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ネッティ・マリア・スティーブンズによる性染色体の発見は2つの大きな意味を持っていた。ひとつは、ヒトを含めて、多くの生物において、女になるか男になるかはあらかじめ遺伝子によって決定づけられている、ということである。そして、もうひとつは─こちらのほうがより重要だと私には思えるが─生物的には女性が基本形であり、男性はそこから横道にそれて、あとからつくられる、ということだった。
受精卵の中に、X染色体がワンペア、完全にそろっているのが基本形であり、それは女性となる(XX)。受精卵の中に、X染色体がひとつしかなく、もうひとつのX染色体の代わりに、X染色体よりかなり小さな染色体、Y染色体しかないと、その受精卵は、男性となる(XY)。つまりY染色体は、一種の貧乏くじであり、これをたまたま引くと(数億匹の精子のうち半分がX染色体を、残り半分がY染色体を運ぶ。卵子は常にX染色体をもつ)、受精卵は基本形の道を外れて、男性形にカスタマイズされてしまうのである。ヒトの場合、受精後の7週間ほどはすべての受精卵は基本形の発生を行い、多細胞化されていく。7週目にはおぼろげながら胎児の原型のかたちをとるが、この時点では外形的に性別はわからない(すべて女性型に見える)。このあと、Y染色体に仕掛けられていた時限発火装置が作動して、本来、女性になるために必要だった器官や組織が壊され、あるいはかなり無理矢理つくり替えられて男性の身体がつくられていく。
本来、女性になるために必要な器官や組織の原型をミュラー管という。ミュラー博士が胎児の組織を詳しく調べて発見した。何事もなければ、つまり生命の基本仕様にしたがって受精卵が進行すれば、卵管、子宮、膣など女性生殖器を形成するもととなる組織である。もし受精卵が男性への道を選ぶと、つまりY染色体が存在すると、ミュラー管は壊されていく。ミュラー管の細胞群は徐々に小さくなりやがて消失してしまうのだ。卵管、子宮、膣になるべき細胞群を失った「女」として、「男」というものが出発することになる。
しかしながら壊しただけでは何もできない。そこでつくり替えが進行することになる。胎児の組織内にはミュラー管に並行してもう一つの管がある。ウォルフ博士が発見したウォルフ管である。消えたミュラー管に代わって、ウォルフ管が成長を始め、精巣上体、輸精管、精嚢など精子の輸送を行う管を形成する。
実際、女性の身体にはすべてのものが備わっており、男性の身体はそれを取捨選択し、かつ改変したものである。生命の基本仕様として備わっていたミュラー管とウォルフ管。女性の身体にはミュラー管が成長してできた卵管、子宮、膣があり、一方、使われなかったウォルフ管の痕跡が今も残っている。男性はミュラー管をあえて殺し、ウォルフ管を促成して生殖器官とした。それに付随して様々な小細工を行った。女性は何も無理なことはしない。ミュラー管がそのまま育ち生殖器官となる。女性は何かを殺すこともしない。
かつて、フランスの哲学者シモーヌ・ド・ボーヴォアールは─サルトルのパートナーとしても広く知られているが─代表作『第二の性』(1949年)第2部「体験篇」の冒頭で「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」と述べた。これはフェミニズムの高らかな宣言としてあまりに有名な言葉である。いわゆる女性らしさとは、社会的につくられた約束事に過ぎない。その社会と約束は男がつくり上げたものである。そういう言明である。
しかし生物学的に見るとこれは逆転する。ヒトは男に生まれるのではない、男になるのだ。
福岡 伸一 ふくおか・しんいち
生物学者。1959年東京生まれ。京都大学卒。米国ハーバード大学医学部博士研究員、京都大学助教授などを経て、青山学院大学教授。2013年4月よりロックフェラー大学客員教授としてNYに赴任。サントリー学芸賞を受賞し、ベストセラーとなった『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)、『動的平衡』(木楽舎)ほか、「生命とは何か」をわかりやすく解説した著書多数。ほかに『できそこないの男たち』(光文社新書)、『生命と食』(岩波ブックレット)、『フェルメール 光の王国』(木楽舎)、『せいめいのはなし』(新潮社)、『ルリボシカミキリの青 福岡ハカセができるまで』(文藝春秋)、『福岡ハカセの本棚』(メディアファクトリー)、『生命の逆襲』(朝日新聞出版)など。
オフィシャルブログ
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