「なぜ飲食店ばかり…」 廃業増える街で崖っぷちのロシア料理店主が守りたいものは(東京新聞) https://www.tokyo-np.co.jp/article/82039 2021年1月26日 07時00分 昨年1月15日に国内で新型コロナウイルス感染が確認されてから1年が経過した。この間、東京の飲食店は2度の緊急事態宣言と3度の営業時間短縮要請で翻弄ほんろうされ、体力をすり減らしてきた。追い込まれた小さな料理店の「苦悩の1年」を聞いた。(森本智之) 【関連記事】心折れて…「あきらめ廃業」急増 倒産減少の裏で休廃業は過去最多の見込み 【関連記事】昨年の飲食店倒産は過去最多780件 個人経営の店や中小企業に打撃 ◆度重なる時短要請 冬は連日満席だったのに…1、2人の日々 「夜は街が死んだようになった」。古本店が密集する東京・神保町にある「ろしあ亭」店主の北市泰生きたいちやすおさん(69)は言う。 午後8時を過ぎると「本の街」の明かりはすっかり落ちる。これまでの時短要請ではこっそり営業を続ける店もあったが、協力しない店を公表できるようになったことが効いてか、2度目の緊急事態宣言の今月7日以来、こんな夜が続く。 ろしあ亭は30席ほどのロシア料理専門店。冬が書き入れ時で、1年前の今頃はボルシチで杯を傾ける人で連日満席近かった。この冬は12月でも売り上げは例年の半分以下。緊急事態宣言後は、客がわずか1人、2人の日が続く。 昨年4月の1回目の緊急事態宣言が大きな痛手だった。家賃などで月にかかる費用は220万円。だが、同宣言で売り上げは50万円まで落ちた。 「Go To イート」事業の効果で秋になると客足は回復し始めたが、事業に参加するため予約サイトに支払う手数料負担で「思うように利益は出なかった」。11月、都が再び時短要請を始めると客は減少に向かった。 今回の緊急事態宣言では1日6万円の時短協力金が出るが赤字は埋められそうにない。 「持続化給付金や休業支援金などを活用しても貯金はもう底をつきそうだ」 北市さんはぎりぎりの状況だ。 ◆「旅行業界は族議員に守られるが、飲食業にはいないから」 度重なる緊急事態宣言と時短要請で、東京・神保町でも廃業する店が増えている。 人気店だった居酒屋「酔よの助」が昨年5月に廃業に追い込まれ、北市さんのろしあ亭の真隣にある老舗餃子店「スヰートポーヅ」も6月に閉じた。 今回の緊急事態宣言で時短に応じた店に支給される1日6万円の協力金についてコロナ対策を担う幹部官僚は「従来の1日4万円の1.5倍だ」と大盤振る舞いを強調する。家族経営など小さな店は「逆に得する」(横浜のスナック)水準だが、一定規模の店では不十分だ。 「飲食店ばかり協力を求められる。それも要請と言いながらなぜ店名公表されるのでしょう」。飲食店だけがやり玉に挙げられているようで北市さんは釈然としない。政府は罰則をさらに強化する方針で、22日に閣議決定された新型コロナ対策の特別措置法案では時短の命令に応じない店には50万円以下の過料を科す。 神保町の別の店主は「旅行業界は族議員がいるから守られる。飲食業はいないから」とさえ言う。政府は「感染拡大したエビデンス(証拠)はない」と、観光業支援のGoToトラベルの停止に年末まで動かなかったことが不公平感を募らせる。 ◆苦労をともにしてきた従業員と店守りたい 「70年安保」の時代に青春を送った北市さんは学生運動の余波で大学を辞めた。友人の紹介で働き始めたのが日本のロシア料理店の草分け「スンガリー」(新宿)だった。腕だけが頼りの世界で苦労人が多かった、という。店長を務めた後の95年に独立した。 飲食業は浮き沈みが激しい。いちばん苦しかったのは2012年。脳梗塞で倒れた。 この数年前、開発業者に口説かれ日本橋の商業ビルに出店、掛け持ちで店に立ち続けていた。婚約者が病で急死する不幸も重なった。5カ月の入院生活を終えると経営は傾いていた。 日本橋の店はたたむことにしたが、残ったのは1000万円単位の借金。従業員を集めて説明すると、1人また1人と店を去っていった。15人のうち残ったのはロシア出身の3人だけ。 その1人アーリャさん(52)は「北市さんに『助けてください。この店は私の人生』と頼まれた。給料があるかないか分からなかった。でも友人だから」と笑う。苦境を聞いて店に戻った元従業員の日本人2人とともに3人は、いまも店を支える。 帝国データバンクによると昨年の飲食店の倒産件数(負債額1000万円以上)は過去最多の780件。収束が見えない中、「力尽きて廃業を決める店は増える」(エコノミスト)との懸念が強い。 でも、「やっぱり従業員に助けられたから」という北市さんは店を守ることに強くこだわっている。 【関連記事】廃業を決めた三鷹のラーメン店「これ以上無理」 給付金も息切れ「やればやるほど赤字」 【関連記事】柴又の料亭「川甚」がコロナ禍で創業231年の歴史に幕 寅さんロケ地、倍賞千恵子さんも「寂しい」
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