの大きさを計算すれば、中心物体が回転しているかどうかがわかるのです。
30分後、カーは、新しい解は回転していることを見出しました。アインシュタイン方程式で、自転している天体の解が初めて発見された瞬間でした。これをカー解と呼びます。
「回転する質量の重力場」と題した1ページ半にみたないカーの短い論文は、学会誌にすぐに掲載されました。宇宙に存在する天体は、ほとんどが自転しています。自転している天体の厳密解が得られたことは、一般相対性理論研究に現実的な応用の道を開くことになりました。
カーの得た解は、ブラックホールの1つであることが、1年後にカーターによって明らかにされました。事象の地平面は2つあり、遠方から観測すると、外側の事象の地平面がブラックホールの境界面になります。また、中心部分にはリング状の特異点が存在します。自転によって全体の形状は平べったく変形しています(図2‐4)。
アインシュタインの「一般相対性理論」が、物理学者たちにもたらした「大混乱」を振り返る
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のちには、ホーキングやカーター、ロビンソンらによって、回転しているブラックホール解はカー解に限られることが数学的に証明され(ブラックホールの唯一性定理→5‐3節)、カー解の重要性が確固としたものになりました。
カー解が発見されるまでは、「自転の効果を考えれば遠心力がはたらいて、永久に潰れていくようなブラックホール形成は回避できるかもしれない」と期待する研究者もいましたが、その予見は打ち砕かれました。ブラックホールは、数式としても、現実の宇宙にも確実に存在し、私たちはアインシュタイン方程式がみずから破綻を招く特異点形成をなんとかしなければならないことが確実になったのです。
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