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韓国やフィリピンの憲法にも戦争放棄の規定がある!各国憲法との比較から「集団的自衛権」を考える
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/39129
2014年04月28日(月) 高橋 洋一「ニュースの深層」 現代ビジネス
オバマ大統領の訪日において、安倍晋三首相は貿易分野で粘り、安全保障分野で指導力が目立った。
マスコミは、はじめて米国大統領が「尖閣諸島に日米安全保障条約が適用されること」を明言したといっているが、実はその伏線は以前からあった。それを安倍首相が引き出したことこそが画期的なのだ。
■オバマは尖閣を日米安保の対象とする法案に署名していた
2013年1月、米国で2013会計年度(2012年10月〜2013年9月)国防権限法案が成立している。これは在沖縄米海兵隊のグアム移転関連費を復活させるものだが、その法案に、尖閣諸島は日米安全保障条約第5条の適用対象とすることが明記されている。法案にはオバマ大統領も署名している。その点を安倍首相から指摘されたら、否定できないわけだ。
米国は、貿易分野において政府の交渉権限があまりないので、しばしば議会を引き合いに相手国の譲歩を迫ってくる。オバマ政権は2期目だが、議会との関係がうまくいっておらず、大統領が議会に通商協定の修正を許さず賛否だけを問える「大統領貿易促進権限(TPA)」法案も、与党民主党の反対で進んでいない。オバマ政権が自律的に交渉する権利を米国議会が承認していない状況だ。
安倍首相は、米国政府の常套手段を安全保障分野で逆手に使って、オバマ大統領からの言質を引き出したのだろう。
そして、安倍政権がやりたい集団的自衛権の容認についても、安倍首相はオバマ大統領から「支持する」を引き出した。
日本政府は、これまで、「憲法の制約によって、集団的自衛権を有しているが、行使することはできない」と「解釈」してきた。
多少とも国際法を勉強した者なら、集団的自衛権が、国連憲章51条に規定されていることを知っている。「この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。」とある。つまり安保理が行動するまでの間、個別的自衛権と集団的自衛権で凌げというわけだ。
さらに、個別的自衛権も集団的自衛権も、ともに、個人の正当防衛を想定すると理解しやすい。しばしば、欧米ではそうしたアナロジーで個別的・集団的自衛権が語られる。
日本でも、正当防衛は、刑法36条1項に、「急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。」とされている。
もちろん、何でも正当防衛にあたるわけでない。侵害に「急迫性」があり、その防衛行為がやむを得ないといえるために、「必要性」と同時に、限度内のものである「相当性」が求められている。
また、ポイントは、正当防衛は自分だけでなく、「他人」を防衛するためにも許されていることだ。たとえば、自分の家族を助けるための正当防衛もある。
個別的・集団的自衛権も国家の正当防衛に近いものとされる。正当防衛と同様に、相手国の攻撃が差し迫った「急迫性」があり、防衛そのものが「必要性」と限度内のものである「相当性」(「均衡性」ともいう)がなければならないとされている。
集団的自衛権は、他の国家を防衛するために許されるものだ。もちろん、他の国家といっても、同盟関係の近い関係であることはいうまでもない。そして、「急迫性」、「必要性」、「相当性」に加えて、他の国家は、武力攻撃を受けている旨を表明し、第三国に援助要請することが必要とされている。
以上が、国際法における予備知識だ。
■友軍のための反撃が「個別的自衛権のみなし」というのは詭弁
日本のマスコミは集団的自衛権というと、反対派が「憲法解釈の変更はけしからん」とこれまでの日本の経緯だけで文句を付ける。一方、賛成派も「集団的自衛権は当然」と理由なく主張するばかりだ。この意味で、双方ともロジックがなく主張ばかりしているのでどっちもどっちだ。マスコミには、国際法くらい勉強して論じてもらいたい。
国家の自衛権を個人の正当防衛とみたてた国際法の常識からみると、国内の議論はトンチンカンなモノが多い。例えば、集団的自衛権に反対する者は、一緒に行動している友好国の軍隊が攻撃を受けた場合、集団的自衛権ではなく、自国が攻撃されたと「みなし」、個別的自衛権で反撃するという。
正当防衛の場合に、他人の防衛のために行うのは、あたかも自分が侵害されていると「みなし」て自分が反撃するわけだ。そして、それが「過剰防衛」にならないように、いろいろな条件を付けて抑制的に考える。
つまり、国際法では、集団的自衛権は、「自国が直接攻撃を受けなくても、連帯関係にある他の国が攻撃を受けた場合、それを自国に対する攻撃とみなして反撃する権利」だが、その行使は自衛権の乱用にならないようにいろいろな条件を付す。
だから、友軍のために反撃するのは、「個別的自衛権の(みなし)行使であって、集団的自衛権の行使ではない」との集団的自衛権行使反対派の言い方は、国際社会では詭弁にしかならない。
こうした話は、国内で議論しているとわからないだろうが、国際社会から見ればすぐわかる。
今回の日米首脳会談で、安倍首相が集団的自衛権でオバマ大統領の支持を取り付けたのは、今回のオバマ大統領のアジア歴訪をうまくとらえたモノと考えるべきだ。
■韓国。フィリピンの憲法にも戦争放棄の規定はある
今回のアジア歴訪の日本、韓国、マレーシア、フィリピンをみれば、集団的自衛権の議論のためには「絶好のメンツ」であることがわかる。というのは、日本、韓国、フィリピンは、各国の憲法が似ているばかりか、それぞれ米国と類似した安全保障条約を結んでいるのだ。
先週の本コラムで、「日本人は、日本国憲法第9条の戦争放棄が世界でも例を見ないものと思い込んでいるが、実はそうでもない。ドイツ、イタリアや韓国などの憲法にも同趣旨の規定がある。それでも集団的自衛権について否定するような議論はあまりない。」(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/39022?page=4)とした上で、フィリピン憲法第2条を紹介した。
今回のコラムでは、日本、韓国、フィリピンそれぞれの憲法における戦争放棄の規定と米国との安全保障条約を紹介、比較してみよう。
日本、韓国、フィリピンともに似たような戦争放棄の規定になっている。そして、米国との安全保障条約も似ている。
日米安保条約の前文に「両国が国際連合憲章に定める個別的又は集団的自衛の固有の権利を有していることを確認」とあるように、いずれの国でも集団的自衛権があることを前提として書かれている。ただし、どの国でも、「自国の憲法上の手続」に従うことが明記されている。
日本、韓国、フィリピンのどの憲法にも、戦争放棄が書かれている。ただし、日本だけが、「憲法の制約によって集団的自衛権を有しているが行使することはできない」と国内で言い続けてきた。これは、とても国際社会では考えられないことだ。似たような憲法を持つ韓国やフィリピンではそうした議論はない。
■「戦争巻き込まれ」に説得力はない
ドイツやイタリアなどにも戦争放棄の規定がある。しかし、集団的自衛権を行使できないという話は聞いたことがない。親密な関係の「他人」のために正当防衛を主張しないということになって、まともな人とは扱わないからだ。
なお、集団的自衛権に与すると、戦争に巻き込まれるという批判がある。しかし集団的自衛権を否定するような国家のほうが、どこからも見捨てられて、戦争に巻き込まれる可能性は高いだろう。少なくとも、戦後では「戦争巻き込まれ」の説得力は少ない。
今回、オバマがアジア歴訪で、日本、韓国、マレーシア、フィリピンを訪れるが、その最初の日本で、日本の集団的自衛権を支持しなかったら、とても韓国やフィリピンで同盟国面はできないだろう。
ただでさえ、オバマ大統領はアジア・リバランス政策(アジア軸足外交)と言うものの、たんなる口先だけと内心思っているアジア諸国は多いからだ。
安倍首相は、オバマ大統領の痛いところを突いて、集団的自衛権の支持を引き出した。国内向けの内向きロジックだけで集団的自衛権に反対し続ける人に、国際社会では否定できない当たり前のことを教育するいい機会だ。
- 米国“保護国”の憲法を比較して憲法問題を論じる高橋洋一氏の恥知らず あっしら 2014/4/28 16:04:47
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