http://www.asyura2.com/14/idletalk41/msg/357.html
Tweet |
人間と社会を傷つけるヘイトスピーチ(李信恵×安田浩一「世界」2014年11月 岩波書店)
李信恵×安田浩一
やすだ・こういち ジャーナリスト。1964年、静岡県生まれ。『ネットと愛国――在特会の「闇」を追いかけて』(講談社)でJCJ賞および第34回講談社ノンフィクション賞受賞。他の著書に、『外国人研修生殺人事件』(七つ森書館)など。
――いま、差別や暴力を扇動するヘイトスピーチやヘイトデモが問題になっています。安倍政権のもとで中国や韓国との関係が悪化する中、昨年はほぼ一日に一回のヘイトデモが行なわれたといいます。一方で、それに反対する市民のカウンター行動も活発化しています。ヘイトスピーチが実際にどのような被害を与えているのか、それにどう対抗していけばいいのか、この8月に提訴という選択をされた李信恵さんと、在特会(在日特権を許さない市民の会)を長く取材されてきた安田さんに語り合っていただきます。
安田 ヘイトスピーチが醜いものだとは痛感していましたが、当事者が受けている痛み、被害を肌で感じるようになったのは、李さんの言葉を聞いてからなんです。2013年2月24日、大阪で在日コリアンの人たちが多く暮らす鶴橋で在特会のヘイトデモがあり、私と李さんが取材しながらデモについていったのです。そのとき私は、在特会に名前と顔が知られている李さんが名指しで誹謗中傷されないか、そればかり心配していました。その日のデモも低劣しわまりないものでしたが、李さんへの個人攻撃はないまま終わり、私はそれでほっとしたんです。そこで私は「よかったね」と、李さんについ言ってしまった。李さんは表情を歪めて、泣いて、「死ね、ゴキブリって私はずっと言われていたやんか、あれは私に向けられた言葉やないの?」と。そう言われて初めて気がついた。それまで私は、ヘイトスピーチを「言葉の暴力」と考えていましたが、そんな生易しいものではなかった。暴力そのものだと初めて実感したのです。それに気づかせてくれた李さんに心から感謝しています。
李 2011年秋に朝鮮大学で開催された55周年記念フェスタを取材しに行ったとき、それまでは名前も顔も知られていなかったんですが、取材中の様子を撮影されて、その動画をネット上で流されたことで顔が知れわたるようになりました。最初は気づかないふりをして、黙っていました。怖いですし、言い返すようなことをすれば、「暴力的な朝鮮人」とネットに書き込まれるだけだと思っていたからです。実際には黙り込むように仕向けられていたんだと、後から気が付きましたけどね。あの時も、在特会に直接声をぶつければよかったんですが、目の前にいた安田さんに思いをぶつけてしまいました。
安田 私はそれまでもヘイトスピーチを受ける被害者側の心情について、口では述べていましたが、あの鶴橋での一件があってから、ヘイトスピーチは暴力そのものであり、被害者を生み出しつづけているということを痛感しました。「死ね」「殺せ」という言葉は、まさに当事者に向けられている。それだけでなく、沿道にいる人にも聞こえてくる。当然、その中に在日コリアンもいます。被害者を量産していくものがヘイトスピーチであり、これはまさに犯罪そのものです。ある意味で肉体的な傷より深く心臓をえぐるような行為です。
ヘイトスピーチの本質を明確に意識するようになってからは、そういう気持ちでデモに対峙するようになりました。これまでは、なぜヘイトスピーチを吐くようになるのかという取材をしてきましたが、これからは、より一歩踏み込んで、ヘイトスピーチを制止するための仕事をしないといけない時期に来ていると思います。加害者の心情よりも、現実に被害を受けている人がいることを考えなければならないということです。
ヘイトスピーチをやめさせていくために、今回、李さんが選んだ提訴という道は、たしかに有効だと思います。ただ、これ以上の被害の拡大を防ぐためとはいえ、なぜ被害者がさらに矢面に立たなければいけないのか。提訴が勇気ある行為だという評価が多数あり、それに私ももちろん同意はしますが、私たちの社会はなぜ被害者が矢面に立たないと問題が解決できないのか。忸怩たる思いです。
――李さんが提訴に踏み切った経緯について教えてください。
李 京都朝鮮第一初級学校の裁判を傍聴し、記事を発表していく過程で、在特会から脅迫を受けるようになりました。
2013年の2月9日、新大久保で、「新社会運動」という団体の主催、在特会協賛で反韓デモがありました。その後の11日にツイッター上で「良い朝鮮人も悪い朝鮮人も追い出そう。んでこういうの(李信恵のこと)は殺ろう」という書き込みがあり、調べていくと、書き込んだのはある在特会のメンバーということがわかりました。この人物は200人規模のデモを主催している人物であり、影響力がある人間ですから、私は警察に連絡しました。向こうは「軽い」気持ちで書いたようですが、「殺す」と言われた側は、たまったものではありません。それと前後して、ネット上の複数のハンドルネームの人物が私に対する罵詈雑言を書き連ねるようになりました。
安田 ネット上で李さんが攻撃されるようになったのはいつごろからですか。
李 チャンネル桜の番組に出演した2011年の6、7月ごろからです。
安田 そうですよね。在日コリアン代表のような形で「愛国」的なチャンネル桜に出演し、孤立無援の闘いをしていましたね。その映像を目にしたとき、私は腰を抜かすほど驚きました。なぜ、こんな不平等な議論が展開される場所に李さんを呼び出すのか。なぜ、李さんは一人でこのような場所に出ているのか。チャンネル桜への出演で李さんの顔と名前が一致してしまい、そこから李さんへの攻撃が激化したのですね。彼女が何かを書き込むたびに、「国へ帰れ」といった低俗な罵詈雑言が書き込まれる。
李 もともとツイッターやブログで在日コリアンはずっと攻撃の対象でした。ネットウヨ(ネット上の右翼)は在日コリアンのミクシィのコミュニティやツイッターのリストを見つけては攻撃してきますし、ツイッターでは在日だというだけで絡まれます。私がチャンネル桜に出演したのは、保守的な若手評論家に取材を申し込んだことがきっかけでオファーが来たのです。自分もライターだから、これまで、正義感に酔って人を傷つけるような酷いこともしてしまってきたかもしれない。チャンネル桜がどういう性格の場なのかは知っていましたが、あえてそういう場所に出て、自分が晒し者になってもかまわないという気持ちでした。
安田 私も出たことがありますし、できるだけアウェーの場所にも足を向けるようにしています。でも私は日本人の男性で、李さんの場合はまったく違う。
李 小さな頃からすぐに迷子になる子どもでしたから(笑)。知らない場所に行くことには躊躇しません。
――先ほど警察に相談されたとのことでしたが、対応はどのようなものでしたか。
李 ネット上での私への脅迫などについては、結局、刑事事件として起訴されませんでした。「殺す」などと書いた書き込みをまとめたデータも持っていき、ネット上のさまざまな嫌がらせについても見せました。在特会会長の桜井誠が私に対して五寸釘を送りつけようという話をしていたことも言いました。しかし、ネット上の中傷は、私とのやりとりもあったので、「売り言葉に買い言葉ではないか」と。しかし、中傷してきた相手は女性器のアップ写真を送りつけてくることなどもしていましたし、いろいろと読むに耐えないこともネット上に書き込んでいたわけです。でも警察は、「画像にはモザイクがかかっている」といって問題にしてくれませんでした。相手がなかなか特定できないという問題もあったと思いますが。五寸釘についても「殺傷能力がない」とか「実際に送りつけられたわけではない」と言っていましたね。
安田 警察は脅迫と受け止めなかった?
李 そうです。でも。1万4000人の会員を抱える団体を主催する人物がそう言っているわけです。会員の中にはどんな人がいるかもわからない。そう訴えましたが、結局、警察は私を名指しして「殺す」と言った事件を書類送検にした以外は、まともに取り扱いませんでした。
書類送検になった後、相手の弁護士から示談にしたいという連絡がありましたが、私は警察に再捜査をお願いしました。示談を受ける気はなかったからです。問題は、私に「殺す」と言ってきた人間だけでなく、それをそそのかしてきた在特会の会長の桜井などでもあるからです。そこで、彼らの責任をさらに追及すべく警察に訴えたのですが、警察は再捜査するとは言ったものの、実際には何もしませんでした。ですから、警察に行っても無駄だと思うようになりました。
そこで、裁判に必要な経費の心配もあったのですが、朝鮮学校の裁判でよい判決が出た後だったので、弁護士に相談したら提訴に理解を示してくれて。
安田 それで提訴されたわけですね。
安田 李さんは、在特会会長の桜井だけではなく、インターネット上の「まとめサイト」と言われる「保守速報」の管理人もあわせて提訴しましたね。まとめサイトはきわめて悪質で、その問題を知らしめなければならないのですが、それを訴える発想は持てませんでした。なぜ訴えようと思ったのですか。
李 それは、差別で金を稼いでいるからです。
安田 差別的な文言を連ねてアクセスを集めて、アフィリエイト、つまりネット広告などで金を稼いでいる。きわめて下劣な表現で在日叩きをしている2ちゃんねるなどのネット掲示板の文章を「まとめ」ているわけですが、もともと誰が書いたのかはわからない。そこで諦めてしまう人も多いわけだけど、李さんは、そういうひどい書き込みを収集して構築されているまとめサイトを提訴した。そこはとても画期的だと思います。
李 ネットに差別を書き込んでいる人間だけでなく、それを扇動してきた人間を訴えなければならない、ある人にもそう言われたのです。京都朝鮮学校の裁判では、桜井は証人としてしか出てこなかった。桜井が被告として出廷しなかったことが悔しかった。扇動してきたボスがのうのうとしていることが許せませんでした。資金も精神的にも大変にはなりますが、それでもやはり桜井は訴えなければいけない。
安田 現時点ですでに「効果」は出ていますね。「保守速報」だけでなく、他のまとめサイトも抑制が見られます。しかし、先ほど言ったことの繰り返しになってしまいますが、当事者がそこまで動かなければ状況が変わらないということが、そもそも問題です。
李 ネット上に無数にある差別的な書き込みや動画にいちいち対応するのは大変ですが、内容証明を送って削除を求めれば削除されることが少なくありません。
安田 動画サイトが問題だと思うのは、ヘイトスピーチをそのまま垂れ流しにしていることです。路上デモと同様の被害者を生んでいるわけで、悪質です。匿名の人間が投稿する差別的な動画によって新たな被害が生まれているという事実への想像力と危機意識が、動画サイトの運営会社などに欠如している。
李 ツイッターも差別的な書き込みが多いのですが、運営会社に通報しても、返信が英文なんですよね(笑)。日本でサービスを提供しているんだから、日本語で返事をしてほしい。
――日本のヘイトデモに対して国連などでも懸念が示されていますが、近年の状況としてはいかがでしょうか。
安田 在特会の路上デモに参加する人は固定化してきていますね、デモの規模が拡大したり人数が増えているということはありません。
ただ、私は問題は在特会ではないと思っています。在特会は一つの象徴であって、在特会が醸しだす空気が日本の社会に広まりつつあることこそが問題です。在特会の主張が路上で浸透することは、カウンターが存在する以上、ないと思います。デモをする側に身を置いてみると、沿道からカウンターから反撃されるのは恐ろしい。それで在特会のデモに参加しなくなった人も実際に知っています。カウンターは、ギリギリのところで在特会の暴走を食い止めてくれたと思います。
とはいえ、主張そのものへの賛同者はまだ少なくありません。保守派、右翼とされる人の中にも、路上で「死ね」「殺せ」と叫ぶ在特会には賛同はできないけれども、在日の特権――そんなものがあるはずがないのですが――には反対という主張そのものは正しいと考える人間もいます。このことに、もっと危機感を持ったほうがいいと思います。実際、現在の政権は、在特会の主張に沿うような政策を打ち出してきているわけです。こういうことを許している社会の責任も考えないといけない。
ヘイトスピーチは、人間を傷つけているだけでなく、社会を壊しているということを、私は強調したいと思います。
李 チャンネル桜に出たときも、そこの人たちはみな在特会を否定していました。でも、ああいう存在を育ててきたのはあなたがたではないのか、と内心では思いましたね。私からみたら在特会もチャンネル桜も同じ。彼らは「美しい日本」を自賛して「保守」を自任し、「国を守る」と声高に主張しながら、自分の周囲にいる人間を守ることさえできていない。彼らが在日外国人やホームレス、シングルマザーといった社会的弱者に目を向けることはありません。
安田 国家を代弁することは簡単で、誰にでもできる一方、地域社会や身の回りで本当に困っている人に目を向けることはきわめて難しい。身近な問題に目を向けることなく、国家を借りてきて話をする人が増えているように思います。自分自身が日本を代表している意識を持つのであれば、社会の一員として本当に困っている人のために何をしたのかを問うてほしい。「保守」を自任するのであれば、地域社会をいかに立て直すかから始めなければならないのに、なぜか国家から語り起こす。それによって脆弱な自我をかろうじて保っているという人があまりにも多すぎます。
李 最近、安田さんが長く外国人労働者や研修生の問題を取材してきたことに、あらためて感動を覚えています。私が東京の公民館で「餃子をつくる会」を開いて安田さんをお呼びしたとき、餃子づくりがとっても上手で驚きました。外国人研修生の取材をしている中で上手になったそうですね。私は自分自身の問題で精一杯だったのですが、安田さんに出会ってからは、この社会で一緒に生活している多くの外国人に、もっと目を向けようと思うようになりました。
安田 自分の問題だけでも大変だと思うのに、李さんがさらに日本社会の中のマイノリティの問題としてとらえなおしていることに、とても共感します。カウンターにも新しい受け止めかたが生まれてきているように思います。マイノリティ間の横の連帯ができれば、それぞれの権利獲得運動などにも広がりが出てくるのではないでしょうか。大阪での「仲良くしようぜパレード」では、在日中国人の人たちが太鼓を叩いたり踊ったりしていましたね。
李 私が住んでいる東大阪市での国際交流フェスティバルには、中国人も参加しています。韓国をターゲットにしたヘイトスピーチや日韓断交デモもありましたが、在特会が攻撃の矛先を中国にも向けています。彼らは巧妙にターゲットを変えて、結局、マイノリティなら誰でもターゲットにしてしまう。
安田 その通りです。在特会のように「行動する保守」と称する人がターゲットにするのは、在日コリアンだけではありません。池袋のチャイナタウン前では中国人を追い出せという街宣を行なっています。
李 蕨市でのカルデロンさん一家事件もありましたね。
安田 ナチスのハーケンクロイツの旗まで持ち出してきて、「移民を追い出せ」というデモをしていましたね。すべての外国人が排斥の対象になっています。さらに、生活保護受給者や障がい者に対するバッシングもひどい。これは、社会的弱者とされてきた人や、戦後民主主義の中でぎりぎりの権利を守ろうと運動してきた存在に対するバックラッシュだと私は考えています。彼らはマスコミ批判も含め、戦後民主主義的な存在へのバックラッシュの波に乗っているのです。
水俣病の未認定患者の問題で、患者団体の会長がテレビで発言したところ、自宅にいたずら電話がかかってくるようになったとご本人から聞きました。たいていは非通知で「まだ金が欲しいのか」「なぜ国に補償を求めるのか」という内容だったといいます。これま在特会とまったく同じ発想で、水俣病患者が優越的な権利をもっているように考えている。患者団体の会長から、世間はそう思っているのか、と尋ねられたとき、私は何も答えられなかった。これ以上はないというほど苦しめられてきた被害者が、なぜこんなことでまた苦しまないといけないのでしょうか。
とりわけ象徴的なのは、8月6日に広島で行なわれる在特会のデモです。核兵器推進を訴える。その政治的主張を行なう自由は認めるにしても、ありもしない「被爆者特権」という言葉まで飛び出す。ほんらい当たり前の、被害者が血と涙で勝ち取った制度的補償ですら、「特権」ということにすり替えてしまう。そして現在の最大の問題は、こうした在特会的な発想を後押しするような社会的雰囲気があることです。
――警察も政府もまったくあてにならない中で、李さんの裁判闘争やカウンターの人々の努力が、暴力の路上からの拡散を防いでいるのですね。
安田 先日、ジュネーブで開かれた国連人権委員会に行ってきましたが、日本政府と外国の委員とのヘイトスピーチに対する認識の違いを痛感しました。なぜ警察が市民のカウンターに対して過剰な警備をするのか。警察はレイシストのデモを守っているようにしか見えないという意見が、各国の委員から相次いだのは、当然のことではありますが、やはり大事な指摘だったと思います。それに対して警察庁は「安全を保つためので特定の団体を守るためではない」と答弁していましたが、誰の心にも響いていなかった。だからこそ、先日出された人権委の日本政府への勧告にも、そういうことがきちんと盛り込まれたのだと思います。
警察や行政だけでなく、メディアも一部をのぞいてはほとんど動いてきませんでした。その意味で、李さんの裁判をメディアが取り上げるのはとても大事だと思います。しかし、そのために李さんがどれだけの犠牲を払っているのか。もっとも傷ついてきた人が、さらに自分を傷つけなければ世の中が前進しないという状況は、この社会に生きる人間の一人としてあまりにも悔しく、理不尽だと思っています。
李 傷ついた人は強くなります。私の一番の目標は、次の被害者を出さないこと。傷ついた人がバトンを渡すんです。私の友人が「在特会を特に許さない市民の会」を結成しましたが(笑)、若い人が気軽に頑張れるような環境をつくりたいと思っています。なんでよりによって自分が裁判なんか、と思うときもありますが、後の人のための役割を与えられたのかもしれません。怒ったり、笑ったりしながらやっていきたいですね。
――本日はありがとうございました。
投稿者のコメント:
「世界」(第862号 2014年11月 岩波書店)より、李信恵氏と安田浩一氏のインタビュー記事。
その号では、「ヘイトスピーチを許さない社会へ」という特集が組まれている。
横書きでの投稿に伴い、投稿者が漢数字を算用数字に変更するなどした。
投稿コメント全ログ コメント即時配信 スレ建て依頼 削除コメント確認方法
▲上へ ★阿修羅♪ > 雑談・Story41掲示板 次へ 前へ
スパムメールの中から見つけ出すためにメールのタイトルには必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
すべてのページの引用、転載、リンクを許可します。確認メールは不要です。引用元リンクを表示してください。