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ゴキブリでテラフォーミングは可能か
現実味を帯びてきたゴキブリの養殖
2016.6.15(水) 水野 壮
有人火星探査の想像図。(画像:NASA)
今や世界人口は70億人を突破し、2050年には90億人に到達すると予想される。
世界自然保護基金(WWF)の試算によれば、人類が今の暮らしを続けるには地球1.5個分の資源やエネルギーが必要であるという。そのため、地球環境への負荷を軽減していく努力が進められている。その一方で、人類は月や火星など、地球以外の新しい居住地を開拓する研究も進めている。
人気漫画「テラフォーマーズ」のように、火星のテラフォーミング(環境を変化させ、人類が住める惑星に改造すること)にゴキブリを投入することは果たしてナンセンスだろうか。この漫画のように、ゴキブリが人類に危害を与える生物へ進化を遂げてしまうのは避けたいところであるが、現実に考えるとゴキブリは案外有望かもしれない、というのが筆者の考えだ。
JAXAや国連が昆虫食に注目
宇宙航空開発研究機構(JAXA)は2006年、火星移住を研究する中で、食料として昆虫を利用することを推奨した(Biological Sciences in Space, 20: 48-56)。宇宙農業を営む際に適した作物は、コメ、ダイズ、サツマイモ、コマツナといった献立を考えたが、アミノ酸のバランスや動物性脂肪の不足を考慮し、これら4つにさらにカイコガを加えたのである。
ここではゴキブリの検討はされなかったが、昆虫は全般に栄養価が高く、宇宙の生活では不足しがちな動物性タンパク源である点も注目された。大型家畜や魚介類といった動物性タンパクを火星で育てるより、小型で持ち運びがしやすく、植物から直接タンパク源を生産できる昆虫を活用するわけである。
その後、2013年に国連食糧農業機関(FAO)が昆虫食を推奨する報告書「食用昆虫─食料および飼料の安全保障に向けた将来の展望─」を発表して以来、食料生産手段の1つとして昆虫養殖への関心が高まってきた。その中で、カイコだけでなくゴキブリも養殖の可能性が検討され始めてきた。
ゴキブリはテラフォーミングに向いている
写真1 家畜化が進む注目の昆虫たち。ヨーロッパイエコオロギ(左上)、ミールワーム(右上)、カイコ(左下、以上Wikipediaより)、アルゼンチンモリゴキブリ(右下、「蟲ソムリエへの道」より)。
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ゴキブリが優れているのは、まずその旺盛な繁殖力と飼育のしやすさだろう。
カイコは養殖技術が確立されているとはいえ、ゴキブリより温度や湿度管理が厳しく、飼育が意外に難しい。さらに、ゴキブリは雑食であるため、桑の葉のみを食べるカイコより餌の供給面で融通がきく。
養殖の際には、少ない餌で成長する効率の良さもコストの面から大切である。図1は、体重1kgを増加させるのに必要な餌の量を示したものだ。
牛や豚に対し、ゴキブリは餌が2kg未満で済む。コオロギやミールワームは近年欧米で盛んに養殖が進められているが、ゴキブリの効率はこの2種よりも効率が良い結果が出ている。さらに、カイコが体重1kg増加させるのに必要な餌は3〜4kg。JAXAお墨付きのカイコをもゴキブリは凌ぐのである。
図1 昆虫と家畜の生育コスト。Oonincxら(2015)、Huis(2013)などをもとに作成。コオロギはヨーロッパイエコオロギ、ゴキブリはアルゼンチンモリゴキブリを指す。
さらに、栄養価に関してもゴキブリは優れている。いずれの昆虫種も、牛や豚といった家畜に匹敵するタンパク質を含んでいる(図2)。ゴキブリもそれに漏れず、栄養価が高く、タンパク質が豊富であることが分かる。
図2 乾燥重量100gあたりの栄養分。家畜は食品栄養成分分析データベース、昆虫は各種論文より作成。
他に注目すべきは温室効果ガスの排出量である。牛や豚ほどではないが、ゴキブリは温室効果ガスをそれなりに排出するのである。
図3のデータはヨーロッパイエコオロギ、ミールワーム、アルゼンチンモリゴキブリの3種と家畜において、体重を1kg増加させる際に生じる温室効果ガス排出量を調べたものだ。
図3 体重1kg増加あたりの温室効果ガス放出量(CO2換算)。Oonincxら(2010)をもとに作成。
昆虫3種は、牛や豚と比べて温室効果ガス排出量が低い。しかし、ゴキブリは昆虫の中では温室効果ガス排出量が高い。腸内細菌の働きで発酵が行われ、メタンガスが発生するためである。
地球環境への影響を考えると、温室効果ガスの排出量はできるだけ抑えられる動物が望ましい。しかし、火星のテラフォーミングにおいては、温室効果ガスは惑星の気温を上昇させ、暖かく保つために必要な存在となる。つまり、地球環境ではデメリットとなる温室効果ガスは、テラフォーミングでは大きなメリットとなりうるのだ。
牛や豚も温室効果ガス排出量は高いが、彼らよりも高密度かつ繁殖力も高いゴキブリ達を宇宙空間へ打ち上げる方が、コストも低く抑えられる。
このように、ゴキブリは火星のテラフォーミングには優れた家畜候補となりうるのである。
イメージをいかに払拭するかが人類の課題
しかし、最大の課題は人々のゴキブリに対するイメージだ。多くの人々にとって、ゴキブリは不潔かつ嫌悪すべき生物の代表だ。養殖なぞもっての外と言われてしまいそうだ。
筆者はかつて、研究上ゴキブリを飼育したことがあった。100頭近くの個体が動き回る姿を見て、これを飼育するのかと不安に思ったが、観察を続けるにつれ、彼らの健気な生き方に心を寄せるようになった。
彼らは、堅いペレット状の餌も砕く頑強な顎を持ち合わせていながら、世話する筆者に一度も威嚇をしたり、噛み付いたりすることのない、大変慎ましい動物だった。ケージの隅に仲間たちとひっそり寄り添う姿は、可愛らしくすら思えた。
かつては、ここまでゴキブリを嫌う風潮はなかったと言われている。都市化が進み、自然と人間との距離が遠くなる一方、ゴキブリは人類との距離が近くにありすぎるために、人から嫌われてしまったとも考えられる。
そもそも、日本土着のゴキブリの多くは、家庭にお邪魔することなく野外で密やかに生息する生物だった。屋内にしばしば現れた土着のヤマトゴキブリも、現在では海外からやってきた屋内性のクロゴキブリに住処を奪われ、専ら屋外生活を強いられているという。
家の中に突如現れてギョッとするゴキブリは、大半が外国からやってきたクロゴキブリやチャバネゴキブリである。彼らは年中暖かい人類の家に住み着くことで、皆から嫌悪すべき生物としての地位が確立してしまった。
果たして人類は、嫌われ者のゴキブリを受け入れることができるのか。テラフォーミングの有力な手段としてゴキブリを活用することは、もはやフィクションではなくなってきている。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/47037
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