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トレンドインフレ率は変化したか?−レジーム スイッチング・モデルを用いた実証分析 0%から明確に上昇
http://www.asyura2.com/15/hasan96/msg/148.html
投稿者 rei 日時 2015 年 5 月 04 日 15:26:41: tW6yLih8JvEfw
 

(回答先: 均衡イールドカーブの概念と推移 今久保圭、小島治樹、中島上智(日本銀行) 投稿者 rei 日時 2015 年 5 月 04 日 15:08:00)

トレンドインフレ率は変化したか?
− レジームスイッチング・モデルを用いた実証分析 −
開発壮平† 中島上智‡
2015 年5 月

要旨

本稿は、トレンドインフレ率とフィリップス曲線の傾きをレジームスイッチング・モデルを用いて推計する新しい手法を提案する。本稿の特徴は、トレンドインフレ率のとり得る値を1%刻みで複数設定し、トレンドインフレ率がそれぞれの値をとる確率を推計している点にある。トレンドインフレ率を離散的に捉えることは、推計結果の直感的な解釈を容易にするだけでなく、頑健な推計結果を得るうえでも有用である。実証分析の結果、日本のトレンドインフレ率は、1990年代後半以降、約15年間にわたって0%であったこと、そして物価安定の目標や量的・質的金融緩和の導入後、トレンドインフレ率が0%から明確に上昇していることが示唆された。一方、米国のデータを用いた実証分析の結果からは、米国のトレンドインフレ率が1990年代後半以降、2%で安定していることが確認された。

JEL分類番号
C22、E31、E42、E52、E58

キーワード
トレンドインフレ率、レジームスイッチング・モデル、フィリップス曲線

 
1.はじめに
トレンドインフレ率は、企業や家計といった民間部門が中長期的に実現すると
予想しているインフレ率の平均的な水準であり、インフレ率の変動要因に関する
議論において、学術的にも政策的にも、重要な位置を占めている。トレンドイン
フレ率が物価安定の目標に一致しているならば、インフレ率は、民間部門の経済
活動を通じて、徐々に目標水準に収束していく。一方、トレンドインフレ率が物
価安定目標に一致していなければ、長期間にわたってインフレ率が目標水準から
乖離した状況が継続する可能性が高まる。このため、トレンドインフレ率の物価
安定目標からの乖離率は、民間部門のインフレ予想がアンカーされているか否か
を判断する上で、有用な情報となる。
これまで多くの先行研究が、様々な手法を用いて、トレンドインフレ率の推計
を試みてきたが、いずれもそれぞれに課題を抱えている1。トレンドインフレ率を
推計する上で最大の障害は、それが事後的にも観測できない変数であるという点
にある(Nason and Smith, 2008)。したがって、観測できないトレンドインフレ率
を、インフレ率の実績値など、観測可能な他のマクロ経済変数といかにして関連
付けるかが、トレンドインフレ率を的確に推計するための鍵となる。
従来しばしば用いられてきたアプローチとして、ベクトル自己回帰(VAR)モ
デルを用いるものがある2。VAR モデルを用いてトレンドインフレ率を推計する
ためには、複数のマクロ経済変数間に適切な識別制約を課す必要がある。その際、
VAR の識別制約が適切でなければ、トレンドインフレ率の推計にバイアスが生じ
ることが知られている(Nason and Smith, 2008)。また、推計に用いるデータにバ
イアスがある可能性についても考慮する必要がある。いくつかの先行研究(例え
ばBrissimis and Magginas, 2008; Kozicki and Tinsley, 2012)では、トレンドインフレ
率を推計する際に、インフレ予想のサーベイデータを直接用いているが、こうし
た方法は、サーベイデータに含まれている様々なバイアスが、トレンドインフレ
率の推計値を歪める可能性があるという点で、本質的な問題を抱えている。
1 トレンドインフレ率の推計については、Faust and Wright (2013)、Ascari and Sbordone (2014)
が包括的なサーベイを行っている。
2 例えば、Quah and Vahey (1995)、Claus (1997)、Mertens (2011)を参照。
3
上記とは別に、トレンドインフレ率の推計手法として、近年主流となっている
のは、Unobserved Component(UC、観測不能成分)モデルを用いるアプローチで
ある。この手法は、Stock and Watson (2007)によって提案されたもので、Cecchetti et
al. (2007)、Kiley (2008)、Clark and Doh (2011)らによって、その応用が進められて
いる。この種のモデルでは、インフレ率の変動がトレンド成分とサイクル成分に
分解され、それぞれの成分が確率的ボラティリティ(stochastic volatility)によっ
て変動する。このため、インフレ率の様々な変動を捉えることができるという意
味で、柔軟性の高い枠組みになっている。もっとも、こうした柔軟性の高さが、
結果として推計結果の妥当性を損ねる可能性がある。特に、推計結果が確率的ボ
ラティリティに関する事前分布の設定に大きく影響される点には留意する必要が
ある。
本稿では、レジームスイッチング・モデルを用いてトレンドインフレ率とフィ
リップス曲線の傾き(需給ギャップにかかる係数)を同時に推計する新しい手法
を提案する。本稿の特徴は、トレンドインフレ率がとり得る値を、0%、1%、2%
というように、1%刻みで離散的に設定し、トレンドインフレ率が、それぞれの値
をとる確率を推計する点にある。しかも、その確率は時間の経過とともに推移す
ると仮定されており、その動きをリアルタイムに観察することができる3。主要中
央銀行が設定している物価目標が1%刻みの値であることや、鎌田(2008)が報
告しているように、家計のインフレ予想において整数値が多いことは、1%刻みの
離散値でトレンドインフレ率を捉えるという本稿のアプローチの妥当性を示して
いると考えられる。また、推計上も、1%刻みの離散的なレジームを設定すること
によって、頑健な推計結果を得ることができるというメリットがある4。
筆者らの知る限り、本稿はトレンドインフレ率の変動がレジームスイッチン
グ・モデルに従うと定式化した初めての論文である。本稿の枠組みを用いれば、
3 Galati et al. (2011)は、世界的な金融危機の後、米国のインフレ予想の物価目標に対するアン
カーの程度が弱まってきている可能性を指摘している。
4 トレンドインフレ率を推計する方法としては、レジームスイッチング・モデル以外に、可
変パラメータ(time-varying parameter)モデルを用いる方法も考えられる。ただし、このモデ
ルは、Koop et al. (2009)が議論しているように、極めて自由度の高い定式化であるがゆえに、
過剰識別(over-parameterization)の可能性を抱えているという問題がある。本稿のモデルは、
予め等間隔に設定されたレジームを用いて、トレンドインフレ率の変化を捕捉することによ
り、過剰識別に陥りにくくしている。
4
例えば「現在のトレンドインフレ率が2%である確率はどの程度か?」という問
いに直接答えることができる。さらに本稿では、フィリップス曲線の傾きにもレ
ジームスイッチング・モデルを適用している。これにより、インフレ率の変動が、
トレンドインフレ率の変化に起因するのか、それともフィリップス曲線の傾きの
変化に起因するのかを検証することができる5。
本稿の構成は以下のとおりである。2 節では、レジームスイッチング・モデル
を用いたトレンドインフレ率のモデルについて解説する。3 節では、マルコフ連
鎖モンテカルロ(Markov chain Monte Carlo、MCMC)法を用いたモデルの推計方
法について説明する。この節は専門的な内容を多く含むため、実証結果にのみ興
味のある読者は読み飛ばして、4 節に進まれたい。4 節では、日本と米国のデータ
を用いた実証結果を報告する。5 節は結びである。
2.推計モデル
2.1 フィリップス曲線
本稿で用いるのは、以下のハイブリッド型フィリップス曲線である。このモデ
ルは、今期のインフレ率が、過去のインフレ率と将来のインフレ予想を表すトレ
ンドインフレ率の両方に依存している、という意味で「ハイブリッド型」と呼ば
れている。
􀟨􀯧 􀵌 Σ 􀟙􀯜
􀯞
􀯜􀭀􀬵 􀟨􀯧􀬿􀯜 􀵅 􀵫1 􀵆 Σ 􀟙􀯜
􀯞
􀯜􀭀􀬵 􀵯􀟤􀯧 􀵅 􀟚􀯧􀝔􀯧 􀵅 􀟝􀯧, 􀟝􀯧 ~ 􀜰􁈺0, 􀟪􀯧
􀬶􁈻, 􀝐 􀵌 1, … , 􀝊 (1)
ここで、􀟨􀯧はインフレ率、􀟤􀯧はトレンドインフレ率、􀝔􀯧は需給ギャップ、􀟚􀯧はフ
ィリップス曲線の傾き、􀟝􀯧 は誤差項である。インフレ率のラグ項の係数
􀟙 􀵌 􁈺􀟙􀬵, … , 􀟙􀯞􁈻は、条件􀸫Σ 􀟙􀯜
􀯞
􀯜􀭀􀬵 􀸫 􀵑 1を満たすと仮定する。
(1)式におけるトレンドインフレ率の性質を理解するために、(1)式の􀟚􀯧􀝔􀯧がゼロ
となるような定常状態を考えよう。このとき、インフレ率のラグ項􀟨􀯧􀬿􀯜とトレン
ドインフレ率􀟤􀯧の係数の和が1になるという制約により、lim􀰛􀕜􀮶E􀯧􀟨􀯧􀬾􀰛 􀵌 􀟤􀯧とい
5 フィリップス曲線の傾きがフラット化することを分析している先行研究として、例えば、
De Veirman (2009)を参照。
5
う式が導出できる6。この式は、インフレ率の条件付期待値が、時間の経過と共に
トレンドインフレ率に収束することを意味している。言い換えると、(1)式のトレ
ンドインフレ率は、インフレ率が長期的に到達する水準に関する予想を表してい
ると解釈することができる。
2.2 レジームスイッチング・モデル
トレンドインフレ率とフィリップス曲線の傾きが時間を通じて変化するモデル
としては、可変パラメータ・モデルとレジームスイッチング・モデルの2 つが考
えられる。マクロ経済分析の分野では、可変パラメータ・モデルが主流となって
いる。しかし、Koop et al. (2009)が指摘しているように、可変パラメータ・モデル
では、パラメータの変化する度合いが高く推計される結果、いわゆる過剰識別
(over-parameterization)に陥る可能性が否定できない。この問題を回避するため
に、Koop et al. (2009)は、パラメータには可変である時期と不変である時期がある
と仮定することを提案している。本稿では、トレンドインフレ率やフィリップス
曲線の傾きが、可変パラメータ・モデルではなく、レジームスイッチング・モデ
ルに従うと仮定しているが、トレンドインフレ率やフィリップス曲線の傾きは、
まれにしか変化しないと考えることによって、過剰識別に陥りにくくしている。
レジームスイッチング・モデルでは、それを仮定した変数が時間の経過ととも
に、離散的な値の間を推移(スイッチ)していく。本稿のモデルでは、トレンド
インフレ率が、各時点で、0%、1%、2%といった具合に、1%刻みの離散的な値
をとるものと仮定する。歴史的にも、物価安定に関するインフレ率の目標水準は
1%刻みの値で設定されることが多いようである。現在も、物価安定の目標を掲げ
る国の多くは2%という整数値を目標としている。日本銀行は2001 年に量的緩和
政策を導入する際、新しい金融市場調節方式をインフレ率が安定的に0%以上と
なるまで、継続するとした。また、2012 年にはインフレ率1%を「中長期的な物
価安定の目途」、2013 年にはインフレ率2%を「物価安定の目標」とした。また、
鎌田(2008)は、家計のインフレ予想について、日本銀行の『生活意識に関する
アンケート調査』を用いて分析しており、インフレ予想の回答は、整数であるこ
6 ここで、􀟤􀯧 􀵌 E􀯧􀟤􀯧􀬾􀬵という関係を用いた。これは、現時点のトレンドインフレ率が、将来
のトレンドインフレ率の最適予測になっていることを意味しており、2.2 節でこの関係が成り
立つようにトレンドインフレ率を定式化する。
6
とが非常に多いことを報告している。この事実は、家計がインフレ予想を整数で
考える傾向にあることを示唆している。こうした点を踏まえると、本稿のモデル
でトレンドインフレ率を1%刻みのレジームとしてモデル化することは、自然な
設定であると考えられる。
以下では、具体的なレジームスイッチング・モデルの定式化について解説する。
トレンドインフレ率􀟤􀯧は、各時点で離散的な値􁈼􀟤􀷤􀬵, … , 􀟤􀷤􀯅􁈽のうち1 つを、フィリッ
プス曲線の傾き􀟚􀯧は、離散的な値􁈼􀟚􀷨􀬵, … , 􀟚􀷨􀯆􁈽のうち1 つをとると仮定する。これ
らレジームの値は等間隔に設定する。マクロ経済分析で用いられるレジームスイ
ッチング・モデルでは、レジームの値は未知であり、推計すべき対象として取り
扱われることが多いが、本稿では、レジームの値が予め設定されていると仮定す
る7。
レジーム間の推移は、1 次のマルコフ過程に従うと仮定する8。さらに、推移す
る位置が現在の位置から離れているほど、推移する確率が小さくなると考える。
􀝌􀰓と􀝌􀰉をそれぞれトレンドインフレ率とフィリップス曲線の傾きが現在のレジ
ームにとどまる(スイッチしない)確率と定義する。すなわち、
􀝌􀟤 􀘠 Pr􀵣􀟤􀝐 􀵌 􀟤􀷥􀝅 􀸫 􀟤􀝐􀵆1 􀵌 􀟤􀷥􀝅􁈿, for all 􀝅 􀗐 􁈼1, … , 􀜮􁈽
􀝌􀟚 􀘠 Pr􀵣􀟚􀝐 􀵌 􀟚􀷩
􀝅 􀸫 􀟚􀝐􀵆1 􀵌 􀟚 􀷩
􀝅􁈿, for all 􀝅 􀗐 􁈼1, … , 􀜯􁈽
とする。また、他のレジームにスイッチする確率を次のように仮定する9。
Pr􀵣􀟤􀝐 􀵌 􀟤􀷥􀝅 􀸫 􀟤􀝐􀵆1 􀵌 􀟤􀷥􀝆􁈿 􀵌 2􀵆|􀝅􀵆􀝆|􀝍􀟤,􀝆, for 􀝅, 􀝆 􀗐 􁈼1, … , 􀜮; 􀝅 􀵍 􀝆􁈽
Pr􀵣􀟚􀯧 􀵌 􀟚􀷨􀯜 􀸫 􀟚􀯧􀬿􀬵 􀵌 􀟚􀷨􀯝􁈿 􀵌 2􀬿|􀯜􀬿􀯝|􀝍􀰉,􀯝, for 􀝅, 􀝆 􀗐 􁈼1, … , 􀜯; 􀝅 􀵍 􀝆􁈽
ただし、􀝍􀰓,􀯝と􀝍􀰉,􀯝は、それぞれ、全ての􀝆についてΣ Pr 􁈾􀟤􀯧 􀵌 􀟤􀷤􀯜 􀯅 |
􀯜􀭀􀬵 􀟤􀯧􀬿􀬵 􀵌 􀟤􀷤􀯝􁈿 􀵌 1、
Σ Pr 􁈾􀟚􀯧 􀵌 􀟚􀷨􀯜| 􀯆
􀯜􀭀􀬵 􀟚􀯧􀬿􀬵 􀵌 􀟚􀷨􀯝􁈿 􀵌 1を満たす、􀝌􀰓および􀝌􀰉の関数である。なお、トレ
ンドインフレ率とフィリップス曲線の傾きは、それぞれ独立に推移すると仮定し
7 例えば、Kim and Nelson (1999)、Kim et al. (2014)を参照。
8 すなわち、トレンドインフレ率が今期の位置にいる確率は前期の位置のみに応じて決まる。
9 対称な推移確率を仮定しているため、レジームの範囲を十分に広く取ることにより、注6
で述べた􀟤􀯧 􀵌 E􀯧􀟤􀯧􀬾􀬵が成り立つ。
7
ていることに注意されたい。推計では、􀝌􀰓と􀝌􀰉のほか、モデルのパラメータおよ
び􀟤􀯧や􀟚􀯧等の潜在変数を同時推計する。
2.3 可変分散
モデルをできるだけ簡潔にするため、(1)式で表されるフィリップス曲線は、イ
ンフレ率とトレンドインフレ率、そして需給ギャップのみで定式化されている。
このため、インフレ率に影響を与えるその他の要因、例えば為替レートやコモデ
ィティ価格などの影響は、全て誤差項で捉えることになる。本稿では、誤差項の
分散が時間の経過と共に変化するものと仮定する。誤差項の可変分散の仮定は、
最近のマクロ時系列分析で標準的な考え方になってきており、Cogley and Sargent
(2005)やPrimiceri (2005)等、多くの文献で採用されている10。
具体的には、誤差項の分散に対数をとったものを􀝄􀯧 􀘠 log􀟪 􀯧
􀬶と定義し、先行研
究と同様に、次式のランダム・ウォーク過程に従うと仮定する。
􀝄􀯧􀬾􀬵 􀵌 􀝄􀯧 􀵅 􀟟􀯧, 􀟟􀯧 ~ 􀜰􁈺0, 􀝒􀬶􁈻
これは、確率的ボラティリティ(stochastic volatility)と呼ばれる可変分散の定式
化であり、ファイナンスやマクロ計量経済の分野でしばしば使われている11。
3.推計方法
3.1 ベイズ推計法
本稿では、ベイズ推計法の枠組みにおけるマルコフ連鎖モンテカルロ(Markov
chain Monte Carlo、MCMC)法を用いて、モデルの推計を行う。本稿で取り扱う
レジームスイッチング・モデルは、潜在変数の個数が多く、モデルの尤度を簡単
に求めることができない。与えられたパラメータに対して、シミュレーションと
フィルタリング手法を用いて尤度を近似的に計算することは可能であるが、計算
負荷が高く、最尤法による推計は困難である。本稿で用いるMCMC 法は、こう
した場合にも適用できる強力なツールである。以下、本節では、推計方法のアウ
10 もっとも、コモディティ価格の変動が国内物価に与える影響度の変化など、誤差項では捉
えきれない要因がある可能性には留意する必要がある。
11 例えば、Shephard (2005)やCogley and Sargent (2005)を参照。
8
トラインのみを説明する。詳細に関心のある読者は、補論を参照されたい。また、
本節は専門的な内容を多く含むため、実証結果にのみ関心のある読者は、本節を
読み飛ばして、4 節に進まれたい。
MCMC 法では、モデルのパラメータに事前分布を設定し、同時事後分布からの
サンプリングを行う。以下のように、標準的な方法を用いてパラメータや潜在変
数のサンプリングを行う。すなわち、トレンドインフレ率やフィリップス曲線の
傾きは、Carter and Kohn (1994)やChib (1996)によって提案されたレジームスイッ
チング・モデルのマルチムーブ・サンプラーによってサンプリングする。また、
確率的ボラティリティは、Shephard and Pitt (1997)およびWatanabe and Omori
(2004)によって考案されたマルチムーブ・サンプラーを用いてサンプリングする。
その他のモデルのパラメータについては、共役事前分布を設定することにより、
条件付事後分布からのサンプリングを容易に行うことができる。
3.2 実証分析における推計の詳細
ここでは、次節において日本と米国の実証分析を行うにあたって必要となる各
種の設定について説明しておく。トレンドインフレ率のレジームについて、日本
は􁈺􀵆2, 􀵆1, 0, 1, 2, 3􁈻、米国は􁈺0, 1, 2, 3, 4, 5􁈻と設定した(単位は%)。このレジーム
の範囲は、インフレ率の実績値が、推計期間において実際に推移した範囲を全て
カバーするように設定した。フィリップス曲線の傾きのレジームについては、回
帰式をローリング推計した結果から、日本は􁈺0.00, 0.05, … , 0.30􁈻 、米国は
􁈺0.00, 0.02, … , 0.12􁈻と設定した12。
モデルのラグ次数􀝇は、ベイズ情報量規準(BIC)によって決定する。その結果、
日本は8 四半期、米国は4 四半期となった。パラメータの事前分布は以下のとお
りである。􀟙は、􀟙 ~ 􀜶􀜰Ω􁈺0􀯞􀵈􀬵, 􀜫􀯞􀵈􀯞􁈻とした。ただし、􀜶􀜰Ωは切断多変量正規分布
であり、条件Ω 􀘠 􀵛􀟙 | 􀸫Σ 􀟙􀯜
􀯞
􀯜􀭀􀬵 􀸫 􀵑 1􀵟を満たす範囲でのみ正の密度をもつ。􀝒は、
􀝒􀬶 ~ 􀜫􀜩􁈺5, 0.2􁈻であり、􀜫􀜩 は逆ガンマ分布を表す。また、􀝌􀰓 ~ 􀜤􁈺990, 10􁈻 、
􀝌􀰉 ~ 􀜤􁈺990, 10􁈻 であり、􀜤はベータ分布を表す。これらの遷移確率の事前分布は、
12 具体的には、(1)式のトレンドインフレ率、フィリップス曲線の傾き、可変分散を通期一定
とした回帰式を推計した。
9
通常のレジームスイッチング・モデルで用いられるものと同様、同じレジームに
とどまる確率が高くなるように設定されている。稼働検査期間(burn-in period)
として最初の1,000 個を捨てた後、10,000 個のサンプルを発生させる13。
次節の分析では、潜在変数の推計値を 2 種類の方法で報告する。1 つは、通常
用いられる「平滑化された(smoothed)事後推計値」である。もう1 つは、「フィ
ルターされた(filtered)事後推計値」である。平滑化されたレジーム確率
􀝌􀯦􁈺􀟤􀯧 􀵌 􀟤􀷤􀯜􁈻 􀘠 Pr􁈾􀟤􀯧 􀵌 􀟤􀷤􀯜 | 􀝕􁈿は、全推計期間における情報􀝕 􀘠 􁈺􀟨􀬵, … , 􀟨􀯡􁈻を用いて
算出された、時点􀝐での確率である。この確率は、時点􀝐より先の情報も影響する
ため、変化を先取りしやすく、リアルタイムの推計値と大きく乖離することがあ
る。そこで、各時点􀝐までの情報から算出される推計値として、フィルターされた
レジームの事後確率を考える。すなわち、􀝍􁈺􀟤􀯧 􀵌 􀟤􀷤􀯜 | 􀟠, 􀟚, 􀝄􁈻 􀘠 Pr􁈾􀟤􀯧 􀵌
􀟤􀷤􀯜 | 􀟨􀬵, … , 􀟨􀯧, 􀟠, 􀟚, 􀝄􁈿と定義し、フィルターされた事後確率を
􀝌􀯙􁈺􀟤􀯧 􀵌 􀟤􀷤􀯜􁈻 􀘠 􀶱 􀝍􁈺􀟤􀯧 􀵌 􀟤􀷤􀯜 | 􀟠, 􀟚, 􀝄􁈻􀝌􁈺􀟠, 􀟚, 􀝄|􀝕􁈻􀝀􀟠􀝀􀟚􀝀􀝄
とする。ただし、􀟠 􀵌 􁈼􀟙, 􀝌􀰓, 􀝌􀰉, 􀝒􁈽、􀟚 􀵌 􁈺􀟚􀬵, … , 􀟚􀯡􁈻、􀝄 􀵌 􁈺􀝄􀬵, … , 􀝄􀯡􁈻である。以下、
「平滑化されたトレンドインフレ率の加重平均値」をΣ 􀟤􀷤􀯜
􀯅
􀯜􀭀􀬵 􀝌􀯦􁈺􀟤􀯧 􀵌 􀟤􀷤􀯜􁈻と定義し
て報告する。すなわち、各レジームの値に平滑化されたレジーム確率を掛け合わ
せた加重平均値である。同様に、「フィルターされた加重平均値」は、フィルター
されたレジーム確率􀝌􀯙􁈺􀟤􀯧 􀵌 􀟤􀷤􀯜􁈻を用いて算出される。
4.日本と米国のデータを用いた実証分析
4.1 データ
ここでは、本稿のモデルを日本と米国のインフレ率データに適用し、実証分析
を行う。推計には、四半期データを用い、日本は1981/Q1 から2014/Q4 まで、米
国は1983/Q1 から2014/Q4 までを推計期間とする。日本の分析には、インフレ率
としてCPI(総合除く生鮮食品、消費税率引き上げの影響を除く)、需給ギャップ
13 MCMC 法によって得られたサンプルの標本自己相関関数は、いずれのパラメータについて
も十分に減衰しており、標本経路も安定している。Chib (2001)の方法によって算出された
MCMC 法の非効率性因子(inefficiency factor)は、いずれのパラメータについても30 以下で
あり、レジームの値が未知のモデルに比して非常に小さい。このことから、本稿のモデルに
用いたMCMC 法は、効率的な推計方法であることがわかる。
10
として日本銀行調査統計局の試算値を用いた。米国の分析には、インフレ率とし
てCPI(総合除く食料およびエネルギー)、需給ギャップとして「失業率ギャップ」
を用いた。この失業率ギャップは、失業率(季節調整済み、16 歳以上の市民)か
らそのサンプル期間平均を引いた系列である14。図1 は、これらデータの時系列
プロットである。失業率ギャップは需給ギャップと推計結果の符号の解釈を合わ
せるために、符号を反転させている。推計では、2 四半期ラグの需給ギャップと
失業率ギャップを用いた。
4.2 日本のトレンドインフレ率の推計結果
図2 は、トレンドインフレ率のレジーム確率を、リアルタイムの確率評価であ
る「フィルターされた確率」と全推計期間の情報を織り込んだ「平滑化された確
率」で示したものである。フィルターされた確率をみると、1990 年代後半に、ト
レンドインフレ率が1%から0%にスイッチしたことがわかる。その後、2012 年
末まで、トレンドインフレ率が0%である確率が最も高い状態が続いた。この間、
実際のインフレ率が数年間にわたってゼロを下回る時期もあったが、トレンドイ
ンフレ率は0%にとどまっており、1%の確率が大きく上昇することはなかった。
一方、平滑化された確率は、レジームが入れ替わる局面において、変化を先取り
しやすい傾向があり、フィルターされた確率の場合よりもなだらかな動きになっ
ていることが確認できる。
図 3 は、トレンドインフレ率およびフィリップス曲線の傾きの推計値(レジー
ム確率による加重平均値)を、フィルターされた系列と平滑化された系列に分け
て示したものである。平滑化されたフィリップス曲線の傾きの推計値をみると、
1980 年代から1990 年代中盤にかけて緩やかに低下しており、フィリップス曲線
のフラット化が進行していたことがわかる。こうした動きは、De Veirman (2009)
等の先行研究と整合的である。フィリップス曲線の傾きは1990 年代後半以降、推
計期間の終わりまでほとんど変化しておらず、この時期については、傾きの変化
14 米国については、CBO(Congressional Budget Office)が推計している需給ギャップを用い
る方法もある。ただし、Weidner and Williams (2009, 2015)が指摘しているとおり、世界的な金
融危機後、CBO の需給ギャップは過小推計されている可能性があり、本稿では、失業率ギャ
ップを用いることとした。
11
はインフレ率の変動に影響を与えていなかった可能性が示唆される15。図4 は、
可変分散の推計値を示しており、2000 年代前半は低水準であった一方、2007 年か
ら2010 年にかけて大きく上昇していることがわかる。これは、世界的なコモディ
ティ価格の高騰と金融危機の影響を反映したものと考えられる。
図 5 は、こうしたフィリップス曲線の各構成要素がインフレ率に与える影響を
要因分解したものである。これによると、日本のインフレ率の変動要因として需
給ギャップの影響が大きいことが確認できる。実際のインフレ率がマイナスであ
った期間、例えば1990 年代後半から2000 年代前半について、その要因を確認す
ると、主として需給ギャップのマイナス幅拡大が背景となっていることがわかる。
一方、1990 年代後半から2012 年にかけて、トレンドインフレ率要因はインフレ
率にほとんど影響を与えていないことが確認できる。これは、この期間のトレン
ドインフレ率が0%であったことを反映している。
図 6 は、トレンドインフレ率のフィルターされたレジーム確率を特定の時点で
分布として描いたものである。図6(1)と(2)を比べると、トレンドインフレ率の最
頻値が1%から0%に変化していることがわかる。図6(2)(4)は、トレンドインフ
レ率が0%であった時期に対応しており、分布の裾に多少の変動がみられるが、
基本的には分布が0%近傍に収斂していることが確認できる。
次に、2013 年以降の変化に、注目してみよう。図2 のトレンドインフレ率のレ
ジーム確率をみると、2013 年以降1%の確率が高まっているほか、2%の確率も急
速に上昇していることがわかる。この間、トレンドインフレ率が0%である確率
は大幅に低下しており、その結果として、2014 年末の時点ではトレンドインフレ
率が1%である可能性が最も高くなっている。この変化は、図6(5)と(6)の違いか
らも確認できる。また、既に述べたとおり、この時期にフィリップス曲線の傾き
は変化していない(図3)。その上で、図5 の要因分解をみると、2013 年以降のイ
ンフレ率の上昇基調は、トレンドインフレ率の上昇と需給ギャップのマイナス幅
縮小によって形成されていることがわかる。
15 パラメータの推計結果(表 1)を確認すると、フィリップス曲線の傾きのレジーム不変確
率(􀝌􀰉)は、トレンドインフレ率の不変確率(􀝌􀰓)に比べて高くなっており、フィリップス
曲線の傾きの方が変化しにくいという特徴がみてとれる。これは図3 において、フィリップ
ス曲線の傾きの推移の方がトレンドインフレ率に比べて安定的であることからも推察できる。
12
以上の推計結果をまとめると、1990 年代後半から約15 年間、トレンドインフ
レ率は0%であった可能性が高く、その後、2013 年にトレンドインフレ率が0%
から明確に上昇したことが示唆される。この急激な変化の原因として、2013 年1
月に導入された物価安定の目標や同年4 月に導入された量的・質的金融緩和が、
人々の中長期的なインフレ予想に影響を与えている可能性が考えられる。
4.3 米国のトレンドインフレ率の推計結果
米国のインフレ率は、「大いなる安定(Great Moderation)」を享受した1980 年
代から2000 年代の間に、その水準を少しずつ切り下げてきた。その後、変動を伴
いつつも、概ね2%を中心に推移している。図7 は、推計されたトレンドインフ
レ率のレジーム確率であり、1980 年代の5%から1990 年代後半の2%まで、トレ
ンドインフレ率が段階的に低下してきたことを示している。驚くべきことに、1990
年代後半から推計期間の終わりに至るまで、トレンドインフレ率が2%である確
率が極めて高い状態が持続している。リアルタイムの確率評価である「フィルタ
ーされた確率」でみると、トレンドインフレ率が2%である確率が2005 年頃に若
干低下し、1%である確率が上昇していることがわかる。これはIT バブル後のデ
ィスインフレーションの影響を反映したものであると考えられる。この時期に連
邦準備制度理事会(FRB)は金融緩和を続けることを決定し、結果として実績の
インフレ率が1%にまで低下することはなかった。このことが、トレンドインフ
レ率が2%から1%に低下することを防いだ可能性がある。
図 8 および9 は、フィリップス曲線の各構成要素の推計値であり、レジーム確
率によって加重平均されたトレンドインフレ率が1980 年代から緩やかに低下し
ていることがわかる。また、日本と同様にフィリップス曲線がフラット化してき
ている可能性を指摘できるほか、1990 年代から2000 年代前半は、誤差項のボラ
ティリティが他の時期より低水準だったことが確認できる。図10 は実績インフレ
率の要因分解を示しており、インフレ率がトレンドインフレ率の影響を大きく受
けていることがわかる。2000 年代以降はトレンドインフレ率の寄与が安定的に約
2%となっており、米国のインフレ率がこの水準にアンカーされているという議論
と整合的である。興味深いのは、2012 年にFRB が物価目標を導入する前におい
ても、トレンドインフレ率が安定的に2%で推移していたことである。
13
4.4 推計の頑健性
ここでは、本稿のモデルの特徴であるレジームを等間隔に設定するという方法
について、異なる間隔を設定して日本のデータに適用し、推計結果の頑健性を確
認する。具体的には、トレンドインフレ率のレジームを1%、0.5%、0.25%刻み
に変更する。また、フィリップス曲線の傾きのレジームの間隔を0.5 または0.25
に変更する(図11 の右下の表を参照)。ベースラインは4.2 節で報告した推計の
設定である16。
図 11 は、5 つのケースについて、トレンドインフレ率のフィルターされた推計
値を示している。いずれのケースの平均値もベースラインとほとんど差がみられ
ない。ただ、仔細にみれば、トレンドインフレ率のレジームが0.5%刻みや0.25%
刻みになると、1990 年代後半の平均値がやや高く推計される傾向がある。この時
期は、ベースライン設定でトレンドインフレ率が1%から0%に低下する時期であ
る。レジームの刻みが細かくなると、1%と0%の間の値をとることができるため、
レジームの変化が緩やかになり、ベースラインとの違いが生じた可能性がある。
また、標準偏差のバンドをみると、1990 年代初頭はレジームの刻みが1%より細
かいと、小さくなる傾向がある。一方、フィリップス曲線の傾きのレジーム間隔
の違いはトレンドインフレ率の推計にほとんど影響を与えない。2000 年代以降の
推計値をみると、いずれのケースにおいても、ベースラインとほぼ同じ推計値が
得られていることから、本稿のモデルはレジームの設定の違いについて頑健な枠
組みであると評価できる。
図 12 は、5 つのケースについてトレンドインフレ率の分布を示したものである。
レジームの間隔が細かくなるほど、分布が滑らかになっていき、ある1 つの連続
的な分布に近づいているようにみえる。分布の大まかな形状はいずれのケースも
同じような姿である。図には2012/Q4 と2014/Q4 の分布が描かれており、この間、
日本銀行による物価安定の目標や量的・質的金融緩和の導入を経て、トレンドイ
ンフレ率の分布が変化したことは、頑健な結果であることがわかる。この中で最
16 なお、トレンドインフレ率のレジームの範囲については、ベースラインと同様に、3%か
ら2%まで、フィリップス曲線の傾きについては、0 から0.3 までとする。これよりも範囲を
広げたレジームについても推計を行ったが、端の方のレジーム確率が多少変化するのみであ
った。
14
もレジーム間隔が細かいケース2 や5 からは、2014/Q4 の時点でトレンドインフ
レ率がマイナスまたはゼロとなる確率は、相当小さいことが推察される。
5.おわりに
本稿では、レジームスイッチング・モデルを用いて、フィリップス曲線におけ
るトレンドインフレ率と傾きの時間的変化を推計する新しい手法を提案した。ト
レンドインフレ率のレジームを1%刻みで離散的に設定している点が本稿の特徴
であり、直感的に解釈しやすく、かつ、頑健な推計結果を得ることができる。
実証分析の結果、日本のトレンドインフレ率については、1990 年代後半から約
15 年にわたって0%が続いていたこと、また、2013 年の物価安定の目標や量的・
質的金融緩和の導入後、トレンドインフレ率が明確に上昇していることが示唆さ
れた。また、米国のトレンドインフレ率は1990 年代後半以降、安定的に2%を維
持していることが判明した。これは先行研究における、米国のインフレ率が2%
にアンカーされているという議論と整合的である。
本稿で提示した分析の枠組みはシンプルであり、様々なモデルに拡張すること
ができる。例えば、Kiley (2008)やGarnier et al. (2013)はいくつかのインフレ率の
系列に共通するトレンドインフレ率の抽出を試みており、本稿のモデルもこうし
た多変量のインフレ率のモデルに拡張可能である。こうした分析は興味深いモデ
ルの拡張として今後の課題としたい。
15
補論.推計方法の詳細
当補論では、本稿のモデルをMCMC 法によって推計する方法を解説する。
http://www.boj.or.jp/research/wps_rev/wps_2015/wp15j03.htm/
 

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