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[核心]欧州の理念、英国と摩擦
難民・規制… 日本も影響
編集委員 大林尚
2016年。欧州の政情と経済にとって波乱要因のひとつは英国である。
欧州連合(EU)にとどまるか出て行くか。この重い決断を保守党のキャメロン首相が有権者の意思にゆだねると表明したのは3年前。15年の総選挙で同党が勝つのを条件に、17年末までに国民投票をするという内容だった。首相はその時期を今年のさほど遅くない時期に定めつつある。
来月、首相はブリュッセルに乗り込みEU執行部に改革を迫る。国民投票の前哨戦だ。EU側が英政権の求めに柔軟に応じれば、首相はその手柄を国内の反EU派有権者をなだめる材料に使う。EU側は英国に出て行かれたときの利害得失を考え、かなりの程度、譲歩する構えをみせている。
EU側が譲りにくいのが人の自由な往来の問題だ。昨年11月、首相はロンドンの王立国際問題研究所(チャタムハウス)で演説し、英国に来る移民に対して当初4年間は社会保障の給付対象から外す案を示した。診療所や病院で治療を受けたときに患者の自己負担がゼロになる国営の医療制度(NHS)などを念頭に置いているとみられる。
欧州統合の理念に反する要求である。EUの行政を担う欧州委員会の高官は、域内の人の往来を制限するのは論外だと突き放す。もっとも実際にEU代表としてキャメロン氏に対峙するのは、欧州の盟主になったドイツのメルケル首相だ。
折しもドイツ西部ケルンで、難民や不法移民の一団が元日未明にかけて起こした集団暴行の波紋が広がっている。年明け後、移民に寛大なスウェーデンがデンマークからの旅行者に身分証検査を始め、デンマークはドイツ国境で同じことを始めた。メルケル氏は英首相の要求を切って捨てにくい立場に追い込まれた。
英EU間の葛藤は難民問題にばかり焦点があたっているが、ほかにも見逃せない論点がある。英政権はEU法への拒否権を加盟各国の議会が持つことを求めている。何かと規制強化に走るEU執行部へのいらだちがあるのかもしれない。自由と規律を重んずる保守党政権としてはなおさらだ。
行き過ぎた規制は日本にも陰に陽に影響を及ぼす。
欧州議会は近く個人情報保護に関する新しい規則を採択する。EUは域内の企業などが保有・管理している個人情報をEU外へ持ち出すのを原則として禁じている。新しい規則の柱は、違反企業へのEU共通の制裁金制度の創設である。その額は違反企業の世界の年間連結売上高の4%か、2千万ユーロの高いほうを上限とする。施行は2年後だ。
違反企業は場合によってとてつもない損失を被る可能性がある。経営陣は株主代表訴訟を起こされるのを覚悟せねばなるまい。カルテル制裁金の巨額さで米司法省と並んで群を抜くEUは、もうひとつ大きな「収入源」を手にする。
日本企業も、もちろん例外ではない。ざっくり言うと、個人を特定できる情報をEU外へ持ちだすとアウトだ。EU内の現地法人が顧客一覧や現地で雇った従業員の名簿を東京本社にメール送信すれば、引っかかる可能性が大きい。また事業所がEUになくとも、EUに住む人へ商品・サービスを提供する企業と個人事業主は規制対象になる。
この国際化、情報化の時世に何と理不尽な。そう思わずにはいられない。源流をたどると欧州に根づく理念に行き当たる。「何人も自己に関する個人情報を保護する権利を有する」(EU基本権憲章8条)。EUは個人情報の保護を基本的人権に定めているのだ。
国家権力が人を出自によって差別、迫害した過去を繰り返すまい。その決意が背景にある。ユダヤ人しかり、かつてジプシーと呼ばれたロマ民族しかり。日本のマイナンバーにあたる国民番号制について、オーストリアが行政サービスごとに違う番号で管理しているのも、情報が漏れたときの被害を最小限にするのが狙いだ。ヒトラーに踏みにじられた国ならではだろう。
じつは、ユダヤ人国家イスラエルへはEUから情報を移せる。同国の個人情報保護が十分な水準に達していると欧州委が認めたからだ。同様に認めた国・地域は十程度にとどまる。
この元日、日本政府は個人情報保護委員会を発足させた。マイナンバーを含め個人情報行政をつかさどる内閣府の外局だ。これで保護体制は万全と訴えたいところだが「欧州委は警察、検察など捜査機関への情報移転を防ぐ手立てが十分ではないと見なしている可能性が強い」(法曹関係者)。
そういえばEU司法裁は昨年、米インターネット企業などに特例として本国への情報移転を認めてきた欧米間の協定は無効と判断した。米国防総省の情報機関への情報漏れがありうるというのが根拠である。
こうしてみると、ネット上であれ飛行機で印刷物を持ちだすのであれ、EUから日本へは個人情報は移せないと観念するしかない。
冷戦後、国際化と情報化が深まるにつれ成熟国と新興国との経済力の差は縮まってきた。その過程では雇用、資源、通貨などをめぐって摩擦が表面化した。今度は、EUを起点に成熟国どうしの価値観の差があぶり出され、新手の摩擦に発展する様相をみせる。
16年、欧州から目が離せないゆえんである。
(ブリュッセルで)
[日経新聞1月18日朝刊P.6]
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